悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

005 宇宙のひまわりはまわらなかったりする

公開日時: 2020年11月15日(日) 23:41
更新日時: 2021年1月4日(月) 20:05
文字数:3,736


 本部ステーションがようやく完成した。

 ここで最も重要な施設は、長距離タキオン通信タワー。これがあればグロムバック42とも、リアルタイム通信ができる。

「いろいろありましたが、無事完成してよかったですよ」

「ええ。あなたもの仕事もこちら側でできるようになるでしょう。早く来て欲しいわ」

 私は画面の向こうのマッキンタイアこと銀縁メガネに向けて、オホホと笑う。

 ……テントの恨み、忘れてないからな。


「それで、建設班は今は何をしているのですか?」

「傭兵のリクエストでドッグの建設中よ。それと並行して傭兵用の宿舎も取り掛かってるところ……」

「ドッグが先ですか?」

「そりゃそうでしょ。あの人たちは船が仕事道具だし。寝泊まりは船の中でもいいし……。これが終わったら、次は何をするんだっけ?」

「居住区と大型農場、そして食品加工所でしょう。それが完成したら他の星系から人を呼びます」

「ふむ……」

 とうとう、その段階が来たか。

 今の所、この星系にいるのは雇いのスタッフばかりだ。私の指揮下にあるのは、行政施設というより軍事基地に近い物だった。

 だが、これからは違う。真の意味での民間人が入って来る。

 それは皇帝クエストの半年目の目標。人口五万人。


 五万人と言うと多いように思えるけど。ホランドたち傭兵が4200人だから、その12倍と考えると、あんまり大した数ではない。

 二万人規模の農場ステーションを三つぐらい作って、全ての機能をそこに集約させればいい。

 人口は労働力だ。今後の展開を考えると、どれだけ確保しても足りない。


「ところで、作業用ドロイドの追加発注をしたいんだけど? 今の五倍ぐらいいると便利だと思うのよ」

「予算を申請しておきます」

 よしっ!

 私は皇帝クエストに素直に従っているふりを見せている。だが、真の目的は二つ目の採掘場と工業ステーションだ。

 ここでうまく立ち回れば、一週間分の余裕を一か月に変えることができる。

 第四惑星の調査は……まだしばらく我慢しておこう。

 惑星調査の機械は、この星系の工場で作らせるつもりだ。皇帝に借金して買うわけにはいかないから。

 私が暗躍しても、マッキンタイアは気づかないはず。


***


 本部ステーションの中央ホールには花壇を作った。

 本当は、並木道というのを作ってみたかったけど、予算とスペースの都合で無理だった。

 というか、木が手に入らなかった。

 大きな樹木を生きたまま運ぶのは難しいし、そもそも、そんなのを育ててる星系は、一番近いところで百光年も離れていた。私の力じゃどうにもならん。


 それでもめげずに、花壇には、色とりどりの花を植えた。ガーベラ、ザワロナ、キキョウ、ジギタリス……。

 この花壇は、厳密には大型のプランターだ。

 花が終わったら取り外して栽培室に戻し、別の花が咲いているプランターを代わりに置く。一年中花が楽しめるというわけだ。


「無駄じゃないか、それ」

 後ろから無粋なことを言われた。ホランドだった。なんでいるんだ?

「何が無駄だって言うのよ」

「いや……それ、大して酸素作らないだろ?」

「あんた、情緒の欠片もないわね。花に機能なんて必要ないわ」

 まあ、宇宙ステーションを経営する以上、酸素発生量を無視できないのは事実だ。

 これは樹木を諦めた理由の一つでもあった。


 植物は光合成をする。二酸化炭素を酸素に変えてくれる。

 でもそれは魔法ではない。

 炭素は消えない。吸い取られた炭素がどこにいくかを考えると、樹木は言うほど酸素を出さない。

 特に広葉樹。毎年散らかす落ち葉。あの落ち葉を構成する炭素と水素の分だけしか酸素を発生してくれないのだ、こいつらは。

 しかも落ち葉は生ごみ扱いなので、酸素は実質ゼロだ。


 じゃあ、一番酸素効率がいい植物は何か?

 レタスだ。

 植物工場で作られるレタス。なにしろ、二酸化炭素の発生源である人間が食べる物だから、無駄がない。

 しかも狭い所で大量生産できる。


 多くの宇宙ステーションでは、レタスはほぼ無料で提供される。

 二酸化炭素がある限り、レタスを育てなければならない。

 作ったらすぐ人間に食べてもらわないといけない。

 生ごみにすると二酸化炭素の発生源になるから、廃棄は許されない。廃棄に罰金が科せられる所も珍しくない。

 私も最近、レタスを食べる量が増えた気がする。……悲しい。


「ひまわり。ひまわりに手を出すか……」

 思わずつぶやくと、ホランドが、ぎょっとしたように私の方を見る。

「なんだよ。ひまわりって」

「え?」

「手を出すのに躊躇するような、ヤバい植物なのか?」

「別に? 観賞用に育てるには、ちょっと手間がかかるから、手を出しづらいってだけよ……」

 ひまわりは、花が大きくて見栄えがいいし、種は食用油の原料にもなる。

 効率主義者を黙らせるには最適の花だ。


 さらに、花が咲く前の段階では、先端部分の葉の塊が光源を追いかける性質がある、のだけど……

 宇宙ステーションの中で育てると、まっすぐ天井を向いて育ってしまって、おもしろくない。

 観賞用に育てるなら、光を横から当てなければならないんだけど、それだと茎が真っすぐ育ってくれなくて見栄えが悪くなるので……。 半日かけて光源が東から西へ移動するのを再現する必要がある。

