やばいことに気づいた。
この星系は、開発開始からもうすぐ、4か月が経つ。
私が着任してからカウントしても3か月半。
つまり、皇帝クエストの最初の半年目標を迎えようとしているのだ。
要求されるのは、本部ステーションの完成、基本建材の製造開始。ここまでは終わっている。
そして問題は最後。農業ステーションの稼働、五万人の労働人口。
間に合うかな?
銀縁メガネにお伺いを立ててみる。
「まず、そんなに人いないんだけど、どこから連れてくればいいの?」
「開発局が、調達します」
「ちょ、調達って言った?」
そう言えば、私、あんまり気にしたことないけど、星系領土の人口って、どこから出てきてたんだ?
畑からとれるような物ではないよな。
困惑する私に、銀縁メガネは教えてくれる。
「単に移民を募集するだけですよ。貴族のあなたが知らなかっただけで、平民の間では常時募集の広告が流れています。ただし、今回はペルト系列からの移民だけは別の星系に回される予定です」
「え、ペルト系列の人たちも移民してたの?」
「ペルト系の移民は、モチベーションが高いので、あちこちで重宝されていますよ」
「そ、そうなんだ……」
銀縁メガネの生暖かい視線がつらい。
なんでモチベーションが高いんだろうねー。そんなにペルト星系に帰るのが嫌なのかなー。私も帰りたくないけど、たぶんそれとは違う理由だよね……。
もしかして、長年にわたってこうやって優秀な人材が流出していったから……いや、考えるのはやめよう。私にはもう関係ない。
「ところで、私の評判、低いかもなんだけど、人集まるの?」
「どうでしょうね。開発局の都合で頭数が足りなかった場合、あなたにペナルティーは発生しないので気にする必要はありません」
「そう……」
足りなくなる可能性はあるのか。
「こちらの仕事の心配は不要です。あなたはハードウェアを用意すればいい。農業ステーション、間に合いますか?」
「四万人なら、いけると思う」
収容人数二万人のステーションを、三つ作っている。
三つ目の工事が間に合うかがギリギリ。
「不安要因は、そこですね」
「ねえ。一つのステーションに二万五千人を押し込むってのは、ダメ?」
「あまり好ましくないですね。それに、半年後に十万人の目標がありますよ?」
休ませてはもらえないのか。
「その次は二十万人。それが終わったら要塞化した工場とジャンプゲート。終わりなどありません」
「無限に増えていくわけじゃないでしょ」
いくら帝国が広大とは言え、人口は畑から生えてくるわけじゃない。
「8年目の目標が一億人で、そこで終わりです。あとは、問題が起こらなければ、時間が解決してくれるでしょう」
「そう……」
一億人か。遠いなぁ。箱を用意するだけでも大変そう。
人口は、国力だ。
仕事は作業ドロイドに押し付けることができるけど、ドロイドに命令を入力する人間は必要だ。
あと、兵器の操作。
無人の戦闘艦は存在してはいけないことになっている。これは旧帝国が崩壊した後に、追加されたルールだ。人工知性に対する不信はかなり根強い。
というわけで、人口を増やすのは国是になっているのだが……。
一億人、全員他所から連れてくるの? 八年じゃ新しく生まれる人間もそんな多くないと思うし……意味あるのかな。
まあ、ミスク帝国はそのやり方で数百年やってきたんだから、私が意見する必要はないか。
「それと、コンテナが届いています。いつ送りますか?」
「コンテナ、何それ?」
「……マルスド園芸店の追加貨物、とのことです」
「ん?」
なんかあったっけ?
「あなたが要求していたけれど、なかなか許可が下りなかった物体の話です」
「あ、ああ……あれのことね。それの扱いは、ザストの方が詳しいと思う」
ステルスコンテナ。ようやく届いたのか。
***
リブルーが去ってから、二週間ぐらい過ぎた頃に、それは来た。
私は、執務室に走る。
「はいはい、今度は何が来たの?」
「第四惑星の近傍に、正体不明の自己転送艦が出現しました」
うげぇ。とうとう来たか。
「敵の戦力は?」
また巡洋艦か何かだろうと私は思った。この前は18隻だったっかな? あと、駆逐艦とコルベット。
だが、オペレーターは緊張した声で言う。
「自己転送艦1隻、戦艦1隻、巡洋艦6隻、駆逐艦12隻、探査船1隻、輸送船10隻です」
「は?」
戦艦だと?
「種別はキラスティート級と思われます」
「西方造船所の高級量産型じゃん!」
チョーブル帝国の貴族が旗艦に使うような船だ。
こんな所をうろついてていい物じゃないんだけど?
