せっかくここまで来たんだから、衛星の収容所にも寄って行くことにした。
収容所のある、衛星の軌道まであがる。
距離はそこまで遠くないけど、通常ドライブで移動したせいで一時間ぐらいかかった。
収容所の格納庫にモーターカッターを停めた。
収容所から、ボーディング・ブリッジが伸びてきて、繋がる。
前に来た時より、ちょっと移動距離が長めだ。
あ、無重力なのに、またスカートで来ちゃったよ。まあいいか。
「ホランド、あんたが前よ」
「はいはい。……おまえ、常にズボンでいた方がいいんじゃないか?」
「それはできない相談ね」
私はこう見えても令嬢なので。
無重力の通路を移動して、収容所に入る。
重力区画までたどり着いて気づいたけど、前回来た時と少し雰囲気が違う。
なんか明るくなったというか、ギスギスした感じが消えた気がする。
それと、ラキンと同じジャージを着ている人が多い。
あの服、マルスド園芸店の制服か何からしい。
囚人服が用意できてないって言ったら、ラキンがジャージを大量発注して配ったのだ。
もちろん、タダではない。ジャージを受け取れるのは、刑務作業に参加している海賊だけだ。
そういう事情もあって、収容者の9割が参加を希望したらしい。
模範囚が多くていいことだ。
私が満足している横で、ホランドはやや困惑している。
「いいのか? マルスド園芸店の植民地と化してるぞ」
「別にいいでしょ」
自由にさせるわけにもいかず、殺すわけにもいかず、扱いに困っていたのだ。
それを労働力に変えてくれるなら、大助かりだ。
とりあえず、農業をやらせている。
栽培しているのはレタスと小麦。これは収容所内部で消費される。
そして、輸出品目として育てる予定の物もある。
人口培土の畑に木が植えられた部屋。数百メートル四方の広さで、天井もやや高めだ。
高さ一メートルを超えるぐらいの細い木が、所狭しと生えている。枝の先に白いつぼみがていた。
「ここは……野菜畑か何か?」
「違う。ここで育ててるのは綿花よ」
綿花は、セルロース繊維だ。
まあ、地球由来の植物なんて大半はセルロースの塊みたいな物だけど。工業的に使いやすい繊維は限られる。
衣服の材料としては、ポリエステルみたいな化学繊維が主流で……木綿の服なんて、金持ちの道楽としか思われてない。
特に、ここで育てる種類は、機械化が難しい特殊な種類で、やたら手間がかかるそうだ。
さらに収穫した後、白いもやもやした塊と、その中にある種を分別しないといけない。
それを全部手作業でやらせる。
この収容所、余ってる人手だけは多いからね。
手間はかかるんだけど、完成品は高く売れることだろう。
これはナニモ74の目玉産業にできるかもしれない。
取り出した種から取れる油で、天然石鹸も作らせよう。
そんなことを考えながら畑を見ていたら、作業をしている海賊の一人が私を睨みつけてきた。
「何よ? 笑いに来たの?」
え? 誰かと思ったら、アレクシア?
「あんた、何やってんの?」
「……おまえがやらせてるんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど、こんな所にいると思わなくて」
髪が赤いのは相変わらずだけど、ちゃんとジャージを着て、剪定用のハサミなんか持っている。
「私が率先してやらなかったら、誰も参加しないでしょうが」
「……そうね」
ご協力ありがとう、と言おうかと思ったけど、嫌味に聞こえそうな気がしたのでやめた。
その後、なんか私までジャージに着替えて、作業を手伝うことになった。
ホランドは、警備員の隊長と会って来るとか言って姿を消した。
あいつ、逃げやがった。
剪定ばさみで、余計な枝をチクチクと切って、栄養が行き届くようにする。
実が多すぎると、一つ一つが小さくなってしまうから、一つの木に花は20個までとなっている。
「んー、んんんー」
「……楽しそうね」
そりゃ楽しいよ。
こんなことできるのも、休日ぐらいの物だからね。
「楽しくないの?」
アレクシアにとっては、仕事になっちゃったから楽しくないのかな?
「刺激が足りないわね」
「そう? 宇宙戦艦で殺し合いなんかするよりは、ずっといいと思うけど」
「……」
アレクシアは、黙って何かを考えている。
こいつ、本当にそれしかやったことないのか?