 ただし、それは食用品の育成としては、明らかに効率が悪くなって、本末転倒だ。

 ……ああ、地球に住んでた時代のやつらがうらやましい。


「そのうち、専門の育成家を雇う必要があるわね」

「花専門の? そこまでする必要あるか?」

「いいのよ。誰だって趣味の一つや二つ有るもんでしょ?」

 いつか、私の気持ちをわかってくれる人も出てくるだろう。

「で? 何か用?」

 私が聞くと、ホランドは頷く。

「少し、今後の予定について話し合いたくてな」

「面会の予定を入れるなり、メールでやりとりするなり、何かあったでしょ」

「……捕まらなかったら、そうするつもりだったさ」

 こっちも休日の概念ぐらいあるんだけど。

「それで、予定って何?」

「契約期間のことだ。とりあえず一年となっているが……」

「そうね」

 その一年を伸ばすか切るか。決断するのはまだ先の話だ。

 今するような話ではない。

「この星系には、ジャンプゲートはまだないよな? いつ完成するんだ?」

「え? それは、二年半後の予定だけど」

「は? 皇帝クエストには二年の節目って書いてあったぞ?」

「あ! うん、間違えた。二年後ね。二年後」

 やばいやばい。あの話を知っていていいのは、私の他にはザストとマルレーネだけだ。

 マッキンタイアにばれるのは最悪だが……そうか、ホランドや傭兵たちにバレるのもまずいな。

「ジャンプゲートがなければ、契約が終わっても俺たちは帰れない。どうするんだ?」

「そうね……」

 どうしようかな。


 宇宙の移動には、三種類のエンジンがある。


 一つ目、反作用エンジン。いわゆる通常航行、船の後ろが光るやつ。近い距離を移動する時とか、ステーションに入港する時に使う。

 二つ目、インパルスドライブ。光速の半分ぐらいのスピードで移動する。惑星から惑星の間を移動するのに使う。

 三つ目、ジャンプドライブ。数光年を一瞬で移動する。恒星系から他の恒星系に移動するのに使う。


 さらに、ジャンプドライブも、細かく分類すると三種類ある。


 一つ目、自己転送艦。これを搭載してる船は、単体で数光年の距離を一気に飛べる。私がナニモ74に来るときに乗っていた船がこれ。

 二つ目、ジャンプブリッジ。船を転送する装置。出発点だけに装置があればいい。ただし片道切符、エネルギー効率も良くない。ホランドたちの艦隊がナニモ74に来た方法がこれ。

 三つ目、ジャンプゲート。出発地点と到着地点に装置が必要。宇宙船を恒星間で移動させる、もっとも一般的な装置。帝国領の全域はこの種のゲートで連結されている。ナニモ74にはまだない。二年目の目標に設定されてるのもこれ。


 それでこの情報が何を意味するのかと言うと……ホランドたちが、艦隊を連れて他の星系に行く手段が、ない。

 人間を何人か連れて行くなら、自己転送艦が一隻あればいい。

 しかし、艦隊となるとね。


 もちろん艦隊を引き連れてジャンプできる自己転送艦というのもあるんだけど……ここにはない。

 隣のグロムバック42にもない。

「契約が更新されるなら、文句ないでしょ」

 私は適当に言う。

 ……正直に言うとこの傭兵団には一抹の不安を覚えているが。確かに契約解除の場合は面倒だ。


 物理的な解決策はある。

 どこかから大型の自己転送艦を借りてきて、それを使ってグロムバック42に送ってあげればいい。

 ただ、借りてくるには金がかかる。

 そして、大金を使ってまで追い出したくなるような関係だったのか? などと言う話が広がると、私も傭兵団も、両方ともに損をすることになる。なかなか難しい。

「ま、その時はその時よ」

「……そうだな」

 たぶん私と同じ結論に至ったらしいホランドも、追及してこなかった。


 その時、タブレットが着信音を鳴らした。私のと、ホランドの、同時にだ。

 何か嫌な予感を覚えながら、通話ボタンを押す。

 オペレーターが言う。

「正体不明の自己転送艦が、1.5AUの距離にタッチダウンしました。多数の艦艇を従えている模様。詳細不明」


 は?

 なんで? っていうか、誰が来たの?


 ホランドが嫌そうな顔で呟く。

「あんたが知らないってことは、たぶん海賊だろ。他にありえん」


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