「てーつ、てーつ、こっちもてーつ……宇宙は鉄がいっぱーい……」
「お嬢様、お気を確かに」
私がタブレットを操作しながら歌っていると、マルレーネが顔を覗き込んでくる。なぜか本気で心配されている。
「いや、もう大丈夫だから。何からも逃げてないよ」
そう言って、私は確認するように辺りを見回す。
あれから一週間。私の執務室が完成した。
この部屋は凄いぞ。
なにしろ椅子と机がある。そして人間用の冷暖房も完備されている。
いや……宇宙ステーションの中なんて、全域でエアコンが効いてるような物なんだけど、倉庫は温度調節が大雑把だったからね。五度か十度ぐらい温度低くても困んないでしょ? みたいな。
そして机の上にはマルレーネが入れてくれた紅茶が暖かい湯気を立てている。窓と棚、観葉植物。
やっと人間の地位を取り戻したような気分だ。
「どうして宇宙には鉄がいっぱいあるんですか?」
「なんだっけ……、超新星、爆発? そう。超新星爆発の時に、鉄がばらまかれたんだったと思う」
おかしいな。学校で習ったような気がするけど、思い出せない。
まあ、どうでもいいよね。
今大事なのは、宇宙には鉄を含む小惑星がたくさんあるということ。そして、その中のどれかを選ばなければならない。
「この中から、何を選ぶのですか?」
「もちろん採掘現場よ。鉄を掘らなきゃいけないわ」
宇宙ステーションは、大量の鉄からできている。
今建設しているこの宇宙ステーションは、隣の星系から送ってもらった資材を組み立てた物だけれど、次からはこの星系の中で集めた材料を加工して、宇宙ステーションを建築しなければならない。
というわけで、ザストの部下が探査ドローンを放って、このナニモ74星系にある小惑星のリストを作成してくれている。
今日までに集まったデーターの一覧。小惑星、たくさんあるなぁ……どれにしよう。
これでいいかな。
「しかし、調査はまだ終わっていないようですよ? もっといい場所が見つかるかも知れません」
「別に、全ての金属をここで掘るってわけじゃないでしょ。手狭になったら、二つ目、三つ目の採掘場を作ればいいのよ」
今必要なのはスピードだ。
***
大体の方針が決まったので、ザストを呼び出した。
特に仕事もなかったらしく、作業服のオッサンはすぐにやって来た。
「お嬢? 何か問題が?」
「今後の作業方針について話し合いたいわ」
「俺らの仕事に問題はないはずだ。それに……このステーションが完成するまでは何も新しいことはできないぞ」
「そうね。でも、このステーションが完成した後の作業を話し合うのは、今じゃなきゃ間に合わないでしょ?」
「そこまで急ぐ必要はないだろう。それに、これを見てくれ」
ザストは自分のタブレットを操作して、データーを送って来る。
予定表だ。
二週間後にこのステーションが完成。
次に採掘場を建築。これは一週間ほどかかる。
採掘場の近くに小規模の工業施設を建設。これは二週間。
大まかにはそんな感じで、細かい予定がびっしり書き込まれている。
「この工業施設は、建材の製造を目的とした物だ。今のところは、隣の星系から資材を運んでもらって建設しているが、これが完成すれば、そんなことはしなくて済むようになる」
「まあ妥当な考え方ね」
よそから運んでもらう建材は、借金をして買っている。
銀縁メガネがぶつぶつ文句を言いながら金の管理をしているそうだ。
「それじゃあ、工業施設が完成した後について話し合う、ということでいいか?」
ザストは念を押すように言う。だが、私の答えはNOだ。
「採掘場の建設を三日以内に始めて欲しいって言ったら、どうなるかしら?」
「それは……このステーション建造に使っている作業ドロイドを減らすしかない。完成が遅れるぞ?」
「全体を見れば、工業施設の稼働は一週間ぐらい早くなるでしょ? ここは、二か月かかっても私は困らない」
「いたずらに現場を増やすのは悪手だ。急ぐ理由があるのか?」
「工業施設が稼働した後の全体の予定を早めるためよ」
ザストは少しの間考えていたが、首を傾げる。
「俺の建てた予定でも、皇帝クエストには余裕で間に合うはずだ。何か企んでいるな?」
「よくわかったわね」
私はほくそ笑む。これでも悪役令嬢ですから。
皇帝クエストとは、皇帝から新規領地に対して出される目標のことだ。
半年に一度、目標を達成できているかをチェックされる。
未達成が多いと領地を取り潰される。
「皇帝クエスト、二年の節目にある大目標。ジャンプゲート。これは罠よ」
「罠? どういう意味だ?」
「新人の経営者が、ここで躓くのは想定通りってこと」
ゲートを作るのは大量の素材が必要になる。
