悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

1-2 また開拓の日々が続く

012 モーニングルーティン

公開日時: 2020年11月28日(土) 10:19
更新日時: 2021年1月4日(月) 20:38
文字数:4,083


「……」

 朝だ。

 宇宙には朝も夜もないけれど、宇宙ステーションには共通時間があるし、公共スペースはそれに合わせて明るくなったり暗くなったりする。

 時計に表示される時間は、旧帝国の時代から、ずっと引き継がれていて、全宇宙で24時間制が採用されている。

 これは人類が地球という惑星で暮らしていた頃の名残らしい。

 本当にあったのかな、そんな惑星。誰も見たことがないくせに人間文化に深く根付いている。怪しいもんだ。


 私はベッドから降りて、寝間着を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びる。

 熱いお湯を頭から浴びていると、意識がはっきりしてくる。

 今日の予定はなし。ま、どうせ誰かから連絡が入って仕事ができるんだろうけど。


 私はシャワーから出て体を拭く。

 体はともかく、長い髪はじっとりと濡れて重い。

 バスローブを羽織って寝室に戻ると、マルレーネがドライヤーとカーラーを持って待っていた。

 金髪の髪をくるくると巻いてくれる。

「お嬢様、あれから少し考えたことがあるのですが」

 手を動かしながら、マルレーネが遠慮がちに言う。

「何?」

「海賊を降伏させた手腕は、見事だったと思います」

「うん」

「しかし、どうして降伏した船を集める場所を、第四惑星の軌道上に拘ったのですか?」

「……う」

 ここ、本部ステーションは第二惑星の軌道上にある。

 敵の船を再利用するなら、近い場所に集めた方が便利だ。

「えっと、あのね。敵が口先では降伏するって言ってても、騙し撃ちとかあるかもしれないから……」

 第二惑星の軌道上に集めるのだけはダメだった。危険すぎる。

「そうだとして第三惑星を選ばなかった理由は?」

「なんとなく、かな」

 私はごまかすが、マルレーネはちゃんと覚えていた。

「私の記憶が確かなら、以前にお嬢様はザストさんと、個人的な目的で第四惑星を開発する計画について話し合っていましたが……」

「そうだったかしら?」

「私は何も言いませんが、マッキンタイアさんに怒られても知りませんよ?」

「ふふん。銀縁メガネをごまかすなんて、朝飯前よ」

 私が言うのとほぼ同時に、コール音が鳴った。

 げ! マッキンタイアから? なんで? この部屋、盗聴でもされているのか?


 私は胸に手を当てて動揺を抑えてから、不機嫌そうな表情を演じつつ通話に出る。

「何よ、こんな朝早くに……」

 壁のスクリーンに映しだされたマッキンタイアの顔、眼の下にクマができている。徹夜でもしたのかな。

「連絡事項が……はっ?」

 マッキンタイアは私の格好を見て酷く動揺したようだ。

 いやいや、別に人前に出たら死ぬって程の格好じゃないでしょ。下着は付けてないけどさ。

「失礼しました。急ぎの話題ではないので、後でかけ直します」

「んー。別に私は構わないけど?」

 銀縁メガネは、私への連絡が終わったらようやく眠れる、という様子に見えた。

 後回しにしたくない案件なんじゃないの?

「そうですか。では、そのままで」

 マッキンタイアの用事は、単純な連絡事項ばかりだった。

 開発局からメッセージがあったとか、海賊討伐の褒章金が入金されたとか。そんなのだった。

 こっちは事後承諾するだけだから、確かに急ぎの話題ではない。

「それと、宇宙トーチカの建築について、考えておいて下さい」

 あ、これが本題かな?

「宇宙トーチカ? 何それ?」

 送られてきた資料にざっと目を通す。

 宇宙トーチカとは、宇宙空間の固定軌道を周回する施設。戦艦並の攻撃能力と戦艦並の防御能力がある。

 移動能力はない、索敵能力もほぼない。

 なるほど。

 要するに、ゴミじゃね?

