急いで、衛星にある収容所に行かなければ。
ということは、まず今いる本部ステーションから、傭兵施設に移動する必要がある。
「お嬢様、正気ですか?」
発着場に向かって歩く私に、マルレーネが小走りについて来る。
「正気よ。マルレーネは他の人たちと一緒に避難してて。危ないから」
「危ないから行かない方がいいと言ってるんです」
「承知の上よ」
危なくない場所なら、そもそも私が行く必要はないんだけど。
マルレーネは納得してくれない。
「あの時は、お嬢様が前線で指揮を執る必要がありました。けれど、今回はお嬢様が直接行く必要はないのでは?」
「違うわ。あの時と同じよ」
前回は、傭兵の信頼を得るために同行する必要があった。
今回は、収容所の海賊たちの信頼を得る。そのために私が行く。
指揮なんて、後方から執ればいい。タイムラグなしで通信できるんだから。
でも、どれだけ技術が発達しても、人間の命の値段は変わらない。
小型の連絡艇に乗って、傭兵施設に向かう。
インパルスドライブもジャンプドライブもついてないけど、通常ドライブ全振りの快速艇だ。
五分もせずに到着する。
傭兵施設は慌ただしい雰囲気だった。
整備員以外のほとんどが出発しようというのだ。
小型船があっちにこっちに飛び回っている。
格納庫に停められていた駆逐艦も出航準備に入っていた。あと少ししたら、出航のために格納庫の空気は抜かれるだろう。
あんまりモタモタしていられない。
モーターカッターの止まっている所に、ホランドはもう来ていた。
「出航準備はできている、だが……」
ホランドはマルレーネの姿を見た後、私を睨む。
「メイドを連れて行くような場所じゃないぞ。何考えてんだ?」
「わかってる。マルレーネはここに残って、整備員と同行するのが妥当よ」
「……お嬢様を一人にはできません」
「向こうはちょっと荒れてるの。あなたを守る余裕はないかも知れない」
「守られる必要があるのは、私ではなくお嬢様です」
ええ? 頑固だなぁ。
ホランドは、ため息をつく。
「言い争いしてる時間はないぞ。行くのか? 行かないのか?」
「行きます」
「なら乗れ。発進する」
私たちはモーターカッターに乗り込んだ。
私とマルレーネは後部座席に座り、シートベルトをしめた。
「管制塔、発進許可を!」
「2番カタパルトに移動します。グッドラック!」
モーターカッターは、カタパルトから射出される。
***
第四惑星の衛星まで30分
私はタブレットで状況を確認する。
「まずいわね。敵の船が動いてる。」
敵の駆逐艦が3隻。自己転送艦から離れて、移動している。
衛星を目指しているようだ。
私たちが収容所に入るのを妨害するつもりか……。
ホランドは頭を掻く。
「あんなのに進路をふさがれたら、どうにもならない。ヘテルルス級で来た方が良かったんじゃないか?」
それで間に合わないと思ったから、こんなことしてるんだよ!
「……私より先にあいつらに乗り込まれたら、チェックメイトよ。なんとかして突破して」
「簡単に言うな。非武装の船でどうしろっていうんだ」
たしかに、このモーターカッターには武装はないし、シールドはデブリ対策の最低限。
機銃の一掃射でバラバラになってしまうだろう。
「宇宙トーチカを利用するしかないわね。奴らが正気なら、トーチカの射程距離には入ってこないはず」
トーチカの武装は、駆逐艦に搭載できる武装より射程が長い。
ただし、ここのトーチカは、衛星の周囲を公転する孫衛星の軌道にある。
つまりタイミングが悪いと、トーチカは収容所の入り口の反対側に行ってしまう。
ならどうすればいい?
