というわけで、一時間後。私たちは宇宙服に着替えて、ヘテルルス級のブリッジに再度集まった。
私を見たホランドは不敵に笑う。
「逃げずによく来たな」
「なんで私が逃げるって前提で話を進めたがるわけ?」
マルレーネにはめっちゃ引き止められ、考え直すように言われた。
でも、他に道がない。
私は、何をしてでも海賊を追い返すか降伏させないといけない。さもなくば、捕まる前に自害するのが最適解、という悲しい未来が確定する。
抵抗できるうちに、できることをやっておかなければ。
既に艦内重力は消され、空気も抜かれている。
私は片手で手すりを掴んでいた。うっかり手を離すと宙に浮いて戻ってこれなくなる。
無重力は苦手だ。
「なんで重力まで消したの?」
「船が重くなる」
艦内重力と船の質量は、関係ないと思うんだけど……まあ、メインパイロットがそう言うなら、好きにさせよう。
「艦長席はそこだ。シートベルトをして座ってな。基本は俺が指揮を執るが、何かあったら言ってくれ」
ホランドは私に言い、自身はその斜め前にある操縦席に座った。その席の両側から棒付きのグリップのような物が突き出している。あれが操縦桿だろうか?
私は艦長席に座る。ここからだとブリッジの全体を見渡せるようになっている。
「どれぐらい時間がかかるの?」
「到着まで、およそ30分、3分以内に決着をつけて離脱する。ステーションに戻るのがいつになるかは、その後の状況による」
「そう」
30分か……。それで私の命運が決まるわけだ。
ヘテルルス級は、出航した。
インパルス航行に入っても艦内の様子が変わることはない。空気がないから音すら聞こえない。
私はやることがないので、この作戦が成功した後、次にどうするか、今の考えの通りで問題ないかを再確認していた。
失敗した場合のことは考える必要がない。死ぬから。
「到着まであと一分、状況に変化は?」
「変化なし、異常なし」
「……計画通りに行けそうだな」
ホランドは私の方をちらりと振り返る。
「一応聞くが、本当にやるんだな?」
「ええ。頼んだわよ」
「よし。通常航行に戻る!」
ヘテルルス級はインパルスドライブを停止。船体がぶるぶると震える。
直後、ブリッジ内の全ての壁面が外の風景を映し出す。
暗黒の空間。そこかしこに浮いている海賊船。そして正面に海賊の自己転送艦が見える。
船としては巨大なはずだが、距離があるせいか、とても小さく点のように見える。
海賊船団はヘテルルス級に、攻撃を仕掛けてくる。
飛び交うレーザーが、シールドの端をかすめる。
あれ? なんか思った以上に敵が多くない? もうちょっと散開しているとか、最悪、輸送船を追いかけて出払ってたりするのだと思ってた。
しかも、こっちがいきなり出てきたのに、特に混乱とかしてない。
「……待ち構えてたみたいね」
「そりゃそうだ。こっちがインパルスで近づいてることは、気づいていただろうからな」
ホランドは言いながら、両方の操縦桿を前に押す。
ヘテルルス級は、海賊船団のど真ん中へと突っ込んでいく。
無数のレーザーが雨あられと降り注ぐ。
あのレーザーの一発でも戦闘機ぐらいなら一瞬で蒸発するぐらいの威力があるはず。
何発かがヘテルルス級に命中する。
シールドがあるから、大した被害は出ないけど……ホランドは数秒に一度ぐらいの割合で進路を変えている。
一瞬でも止まったら、シールド貫通の効果を持った実弾が飛んでくるだろう。
何隻かの海賊船が、進路をふさぐように動く。その隙間をすり抜けて、自己転送艦の後部へと近づく。
「全目標、ロックオン完了」
「ミサイル発射!」
ミサイルが放たれる。
目標が複数あるのは、自己転送艦のエンジン管が六本ぐらいあるからだ。
わずかな煙を残して飛んでいくミサイル。
自己転送艦の後部の辺りで、連続して爆発が起こる。
いくつかの爆発は、ちょっと早かったような気がした。
「ダメだ、敵のAMSが……」
「半分は命中したぞ、これじゃダメか?」
「目標2と目標5が未達成です」
傭兵たちがせわしなく状況報告をしている。
ラッカスとか呼ばれていた傭兵が叫ぶ。
「200ミリ砲の使用許可を!」
「この状況でかよ? お嬢様?」
は? そんなん聞かれてもわかんねーよ! 何なの? さっきのミサイルじゃダメだったの?
少し嫌な予感がしたけど、承認するしかない。
「何してもいいから、エンジンは必ず潰して!」
「イエッサー」
直後に、ホランドが何をしたのかはわかった。というか、何もしていない。
船が、揺れなくなった。
この弾幕の中、回避機動なしで直進すんのかよ。誰だよ許可したの……って、私か……。いやー、無知って怖いね。
直進は、ほんの5秒ほどの時間だった、と思う。
「撃ちました! たぶん命中!」
「よし!」
ホランドが両方の操縦桿を前と後ろに動かす。
ヘテルルス級がバレルロールした。ブリッジ全体がミキサーでかき混ぜられたみたいに回転する。
その直後、グワワンと船体が振動した。
ひいいいっ。当たった? なんか当たったよ!