せっかくだから聞いてみるか。
「……あんたさ、チョーブル帝国に帰りたいとか思ってたりする?」
とたん、アレクシアの手が止まった。
「何なの、その質問? 肯定したらどうなるの?」
「いや、仮定の話よ? つまり、ミスク帝国の外交カードになる気はあるか、って話」
リブルーのことは、さすがに言えない。適当にごまかしておこう。
「私と引き換えに何を得る気なの?」
「何も決まってないわよ。賠償金ぐらいは欲しいけど……」
「向こうが払うと、本気で思ってるの?」
さあね。
もう、私の中で心は決まっていた。
リブルーの提案には、乗らない。
それはそれとして、アレクシアを返せと先方が言ってきた。それは考慮に値する。
とりあえず、本人の意思ぐらいは確認しておかないと。
「あなたの帰りを待ってる人だっているでしょう」
「それは……」
アレクシアは視線を宙にさ迷わせた後、首を振る。
「自発的にカードになる気はない、それが私の答えよ」
「そう」
本人がそれでいいなら、私からは何も言わない。
***
そうして翌日。
私は通信でリブルーを呼び出す。
画面の向こうで、リブルーは、あいまいな笑みを浮かべていた。
「商売の件、考え直してくれましたか?」
「悪いけど、そのカバーストーリーはなかったことになったから」
一発目で答えを突き付ける。
リブルーは探るような視線を向けてくる。
「どういうことですか?」
「私は、チョーブル帝国と取引きはしない。ジャンプゲートは作らせないし、軍隊を置くことを許さないし、チョーブル帝国の軍人にもならない」
ついでにアレクシアも引き渡さない。
「通信でそう言ってしまったら、もう引き返せませんよ?」
「それで誰が困るの? あなたたちだって、こんな取引、うまくいくと思ってなかったんじゃなくて?」
こんな交渉、乗る奴はいない。
むしろ、うっかり乗り気になった私がおかしいんだよね。
「……私はむしろ、勝算があると思ったのですけどね」
リブルーは負け惜しみのように言う。
「どうして?」
「私なら、こんな辺境の何もない土地で一生を終えるなんて、考えられません」
「そう?」
「あなたも、かなり優秀な人材だったようですが……本気で、ここに根を下ろすつもりですか?」
「それが何か?」
優秀な人間が、ここに住んだら行けない理由でもあるのか。
「いいえ。人の好みに口出しはしませんよ」
「賢明ね。でも、一つあなたの間違いを訂正させてもらってもいいかしら?」
「間違い?」
そう、致命的な間違いだ。
「それは、このナニモ74を辺境呼ばわりしたことよ」
「……ここが辺境でないなら、なんだと言うのですか?」
確かに、ここに来る前の私だったら、こんな田舎に価値を見出そうなんて思わなかった。
でも今は違う。
「テラシード・ボタニカを知っているかしら?」
「は? ええと、確か、旧帝国が作った、大規模な植物園でしたか?」
「そう。私はこの地に、それを再建して見せる!」
私は都会に住む必要がない。
なぜなら、私の住む場所がいずれ都会になるからだ。
「あんたの上司に伝えなさい。チョーブルの皇帝だか第100皇子だか知らないけど」
「いや、31ですけど」
「二桁になったらいくつでも同じよ! 上を三十人殺さなきゃ順番回ってこないし、そんなことしたら逆に暗殺されるでしょ!」
「……くっ」
本当になんなんだよ31って。番号付ける意味ないだろ。
「200年後にまた来なさい! この土地を辺境だなんて、言えないようにして見せるわ!」
私が啖呵を切って見せると、リブルーは呆れたような表情になる。
「気が長すぎますよ。その頃には、お互い死んでると思いますが?」
「偉大な計画が一年や二年で完成するわけないでしょ。達成までに時間がかかるからこそ偉大なのよ」
「そうかも知れませんね。ただ、普通の人間はそんなに待てない」
リブルーは諦めたように微笑む。
「では、私はそろそろ帰らせてもらいます。そう遠くないうちに、会うことになるでしょう」
「え? 何? それもしかして宣戦布告……」
私が聞き返す前に、通信が切れていた。
すぐにオペレーターからの報告が来る。
「リブルーの艦隊が、ジャンプアウトしました」
「ああ、もう……帰っちゃったか」
さてと、これからどうしよう。
なるようにしか、ならないか。
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