立ち話も何なので、私の執務室に移動した。
マルレーネが紅茶を入れてくれる。
「それで、前の店長に何があったの?」
私が聞くとラキンは肩をすくめる。
「いえ。特に何もないですよ。年の割には元気だし、どこかに移住して第二の人生を始めるなんて言ってました」
「それは、ペルト279には住むつもりはない、ってことかしら」
「そうですねぇ……」
「移住先をここにするって考えはなかったのかしら?」
私が言うと、ラキンは少し気まずそうな顔になる。
「それは……あなたから連絡が来たのは、もう引退を決意した後だったので」
「私がもっと早く気づいてあげるべきだったわね」
「いえ、そう言うことではないですよ。そもそも、引退を決意してお知らせを送ったからこそ、あなたに届いたんですからね」
ラキンは、明るい表情で答えているが……。
単に前店長は、ナニモ74に移住する気がなかっただけじゃないか? 正直に言えば、私だって、こんな所、好んで住んでるわけじゃないし。
たぶん、この話題は掘り返さない方がよさそう。
「それで、ペルト279は、今どうなっているの?」
貴族とつながりがあった人間が、住みづらい場所に変わっているのだろうとは思う。
「革命政権がいろいろ変えています。治安は悪くないし、いろいろな議論も活発ですよ。彼らは、いい星系を作ろうと努力しています」
ラキンは微え笑みを浮かべて言うが、その表情にはどこか苦々しいものがあった。
努力しています、か。
それは実現に時間がかかると言いたいのか、そもそも方向性が間違っていると言いたいのか。
「なんて言ったらいいんでしょうかね」
ラキンはカップを手に取り、お茶をすする。
「やっぱり園芸って、貴族や富豪に向けた商売ですからね。部屋にプランターを置くとかならまだしも、宇宙ステーションの中に庭を作ろうって言うと、どうしても……」
「確かに、お金のかかる趣味ではあるわね」
本格的に木とか育てようとすると、随分広い空間が必要だ。あと電力も。
「ただ、そういうのを加味しても、革命政権の人は、ちょっと言ってることが……僕の考え方とはかなり違うんですよ」
「考え方が?」
なんか、遠回しに頭がおかしいって言ってない?
そう言えば、あのメールには、なんか変な事が書いてあった。
『新政権から食用可能と判断されている物は定価で、それ以外は百分の一の価格でご提供します』
閉店セールと素直に受け取ってよかったのだろうか? 何か引っかかる。
「あれって、どういう意味だったの?」
「そのままの意味ですよ。新政権は、倉庫を徴発しようとしたんです、建物ごと」
「……建物ごと?」
権力を振るうにしても横暴すぎじゃない? 規模が大きいとはいえ、民間人の経営する商店だぞ?
「当然、保管されている種子は、全て廃棄するんだと言い出して……。食用可能な物だけは、支援食糧として恵まれない人に配ると……」
いやいや。何を言ってるのか意味が解らないんですけど。
もしかして、新政権はそれを慈善事業か何かだと思ってやってるの?
そして、一般人はそれをありがたがってるの? ヤバくない?
「食用可能な物は定価、それ以外は百分の一……」
なるほど。
前店長は、捨てられるぐらいなら、欲しい人に持って行って欲しい、と思ってあんなことを書いたのか。
「実質無料なんですけど、倉庫から出すならスタッフが働かないといけないし、冷やかしで大量に持っていかれても困るので」
「そういうことか」
それだけなら、食用可能な物は売らなくてもよかった。
やはり、店ごとまとめ買いをする人を探していたのか。
わかったよ。
前店長。あなたが引き継いできた種子は、私が守って見せる。
「でもさ、その新政権の言ってることは、わからなくもないけど、そこまで切り詰めなきゃいけない様な状況なの?」
確かにあの領地は汚職がまかり通っていたけど、経済的な危機に見舞われていたわけではない。
クーデターは無血で行われた。
クーデター前から暴動を起こしてるやつらはいたけど、経済が破綻するほどの被害が出ていたわけではない。
本当に支援食糧なんて必要なんだろうか?
