午前中は、農業ステーションの建築計画と傭兵設備の進捗をチェックした。
どちらも、この前立てた予定より三日ぐらい遅れている。
海賊対応で一日止まったせいだ。敵が来ると何もかも止めるしかないからね。本当に困るよ。
昼前、出発する輸送船に乗り込む。
軽食を詰め込んだバッグを持ったマルレーネも一緒だ。乗員室には、作業服のザストがいた。
「あら? あなたも行くの?」
「ああ。収容所の建設を視察する必要があってな」
「ご一緒させてもらうわ」
「ちなみに、お嬢の目的を聞いてもいいのか?」
「海賊に尋問しに行くのよ」
「傭兵にやらせときゃいいじゃないか」
「そうもいかないのよ」
帝国の貴族には、ある程度までの自治が認められている。
ここは、ある意味、一つの国なのだ。
国には二種類ある。夜警国家と福祉国家。
軍と警察だけが存在するのが夜警国家。そこに福祉制度を付け加えたのが福祉国家。
どちらにしても、軍と警察は重要だ。
それで、この星系では、軍は傭兵たちに代行させている。
そこに加えて警察まで任せると、ほぼ全ての権限をホランドに与えることになる。
いや、別にホランドを代行者に任命して、全部丸投げしてもいいんだよ?
だけど、それをやった結果、酷いことになったのが、うちの両親なんでね。同じ轍は踏まない。
細かいことを言い始めると、あの海賊は犯罪者なのか捕虜なのか、判断が難しいんだけど、私が監督しないといけないのは同じだ。
「なるほど。お嬢もいろいろ考えてるんだな」
ザストが感心したように言う。
マルレーネがテーブルにサンドイッチの乗った皿を置く。
私で独り占めするのも何なので、三人でもそもそと食べる。
「そうだ。マッキンタイアから、トーチカを作れって言われたわ」
「トーチカか。予算はいくら出るんだ?」
「まだわからないけど……農業ステーションの近くに最高級のトーチカを置くのはほぼ決定よ」
「配置を考えないといけないな」
この手の配置は難しい。
ステーションを守るなら、出来るだけトーチカの近くに置きたい。
だが、近すぎると射線を遮ってしまう。いや、遠くても遮るんだけど……。
「農業ステーションは、それでいいとして、他はどうする?」
「鉱山の防衛は、削ることになるでしょうね。人が少ないから避難しやすいし。あと傭兵関連も」
「いいのか?」
「本部ステーションのすぐ近くだし、有事になったら全員出撃して無人になるでしょ。別にいいかなって……」
「なるほどね」
「問題なのが、これから行くところなのよ」
「第四惑星の衛星が問題?」
「どう考えても、農業ステーションと同等の防御が必要なんだけど、マッキンタイアを説得できそうになくて」
私の言葉に、ザストは首を傾げる。
「お嬢。これは、そもそもどういう計画なんだ?」
「何が?」
「第四惑星の軌道上に船を集めた。これは第四惑星の近くに宇宙ステーションを作る理由が欲しかったんだな?」
「そうね。第四惑星への足掛かりを用意しておきたかったから」
私は答え、紅茶を飲む。
いつか、第四惑星に大規模な基地を作るから、軌道上に倉庫の一つや二つは必要だろうと思った。
「だが、解体前の戦闘艦を、管理しづらい場所に浮かべて置くのは得策じゃないぞ。次に来た海賊があの辺りに陣取って、船を再起動したら困るだろう?」
「わかってる。だからトーチカを置きたいんだけど……理由を正直に言ったら、移動しろって言われるでしょ?」
「そりゃそうだ」
そうなると、収容所も動かすことになるだろう。
穴を掘るだけで住居を作れるから、建設コストが安くて助かるんだけどな……
「必要ないから他の所に統合しろって言われたら、どうやって説得すればいいと思う?」
「無理に逆らわない方がいいと思うぞ」
「えー……」
何のために、あちこちで無理をして作業速度を稼いでいると思ってるんだ。
植物は育てるのに時間がかかる物も多い。今でさえ、私が生きてる間に形になるか怪しいのに……。
「いっそ、傭兵の施設を第四惑星の周辺に移すか?」
「それは……ちょっと」
物理的な距離を離すと、反乱の芽をつみにくくなる。
右腕的な人たちにクーデターを起こされた両親を思い出す。
ホランドが裏切るとは思わないけど、信頼と油断を取り違えてはいけない。
「あー、本部ステーションを第四惑星の軌道上に作っておけばよかったのかな」
「すまんな。もっと早い段階で言ってくれればそうしたんだが……」
早い段階っていつだろう? 私が婚約破棄された翌日ぐらい? テラシード・ボタニカルのアイディアすら思いついてないよ。
手詰まりかな、と思った時だった。
「あの、衛星に兵器を設置すれば、トーチカより安く済んだりしませんか?」
マルレーネが言って、私とザストは顔を見合わせる。
「ど、どうする? 確かに安くなるけど」
「捕虜収容所に軍事兵器を置くのか? 反乱があったら、鎮圧が面倒になるぞ」
