悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

015 園芸店を迎えよう

公開日時: 2020年12月8日(火) 13:10
更新日時: 2021年2月9日(火) 18:35
文字数:2,985


 最近、現実逃避が捗る。

「んんんー、んんんん、んー」

 私は、机に突っ伏して、四角いケースの山をつついていた。

 プラスチックでできた4センチ四方の四角い立方体。積み木か何か、子ども用のおもちゃだ。

 何かの手違いで生活資材と一緒に配送されてきて、倉庫の隅で埃を被っていたので持ってきた。

 人類が惑星上に住んでいた頃は、これも植物素材でできていたらしい。

 そう言えば、子どもの頃は本物の積み木があった。

 私の祖父がわざわざ作らせたらしい。

 そう、私の植物好きも、もとはと言えば……


「お嬢様。紅茶が入りました」

 マルレーネが、私の前にカップを置く。

「んー……ありがと」

 暖かくて、ほんのりと柑橘系の香りがする。

 そうだ、ベルガモット。ベルガモットを育てよう……。

 いや、明らかに効率が悪いから今はやめておくか。欲しかったらよそから買えるし。

「お嬢様、大丈夫ですか」

「仕事はしてるよ」

 ついさっきも、銀縁メガネから送られてきたメールに返事を書いたところだ。

 あちこちの建設も進み、全ては順調。

 もうすぐマルスド植物園からの荷物も届く。

 そう、問題は植物園だ。

「お義母様は何を考えているのだろう……」

 全くわからん。


***


 悩んでいたら、ザストが報告に来た。

「お嬢……どこか具合でも悪いのか?」

「いや、健康よ。何の用?」

 私は机の上に突っ伏したままで対応するわけにもいかないので、起き上がった。

「作業ドロイドの予定を組みなおした。保管庫の一つ目は、三日後に完成するはずだ」

「植物育成室はどうなってる?」

「問題なく稼働してるよ。近いうちにキャベツが収穫できるさ」

「そう……お疲れ様」

 とりあえず、マルスド園芸店を迎える準備はできた。問題は山積みだけど、一つ一つ片づけて行けばいい。


 ザストは私を心配そうに見つめる。

「お嬢、本当に大丈夫か?」

「……なんとか生きてる」

 私が力なく答えると、ザストはため息をつく。


「なあ、この出資者って結局誰なんだ? そんなにヤバい奴……じゃなくて、えーと、そんなに恐ろしいお方なのか?」

「恐ろしくはないけど……」

 私がどう説明した物かと迷っていると、マルレーネが軽く会釈する。


「では私から説明します。……お嬢様が、第三皇子、ディフト・ナートルア様から、婚約破棄されたことはご存じですか?」

「ああ。それで辺境送りになったんだよな」

「サキア・ティコア様は、ディフト様のお母上にあたる方です」

「おお? それはつまり、皇帝陛下、ガベル・ナートルア様の……」

 ザストは驚いたように目を見開く。マルレーネも頷く。

「そうです。側室に当たる方です」

「そうか……。それは凄いな。しかし、それならやはりわからんな。予算が出たのに、なんでお嬢は落ち込んでいるんだ?」

「説明が、難しいですね」

 マルレーネは目を閉じ、額に指をあてる。

「お嬢様は、皇帝陛下その人によって追放されたわけです。その状態で、皇帝陛下の身内から恩情を受けるのは、予想外でしょう」

「つまり、いきなり名前が出てきた、それ自体がダメージになってるってことか?」

「そうですね。私はそういう物と理解しています」

 二人は勝手に私の心を推し量って、何か納得している。


 だが、私はそれに異を唱えたい。

「ねえ。そもそも、これって本当に恩情なの?」

 私が言うと、二人は気まずそうに目を逸らした。

 おまえら、わかってて言ってたのかよ。


「あのね、お金を借りるってのは、相手に生命線を握られるってことよ。ことあるごとに口出ししてくるかも。何かの隙をついて再起不能にされちゃうかも……」

 私が言うと、ザストは、大げさな、と笑う。

「いくらなんでも、それはない。嫌われてるとか、恨まれてるとかじゃないんだよな?」

「関係はそれなりに良好だったと思う、けど……」

 大金を預けられるほど、好かれていたわけでもない。

 それにこの金額、お義母様のポケットマネーではないと思う。どこから資金が出てるんだろう?