何にしても、戦艦はまずい。
単に駆逐艦とか巡洋艦とかが大きくなって出てきた、というのとはわけが違う。
戦艦は、自前のジャンプドライブを備えた移動式の戦闘プラットフォームだ。
全長は1000メートル前後。
火力と装甲は駆逐艦や巡洋艦の比ではない。
それに加えて、大体の場合は荷電粒子砲を標準装備している。輸送船アタックを仕掛けても、一発で撃ち落とされてしまう。
向こうがトーチカの攻略を始めてくれれば、対等な戦いになる可能性はある。
ただし、戦艦一隻だけでは、トーチカ相手には戦力不足だ。
リブルーの報告を受けていると仮定した場合、もっと戦力を持ってきてもおかしくないんだけど……。
トーチカの射程内には入って来ないと思った方がよさそうだ。
つまり、こちら側の戦力では絶対に沈められない、ということになる。
でも、戦艦を無視すれば、残りの戦力はこちらの艦隊とほぼ同じ。
いや、この構成は……わざとこっちの艦隊に数を合わせている? 偶然、じゃないよな? なんで?
あと、探査船と輸送船ってなんだ?
まさか、敵も無人輸送船アタックを仕掛ける気か?
……いや、私があんなことをしたのは、戦力を用意できなくて苦し紛れの反撃だった。
敵は違う。ちゃんと準備する時間があったはずだ。
意味がわからない。
出現場所も妙だ。
何も考えずにジャンプしてきたなら、前回と同じような何もない宙域に出現したはず。
それが第四惑星の近くに来た。
「まさか、衛星の収容所が目的なの?」
仲間を救出しに来た、ということはありえる。
なんでバレた?
収容所がどこにあるか、見抜かれるようなヘマをした覚えは、……なくもない。
星系にある宇宙ステーションの数と規模を見れば、その中に収容所が存在しないのは明白。
そしてリブルーが滞在している間に、私は収容所にも一度足を運んでいる。その動きが全て見られていた?
だとすると、敵の狙いはアレクシアの奪還かな?
それだけは阻止しなければ。
「……収容所の警備員に連絡。アレクシアを外に連れ出して。たぶん交渉に使えるわ」
「暴動が発生しませんか?」
オペレーターの懸念は当然だ。
下手をすれば、何が起こるかわからない。
こちらの警備員は武装しているけど、海賊たちの動き次第では、血の道を開くことになるだろう。あいつらは模範囚に近いので、それは避けたい。
それに万が一武器が奪われたりしたら目も当てられない。
「収容所の海賊たちは、外の状況を知る必要はないわ。私が呼んでいるとか言って、適当にごまかして、とにかく収容所の外まで連れ出して」
「わかりました」
「それと……、強制終了装置をスタンバイ。確認後に、職員は退避」
「きょ、強制終了装置ですか? それは、作動させると、収容所内部の全員が死亡する、あの装置のことで間違いありませんね?」
「それで間違いないわ」
他にあってたまるか。
とにかく、海賊たちをチョーブル帝国に帰すわけにはいかない。たとえ殺してでも、阻止しないと。
私が次の手立てを考えていると、オペレーターが慌てた様子で報告してくる。
「……あの、マルスド園芸店の職員が20名ほど、収容所に入っているようですが?」
「なんですって?」
ラキンの部下か。何やってんだ?
あ、綿花の育成を指導しろって言ったのは私か。
しかし、こんな時に……。
「退出させなさい。なんかあるでしょ。種子の保管庫で火災が発生したとか嘘をついて……あ、ちょっと待って! ダメだ! 今のなし!」
やばいやばい。
とんでもない命令を出すところだった。
私は深呼吸して、心を落ち着ける。
ちょっと海賊視点でシミュレートしてみよう。
最初に、よくわからない理由でアレクシアが連れ出される。次に警備スタッフの姿が消える。そしてマルスド園芸店のスタッフも緊急事態で呼び出される。
この状況になったら、海賊はどう考える?
よほどのバカでなければ、自分たちが皆殺しにされる可能性を考え始めるのでは?
じゃあ退出の順番を変えるか?
マルスド園芸店を先に逃げさせてから、アレクシアを確保して……いや、アレクシアを連れ出すのをやんわり妨害されるには十分な状況だ。
じゃあ、アレクシアを交渉材料にするのを諦めようか?
でも、敵の考えが不明すぎる。使える手札は減らしたくない。
マルスド園芸店のスタッフを見捨てるか?
そんなことをした場合、ラキンは私を許さないんじゃないか。
……それでも、敵との戦いに負けて全滅するよりはましか?
「あ、ダメだ。お義母様の耳に入ったら私が処される」
マルスド園芸店は、建前上、お義母様の管轄にある。
軽視できない。
アレクシア確保、海賊の拘束継続と強制終了、マルスド園芸店スタッフの脱出。
三つを全部達成できる方法、なにかないか?
……一つだけ、可能性があるか。
私はため息をつくと、ホランドに連絡を入れる。
「ホランド。傭兵は今どんな状況?」
画面の向こうはヘテルルス級のブリッジ。慌ただしく出航準備が続いている
「出撃準備中だ。急がせた方がいいか?」
「今のまま続けて。それより、指揮権を誰かに移譲して。あんたには、やってもらわないといけないことがある」
「なんだ? また自己転送艦のエンジンを破壊しに行くのか?」
「違うわ。モーターカッター、今すぐ動かせる?」
ホランドは数秒、沈黙した。
「意味がわからん。おまえ、何を考えてるんだ?」
「収容所に、私が行く必要があるの」
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