執務室の端に、テラリウムを設置してみた。
アクリルの水槽の中に、石や人口枝を組んで土台を作り、シダとコケを生やして、森っぽく作る。
「ふーふふ、ふーふ、ふーふふふーん」
私は霧吹きで、人口枝の表面を濡らしていく。この水分でコケが育つ。
枝の表面にコケがいい感じに定着すると、本物の森で見かける様な、年季の入った倒木を表現できるのだとか……
本物の森なんて、人類が見たのは何千年も前だろうから、これが正しいのかは誰も知らないんだけどね。
マルスド園芸店を星系内に置いたことで、銀縁メガネに要望書を出さなくてもこういう物が入手できるようになった。
っていうか、私物の類は欲しいって言っても確実に却下されるからな……。
でもいいんだ。いつか私の天下を取り戻して見せる。
それまでは、小規模に、細々とやっていくだけだね。
***
「……おや、部屋にそんな物を置くとは、いい御身分ですね」
銀縁メガネとの通話の時に、さっそく嫌味を言われた。
ま、通話する時に映り込むような場所に置いたのは、わざとなんだけど。
「なんで、禁止されてるわけじゃないでしょ?」
「そうですね。開発局としては、そちらの星系がちゃんと発展してくれれば、あなたが何をしていようが構いませんよ」
マッキンタイアは、そう言ってため息をつく。
「ならいいでしょ。それで今日は何の話?」
「……業務連絡です」
マルスド園芸店の移動が完了した、宇宙トーチカの建設が終わった、農業ステーションの建築に取り掛かった。
そんな報告をする。
「ところで、話が変わるんだけど、あなた、いつこっちに来るの?」
私が聞くと銀縁メガネは目を逸らす。
「さあ、いつになるのでしょうね」
「最初の予定では、長距離タキオン通信タワーが完成したら、オフィスをこっちに移す予定だったと思うのよ? あれからずいぶん経ったんだけど、なんで移動してこないの?」
物理的距離が近い方が丸め込み……じゃなくて説得がやりやすいのだ。
だから、こっちに来て欲しいのだけど。
「どうしてと言われましても……仕事が増えたから、引っ越すどころではないのですが?」
「仕事が増えた?」
なんで?
「本来なら、あなたの言う通り、通信タワーの完成を持って、移動するはずでした。ところがあなたがタワーの完成を遅らせたため、私は予定を一か月後ろに倒しました」
私のせいかよ。
「でも、あれから二か月ぐらい経ってるよね?」
「その間に、海賊の襲来がありましたからね。治安状況の悪化を鑑みて、連絡用スタッフは移動を避けるようにと開発局から通達があったのです」
「そんなに用心する必要ある?」
「この用心深さがなければ、傭兵すらいない状態で海賊を迎えていた可能性もあるんですよ」
ああ、ホランドを雇えって言ったのもこいつだったな。
「とにかく、仕事は増えたのです。皇帝クエストの進捗報告に猶予を設けるよう請願して、作業用ドロイドの予算を申請して、さらに宇宙トーチカの設置に関する細かな調整に追われているのです」
それは大変だったね。
けど、全部終わってるじゃん。それなら、引っ越しできるのでは?
「……なんか、このトーチカ。私が考えてたのより規模が小さいんだけど、大丈夫なの?」
「湯水のように予算が出てくると思わないでください」
だいぶ予算削られたもんね。
農業ステーションは要求から1ランクダウン。本部ステーションの隣にも同じのが建ったのはいいけど、傭兵拠点はトーチカなし。距離が近いから一つで十分って言われた。
小惑星の採掘拠点と第四惑星の衛星には……最低ランクのが配備された。
小惑星の方はいざとなったら退避すればいいし、衛星には貨物用のレールガンがあるから大丈夫。
うーん。本当に大丈夫かな?
なんか、わざと不完全な防御態勢を構築させられているような気がするんだけど……。
ふと思いついたので聞いてみる。
「ねえ、海賊が来るのって、なんか兆候とかあったの?」
「は? 兆候?」
銀縁メガネは、惚けたような顔になる。
「だって、傭兵を雇うことになったって急に言い出したし、雇ったらすぐに海賊が来たから……」
「さあ、どうなんでしょうね? 上からの指示ですので……」
うーん? なんかごまかそうとしてない?
「トーチカの建築は誰が言い出したの? それも同じ人?」
「同じと言えば同じですが……」
何か納得いかないな。
用心深いだけなら別にいいんだけど……
トーチカの完成報告の直後に、また変なのが来るんじゃないだろうな?
