悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
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016 ペルト279、そんな昔のことは忘れたい

公開日時: 2020年12月14日(月) 11:00
更新日時: 2021年1月4日(月) 21:05
文字数:3,162


 立ち話も何なので、私の執務室に移動した。

 マルレーネが紅茶を入れてくれる。

「それで、前の店長に何があったの?」

 私が聞くとラキンは肩をすくめる。

「いえ。特に何もないですよ。年の割には元気だし、どこかに移住して第二の人生を始めるなんて言ってました」

「それは、ペルト279には住むつもりはない、ってことかしら」

「そうですねぇ……」

「移住先をここにするって考えはなかったのかしら?」

 私が言うと、ラキンは少し気まずそうな顔になる。

「それは……あなたから連絡が来たのは、もう引退を決意した後だったので」

「私がもっと早く気づいてあげるべきだったわね」

「いえ、そう言うことではないですよ。そもそも、引退を決意してお知らせを送ったからこそ、あなたに届いたんですからね」

 ラキンは、明るい表情で答えているが……。

 単に前店長は、ナニモ74に移住する気がなかっただけじゃないか? 正直に言えば、私だって、こんな所、好んで住んでるわけじゃないし。

 たぶん、この話題は掘り返さない方がよさそう。


「それで、ペルト279は、今どうなっているの?」

 貴族とつながりがあった人間が、住みづらい場所に変わっているのだろうとは思う。

「革命政権がいろいろ変えています。治安は悪くないし、いろいろな議論も活発ですよ。彼らは、いい星系を作ろうと努力しています」

 ラキンは微え笑みを浮かべて言うが、その表情にはどこか苦々しいものがあった。

 努力しています、か。

 それは実現に時間がかかると言いたいのか、そもそも方向性が間違っていると言いたいのか。

「なんて言ったらいいんでしょうかね」

 ラキンはカップを手に取り、お茶をすする。

「やっぱり園芸って、貴族や富豪に向けた商売ですからね。部屋にプランターを置くとかならまだしも、宇宙ステーションの中に庭を作ろうって言うと、どうしても……」

「確かに、お金のかかる趣味ではあるわね」

 本格的に木とか育てようとすると、随分広い空間が必要だ。あと電力も。


「ただ、そういうのを加味しても、革命政権の人は、ちょっと言ってることが……僕の考え方とはかなり違うんですよ」

「考え方が?」

 なんか、遠回しに頭がおかしいって言ってない?


 そう言えば、あのメールには、なんか変な事が書いてあった。

『新政権から食用可能と判断されている物は定価で、それ以外は百分の一の価格でご提供します』

 閉店セールと素直に受け取ってよかったのだろうか? 何か引っかかる。


「あれって、どういう意味だったの?」

「そのままの意味ですよ。新政権は、倉庫を徴発しようとしたんです、建物ごと」

「……建物ごと?」

 権力を振るうにしても横暴すぎじゃない? 規模が大きいとはいえ、民間人の経営する商店だぞ?

「当然、保管されている種子は、全て廃棄するんだと言い出して……。食用可能な物だけは、支援食糧として恵まれない人に配ると……」

 いやいや。何を言ってるのか意味が解らないんですけど。

 もしかして、新政権はそれを慈善事業か何かだと思ってやってるの?

 そして、一般人はそれをありがたがってるの? ヤバくない?

「食用可能な物は定価、それ以外は百分の一……」

 なるほど。

 前店長は、捨てられるぐらいなら、欲しい人に持って行って欲しい、と思ってあんなことを書いたのか。

「実質無料なんですけど、倉庫から出すならスタッフが働かないといけないし、冷やかしで大量に持っていかれても困るので」

「そういうことか」

 それだけなら、食用可能な物は売らなくてもよかった。

 やはり、店ごとまとめ買いをする人を探していたのか。

 わかったよ。

 前店長。あなたが引き継いできた種子は、私が守って見せる。


「でもさ、その新政権の言ってることは、わからなくもないけど、そこまで切り詰めなきゃいけない様な状況なの?」

 確かにあの領地は汚職がまかり通っていたけど、経済的な危機に見舞われていたわけではない。

 クーデターは無血で行われた。

 クーデター前から暴動を起こしてるやつらはいたけど、経済が破綻するほどの被害が出ていたわけではない。

 本当に支援食糧なんて必要なんだろうか?

