傭兵艦隊は、海賊艦隊の後方に出現した。
こちらの戦力は、巡洋艦6隻、駆逐艦11隻。
巡洋艦はオネイロス級。尻尾の代わりに五本のラッパが生えたイルカ、といった形状。
駆逐艦は……統一感がない。縦長のやつとか、箱みたいなのとか、蒸気機関車みたいなのとか、いろいろ。
そして海賊側の戦力は、巡洋艦18隻、駆逐艦8隻、コルベット8隻。
こちらは……どれもこれも統一感がないが、どこか直線的なデザインが目立つ。
自己転送艦を取り囲んでいる海賊艦の半数は、最初からこちらを向いていた。
一度目も後ろから仕掛けたから、用心はしているよね。
でも、その並びは乱雑だ。何かの陣形を成しているようには見えない。
一方、傭兵側は数こそ少ないが、登場時から陣形を組んでいる。
ミサイル駆逐艦を前面に並べて、火力で初戦を押し切る形だ。
傭兵たちは私が指示しなくとも、着々と進めていく。
ここは副長もしっかりしてるな。ホランドが自信を失くすのも、わからなんではない。
「一番近い巡洋艦をロック。ターゲットペインター起動」
傭兵の巡洋艦が、敵の巡洋艦に照準用レーザーを放つ。これはミサイルのロックオン用。
「駆逐艦隊、ミサイル射出」
11隻の駆逐艦から放たれるミサイルが、一隻の巡洋艦に殺到する。
海賊艦の側も、妨害装置をばらまいてミサイルを逸らそうとするが……こちらのミサイルは、巡洋艦からレーザー照射を掛けている。攪乱はほぼ無意味。
迎撃もほとんど間に合わず、多数のミサイルが直撃し、閃光が瞬いた。
爆発が収まった時、そこには、残骸だけが漂っていた。
「海賊艦、轟沈」
まずは1隻。
海賊側は慌てたように陣形を整え始めるが、傭兵側の巡洋艦が、レーザー照射を開始する。
「次の攻撃で残りのミサイルを全て発射。攻撃終了後に駆逐艦は散開して後退」
またミサイルが放たれ、爆発が起こる。
攻撃を受けた海賊の巡洋艦は、爆発が収まった後でも、まだ原形は残っていたが。
「敵巡洋艦からのアクティブレーダー信号が消失。機能停止した模様」
これで2隻。
「手際が良いわね」
私は思わず呟く。
18隻ある巡洋艦のうち2隻を1回の攻撃で沈めたわけだから……あと8回繰り返せば、巡洋艦はいなくなる。
もちろん、実際にはミサイルの在庫が足りないし、毎回奇襲が成功するとは限らないし、そんなやり方を繰り返しても駆逐艦が無傷で済むとは限らない。
ただ、海賊側も同じように考えたなら、士気は下がっているはず。
敵の駆逐艦とコルベットが、前に出てくる。
「D3がレーザー照射を受けています」
狙いはこちらの駆逐艦らしい。
「発信源に砲撃。揺らして照射を妨害しろ」
「ダメです、発信源が少なくとも三か所……」
「……駆逐艦の方を狙え」
傭兵側の巡洋艦がレールガンを掃射。これは着弾まで少し時間がかかる。
一方、海賊側の駆逐艦とコルベットがミサイルを連射し始める。
そのミサイルに、レールガンの弾幕が突っ込んだ。
あちこちで誘爆が起こる。爆発の中、海賊側の駆逐艦が一隻、大破した。
一方、残りのミサイルは、傭兵の駆逐艦に殺到して爆発。……あれは痛そう。
「D3中破……」
「早く後方に下げさせろ。戦闘続行」
ここで私は口を出す。
「いえ、十分よ。D3はそのまま戦闘から離脱させて」
傭兵に被害が出るのは嬉しくない。
それに、こっちの戦いは勝つことが目標ではない。体を張りすぎるのはよくない。
傭兵の駆逐艦隊は、どうにか後退に成功。D3は撤退し、残りの10隻は後方でミサイルのリロードに入る。
一方、海賊側の巡洋艦に動きがあった。
自己転送艦の向こう側にいた巡洋艦が、こちらに近づいて来る。
戦力を集中されたら、こちらは圧倒的に不利だ。
「……全周防御は不要、って考えたのかしらね?」
「実際、こちらは全戦力を出していますからね。でも、あれが集結したら、耐え切れませんよ?」
「少し下がりましょう……」
私はヴィジャボードを操作して、艦隊を並べ直す。予定とは少し陣形が変わる。
海賊側の巡洋艦は、どれも同じ辺りを目指して動いているようだ。
一点に集結させるつもりらしい。
「おかしいな。いくらなんでも無防備すぎる……」
別動隊がいるかもとか考えてないのか。油断しすぎだよなぁ。
海賊の巡洋艦、先に目標地点についたらしい物が、こちらにレールガンを撃ってくる。
すぐにシールドを貫通されるほどではないけど、撃たれ続けるとまずい。
「C3を少し前に、他の巡洋艦は少し後退」
やや陣形が崩れる。
あまり下がり過ぎると、後ろで待機している駆逐艦にぶつかるから気をつけないと。
海賊のコルベットが前に出てくる。
巡洋艦を避ける様な、少し遠回りの軌道。後ろの駆逐艦のリロード作業を妨害する気か。
「砲撃で足止めして。相手が止まったらC3を後退」
コルベット隊もそこまでやる気ではなかったのか、わりとあっさり諦めた。
駆逐艦のリロード状況は……あと五分ぐらいかな。
「今のうちにEMPドローンを放出しといて……」
「EMPドローン放出……、予定より早いのでは?」
「相手がイノシシ過ぎる。たぶん、今出さないと間に合わない」
私は、ヴィジャボードを見渡す。
