悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

007 唯一の勝機

公開日時: 2020年11月17日(火) 15:30
更新日時: 2021年1月4日(月) 19:58
文字数:3,507


 さてと、どうしようかな。

 私は、執務室の椅子に深く腰掛けて、考える。

 海賊の戦力は、傭兵をはるかに上回る。正面から殴り合えば、確実に負ける。

 それなら搦め手、と言いたいけど……ろくな選択肢がない。

 いくつか、考えはある。けど、どれも厳しい賭けになる気がする。

「あの、お嬢様。私は、どうすれば?」

 部屋の隅で黙っていたマルレーネが、不安そうに言う。

「ああ。マルレーネは、何も考えなくていいの。作業員と一緒に避難してて」

 客観的に見た場合、マルレーネは、この星系にいる人間の中で一番価値が低い。

 でも個人的に言うなら、私の家族と言っても過言じゃない。誰か一人だけ救う人間を選べと言われたら、私は迷わずマルレーネを選ぶ。


「命乞いでもしようかな……。明らかに無理だし」

 一番、楽なシナリオはこうだ。

 傭兵が離反して逃走(演技)、私たち非戦闘員は降伏。

 傭兵は、二十時間後に隣の星系から来る艦隊と合流、そして海賊を撃破。

 ただし、その場合、私が人質になってる可能性が高いから……自害するか。

 うん。論外だな。

 そもそも、数が同じになっても勝てるとは限らないし……。


 私は、ホランドの方を見る。

「……傭兵たちは、あんたが死ねって命令したら、死んでくれる?」

「さあな」

「こいつ、使えねぇな」

「なんだと?」

 おっと、声に出して言ってしまった。

「じゃあ、あんたは? 私が死ねって言ったら、死んでくれる?」

「……」

 ホランドはしばらく黙って私の顔を見ていたが、鼻で笑う。

「それに見合った価値ってやつを、あんたが見せてくれるならな。今のところはダメダメだな」

 ちっ。

「こいつ、使えないわね。どうりで部下もついてこないわけだ」

「なんだと?」

 こいつと交渉しても事態は進展しそうにない。

 つまり、傭兵団の指揮を私が乗っ取る必要がある。

 私は傭兵団を雇った時の経歴書を再確認。

 そして一つ、作戦を思いついた。

 傭兵団に、一人有能がいる。こいつを私の指揮下に置いて、大きな賭けを一つ成功させれば、勝てる。


 私はホランドの方を見る。

「あのさ、傭兵団のアピール項目に、駆逐艦のS2操艦ライセンス持ってる人がいるって書いてあったけど、それ誰? ちょっと借りてもいい?」

「俺だが?」

「……え?」

 やべっ。それは考えてなかった。


 マルレーネが近づいてきて、私に耳打ちする。

「お嬢様、謝罪した方がよろしいかと」

 うーん。そうかなぁ。

 そもそも、こいつ私に雇われてるって自覚ないじゃん。誰が給料払ってると思ってんの? いや、金の出所は皇帝だけど。でもさぁ……。

 私、命懸けで戦うか、って聞いたんだよ? 即肯定しないとダメでしょ? 絶対ホランドが悪いと思うんだけどなぁ。


 まあいいや、もう一度やり直そう。

 私は咳ばらいを一つ。

 できる限りの真剣な顔で問う。

「ホランド・ジェラーノ。あなたは、私の命令に従い、命懸けで戦ってくれますか?」

「……」

 ホランドは急に態度を変えた私に戸惑ったようだった。

 さあ、私のカリスマ性に酔いしれるがいい。

「ホランド・ジェラーノ? どうしたのですか?」

「……」

 なんで無反応なんだよ。

「い、命懸けで戦うと言いなさい」

「……」

 ホランドは無言だ。変な表情のまま、少し肩を震わせている。


 こいつ、まさか……笑うの我慢してるのか?

