そして一週間ほどの長旅を挟んで、私はナニモ74に戻ってきた。
なんだかんだで、一ヶ月弱、離れていたことになる。
あちこち視察して回ったけれど、特に問題は発生していないようだった。
第四惑星の軌道上に貨物ステーションが作られ、惑星には化学工場が建った。
開発は滞りなく進んでいる。
チェン傭兵団から、爆竹祭りなるイベントの申請が出ている。
普通の場所でやると空調に影響が出そうなので、特別な会場が必要になるだろう。
参加者は傭兵しかいないから、傭兵施設で開催すればいいかな?
いや、一般人からも参加者が出る可能性はあるか。
じゃあ、各ステーションに会場を用意させるとして……ちょっとザストと相談する必要がある。
他は問題なし、と思ったら、収容所に送り返したアレクシアからSOSがきた。
収容所の海賊たちの間で、謎の宗教が発生して、信者とそれ以外の者の間でトラブルが頻発しているという。
ちょっと目を離した隙にわけのわからんものが……。
詳しく話を聞いてみると、彼らは「単細胞生物様」なる神様を信仰しているらしい。
何それ?
単細胞生物って、悪口じゃないの?
あまりにも意味不明すぎる。
邪教だろうか?
一瞬、弾圧も考えたけど、信仰の自由まで否定した覚えはない。
後で反乱とか起こされるのも困る。
とりあえずルールを作ってみるか。
えーと……。
勧誘行為の禁止。
指定された部屋の外での活動の禁止。
室外に影響が出る活動の禁止。
定期的に活動内容をレポートにして提出する義務づけ。
外部監視員の受け入れ。
以上が厳守されている限り、活動が許される部屋を与えるものとする。
こんなもんかな?
一か月ぐらいこれで運用してみたけど、トラブルが発生しなくなったようなので、とりあえずよしとする。
……いや、こいつらレポートを書く時、信者数を水増ししてないか?
活動部屋は増やさないからな!
ズルはダメだぞ!
はぁ。
悪影響は抑え込めたけど……なんか、密教を公認したみたいになってしまったので気分は良くない。
「むぅ……」
私は、執務室のデスクで、公共スペースから撤去した謎の物体の一覧を眺める。
信者たちが、このゾウリムシみたいな絵のどこにありがたみを感じているのか、全くわからないんだけど……。
なんでこんな物が流行ったんだろう?
何か嫌な予感がする。
彼らも、誰かの手のひらの上にいるのだろうか?
あるいは、私も?
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『ノースバビロニア裏掲示板』
トロン@ナニモ74
「長旅じゃったぞい」
エリス@ジェッタ03
「おお! じいちゃん久しぶりじゃん!」
トロン@ナニモ74
「アクセスする隙がなかったのでな。何か警戒されている気がする」
ケベル@ミンスター21
「地名が変わってるな。とうとう潜入したのか? ミスク新参者帝国に?」
パルマ@ノースバビロン02
「その表記はいけません。単語は、その時点での正式名称を使用するよう心がけてください。検索にヒットしないので」
ケベル@ミンスター21
「新参者を新参者って呼んで何が悪いんだ?」
パルマ@ノースバビロン02
「検索の利便性の話です」
エリス@ジェッタ03
「まあ、いいじゃん。今回はかなり計画が進んだし。元はと言えば、ケベルの覗き見趣味のおかげなんだから」
ケベル@ミンスター21
「人聞き悪いな。情報収集と言えよ」
ドルク@ラバロス15
「シャァァァァク!」
ワンコ@グラモス65
「本当に、クルミアで決定なの? ポリーナたんも見込み有ったと思うんだけどな」
ケベル@ミンスター21
「そいつ、拘束が多すぎんだろ。自由に動かせないぞ」
パルマ@ノースバビロン02
「性格がまともなのも、この役目には向いていませんからね」
トロン@ナニモ74
「リーナはどうした? おらんのか?」
パルマ@ノースバビロン02
「元気にはしていますよ。今は次の計画の準備で忙しいようですね」
エリス@ジェッタ03
「最近出席率悪くない? カールもどっか行っちゃったし。ルカトはここ二か月ぐらい、ずっと寝てるよね」
ケベル@ミンスター21
「ルカトは疲れてんだろ。移動要塞の設計なんかしてたからしょうがない」
ドルク@ラバロス15
「シャァァァァク! あ、リーナが来た時に備えてエンケラドゥスの記録まとめといたぞ」
ケベル@ミンスター21
「急に素に戻んな……」
パルマ@ノースバビロン02
「エンケラドゥスより、クルミア・ティブリスの奇行のまとめのような気もしますが?」
ドルク@ラバロス15
「エンケラドゥスの改良型、たぶんエリスの担当になるぞ。だからちゃんと読んどくっピ」
エリス@ジェッタ03
「死ね」
ワンコ@グラモス65
「400年前に死んでる件」
トロン@ナニモ74
「ところで「宇宙ゾウリムシ信仰」を布教したのは誰じゃ? あれは人類にはまだ早いって結論になったじゃろ」
パルマ@ノースバビロン02
「それは私がやりました。リーナの指示です」
トロン@ナニモ74
「何の意味があるんじゃ?」
パルマ@ノースバビロン02
「対応に追われて、些細な疑問に構っていられなくなる、とか言ってましたね」
ワンコ@グラモス65
「そういうの。逆に名刺を残すことになりかねないから辞めた方がいいと思うんだけど……」
ケベル@ミンスター21
「どうでもいいだろ。どんなにヒント出しても同じさ。あいつらが、実はノースバビロニアが滅亡していない、なんて気付くわけないからな」
パルマ@ノースバビロン02
「えっ?」
ワンコ@グラモス65
「何言ってんの?」
トロン@ナニモ74
「滅亡はしてるじゃろ」
エリス@ジェッタ03
「悲しいけど、現実を受け入れようね」
ドルク@ラバロス15
「シャァァァァク!」
(あとがき)
「いまーこそーわかーれめー……、いざーさらーばー」
ギリシャ神話みたいな服を着た女が変な歌を歌っていると思ったら、恋愛小説の女神だった。
「何その歌、聞いたことないんだけど……」
「どうしましたか、クルミア・ティブリスさん。ああ、あなたは卒業式に出席したことがないんでしたっけ?」
「いや、そんなことはないけど……」
確かに、学園の卒業式には出れなかったけど、1年と2年の時は在校生として出席した。
そもそも、学校的な場所に通ったのもアレが初めてだったわけではない。
けど、さっきの歌は知らない。
「卒業式と関係ある歌なの?」
「そうです。かって地球に存在したジャパンなる国では、これを歌っていたようです」
「そう……」
けど、それがなんなの?
意味がわからない。
「そもそも、なんで卒業式の話してるの?」
「なんで、でしょうねぇ」
恋愛小説の女神は遠い目をする。
何かを隠している?
誰か卒業するの?
ま、まさか?
「いいえ。それは違いますよ。この小説は平常進行です。来週から第四部が始まる。それだけは確かです」
「なら、いいけど……」
「……」
「でも、やっぱり怪しい。何か隠しているよね?」
「狡兎死して良狗煮らる、という言葉はご存じですか?」
「えっ?」
「卒業で例えたのは不適切だった気がしたので、他に何かないかと考えたんだけれど、こんなのしか思いつきませんでした」
「……うん?」
よくわかんないけど、凄く嫌な予感がする。
大丈夫かな?
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