悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

013 衛星への移動とマルスド園芸店からのお知らせ

公開日時: 2020年11月30日(月) 13:10
更新日時: 2021年1月4日(月) 20:46
文字数:3,852


 午前中は、農業ステーションの建築計画と傭兵設備の進捗をチェックした。

 どちらも、この前立てた予定より三日ぐらい遅れている。

 海賊対応で一日止まったせいだ。敵が来ると何もかも止めるしかないからね。本当に困るよ。


 昼前、出発する輸送船に乗り込む。

 軽食を詰め込んだバッグを持ったマルレーネも一緒だ。乗員室には、作業服のザストがいた。

「あら? あなたも行くの?」

「ああ。収容所の建設を視察する必要があってな」

「ご一緒させてもらうわ」

「ちなみに、お嬢の目的を聞いてもいいのか?」

「海賊に尋問しに行くのよ」

「傭兵にやらせときゃいいじゃないか」

「そうもいかないのよ」

 帝国の貴族には、ある程度までの自治が認められている。

 ここは、ある意味、一つの国なのだ。


 国には二種類ある。夜警国家と福祉国家。

 軍と警察だけが存在するのが夜警国家。そこに福祉制度を付け加えたのが福祉国家。

 どちらにしても、軍と警察は重要だ。


 それで、この星系では、軍は傭兵たちに代行させている。

 そこに加えて警察まで任せると、ほぼ全ての権限をホランドに与えることになる。

 いや、別にホランドを代行者に任命して、全部丸投げしてもいいんだよ?