いや、私の考えが正しいなら、マッキンタイア、あるいはその上司は、チョーブル帝国が攻めてくるかどうかを知っているのだ。
敵を引き込んでいるのか?
いや、開発局がミスク帝国を裏切っているとは思いたくない。
というか、防衛予算を組んでくれてるから、それは考えにくい。
ってことは……。
「もしかして情報局?」
「何がですか?」
「チョーブル帝国の侵攻情報を集めてくるなんて、開発局の専門分野じゃないでしょ。あんたの上司が情報局の誰かと友達なら、ありえるかなと思って……」
「面白い着眼点ですね。ですが、たぶん違う、と言って置きましょう」
「たぶん?」
なんだこの余裕。こいつ、答えを知ってるな?
「あなたは、メナスト・ラスティザーグ、という男を知っていますか?」
「ん? 誰だっけ……」
ラスティザーグという名前には聞き覚えがある。チョーブル帝国の皇帝がそんな名前だったはず。その親族かな?
「アレクシア・フィルタスは、メナストの部下だと考えられています」
つまり、このナニモ74をどうにかしたいのは、そのメナストってやつなのか。
「メナストは何が目的なの?」
「いろいろ考えられますが……我らミスク本質帝国と、チョーブル正当帝国、そしてイルブレム神聖帝国は、犬猿の仲ですからね」
「そうね」
お互いに帝国の後継者を名乗っているからね、300年に渡る対立の歴史は深い。
「チョーブルは、ミスクとイルブレムに上下を挟まれている都合上、我々よりも、好戦的に動く文化が育っています」
「それはあるね」
学園でもかなり対立関係にあったな。
「しかし、攻めてくるのは、領土問題だけが原因とは言えません。未開発の星系は、お互いに大量にありますからね」
「うん……」
銀縁メガネは何をいいたいんだろう? よくわからん。
「メナスト・ラスティザーグは、現在皇位継承権31位です」
「31? あまり高くないわね」
第三皇子と仲良くしていた私からすると微妙だ。
「しかし、今回のナニモ74侵略が成功していれば、その順位が大きく上っていた可能性がありました」
「つまり、国内での自分の地位を高めるためにアレクシアを差し向けてきたってこと?」
「そういうことになりますね」
面倒くさい奴らだな。国内の争いは国内でやればいいのに。
しかし、それだけだと私の疑問の答えになってない気がする。
「ねえ。そのメナストが私利私欲のために攻めてくるととしても、その相手はどこでもいいはずよね?」
「そうですね」
「じゃあ、このナニモ74が選ばれた理由は何? ただの偶然?」
「さあ、そこまでは……」
怪しい。
「例えば、ミスク帝国全体の防御力を高めて、その中でわざとナニモ74だけ弱めにしたら、ここがターゲットになりやすくなるとか、考えられない?」
「……考えすぎですよ」
そうだといいけど……。
「ちなみにここのご近所の防衛体制はどうなってるの?」
「……そうですね、たとえば、ここから20光年ほど離れた開発中の星系では、宇宙トーチカの予算は申請通り全額通ったようです」
「おい!」
やっぱりここが生贄じゃないか!
皇帝なんなの? 私をどうしたいの?
***
要するに、そういうわけだからね。
トーチカなんか建てたところで、弱い輪に設定されたナニモ74の安全性が上がるわけではない。
むしろ、お互いの戦争準備が整いつつある。
つまりトーチカの完成は、私の保護期間が終了したのと同じ意味なのだ。
だから、銀縁メガネとの会話の二週間後に、予定外の自己転送艦が飛んできても、私は特に驚かなかった。
ああ、またかよ。
オペレーターが私に告げる。
「所属不明の自己転送艦からメッセージが届いています」
「はいはい、つまらない挑発でしょ」
そんなの相手するより、ホランドとザストに連絡して防御と避難を進めなければ……。
「いえ、それが……対象は平和的使節団を自称しています。そして、クルミア・ティブリス。つまりあなたとの面会を要求しています」
「は?」
なにそれ? ふざけてんの?
相手の戦力を見る。
自己転送艦の周りにいるのは、駆逐艦5隻……。
正面から戦ったら、こっちが確実に勝てる。
しかし、一方的に殲滅してしまっていいものだろうか? 敵側に変な大義名分を与えてしまうのは、好ましくない。
というか、こいつら絶対にアレクシアと同じ所から送り込まれてるんだよな……。
つまりこいつの背後にいる奴を怒らせると、めんどうなことになる。例えば、前回を超える規模の大艦隊を送り付けられるとか。
どうにかして平和的にお帰りいただかないと……。
仕方ない、話だけでも聞いておくか。
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