 まあ、自分でも無理があったのは自覚してるけど。


 私は諦めて、マルレーネの方を見る。

「今さら気づいたんだけどさ。もしかして私、第三皇子の妃とかに、向いてなくない?」

「……、そんなことはないと思いますよ」

 マルレーネはそう言ったけど、本心でどう思っていたのかは、わからない。

 一方、ホランドは我慢できなくなったのか、噴き出した。

 ……ちくしょう。


 だが笑ったからおまえの負けだ。


***


 ヘテルルス級駆逐艦。

 トビウオにちなんで名づけられたらしい。

 全長220メートル。

 駆逐艦ということで、ちょっとサイズは小さいし防御力も低い。それでも動きは速いし、戦艦にも致命打を与える強力な対艦ミサイルを備えている。

 魚のような胴体。そして最大の特徴は、高速飛行時に左右に展開される羽。この羽から重力波を放つことにより、急旋回を可能とする。


 私とホランドはその船に乗り込んだ。

 艦橋には10人ぐらいのスタッフがいて、私のことをジロジロと見てくる。

「随分いい船を持ってるじゃない。今回の作戦目的を考えれば、ミスク国内で手に入る中でも、三番目ぐらいにいい船よ」

「……そいつはどうも」

 一番いいのはヘテルルスMK2なんだけど、あれは民間じゃ手に入らない。他の似たような船は、値段が高い。現状、最善の選択肢みたいな物だ。

「それで? この船と俺の操舵技術がないとできないようなことってなんだ?」

 ホランドに聞かれる。

 ふふふ。聞いて驚け。


 私は艦橋の中央にある、床から生えた箱のようなテーブルの所に行く。このテーブルは、ヴィジャボードなどと呼ばれる。

 全面がタッチパネルのスクリーンになっていて、戦場の様子がリアルタイムで表示され、手で操作して必要な線を書き込んだり、艦隊の行動予定をシミュレートしたりもできる。

 今はナニモ74星系の、重要目標が全て表示されている。

 本部ステーションと採掘場、そして海賊の自己転送艦。


「作戦を説明するわ。まず、この駆逐艦で、海賊艦隊のど真ん中に突入」

「突入? 単艦でか?」

 ホランドは信じられないと言いたげに目を見開く。周りにいる傭兵たちも怪訝そうな顔。

 私は、本部ステーションから、自己転送艦に線を引く。

「ついて来れる船は他にない。単艦になるわね」

「集中砲火を受けて沈むだけじゃないか?」

「一撃離脱ならいけると思うけど……無理だと思うならそう言ってくれて構わないわ。やるのはあなたよ」

 私は挑発するように言う。

 ホランドは不機嫌そうな顔で私を睨む。

「実行するとして、攻撃目標は?」

「自己転送艦の後部のエンジンブロックね。ここを破壊すれば、移動も回避もできなくなる」

「なるほど。理屈だけは立派だな」

「私の完璧な作戦の、どこに文句があるのかしら?」

「離脱が問題だ。後ろから撃たれて、こっちが沈む。何かアイディアは?」

「チャフ、EMPドローン、インパルスドライブ。それと気合」

 レーダーを妨害しまくって全力で逃げる。それだけだ。

「トラクタービームで捕まったら? 一度止められたら、インパルスドライブに入れるようになるのに、時間がかかる」

「そういうのはいないと思うわ」

「どうして?」

 私は微笑んで見せる、自分にできる最高の笑顔で。

「こう見えて、私って運がいいの」

「はっ。命令するだけのやつは気楽でいいな」

 ホランドはバカにしたように言う。ここまでは、想定通り。

「私もいっしょに行くわ。お守り代わりにさせてあげる」

「……正気か?」

 ホランドは目を瞬かせる。

 周りの傭兵も、困惑している。

「ちょっとリスクがあるのは、承知の上よ。でも、これが成功すれば、勝ち目が生まれる」

「他のやり方じゃダメか? 自己転送艦のエンジンブロックだけ破壊すればいいんだろ?」

「正攻法じゃ無理でしょ」

 仮に、正攻法で攻め込めるだけの大戦力があったら、終わった時には海賊艦隊は敗走しているだろう。策をめぐらす意味がない。

 ホランドもそれはわかっていたのか、頷く。

「攻撃直後にインパルスドライブを使う気なら、現場で停止するわけにはいかない。エンジンブロックの破壊に使える時間が少ない。そして失敗したら二度目のチャンスはない」

「そうね」

 ホランドはブリッジにいる他の仲間を見渡す。

「……ラッカス、どう思う? 全力の回避機動の中、せいぜい60秒ぐらいしかないが」

「艦首のミサイルを全部叩き込めば、何とかなると思いますよ」

 傭兵の一人、攻撃担当らしき男が答える。

「艦首ミサイルか……」

 ホランドは何かを考えているようだったが、それを言葉にはせず頷く。

「それなら、何とか実行できそうだ」

「決まりね」

 私は少しほっとした。

 できないとか、やりたくないとか言われたら、もうお手上げだから。

「それで? どのルートで接近する?」

「こっちに向かって攻撃するんだから、こっち側から来るべきでしょう?」

 私はヴィジャボードにローラーコースター曲線を描く。

 いや、待てよ。移動中に、自己転送艦の向きが変わったらどうしよう……そうなる前にやるしかないか。

 ホランドも同じことを考えたのか、

「一時間後に実行する、機材をチェックして何も問題なければな。……念のため確認するが、本当におまえも来るのか?」

「令嬢に二言はないわ」

 正直、私が行く意味はないし、行きたくもない。

 でも、ここで降りるとは言えないからね。

「出発前に、宇宙服に着替えてこい。接敵前に艦内の空気を抜く」

 空気が充満したままだと、壁に穴が開いた時に外に吸い出されるから、らしい。


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