「そこに兵器があるってバレなければ、大丈夫じゃない?」
「随分な量の荷物を運びこんで、作業することになるぞ? 何かあることはバレるだろう」
「それは、別の目的を装うとか……」
「そうだな。じゃあ、採掘場を作るってのはどうだ?」
「採掘場?」
「金属はいくらあっても足りないからな。あの衛星には小さいが金属コアがある。掘れば鉄が取れるだろう。それを、構造が崩れない程度に削るってことにする」
「そっか。それなら海賊にバレずに建築できる!」
荷物を運びこむのを海賊に目撃されても、採掘用のレーザードリルと、防御用の兵器なんて、分解された状態なら見分けがつかないだろう。
というか、私なら組み立て済みでも見間違える自信がある。
「この方向で行くとして、何を建てるのがいいかな?」
「それについては、俺に考えがある。一度作ってみたかった物があってな……」
ザストが、子どものように目を輝かせながら計画を話し始めた。
***
あと一時間ほどで、目的の衛星につくな、という頃。
メールが来ているのに気づいた。
このアドレス誰だっけ、と思いながらタイトルを見る。
『マルスド園芸店、閉店のお知らせ』
「えっ、何それ!」
慌てて本文を確認。
『マルスド園芸店は皆さんに愛され、150年の長きに渡り植物を提供し続けて来ました。しかし、昨今の政治情勢や植物の需要の低下を鑑みて……』
なんか、いろいろと書いてあるけど、閉店はマジだ。
ザストとマルレーネが小声で話し合っている。
「……マルスド園芸店とは、何だ?」
「ペルト279にあった園芸店です。多種多様な植物を保有していて、周辺星系の貴族が庭園を造る時は、最初に声をかけるほどの名店だったのですが……」
「お嬢も、お得意様だったのか?」
「ええ。閉店してしまうのですね」
「あっちはあっちで大変だからな。貴族向けの店は、やりづらいかもな」
確かに我が両親が排除され、反貴族主義に固まっているペルト279なら、貴族向けの商売は難しいだろう。
しかし、どうして急に閉店なんだ?
単に採算が取れなくなった、ってわけじゃない気がする。だって、革命されてからまだ数か月だ。資金ショートにも早すぎる。
何か他に理由があるのかな?
ニュースサイトで調べてみる。
『ペルト279議会、マルスド園芸店を強制接収! 施設は食料保管庫として再利用の予定』
ぎゃーっ!
議会が、マルスド園芸店の資産を全部強奪する決定を出してる!
しかも残っていた植物と種の扱いが酷い! 食用可能な物は売却、それ以外は廃棄するだと?
こいつら、文化保護って観点はないのか!
っていうか、マルスド園芸店の経営者は民間人なんですけど? これ、いいの? さすがに権力の暴走では?
改めて閉店のお知らせを、最後の方まで読みなおす。
『閉店セールのお知らせです。貴重なコレクションが散逸してしまう前に、植物を購入してくれる方を募集しています。新政権から食用可能と判断されている物は定価で、それ以外は百分の一の価格でご提供します』
なんだと?
「買う! これ私が買うわ!」
私は即断する。これを見逃すやつは植物好きなんか名乗れまい。
わざわざ、最後の方に書くということは、ただのセールではない。丸ごとお買い上げいただくような、話のわかる相手を希望しているのだろう。
マルレーネは、不安そうに私を見る。
「お嬢様。買うと言っても、これ総額でいくらになるんですか?」
「今からメールで聞く」
駆逐艦一隻ぐらいは買える値段になりそうな気がする。いや、在庫の九割が百分の一価格になるとしたら、コルベット一隻ぐらいか? 食用可能の範囲ってどれぐらいだろう? 輸送費も私が出すのか?
全部メールで質問すればいいか。
「置く場所もありませんけど」
「第四惑星の衛星! 鉱山を掘ったついでに倉庫も作れるでしょ!」
私が言うと、ザストは不承不承と言った感じで頷く。
「まあ、やろうと思えばできなくはないが……」
ならよし。
「それで、お金は?」
マルレーネがしつこく聞いて来る。
そうだな、お金がなきゃ何もできないもんな……。
でも私、全財産を没収されてるんだっけ。
「開発予算から、降りないかな? 農業ステーションだって、種は必要でしょ?」
「食用じゃない方を購入する言い訳には使いづらいのでは?」
「……何かいいアイディアない?」
私はザストの方を見る。
「さすがにそれは俺の専門外だ。自分で何とかしてくれ」
ダメか。
しかたない。私は必死に頭を働かせながら企画書を書く。
農業ステーションを作る場合の種の確保、栽培種類を増やすメリット、種子の多様性を保存することの文化的な意義……あと何かあるかな。絶対もっとあるぞ。
見てろよ銀縁メガネめ。この企画書、意地でも通して見せるからな。
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