さてと、どうしようかな。
私は、執務室の椅子に深く腰掛けて、考える。
海賊の戦力は、傭兵をはるかに上回る。正面から殴り合えば、確実に負ける。
それなら搦め手、と言いたいけど……ろくな選択肢がない。
いくつか、考えはある。けど、どれも厳しい賭けになる気がする。
「あの、お嬢様。私は、どうすれば?」
部屋の隅で黙っていたマルレーネが、不安そうに言う。
「ああ。マルレーネは、何も考えなくていいの。作業員と一緒に避難してて」
客観的に見た場合、マルレーネは、この星系にいる人間の中で一番価値が低い。
でも個人的に言うなら、私の家族と言っても過言じゃない。誰か一人だけ救う人間を選べと言われたら、私は迷わずマルレーネを選ぶ。
「命乞いでもしようかな……。明らかに無理だし」
一番、楽なシナリオはこうだ。
傭兵が離反して逃走(演技)、私たち非戦闘員は降伏。
傭兵は、二十時間後に隣の星系から来る艦隊と合流、そして海賊を撃破。
ただし、その場合、私が人質になってる可能性が高いから……自害するか。
うん。論外だな。
そもそも、数が同じになっても勝てるとは限らないし……。
私は、ホランドの方を見る。
「……傭兵たちは、あんたが死ねって命令したら、死んでくれる?」
「さあな」
「こいつ、使えねぇな」
「なんだと?」
おっと、声に出して言ってしまった。
「じゃあ、あんたは? 私が死ねって言ったら、死んでくれる?」
「……」
ホランドはしばらく黙って私の顔を見ていたが、鼻で笑う。
「それに見合った価値ってやつを、あんたが見せてくれるならな。今のところはダメダメだな」
ちっ。
「こいつ、使えないわね。どうりで部下もついてこないわけだ」
「なんだと?」
こいつと交渉しても事態は進展しそうにない。
つまり、傭兵団の指揮を私が乗っ取る必要がある。
私は傭兵団を雇った時の経歴書を再確認。
そして一つ、作戦を思いついた。
傭兵団に、一人有能がいる。こいつを私の指揮下に置いて、大きな賭けを一つ成功させれば、勝てる。
私はホランドの方を見る。
「あのさ、傭兵団のアピール項目に、駆逐艦のS2操艦ライセンス持ってる人がいるって書いてあったけど、それ誰? ちょっと借りてもいい?」
「俺だが?」
「……え?」
やべっ。それは考えてなかった。
マルレーネが近づいてきて、私に耳打ちする。
「お嬢様、謝罪した方がよろしいかと」
うーん。そうかなぁ。
そもそも、こいつ私に雇われてるって自覚ないじゃん。誰が給料払ってると思ってんの? いや、金の出所は皇帝だけど。でもさぁ……。
私、命懸けで戦うか、って聞いたんだよ? 即肯定しないとダメでしょ? 絶対ホランドが悪いと思うんだけどなぁ。
まあいいや、もう一度やり直そう。
私は咳ばらいを一つ。
できる限りの真剣な顔で問う。
「ホランド・ジェラーノ。あなたは、私の命令に従い、命懸けで戦ってくれますか?」
「……」
ホランドは急に態度を変えた私に戸惑ったようだった。
さあ、私のカリスマ性に酔いしれるがいい。
「ホランド・ジェラーノ? どうしたのですか?」
「……」
なんで無反応なんだよ。
「い、命懸けで戦うと言いなさい」
「……」
ホランドは無言だ。変な表情のまま、少し肩を震わせている。
こいつ、まさか……笑うの我慢してるのか?