「被弾! 左翼四番損傷……右翼七番も出力低下」
「くっ、このっ……」
ホランドが操縦桿を滅茶苦茶に動かす。回避機動、さらに船体がかき混ぜられる。
「被弾! 右翼二番損傷……六番センサー機能停止」
「左右からコルベットが接近、包囲が目的の模様」
あちこちで警報が鳴り始める。
「ミサイルロック多数、迎撃システム飽和!」
「妨害セット全部出せ!」
「離脱軌道……E5が邪魔だ、威嚇射撃!」
「艦尾AMS損傷!」
「メインスラスターに被弾!」
「離脱!」
外部の風景が歪むように後方に流れて行って、ブリッジの壁面が真っ暗になった。
「インパルス航行開始。作戦終了、帰投する」
ホランドが言って、ブリッジ内が安堵に包まれる。
「被害を再確認してくれ。航行に影響を与える部分だけでいい」
「両翼の機能が二割低下。メインスラスターの機能が四割低下です」
「……危なかったな」
あとちょっとで、逃げられなくなる所だったようだ。
この数の敵の中、足止めされたら集中砲火を食らって、あっという間に沈んでいただろう。
まあ逃げられたなら、それでいい。
「追跡は?」
「駆逐艦三隻が、こちらの追跡を開始。ただし、味方と合流する前に追いつかれる可能性はほぼありません」
「ええと、肝心の攻撃はうまくいったってことでいいの?」
私は聞いてみる。
さっきは慌ただしくて何もわからなかった。
傭兵の一人が答える。
「6本あるエンジン管のうち5本を破壊しました。あの形式の船なら、エンジン一つだけを起動するとスピンして空中分解します。動けません。ただ……」
「ただ?」
「ミサイルの一部が撃ち落とされたので、目標2には主砲で1ボレー分のダメージしか与えていません。応急修理が可能だと思います」
「今すぐ修理を始めたとして、いつ終わる?」
「たぶん六時間から十二時間ですね」
「なら、十分よ。それまでに終わらせるわ」
作戦は成功だ。
海賊の自己転送艦の反作用エンジンは破壊された。
これでもう、逃げられない。
インパルスドライブもダメ。あれは反作用エンジンを全力稼働させた状態でなければ、発動できない。
ジャンプドライブは、まだ動くから、そういう逃げ方は可能かもしれない。
まあ、これで海賊が逃げてくれるなら、次に戻ってくるのは早くても十二時間後だ。
それならグロムバック42で待機してる自己転送艦を呼び出して、全員で逃げても間に合う。タキオン通信タワーを爆破しておく時間まである。
要するに、ほぼ私の勝ち。
逃げなかったら? 次の作戦が待っている。
とりあえず、本部ステーションに帰還。
私はヘテルルス級から降りる。マルレーネが待ち構えていた。
「とりあえず、この宇宙服を脱がして」
「はい、更衣室に行きましょう」
マルレーネと更衣室に入って、扉が閉まった所で、私はその場に崩れ落ちた。
「お嬢様? しっかりしてください!」
「大丈夫、ちょっと、力が抜けただけ……」
マルレーネに引っ張り上げられるようにして、どうにか椅子に座る。
「こ、怖かった……」
足がガタガタ震えて力が入らない。
学園では艦隊指揮の授業を受けたけど……シミュレーターを使ったゲームみたいな物だ。人が死んだりなんかしない。
今回のは違う。
攻撃のどれかがヘテルルス級のウイングに直撃していたら、あの船は終わっていた。
一撃で沈むことはないにしても、逃げ切れない。
トラクタービームの件もそうだ。軍用艦を捕まえられる威力のビームなんて、そこらの海賊じゃ用意できないと思っていた。
けれど、もし用意しているとしたら?
何か一つでも違ったら、私は死んでいた。みんな死んでいた。
それは全部、私の責任なのだ。
「お嬢様、両腕を上げてください」
「うん……」
マルレーネが、宇宙服の上半分を引っ張って脱がしてくれる。
ヘルメットの狭苦しい感じがなくなったら、少し落ち着いてきた。
「お嬢様、立てますか?」
「うん。もう大丈夫」
下を脱がすのだろうと思って私は立ち上がった。
だが、気が付いたら、マルレーネに抱きしめられていた。
「ふぇ?」
マルレーネの両腕が私の背中に回されていて、強い力で締め付けられる。
だが、その手つきは優しい。
「お嬢様、立派でしたよ」
「う、うん……ありがとう」
あー、なんかポカポカしてきた。こうされていると安心する。
「お嬢様。あなたはがんばりました。貴族としての責務は十分に果たしたと思います」
「……そうかもね」
「しばらく、お休みしましょう」
少し眠くなってきた。このまま寝てしまっても……いいだろうか。
「ううん。それはダメ。まだやらなきゃいけないことがあるの」
私は意識を引き締める。
ここからは、時間との闘いになる。私の命をチップにして、賭けに勝ったのだ。この勝利を無駄にするわけにはいかない。
猶予は海賊の自己転送艦が動けるようになるまでの、数時間。
マルレーネは、私の決意が固いことを見てとったのか、抱きしめていた腕をとく。
「わかりました。頑張ってください。でも、次はおそばにいてもよろしいですか?」
「うん。私からもお願いね」
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