簡単だ。私たちはトーチカの表面に張り付いて、収容所の入り口に最接近するタイミングで飛び込めばいい。
これがもし、うっかり駆逐艦で来ていたら、この場で艦隊決戦が始まっていたところだ。
インパルスドライブ終了。通常航行に移行する。
出現位置は、こっちの方がトーチカに近かった。
敵の駆逐艦も、射程の不利はそれはわかっているのか、近づいてこようとしない。
ホランドは、モーターカッターを操って、トーチカと衛星を結ぶ直線状に逃げ込む。
敵は、衛星に対して上から攻めてくるから、ここは死角になる。
「少し距離があるな。あと二十分ぐらい、ここで待つ必要がありそうだ」
じゃあ、その間に、傭兵艦隊に指示を出しておくか。
「傭兵艦隊は、準備ができたら全艦揃って発進。トーチカ近傍に布陣して」
「ここに戦力を集めるのか?」
「入った後に、上を塞がれたらマズいでしょ」
収容所から出てきたら、私たちも、巡洋艦か何かに乗り換えることになる。
敵の本当の目的が曖昧な今、できるだけ近くに、それでいて安全な所に戦力を置きたい。
向こうは戦艦まで出している。
このトーチカを戦力として意識させないと、張り合えない。
特に動きがないまま15分ほどが経過した。
レーダーを確認していたホランドが言う。
「また敵に動きがあったぞ。輸送船2隻と駆逐艦6隻がこっちに来る」
なるほど。たぶん最初の駆逐3隻は情報収集用。
こっちが本命だろう。
輸送船に護衛を大量につけるとは、敵の指揮官はかなり慎重なタイプのようだ。
でも輸送船で何をするのかな?
「何か、大型の兵器を輸送してるんじゃないですか?」
マルレーネが言う。
「いやー、それはないかな」
輸送船2隻で運べるような大型兵器では、戦艦を超える火力は期待できない。
あと、戦場のど真ん中で何かを組み立てるの? 無理だと思うんだけど。
「では、輸送船をぶつけてくる気では?」
「うーん、どうかな? 2隻もいらないと思うんだけど……」
それに、命中したとしてトーチカを壊せるんだろうか? 私がやった時は、アレクシアの自己転送艦は、船体は維持されていた。
多少の被害は出るかもしれないけど、トーチカが機能停止するほどではないと思う。
もし反物質炉を確実に爆発させることができるなら……できるのか? うーん?
やっぱりありえないかな。
私が敵の立場なら、長射程ミサイルを乗せた巡洋艦を用意する。
それができない理由でもあったのかな?
「これ、もしかして、衛星の方を狙っているってことは考えられないか?」
ホランドが言う。
「それは、移乗攻撃ってこと?」
「ああ。この場合は、揚陸って言う方が正しいけどな」
なるほど。衛星に陸戦隊を降ろして、収容所に突入し、制圧する。
……ええ? 本気で言ってるの?
「できると思う?」
「……正直に言うと難しい。こっちの艦隊が動く前に突入できたとしても、退路を確保できる保証がない。下手をすれば、穴掘りの作業中に艦砲射撃を受ける」
「危険すぎるわね」
「少なくとも、俺がそんな命令をされたら、絶対拒否する」
「妥当ね」
そもそも、穴を掘って収容所に侵入するっていうアイディアが現実的じゃないんだよな。
あと、残りの8隻の輸送船が動かない理由もよくわからない。
積み荷が違うのかな? あるいは、ブラフ? ……どっちが?
なんだ? 敵は何を狙っている?
全然わからん。
「まあいいや。私たちが中に入った後のことは傭兵艦隊に任せましょう」
ここ周辺の戦力は、まだ圧倒的にこっちが上だ。
「いいのか?」
「傭兵艦隊に連絡して。動ける船を全部使っていい。収容所の上空を押さえて」
「ここで艦隊決戦をするつもりか?」
「敵の動きによっては、そうなるわね」
収容所の入り口がトーチカの射程圏内に入る。敵の駆逐艦に動きはない。
「よし、いくぞ」
ホランドがモーターカッターを進ませる。
モーターカッターは衛星に掘られた四角い穴に、滑り込むように入った。
(あとがき)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この先のエピソードは有料となります。
でも、スマホアプリから読めば、実質無料です!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!