それに、星系を再起した時、文化や娯楽が崩壊していたら、どうするつもりなんだ。
ラキンは皮肉気に笑う。
「例えばですけど。キャベツの種は、食べ物だと思いますか?」
「え? それは、食べ物じゃないの?」
もちろん、そのまま食べることはできない。
けど、農業ステーションで育てれば食料になる。
ここでもキャベツの種は隣のグロムバックから買っている。
もちろん、種があれば種は増やせるんだけど、専用の畑と授粉用セボットが必要だし、種ができるまで育てたキャベツは、もう食用にはまわせない。
農業ステーションが稼働するまでは、ちょっと手が出せないな。
「新政権の人たちは、キャベツの種を、食用可能のリストに入れませんでした」
「は? どゆこと?」
「そのままの意味です」
「つまり、私が首を突っ込まなかったら、キャベツの種は廃棄されてたってこと?」
「そうなんですよ……。なんなんですか、あの人たち」
もったいない。
新政権には専門家がいないのか?
「最初の内は、まだそんな感じだったんですけど、買い手がついたと知ったとたん、態度が変わってきまして……」
「え? まだなんかあるの?」
「食用可能リストに載っている物は、売れたら定価分の金を新政権に支払うことになっていたんですが、リストを更新し始めたんですよ。終いにはサボテンすら食用可能とか言い出しましてね……」
「え、サボテンって食べられたっけ?」
「絞ってジュースにする人もいるので、一応食用可能です。ただ、新政権の人たち、サボテンはテキーラの原料だとか、わけのわからないことを言い出して……」
あれ? テキーラってサボテンじゃないの? 後で調べて置こう。
「キャベツの種は除外したのに?」
「そういうのも、二回目に出てきたリストにはちゃんと入っていましたよ。おかげで、全体の値段が5倍ぐらいに値上がりしちゃうところでした」
「それは困るわね」
ただでさえ、滅茶苦茶高いのに。お義母様もさすがに全額は出してくれなかったかもしれない。
「しかも、どこから情報が漏れたのか、購入者があなただとバレてしまったようで……売るなとか、料金を支払わせた後に没収しようとか」
「酷い。完全に詐欺じゃん……」
もう、あいつらには同情してやらん。
「最終的に、騒動がサキア様の耳に入って、最初に出したリストの値段で全て売らないと訴訟を起こす、みたいな感じで押さえてくれて……僕たちは種を輸送船に詰め込んで、逃げるようにここまで来たわけですよ」
「そっか……」
お義母様、つえーな。さすが皇帝の側室。
しかし、ペルト279はそんな風になっていたのか。
子どものころは住みやすい場所だと思っていた。けど、私は自分の家の中しか知らなかったんだ。
いや、考えるのはやめよう。
どうせ、私が生きてる間に、というか死んだ後だってペルト279帰ることはない。向こうだって帰ってきて欲しくないだろ。
もう関係ない、関係ない。
私はクッキーを手に取る。チョコレート味だった。
甘い物を食べると、心が安らぐ。
「じゃあ、これからの話をしましょう」
私が言うとラキンも頷く。
「そうですね。種子の保管庫は、もう使えるんですか?」
「ええ。第一保管庫は完成してるはず。他のは、どうだったかな……」
タブレットで確認。
「ふむ。第二保管庫は稼働テスト中。第三保管庫は近日中か……。全部運び込むのはまだ無理かも」
「では、傷みやすい物を先に入れましょう。とりあえず、保管庫の様子を確認して来ようと思います」
「そうね。私も、あっちはまだ見てないわ」
今日の予定は? よし、時間は空いてるな。
「私もこの目で見ておきたいわ。今から行きましょう」
例の秘密兵器も、既に部品が到着して運び込まれているらしい。
そっちも一度見ておかないとね。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!