悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

1-1「なにもない」すらない最果ての地

001 それは婚約破棄もされますね

公開日時: 2020年11月13日(金) 18:16
更新日時: 2021年1月4日(月) 19:36
文字数:3,532

 長い沈黙の果てに、ディフト・ナートルアは口を開いた。

「クルミア・ティブリス。そなたとの婚約を破棄させてもらう」

 私はディフトの顔を見るが、何の感情も見つからなかった。


 ディフトはミクス本質帝国の第三皇子。そして、10年前に私の婚約者となった男だ。年齢20歳。

 第一皇子が健在なので皇帝にはなれないけれど、それなりに金と権力がある人生を送るだろう。顔もよい。性格……は知らないけど、悪い噂は特に聞いたことがない。


 一方、私は、ミクス本質帝国の一等貴族の娘。

 金髪ドリルの如き髪型を除けば、特に語る部分もない貴族令嬢。

 今日着ている服は、黒系のあまり飾りのないドレスだ。

 呼び出しメールの文面で、この要件はなんとなく予想がついていたからね、あんまり派手な服は着てこなかった。


 そして今いるこの場所。

 ここは銀河ホテル。それもニュートリス協商連合、レガリア星系の本店だ。

 宇宙一のホテルと名高い、超高級ホテル。

 この部屋は、会議などに使われる部屋らしいが、家具や調度品は銀河最高級の物が置かれている。

 室内にいるのは私とディフト、そしてお互いの筆頭メイド。合計四人。


 現実逃避終了。


「……婚約破棄、と聞こえましたが?」

「ああ」

 私が問うと、ディフトは暗い顔で頷く。

「これは、ずいぶん急な話ですね」

「一昨日、決まった話だ」

 本当に急な話だった。

「こういうのって、卒業パーティの会場とかで、大々的にやる物だと思っていましたけど……」

 私が言うと、ディフトは表情を変えずに言う。

「なぜ、わざわざ耳目を集める様なやり方をする必要がある? 政略結婚の破綻など、両家にとって恥でしかないだろう?」

「確かに……」

 なんでああいうのって、人前でやりたがるんだろう。

 いや、裏でこそこそやったら陰湿で印象悪いからなんだろうけど……それを表で堂々とやっても印象悪いことに変わりないよね。

 自分のやってることがおかしいと気づく程度の理性があるなら、表でも裏でもあんなことはしない物だ。


 そう言う目で改めて見ると、ディフトはいつもより沈痛な面持ちのような気がした。

 こんな話はしたくないのだろう。

 ……そりゃそうだ。私だって嫌だよ。


「それで、どういう理由で婚約を破棄するのですか」

「言わなくても、察しはついているのではないか?」

 ディフトはため息交じりに言う。

 ほう、察しろ、と来ましたか。


 私としては、こいつに対しては、特に好悪の感情はない。

 婚約が決まったのは十年以上前だが、それからも、年に数回、顔を合わせる程度の関係だ。

 ただ、前触れなく人生設計をぶっ壊されるのは普通に困るので、やめて欲しい。

「……四等貴族のメリウス・リフトリン」

 私が呟くと、それまで能面のようだったディフトの表情が驚愕で崩れる。

「な、なぜおまえがそれを?」

「さあ? なぜかしら?」

 甘く見られたものね。

 それぐらい、ちょっと調べればわかることだ。

「噂になりかけるのをもみ消してあげたのが誰だと思っているの? 感謝して欲しい物だわ」

「くっ……」

 ディフトは悔しそうに顔をそむける。

「しかし、今回はその件は一切関係ない。たとえおまえと婚約破棄しても、彼女と結婚できるわけではないからな」

「それもそうね……」

 貴族の結婚はいろいろ複雑だ。

 三男とは言え皇族に対して四等貴族の娘では、愛人がせいぜいだろう。


「今回の婚約破棄は、父が言い出したことだ」

「陛下が?」

「うむ。非常にお怒りだった」

 皇帝陛下の命令なら、誰も逆らえない。

 しかも、お怒り?