何も考えずに一年半の目標をギリギリで達成してから取りかかった場合、半年で全てを完成させるのは不可能。
「裏を返せば、私がこの目標を達成できなくても大した失点にはならないってわけ」
「待ってくださいお嬢様。ゲートは星系開発の基本ですよ。ゲートなしなんてありえません」
マルレーネが私を止めようとする。
「貨物コンテナなら、向こうから届いてるでしょ。私は出かける予定もないし……」
「観光客が来れませんよ」
「誰が来るのよ、こんな僻地に! ゲートの設置が半年遅れても誰も困らないでしょ!」
マルレーネとザストは困ったように顔を見合わせる。
「俺は、お嬢の言うとおりにしてもいい。しかし、理由は説明してくれ。無理をしてでも全体の予定を早め、その一方で皇帝クエストはサボる。空いた時間で何をするんだ?」
「二年後までに、これを作って欲しいの」
私は、端末を操作して画像を呼び出す。
「なんですか、これは。足が生えた注射器のように見えますけど……」
マルレーネは首を傾げている。
この、全長千メートルを超える巨大注射器が、何をする機械なのか知らないのだろう。
もちろん、ザストは知っていた。震える声で言う。
「おい、これは……アース・コア・ドリルじゃないか。あんた、正気か?」
アース・コア・ドリル
惑星のコアを砕いて資源を取り出す巨大装置だ。
宇宙にはたくさんの鉄がある。だが惑星の表面には鉄は少ない。
なぜなら、惑星のような大きな塊になってしまうと、重金属は中心核に沈んでしまうからだ。
だから中心核まで穴を掘って、惑星の全ての金属を採掘する。
それがアース・コア・ドリル。
もちろん、惑星の中心から資源を根こそぎ引っ張り出すのは危険な作業だ。
超高温のマグマを地表まで持って来れば、マグマの熱と温室効果ガスで気温が急上昇。
しかも、足元を引っこ抜くわけだから、惑星全体で地盤沈下が起こる。
地面に穴が開くなんてもんじゃない。大陸プレートが根こそぎ破壊される。
環境破壊、気候変動、地震、地割れ、火山噴火。そして新たな山脈や海溝の形成。
最終的にはアース・コア・ドリルを建てた場所すら崩落して、その惑星は二度と使い物にならなくなる。
いや、ゴミ捨て場ぐらいにはできるかな。
「得る物は大きいでしょ? 犠牲も大きいけどね」
「確かにこれを完成させれば、金属に困ることはないだろう。だが、作るだけでどれほどの資源と時間がかかるか……」
「手間で言うなら、ゲートと大して変わらないわ」
「使う中間素材が全然違うんだが……」
ザストはため息をついた後、私の目をじっと見る。
「それに、これは本当の目的じゃないんだろ? 大量に金属を使う何かを計画しているんじゃないか?」
「鋭いわね。いいわ、あなたには教えておきましょう。このクルミア・ティブリスの秘めたる野望を!」
というわけで、私はテラシード・ボタニカル構想の説明をした。
「お嬢様、本気ですか?」
「植物園か……」
マルレーネが困ったように額を手で押さえる。
一方、ザストは何か考え込んでいた。作るとなったら、工事はザストたちの担当になる。
「いいでしょう。これぐらい挑戦しても……」
「咎めてるわけじゃない。好きにしてくれ。ただ、そこまで大げさな装置は必要ないと思ってな……」
これは、もっと後になってから提案するつもりだったんだが、と前置きしながら、ザストは何かのデータを送って来る。
「四番惑星だ。気温は低いが海のような物もある」
地上に落としたドロイドに撮らせたらしい写真が表示される。うげ、ナニコレ?
「水が黄緑色なんだけど、これって毒?」
「人が飲めるようにするには、かなり手間がかかるな。ただし、多数の金属イオンが含まれている。もちろん鉄もある」
「なるほど」
つまり、惑星のどこかに鉱脈がある。
金属の調達先には困らない。
「……将来的には、この惑星に化学工場と採掘場を作ることを考えている。アース・コア・ドリルより、よっぽど現実的だ」
「そうね」
「あと、気温も安定しているし、頑丈な大陸もある。お嬢はテラシード・ボタニカを宇宙ステーションとして建設する気なんだろうが……この惑星の地下に作るってのもありなんじゃないか?」
「……そうさせてもらうわ」
やっぱり専門家の方がいいアイディア出すなぁ。
早めに相談しておいてよかったよ。
「で、どうする? 予定変更はなしか?」
「いいえ。小惑星の採掘場を三日後から建設開始。これは決定事項よ。建材工場を回すことを最優先でお願い」
「……結局やるのか」
ザストはため息をついた。
ごめんね。でも私は夢を諦めないよ。
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