悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

022 テラシード・ボタニカ建立宣言

公開日時: 2021年1月24日(日) 13:10
更新日時: 2021年4月2日(金) 03:23
文字数:3,397


 せっかくここまで来たんだから、衛星の収容所にも寄って行くことにした。

 収容所のある、衛星の軌道まであがる。

 距離はそこまで遠くないけど、通常ドライブで移動したせいで一時間ぐらいかかった。


 収容所の格納庫にモーターカッターを停めた。

 収容所から、ボーディング・ブリッジが伸びてきて、繋がる。

 前に来た時より、ちょっと移動距離が長めだ。

 あ、無重力なのに、またスカートで来ちゃったよ。まあいいか。

「ホランド、あんたが前よ」

「はいはい。……おまえ、常にズボンでいた方がいいんじゃないか?」

「それはできない相談ね」

 私はこう見えても令嬢なので。


 無重力の通路を移動して、収容所に入る。

 重力区画までたどり着いて気づいたけど、前回来た時と少し雰囲気が違う。

 なんか明るくなったというか、ギスギスした感じが消えた気がする。


 それと、ラキンと同じジャージを着ている人が多い。

 あの服、マルスド園芸店の制服か何からしい。

 囚人服が用意できてないって言ったら、ラキンがジャージを大量発注して配ったのだ。

 もちろん、タダではない。ジャージを受け取れるのは、刑務作業に参加している海賊だけだ。


 そういう事情もあって、収容者の9割が参加を希望したらしい。

 模範囚が多くていいことだ。

 私が満足している横で、ホランドはやや困惑している。

「いいのか? マルスド園芸店の植民地と化してるぞ」

「別にいいでしょ」

 自由にさせるわけにもいかず、殺すわけにもいかず、扱いに困っていたのだ。

 それを労働力に変えてくれるなら、大助かりだ。


 とりあえず、農業をやらせている。

 栽培しているのはレタスと小麦。これは収容所内部で消費される。

 そして、輸出品目として育てる予定の物もある。


 人口培土の畑に木が植えられた部屋。数百メートル四方の広さで、天井もやや高めだ。

 高さ一メートルを超えるぐらいの細い木が、所狭しと生えている。枝の先に白いつぼみがていた。

「ここは……野菜畑か何か?」

「違う。ここで育ててるのは綿花よ」

 綿花は、セルロース繊維だ。

 まあ、地球由来の植物なんて大半はセルロースの塊みたいな物だけど。工業的に使いやすい繊維は限られる。


 衣服の材料としては、ポリエステルみたいな化学繊維が主流で……木綿の服なんて、金持ちの道楽としか思われてない。

 特に、ここで育てる種類は、機械化が難しい特殊な種類で、やたら手間がかかるそうだ。

 さらに収穫した後、白いもやもやした塊と、その中にある種を分別しないといけない。

 それを全部手作業でやらせる。

 この収容所、余ってる人手だけは多いからね。


 手間はかかるんだけど、完成品は高く売れることだろう。

 これはナニモ74の目玉産業にできるかもしれない。

 取り出した種から取れる油で、天然石鹸も作らせよう。


 そんなことを考えながら畑を見ていたら、作業をしている海賊の一人が私を睨みつけてきた。

「何よ? 笑いに来たの?」

 え? 誰かと思ったら、アレクシア?

「あんた、何やってんの?」

「……おまえがやらせてるんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけど、こんな所にいると思わなくて」

 髪が赤いのは相変わらずだけど、ちゃんとジャージを着て、剪定用のハサミなんか持っている。

「私が率先してやらなかったら、誰も参加しないでしょうが」

「……そうね」

 ご協力ありがとう、と言おうかと思ったけど、嫌味に聞こえそうな気がしたのでやめた。


 その後、なんか私までジャージに着替えて、作業を手伝うことになった。

 ホランドは、警備員の隊長と会って来るとか言って姿を消した。

 あいつ、逃げやがった。


 剪定ばさみで、余計な枝をチクチクと切って、栄養が行き届くようにする。

 実が多すぎると、一つ一つが小さくなってしまうから、一つの木に花は20個までとなっている。

「んー、んんんー」

「……楽しそうね」

 そりゃ楽しいよ。

 こんなことできるのも、休日ぐらいの物だからね。

「楽しくないの?」

 アレクシアにとっては、仕事になっちゃったから楽しくないのかな?

「刺激が足りないわね」

「そう? 宇宙戦艦で殺し合いなんかするよりは、ずっといいと思うけど」

「……」

 アレクシアは、黙って何かを考えている。

 こいつ、本当にそれしかやったことないのか?