「ビジネスとして見て、儲かると考えただけじゃないか?」

 ザストの言い分は、わからなくもない。

 開発が始まった直後の星系なんて、よほどのことがない限り、破綻しない。

 値上がりし続けることが約束された、投資家打ち上げシステムだ。

 ただし、このナニモ74は、ついこの前、チョーブル帝国らしき海賊から襲撃されたばかりだからね。たぶんまた来るし、大金を投げ込むにはリスクが大きすぎる。

 お義母様は実はギャンブラー?

 いや、そういう問題じゃないか。


「いくらなんでも、反応が早過ぎない? 私が企画書を出した当日中に、承認して後戻りできない状況にされるとか……ほぼリアルタイムで監視されてるってことでしょ」

 私が言うと、マルレーネは微笑む。

「そうとは限りませんよ。ただ、たまたま思い出して様子を見ただけかも知れません。例えば、普段使わないメールボックスを確認したら、五分前に届いた連絡を見つけたような……」

「その例えはおかしくない? なんで私が企画書を出すとお義母様にメールが送られるの? それを監視されてるって言うんじゃないの?」

「……」

 マルレーネは、目を逸らした。


 二人が私を励まそうとしてくれてるのはわかる。だけど、敵からは逃げられないのだ。

 敵? 義母様は敵なのか?

 ある意味では、その通りかもしれない。動きが見えなすぎて、予定が立てられない。


***


 一週間ほどして、マルスド園芸店の荷物が届いた。

 転送されてきたのは、輸送船が五隻。

 この船は銀縁メガネが開発局の予算で買ってくれた物で、荷物を倉庫に移した後は、建築や星系内の輸送に使っていいらしい。いろいろ捗りそうだ。


 本部ステーションにやってきたのは、ジャージを着た見知らぬ少年だった。

「はろー。マルスド園芸店です。お買い上げありがとうございました!」

「……え、誰?」

 私の記憶にあるマルスド園芸店の店長は、白いヒゲを蓄えたおじいさんだった。

 最後に店に行ったのは数年前だし、何かを注文したのも一年ぐらい前だけど。……こんな人いたっけ? 新しいスタッフかな?

 私が困惑していると、少年は言う。

「クルミアさん。僕ですよ、ラキン・マルスドです」

「え……。あ、そうか!」

 こいつ、園芸店の孫息子だ。

 最後に会ったのは五年ぐらい前で、植物の研究科になるために、どこかの大学に行ってるとか聞いた。

 ……なんか、最後に会った時より外見が幼くなってない? 私の記憶違い?

 まあいいか。


「久しぶりね。おじいさんは元気?」

「元気と言えば、元気です。こっちには来ないと思いますけど」

「ん?」

 それは、話がおかしい。


 私は、園芸店を在庫ごと丸ごと買い上げたのだ。

 保管施設の仕様を確認したりするために、何往復もメールをやり取りした。

 その時に、必要なスタッフについては園芸店の店員が丸ごとついてくるという話だった。

 先方は移住を前提としていて、衣食住についての要望も結構あったから、張り切って用意したのだ。

 まあ、住はザストが、衣と食はマッキンタイアが担当したんだけど。


 店員のほとんどが来てるのに、なんで店長が来ないんだろ?

 私の困惑を見て取ったラキンは、歯切れ悪く言う。

「あー、その、今回の件で、祖父は引退を決意しまして……この店は、僕が引き継ぐことになりました」

「そ、そっか……」

 引退?

 何かあったの?

 いや、そうか……在庫を全部処分するって言うのは、引退を決意した結果だよな。

 何もおかしくは……ない、か?


「うーん。一応、事情を聞かせてもらいましょうか」




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