他にどれぐらい予定は変わったんだろう。
いつの間にか、敵の駆逐艦が下がってる。ミサイルのリロードなのか、巡洋艦が抜けた穴を埋めるつもりなのか……。
そして巡洋艦の終結具合は、あと5隻か。そろそろまずい。
「敵の迎撃体制に変化。EMPドローンが落とされています」
「EMPドローンの一つを作動させて、敵のレーダーが混乱した隙に残りを予定の配置にセット」
ほぼ同時に、駆逐艦のリロードが完了する。
私はこのミサイルをいつ撃つのがいいか、アイディアを数パターン検討した。
うん。待ってても意味がないし、さっさと撃っちゃおう。
「ミサイルは今すぐ撃つから、発射可能位置に移動」
巡洋艦を左右に分けて駆逐艦の通り道を開ける。
「レーザー照射はあえてC2のみで実行して。C4とC5は照準だけ合わせて、私の指示の後に照射」
予想通り、海賊はC2を狙い撃ちしてきた。
着弾の振動でC2の放つ照準レーザーがぶれて、見当違いの方向に飛んでいく。
「C4とC5はレーザー照射を開始。駆逐艦は上下に別れて敵との距離を保ちつつ離脱。十五秒後に全てのドローンのEMPを発動。C2は後退」
今、私、いくつ指示出した? 四つか……多すぎたかな。
ヴィジャボードの中で、傭兵艦隊は滅茶苦茶な動きをしていた。統一感が欠片もない。
そしてEMPでこちらのレーダーも乱れる。
隣に立っている副長が、小声で言う。
「……敗走しているみたいですね」
「見た目だけはね」
私は苦笑いする。
敗走の演技をして敵を油断させるのも、わりと古くからある戦術の一つだ。
ただ、失敗例も多い。
失敗の原因は単純で、連携が取れてないとか、味方が本当に敗走していると勘違いして自分も逃げたとかだ。
通信体制が万全なこの時代でも、理性ではわかっていても、陣形がこんな風になるのはやっぱり怖い。
EMPの効果が切れる。
ほぼ同時に、遠くの方で爆発が起こった。
「ミサイル着弾。敵の巡洋艦、中破」
「ダメか……」
撃沈まではいかなかった。
巡洋艦が集結してると、ガーゴイル(ミサイル迎撃用のミサイル)とCIWS(同機関砲)も数が増えるからなー。ミサイルの効果も今一つだ。
EMPの中でもちゃんと迎撃してくるとは、手練れだ。
「C4、C5も後退……」
海賊の巡洋艦、16隻全てが集結した。
こちらに側面を見せて、縦三段に整列し始める。
陣形、というほどでもない。単に全艦で砲撃を仕掛けてくるだけだ。
傭兵側で、射程にギリギリ入っているのは……戦闘開始時から動いていない2隻の巡洋艦だけ。片方は、今私が乗ってるこれなんだけど。
「後退! C1は右上、C6は左下」
逃げるルートは開けてある。
巡洋艦が被弾したのか、床や天井がガタガタと揺れる。
「C1小破。後方シールド発生装置、ダウン」
ああ、これはマズイ。エンジンがむき出しだ。
「妨害系ばらまいて! 全力で逃げて!」
普段から、味方を酷使しないようにするのは大事だ。
こういう時、自分が乗っている船を逃げさせても不自然じゃなくなるからね。
しかし、これで全ての船が、海賊艦隊から離れる動きをしている状況になった。
いや、さっきは演技って言ったけど、これって本物の敗走と何が違うのかな……。
どう見ても、普通に負けてるよね。
私は隣にいる副長に聞いてみる。
「敵は、深追いしてくるタイプだと思う?」
「どうでしょう。さっき、イノシシと言ったのはあなたですが。特に反論はしませんよ」
「そうね……」
実際、追ってくると思う。
でも、敵が都合よく動いてくれることに期待してはいけない。
「全艦、再集結のポイントは、ここ」
敵の巡洋艦の射程から大幅に離れた所に、船を集める。
「急いで駆逐艦のミサイルをリロード。もう一度攻撃を仕掛けるわよ」
「あの、リロードが終わる前に輸送船が……」
「いいから、やりなさい」
この種の演技で手を抜いてはいけない。
さてと、あとは敵の動きをよく見て、防御すればいい。
海賊は次にどうするかな? まあ、巡洋艦が前進してくるだけだと思うけど。
「敵駆逐艦が前進! ミサイル攻撃が目的と推測」
「え、嘘でしょ……」
仮に私たちを殲滅する気だとしても、16隻の巡洋艦だけでオーバーキルできるのに?
これ、アレクシアが指示出してんの? バカなの?
副長も困惑したように、私を見る。
「……どうしますか?」
「ミサイルを撃たれたら、迎撃すればいいんじゃないかな。……大事なのは巡洋艦の動きの方でしょ」
「そうですね」
とはいえ、海賊の自己転送艦は、完全にがら空きだった。
駆逐艦を突撃させられないのが残念だ。
そして、無人の輸送船とヘテルルス級が、自己転送艦の側面に出現する。
「やっと来た! 全ての作業を中断。撤退に移るわよ!」
当たっても、当たらなくても。もう私たちが戦う意味はない。
異常を察知したのか、海賊艦隊の動きも乱れ始める。
「殿はC4とC5。輸送船が衝突した時の爆発を観測したら撤退」
二隻の巡洋艦を残して、傭兵艦隊はインパルスドライブに向けて助走を開始。
やれやれ、どうにか生き残ったか……。
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