 だけど、それをやった結果、酷いことになったのが、うちの両親なんでね。同じ轍は踏まない。


 細かいことを言い始めると、あの海賊は犯罪者なのか捕虜なのか、判断が難しいんだけど、私が監督しないといけないのは同じだ。

「なるほど。お嬢もいろいろ考えてるんだな」

 ザストが感心したように言う。


 マルレーネがテーブルにサンドイッチの乗った皿を置く。

 私で独り占めするのも何なので、三人でもそもそと食べる。

「そうだ。マッキンタイアから、トーチカを作れって言われたわ」

「トーチカか。予算はいくら出るんだ?」

「まだわからないけど……農業ステーションの近くに最高級のトーチカを置くのはほぼ決定よ」

「配置を考えないといけないな」

 この手の配置は難しい。

 ステーションを守るなら、出来るだけトーチカの近くに置きたい。

 だが、近すぎると射線を遮ってしまう。いや、遠くても遮るんだけど……。

「農業ステーションは、それでいいとして、他はどうする?」

「鉱山の防衛は、削ることになるでしょうね。人が少ないから避難しやすいし。あと傭兵関連も」

「いいのか?」

「本部ステーションのすぐ近くだし、有事になったら全員出撃して無人になるでしょ。別にいいかなって……」

「なるほどね」

「問題なのが、これから行くところなのよ」

「第四惑星の衛星が問題?」

「どう考えても、農業ステーションと同等の防御が必要なんだけど、マッキンタイアを説得できそうになくて」

 私の言葉に、ザストは首を傾げる。

「お嬢。これは、そもそもどういう計画なんだ?」

「何が?」

「第四惑星の軌道上に船を集めた。これは第四惑星の近くに宇宙ステーションを作る理由が欲しかったんだな?」

「そうね。第四惑星への足掛かりを用意しておきたかったから」

 私は答え、紅茶を飲む。

 いつか、第四惑星に大規模な基地を作るから、軌道上に倉庫の一つや二つは必要だろうと思った。

「だが、解体前の戦闘艦を、管理しづらい場所に浮かべて置くのは得策じゃないぞ。次に来た海賊があの辺りに陣取って、船を再起動したら困るだろう?」

「わかってる。だからトーチカを置きたいんだけど……理由を正直に言ったら、移動しろって言われるでしょ?」

「そりゃそうだ」

 そうなると、収容所も動かすことになるだろう。

 穴を掘るだけで住居を作れるから、建設コストが安くて助かるんだけどな……

「必要ないから他の所に統合しろって言われたら、どうやって説得すればいいと思う?」

「無理に逆らわない方がいいと思うぞ」

「えー……」

 何のために、あちこちで無理をして作業速度を稼いでいると思ってるんだ。

 植物は育てるのに時間がかかる物も多い。今でさえ、私が生きてる間に形になるか怪しいのに……。

「いっそ、傭兵の施設を第四惑星の周辺に移すか?」

「それは……ちょっと」

 物理的な距離を離すと、反乱の芽をつみにくくなる。

 右腕的な人たちにクーデターを起こされた両親を思い出す。

 ホランドが裏切るとは思わないけど、信頼と油断を取り違えてはいけない。

「あー、本部ステーションを第四惑星の軌道上に作っておけばよかったのかな」

「すまんな。もっと早い段階で言ってくれればそうしたんだが……」

 早い段階っていつだろう? 私が婚約破棄された翌日ぐらい? テラシード・ボタニカルのアイディアすら思いついてないよ。


 手詰まりかな、と思った時だった。

「あの、衛星に兵器を設置すれば、トーチカより安く済んだりしませんか?」

 マルレーネが言って、私とザストは顔を見合わせる。

「ど、どうする? 確かに安くなるけど」

「捕虜収容所に軍事兵器を置くのか? 反乱があったら、鎮圧が面倒になるぞ」

「そこに兵器があるってバレなければ、大丈夫じゃない?」

「随分な量の荷物を運びこんで、作業することになるぞ? 何かあることはバレるだろう」

「それは、別の目的を装うとか……」

「そうだな。じゃあ、採掘場を作るってのはどうだ?」

「採掘場?」

「金属はいくらあっても足りないからな。あの衛星には小さいが金属コアがある。掘れば鉄が取れるだろう。それを、構造が崩れない程度に削るってことにする」

「そっか。それなら海賊にバレずに建築できる!」

 荷物を運びこむのを海賊に目撃されても、採掘用のレーザードリルと、防御用の兵器なんて、分解された状態なら見分けがつかないだろう。

 というか、私なら組み立て済みでも見間違える自信がある。

「この方向で行くとして、何を建てるのがいいかな?」

「それについては、俺に考えがある。一度作ってみたかった物があってな……」

 ザストが、子どものように目を輝かせながら計画を話し始めた。


***


 あと一時間ほどで、目的の衛星につくな、という頃。

 メールが来ているのに気づいた。

 このアドレス誰だっけ、と思いながらタイトルを見る。


『マルスド園芸店、閉店のお知らせ』

「えっ、何それ!」

 慌てて本文を確認。


『マルスド園芸店は皆さんに愛され、150年の長きに渡り植物を提供し続けて来ました。しかし、昨今の政治情勢や植物の需要の低下を鑑みて……』

 なんか、いろいろと書いてあるけど、閉店はマジだ。


 ザストとマルレーネが小声で話し合っている。

「……マルスド園芸店とは、何だ?」

「ペルト279にあった園芸店です。多種多様な植物を保有していて、周辺星系の貴族が庭園を造る時は、最初に声をかけるほどの名店だったのですが……」

「お嬢も、お得意様だったのか?」

「ええ。閉店してしまうのですね」

「あっちはあっちで大変だからな。貴族向けの店は、やりづらいかもな」

 確かに我が両親が排除され、反貴族主義に固まっているペルト279なら、貴族向けの商売は難しいだろう。

 しかし、どうして急に閉店なんだ?

 単に採算が取れなくなった、ってわけじゃない気がする。だって、革命されてからまだ数か月だ。資金ショートにも早すぎる。

 何か他に理由があるのかな?

 ニュースサイトで調べてみる。


『ペルト279議会、マルスド園芸店を強制接収! 施設は食料保管庫として再利用の予定』


 ぎゃーっ!

 議会が、マルスド園芸店の資産を全部強奪する決定を出してる!

 しかも残っていた植物と種の扱いが酷い! 食用可能な物は売却、それ以外は廃棄するだと?

 こいつら、文化保護って観点はないのか!

 っていうか、マルスド園芸店の経営者は民間人なんですけど? これ、いいの? さすがに権力の暴走では?


 改めて閉店のお知らせを、最後の方まで読みなおす。

『閉店セールのお知らせです。貴重なコレクションが散逸してしまう前に、植物を購入してくれる方を募集しています。新政権から食用可能と判断されている物は定価で、それ以外は百分の一の価格でご提供します』

 なんだと?

「買う! これ私が買うわ!」

 私は即断する。これを見逃すやつは植物好きなんか名乗れまい。

 わざわざ、最後の方に書くということは、ただのセールではない。丸ごとお買い上げいただくような、話のわかる相手を希望しているのだろう。


 マルレーネは、不安そうに私を見る。

「お嬢様。買うと言っても、これ総額でいくらになるんですか?」

「今からメールで聞く」

 駆逐艦一隻ぐらいは買える値段になりそうな気がする。いや、在庫の九割が百分の一価格になるとしたら、コルベット一隻ぐらいか? 食用可能の範囲ってどれぐらいだろう? 輸送費も私が出すのか?

 全部メールで質問すればいいか。

「置く場所もありませんけど」

「第四惑星の衛星! 鉱山を掘ったついでに倉庫も作れるでしょ!」

 私が言うと、ザストは不承不承と言った感じで頷く。

「まあ、やろうと思えばできなくはないが……」

 ならよし。

「それで、お金は?」

 マルレーネがしつこく聞いて来る。

 そうだな、お金がなきゃ何もできないもんな……。

 でも私、全財産を没収されてるんだっけ。

「開発予算から、降りないかな? 農業ステーションだって、種は必要でしょ?」

「食用じゃない方を購入する言い訳には使いづらいのでは?」

「……何かいいアイディアない?」

 私はザストの方を見る。

「さすがにそれは俺の専門外だ。自分で何とかしてくれ」

 ダメか。

 しかたない。私は必死に頭を働かせながら企画書を書く。

 農業ステーションを作る場合の種の確保、栽培種類を増やすメリット、種子の多様性を保存することの文化的な意義……あと何かあるかな。絶対もっとあるぞ。

 見てろよ銀縁メガネめ。この企画書、意地でも通して見せるからな。


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