「ええと……どういうことかしら?」

 正直、予想はついていた。けれど、確認のためには聞くしかない。

 ディフトは、言葉を選ぶように慎重に話し出す。

「おまえの父親は、領地の平民から、慕われていない」

「……そうみたいね」


 私の知る限りでもいろいろあるけど、特にすぐメイドに手を出すのが良くない。

 私が幼いころから、短い期間で何人もやめて行った。

 今いる筆頭メイドも、毒牙にかかる寸前だったのを私が泣いて止めたのだ。

 たぶん、私が守れた唯一の物だ。


 あと、仕事がいい加減というか、なんもしていない。

 文官に代行させるのはいいとしても、それを監督してなかったっぽい。

 おかげでどこもかしこも汚職まみれ。

 というか、父が普通に賄賂を受け取るわ、領地の運営費用を私的利用するわ……

 公共サービスは大幅カット、警察の予算が削られて犯罪発生率は高い、道路の補修費用が行方不明になってあちこち穴だらけ。

 去年は、居住区ドームの壁面メンテナンス業務をダミー会社が受注していたことが判明して大騒ぎになった。五年ぐらい全面検査をしてなかったらしい。


 私がそんなことを思い出していると、ディフトは嫌そうに言う。

「クーデターの件は知っているか?」

「ええ。自領のことですし、嫌と言うほどニュースになっていましたから」


 クーデターはペルト279星系で始まった。

 問題の居住区ドームに住んでいた住民が、ダミー会社の金の流れを突き止めて、受け取った人を焼き殺して吊るしたらしい。

 いきなりグロ画像が出てきて吐くかと思った。

 ドーム壁面に穴が開いて空気が抜けたら、死ぬのはあいつらだからな。怒るのはわかる。

 怒ったとしても普通はそこまでやらんだろ、と言いたいのだけど、あそこはそういう土地なのだ。

 なにしろ数十年に渡って公共サービスがカットされている。教育水準も帝国最低らしい。


「そして最新のニュースは、これだ」

 ディフトは壁を指さす。大型モニターになっていて、ディフトのメイドが何か操作したようだ。


『ティブリス一等貴族、敵前逃亡!!!』


 壁面に映し出されたのは、活字の大見出し。


『先週から発生しているペルト277星系およびペルト279星系の大規模クーデターは、革命軍側の勝利と言う形で鎮静しつつある。事態を重く見たファルシア帝は、中央軍事部隊の動員、および革命軍リーダーとの交渉を宣言した。なお、領主ゲルニオ・ティブリスは連絡がつかない状態にあるようだ』


 ああ……やっぱりこれか。


「陛下が直接交渉に出る、というのは初耳ですね」

「一昨日の時点で決まっていたようだ。婚約破棄の件と同時にな」

「そうですか……」

 これは、考えるだけで頭が痛い。

「ちなみに、おまえの父と連絡がつかない、と書いてあるが?」

「……」

 ええ。娘の私は、普通に連絡がついてます。

 なにしろ三日後の卒業式に合わせて、ここに来るんですよ。到着は明日です、はい。

 陛下とも連絡がついているはずです。

 それを着信拒否するなんて、帝国貴族として許されないことですよ、はい。


 たぶん、クーデター自体は、父が領地を離れるタイミングを狙って決行されたんだと思う。

 その場合、父が取るべき行動は何だったか?

 答えは一つ。私の卒業式への出席を諦めて、領地にとんぼ返り、これしかない。

 しかし、父はそれをしなかった。予定通りにこっちに来てしまった。


 まあ、留守を任せた星系軍の中将(=父の直属の部下)が革命軍のリーダーを名乗ってるからね。帰っても何もできないどころか、捕まるだけなんで仕方ないけど。

 問題なのは、下がこんな状況になってるのに、行動を起こされるまで何も気づかなかった、ということだ。

 本当に仕事してたの? してないよね、うん。


 皇帝もその辺りは既にわかっていたのだろう。

 愚父を飛び越えて、中将と直接交渉をするのか。そっか……。


 要するにあれだ。上と下の両方から「こいつ、必要ないよね?」と判断されてしまったのだ、わが一家は。

 そうだね。私でも他人の立場だったら、そう言うよ。


 ディフトは言う。

「まだ内々の決定だが、ティブリス家は、貴族特権と全ての財産をはく奪される」

「そして貴族でも何でもなくなった私との婚約も、解消する他ないと……」

 一等貴族が平民落ちとは……。

 はぁ……。

 きついなぁ。


 私があと三年早く生まれていたら、両親を追い出して善政を敷いたのに……あ、ダメだ。第三皇子との婚約は、私を帝国首都に縛り付ける効果もあるから、領地の運営には口出しなんかできない。

 最初から詰んでるのか。


 私は元婚約者に対して、何を言うべきか考える。カップのお茶でも引っかけてやるべきか。

 いや、ダメだな。今、心証を悪くするのはよくない。

 なにしろ、ここからの平民落ちは最悪の場合……。ん? ちょっと待てよ?


「えーと。貴族特権の剥奪ですか? そちらの方が、婚約破棄よりも重要な話のような気がするんですけど……」

 この状況に至っては、婚約破棄なんて些事では?

 私が言うとディフトは頷く

「その通りだ。陛下の公式宣言より先にそれを漏らすのはルール違反だがな」

 他言無用、というわけか。

「では、なぜ教えてくれたのかしら?」

「俺とおまえの仲だからな。最後ぐらい便宜を図っても、神はお許しになるだろう」

 それはどうも。

 ……心の準備をする時間ぐらいはもらえるみたいね。


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