まあ、自分でも無理があったのは自覚してるけど。
私は諦めて、マルレーネの方を見る。
「今さら気づいたんだけどさ。もしかして私、第三皇子の妃とかに、向いてなくない?」
「……、そんなことはないと思いますよ」
マルレーネはそう言ったけど、本心でどう思っていたのかは、わからない。
一方、ホランドは我慢できなくなったのか、噴き出した。
……ちくしょう。
だが笑ったからおまえの負けだ。
***
ヘテルルス級駆逐艦。
トビウオにちなんで名づけられたらしい。
全長220メートル。
駆逐艦ということで、ちょっとサイズは小さいし防御力も低い。それでも動きは速いし、戦艦にも致命打を与える強力な対艦ミサイルを備えている。
魚のような胴体。そして最大の特徴は、高速飛行時に左右に展開される羽。この羽から重力波を放つことにより、急旋回を可能とする。
私とホランドはその船に乗り込んだ。
艦橋には10人ぐらいのスタッフがいて、私のことをジロジロと見てくる。
「随分いい船を持ってるじゃない。今回の作戦目的を考えれば、ミスク国内で手に入る中でも、三番目ぐらいにいい船よ」
「……そいつはどうも」
一番いいのはヘテルルスMK2なんだけど、あれは民間じゃ手に入らない。他の似たような船は、値段が高い。現状、最善の選択肢みたいな物だ。
「それで? この船と俺の操舵技術がないとできないようなことってなんだ?」
ホランドに聞かれる。
ふふふ。聞いて驚け。
私は艦橋の中央にある、床から生えた箱のようなテーブルの所に行く。このテーブルは、ヴィジャボードなどと呼ばれる。
全面がタッチパネルのスクリーンになっていて、戦場の様子がリアルタイムで表示され、手で操作して必要な線を書き込んだり、艦隊の行動予定をシミュレートしたりもできる。
今はナニモ74星系の、重要目標が全て表示されている。
本部ステーションと採掘場、そして海賊の自己転送艦。
「作戦を説明するわ。まず、この駆逐艦で、海賊艦隊のど真ん中に突入」
「突入? 単艦でか?」
ホランドは信じられないと言いたげに目を見開く。周りにいる傭兵たちも怪訝そうな顔。
私は、本部ステーションから、自己転送艦に線を引く。
「ついて来れる船は他にない。単艦になるわね」
「集中砲火を受けて沈むだけじゃないか?」
「一撃離脱ならいけると思うけど……無理だと思うならそう言ってくれて構わないわ。やるのはあなたよ」
私は挑発するように言う。
ホランドは不機嫌そうな顔で私を睨む。
「実行するとして、攻撃目標は?」
「自己転送艦の後部のエンジンブロックね。ここを破壊すれば、移動も回避もできなくなる」
「なるほど。理屈だけは立派だな」
「私の完璧な作戦の、どこに文句があるのかしら?」
「離脱が問題だ。後ろから撃たれて、こっちが沈む。何かアイディアは?」
「チャフ、EMPドローン、インパルスドライブ。それと気合」
レーダーを妨害しまくって全力で逃げる。それだけだ。
「トラクタービームで捕まったら? 一度止められたら、インパルスドライブに入れるようになるのに、時間がかかる」
「そういうのはいないと思うわ」
「どうして?」
私は微笑んで見せる、自分にできる最高の笑顔で。
「こう見えて、私って運がいいの」
「はっ。命令するだけのやつは気楽でいいな」
ホランドはバカにしたように言う。ここまでは、想定通り。
「私もいっしょに行くわ。お守り代わりにさせてあげる」
「……正気か?」
ホランドは目を瞬かせる。
周りの傭兵も、困惑している。
「ちょっとリスクがあるのは、承知の上よ。でも、これが成功すれば、勝ち目が生まれる」
「他のやり方じゃダメか? 自己転送艦のエンジンブロックだけ破壊すればいいんだろ?」
「正攻法じゃ無理でしょ」
仮に、正攻法で攻め込めるだけの大戦力があったら、終わった時には海賊艦隊は敗走しているだろう。策をめぐらす意味がない。
ホランドもそれはわかっていたのか、頷く。
「攻撃直後にインパルスドライブを使う気なら、現場で停止するわけにはいかない。エンジンブロックの破壊に使える時間が少ない。そして失敗したら二度目のチャンスはない」
「そうね」
ホランドはブリッジにいる他の仲間を見渡す。
「……ラッカス、どう思う? 全力の回避機動の中、せいぜい60秒ぐらいしかないが」
「艦首のミサイルを全部叩き込めば、何とかなると思いますよ」
傭兵の一人、攻撃担当らしき男が答える。
「艦首ミサイルか……」
ホランドは何かを考えているようだったが、それを言葉にはせず頷く。
「それなら、何とか実行できそうだ」
「決まりね」
私は少しほっとした。
できないとか、やりたくないとか言われたら、もうお手上げだから。
「それで? どのルートで接近する?」
「こっちに向かって攻撃するんだから、こっち側から来るべきでしょう?」
私はヴィジャボードにローラーコースター曲線を描く。
いや、待てよ。移動中に、自己転送艦の向きが変わったらどうしよう……そうなる前にやるしかないか。
ホランドも同じことを考えたのか、
「一時間後に実行する、機材をチェックして何も問題なければな。……念のため確認するが、本当におまえも来るのか?」
「令嬢に二言はないわ」
正直、私が行く意味はないし、行きたくもない。
でも、ここで降りるとは言えないからね。
「出発前に、宇宙服に着替えてこい。接敵前に艦内の空気を抜く」
空気が充満したままだと、壁に穴が開いた時に外に吸い出されるから、らしい。
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