 いくら防御力があっても回避能力がなかったら、無人輸送船アタックのいい的だ。

「星系の防衛力を高めるに必要だと判断しました」

「そうは言っても……」

 宇宙トーチカには、攻撃力と防御力しかない。そして防御は、どれも大差ないように見えた。

 肝心の攻撃力だけど……

 武器は主に四種類あるみたいだ。


 ミサイル。火力は高い、射程は長い、維持費も安い。優れもの。

 ただし、撃ち落されると無力。相手によっては全然効かないこともあるから、過信してはダメ。


 運動エネルギー弾。射程は事実上無限! 命中率は微妙だと思いきや、誘導機能つき砲弾を使えばなんとかなる。

 ただし、ミサイルほどではないにしても、撃ち落される時は落とされる。


 レーザー。シールドをバリバリ削るし、装甲もそれなりに破壊する。ただし射程が短い。大型の物でも100キロぐらいなら、なんとか行けるかな? という感じ。

 ミサイルや戦闘機を迎撃するための兵器であって、対艦攻撃には向かない。

 駆逐艦に積んで近距離戦を挑むんだったら、まだわかるんだけど、トーチカに置いてもちょっとなー。


 荷電粒子砲。レーザーをさらに極端にした感じ。電力消費が凄いから、駆逐艦にも積めない。

 ただし、破壊力は一番すごい。無人輸送船アタックも余裕で迎撃できる。これは欲しい。


「うーん。なんか、いまいち……」


 どれも、長所短所があって決め手がない。強いて選ぶなら運動エネルギー弾かな。

 全部乗せた高級トーチカってのもある。たぶん強いけど、値段も高い。

 でも、これを買うなら、宇宙戦艦を買った方がいいんじゃないかな。


「宇宙戦艦を買うって言う選択肢は、ないの?」

 私の問いに銀縁メガネは頭を押さえる。

「船だけ買っても、人員がいなければ動かせないでしょう」

「それは、傭兵を雇えばいいじゃん?」

「簡単に言わないでください。複数の傭兵を雇っても、指揮権は一本化する必要があります。前からいた方と、後から来た方、どっちが偉いんですか?」

「え、それは……前からいた方じゃない?」

 ホランドたちは、この星系での戦闘経験がある。

 あの状況でも逃げずに最後まで戦った、という実績をもって、私が重宝してしまったとしても、責められまい。

「しかし戦艦つきの傭兵となると、人数もかなり多いのでは?」

「……むむ?」

 上下関係で対立が発生するの? 面倒だな。

「宇宙戦艦を諦めて宇宙トーチカを買えば、その問題に直面しなくて済むって言いたいの?」

「そうです」

「効率が悪くても? 最終的に余計にお金がかかっても?」

「やむを得ない状況は、あるのです」

 理屈はわかるけど、納得いかない。

「そこまでして、こんな物を勧めてくる理由は、何?」

「海賊対策ですよ」

「海賊ねぇ……」

 言いたいことはわかる。

 アレクシアは、海賊なんだろうか?

 書類上は、そういうことにして処理しちゃったけど、明らかにチョーブル帝国の刺客なんだよなぁ。

「この前のような襲撃。一度で終わると思いますか?」

「……どうかしらね」

 勝ち逃げ、と言いたいところだけど、星系は移動できない。私はここから逃げられないのだ。

 敵はまた来る。次は、もっと大戦力で。

 チョーブル帝国は、どこまでやるんだろうか?

 あくまで「海賊」の襲撃という形をとるのか? それとも、偽装をやめて、正規軍をぶち込んで来るのか?

 唯一確かなのは、利益度外視でまた攻めて来る、ってことだけだ。


「すぐに決断しろとは言いません。ただ、考えておいて欲しい、ということです」

「いつまでに?」

「来週、返事を聞きましょう」

「……どうせ買うのは決定なんでしょ? 数は? 設置場所は? 予算はいくら?」

「予算がいくら出せるかは、上がどこまで許してくれるかです。彼らを説得するためには必要性を示さなければ……」

「あー、そう言う感じなのね」

 まず私が欲しいと言わないと、買えるかどうかもわからないのか。

 じゃあ、多めに申請しておこう。第二惑星を回る本部ステーション、傭兵宿舎とドッグ、採掘所、第四惑星の収容所、そして農業ステーションの予定地。

「五カ所、全部最高級品で申請して」

「それは却下されると思います。……どこまで譲歩しますか?」

「農業ステーションは最高級品を置く。ここは必要人員が多いから全員避難は不可能。絶対譲れないわね」

「では、それ以外の四カ所をワンランク妥協した計画書を提出してください。どこか一カ所はツーランクダウンです」

 うわっ。

 ケチ臭い交渉術の片鱗を見た気がした。

 でも、農業ステーションのトーチカだけは絶対に要求を通してくれるってことかな? マジ頼むよ。

「わかった。現地を見て調査しておく」

 通話を終える。

「ほら、仕事が増えた。暇だと思ってても忙しいのね」

「お嬢様は偉いのだから仕方ないですよ」

「ま、そうなんだけど」

 通話している間に、マルレーネがくるくる巻きにしてくれた金髪を指でつついて、私は考える。


 トーチカの建設に関して、最大の問題が第四惑星の軌道上だ。

 宇宙海賊の船を集めてしまったが、降伏が確定した今となっては、遠くに置く理由はない。

 逆に、僻地に置いておけない理由が増えてしまった。

 移動するか、それとも第四惑星にも高級トーチカを……置けるか? 絶対、予算でないよなぁ。


 そんなことを考えていたら、また連絡が来る。今度はホランドか。

「なあ……って、おまえ。なんだその恰好!」

 ホランドは私の顔を見るなり、叫んだ。

「キモイから意識すんな。何の用?」

「あ、あのだな。海賊たちを尋問するべきだと思うんだが……」

「え? ああ。そうね……」

 質問しても、ろくな情報は得られないと思っている。だからと言って、何も質問しませんでした、というのはまずい。

 形式上、アレクシアだけでも、聴取をしておかなければ。

 海賊も第四惑星にいる。正確には第四惑星の周りをまわる衛星。そこに収容所を建てた。

 建てたって言うか、掘削機で穴を掘って、蓋をしただけなんだけど。

「ちょっと待ってね」

 私は枕元に置いておいたタブレットを引っ張り出して、ベッドの上で前かがみになって情報を探す。

 ここから、どうやって第四惑星まで行こうか。

 あ、今日の昼に、第四惑星の衛星行きの輸送船が出発するらしい。

 ちょうどいいや。これに乗せてもらって、現地視察に行こう。

「昼過ぎにそっち行くわ……あ、輸送船だから、到着まで3時間ぐらいかかると思うけど」

「そ、そうか。それじゃあ待ってるよ」

 ホランドは、顔を赤くして、目を逸らしながら答えた。

 何かあったのかな? まあ、私の知ったことじゃないけど。


 通話を終えると、後ろに控えていたマルレーネが言う。

「お嬢様、今のは少しはしたなかったです」

「……そうかな?」


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