 それに、星系を再起した時、文化や娯楽が崩壊していたら、どうするつもりなんだ。


 ラキンは皮肉気に笑う。

「例えばですけど。キャベツの種は、食べ物だと思いますか?」

「え? それは、食べ物じゃないの?」

 もちろん、そのまま食べることはできない。

 けど、農業ステーションで育てれば食料になる。

 ここでもキャベツの種は隣のグロムバックから買っている。

 もちろん、種があれば種は増やせるんだけど、専用の畑と授粉用セボットが必要だし、種ができるまで育てたキャベツは、もう食用にはまわせない。

 農業ステーションが稼働するまでは、ちょっと手が出せないな。

「新政権の人たちは、キャベツの種を、食用可能のリストに入れませんでした」

「は? どゆこと?」

「そのままの意味です」

「つまり、私が首を突っ込まなかったら、キャベツの種は廃棄されてたってこと?」

「そうなんですよ……。なんなんですか、あの人たち」

 もったいない。

 新政権には専門家がいないのか?


「最初の内は、まだそんな感じだったんですけど、買い手がついたと知ったとたん、態度が変わってきまして……」

「え? まだなんかあるの?」

「食用可能リストに載っている物は、売れたら定価分の金を新政権に支払うことになっていたんですが、リストを更新し始めたんですよ。終いにはサボテンすら食用可能とか言い出しましてね……」

「え、サボテンって食べられたっけ?」

「絞ってジュースにする人もいるので、一応食用可能です。ただ、新政権の人たち、サボテンはテキーラの原料だとか、わけのわからないことを言い出して……」

 あれ? テキーラってサボテンじゃないの? 後で調べて置こう。

「キャベツの種は除外したのに?」

「そういうのも、二回目に出てきたリストにはちゃんと入っていましたよ。おかげで、全体の値段が5倍ぐらいに値上がりしちゃうところでした」

「それは困るわね」

 ただでさえ、滅茶苦茶高いのに。お義母様もさすがに全額は出してくれなかったかもしれない。

「しかも、どこから情報が漏れたのか、購入者があなただとバレてしまったようで……売るなとか、料金を支払わせた後に没収しようとか」

「酷い。完全に詐欺じゃん……」

 もう、あいつらには同情してやらん。

「最終的に、騒動がサキア様の耳に入って、最初に出したリストの値段で全て売らないと訴訟を起こす、みたいな感じで押さえてくれて……僕たちは種を輸送船に詰め込んで、逃げるようにここまで来たわけですよ」

「そっか……」

 お義母様、つえーな。さすが皇帝の側室。


 しかし、ペルト279はそんな風になっていたのか。

 子どものころは住みやすい場所だと思っていた。けど、私は自分の家の中しか知らなかったんだ。

 いや、考えるのはやめよう。

 どうせ、私が生きてる間に、というか死んだ後だってペルト279帰ることはない。向こうだって帰ってきて欲しくないだろ。

 もう関係ない、関係ない。


 私はクッキーを手に取る。チョコレート味だった。

 甘い物を食べると、心が安らぐ。

「じゃあ、これからの話をしましょう」

 私が言うとラキンも頷く。

「そうですね。種子の保管庫は、もう使えるんですか?」

「ええ。第一保管庫は完成してるはず。他のは、どうだったかな……」

 タブレットで確認。

「ふむ。第二保管庫は稼働テスト中。第三保管庫は近日中か……。全部運び込むのはまだ無理かも」

「では、傷みやすい物を先に入れましょう。とりあえず、保管庫の様子を確認して来ようと思います」

「そうね。私も、あっちはまだ見てないわ」


 今日の予定は? よし、時間は空いてるな。

「私もこの目で見ておきたいわ。今から行きましょう」

 例の秘密兵器も、既に部品が到着して運び込まれているらしい。

 そっちも一度見ておかないとね。


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