 せっかくだから聞いてみるか。

「……あんたさ、チョーブル帝国に帰りたいとか思ってたりする?」

 とたん、アレクシアの手が止まった。

「何なの、その質問? 肯定したらどうなるの?」

「いや、仮定の話よ? つまり、ミスク帝国の外交カードになる気はあるか、って話」

 リブルーのことは、さすがに言えない。適当にごまかしておこう。

「私と引き換えに何を得る気なの?」

「何も決まってないわよ。賠償金ぐらいは欲しいけど……」

「向こうが払うと、本気で思ってるの?」

 さあね。


 もう、私の中で心は決まっていた。

 リブルーの提案には、乗らない。

 それはそれとして、アレクシアを返せと先方が言ってきた。それは考慮に値する。

 とりあえず、本人の意思ぐらいは確認しておかないと。

「あなたの帰りを待ってる人だっているでしょう」

「それは……」

 アレクシアは視線を宙にさ迷わせた後、首を振る。

「自発的にカードになる気はない、それが私の答えよ」

「そう」

 本人がそれでいいなら、私からは何も言わない。


***


 そうして翌日。

 私は通信でリブルーを呼び出す。


 画面の向こうで、リブルーは、あいまいな笑みを浮かべていた。

「商売の件、考え直してくれましたか?」

「悪いけど、そのカバーストーリーはなかったことになったから」

 一発目で答えを突き付ける。

 リブルーは探るような視線を向けてくる。

「どういうことですか?」

「私は、チョーブル帝国と取引きはしない。ジャンプゲートは作らせないし、軍隊を置くことを許さないし、チョーブル帝国の軍人にもならない」

 ついでにアレクシアも引き渡さない。

「通信でそう言ってしまったら、もう引き返せませんよ?」

「それで誰が困るの? あなたたちだって、こんな取引、うまくいくと思ってなかったんじゃなくて?」

 こんな交渉、乗る奴はいない。

 むしろ、うっかり乗り気になった私がおかしいんだよね。

「……私はむしろ、勝算があると思ったのですけどね」

 リブルーは負け惜しみのように言う。

「どうして?」

「私なら、こんな辺境の何もない土地で一生を終えるなんて、考えられません」

「そう?」

「あなたも、かなり優秀な人材だったようですが……本気で、ここに根を下ろすつもりですか?」

「それが何か?」

 優秀な人間が、ここに住んだら行けない理由でもあるのか。

「いいえ。人の好みに口出しはしませんよ」

「賢明ね。でも、一つあなたの間違いを訂正させてもらってもいいかしら?」

「間違い?」

 そう、致命的な間違いだ。

「それは、このナニモ74を辺境呼ばわりしたことよ」

「……ここが辺境でないなら、なんだと言うのですか?」

 確かに、ここに来る前の私だったら、こんな田舎に価値を見出そうなんて思わなかった。

 でも今は違う。

「テラシード・ボタニカを知っているかしら?」

「は? ええと、確か、旧帝国が作った、大規模な植物園でしたか?」

「そう。私はこの地に、それを再建して見せる!」

 私は都会に住む必要がない。

 なぜなら、私の住む場所がいずれ都会になるからだ。

「あんたの上司に伝えなさい。チョーブルの皇帝だか第100皇子だか知らないけど」

「いや、31ですけど」

「二桁になったらいくつでも同じよ! 上を三十人殺さなきゃ順番回ってこないし、そんなことしたら逆に暗殺されるでしょ!」

「……くっ」

 本当になんなんだよ31って。番号付ける意味ないだろ。

「200年後にまた来なさい! この土地を辺境だなんて、言えないようにして見せるわ!」

 私が啖呵を切って見せると、リブルーは呆れたような表情になる。

「気が長すぎますよ。その頃には、お互い死んでると思いますが?」

「偉大な計画が一年や二年で完成するわけないでしょ。達成までに時間がかかるからこそ偉大なのよ」

「そうかも知れませんね。ただ、普通の人間はそんなに待てない」

 リブルーは諦めたように微笑む。

「では、私はそろそろ帰らせてもらいます。そう遠くないうちに、会うことになるでしょう」

「え? 何? それもしかして宣戦布告……」

 私が聞き返す前に、通信が切れていた。


 すぐにオペレーターからの報告が来る。

「リブルーの艦隊が、ジャンプアウトしました」

「ああ、もう……帰っちゃったか」

 さてと、これからどうしよう。

 なるようにしか、ならないか。


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