輸送船より速い、と言っても、到着まではやることもなくて、結構暇だったりする。
インパルス中は外の景色もよく見えないし……。
「それで、どうするんだ? ここなら盗聴はないぞ」
ホランドに急に話しかけられた。
「え? なんのこと?」
「リブルーのことだ」
「ああ……」
そのことは、あまり考えたくない。でも決めないといけない。
「あいつがした話を、外に漏らすなって言ったな。まさか、あの話に乗る気なのか?」
「そうねぇ……」
はいともいいえとも言えない。
立場がどう、とか以前に、私は自分がどうしたいのかもよくわからない。
秘密にするということは、話に乗る意思があるということになる。
その一方で、テラシード・ボタニカルが動き出した後に必要な物について考えていたりもする。
「私は、どうしたいんだと思う?」
「本人にわからんものが、俺にわかるわけないだろ」
「そうよね……」
もしかしてホランドは、私が一人で悩んでるみたいに見えたから、こんな所に連れ出したのか?
気を遣わせちゃって悪いね。
「ちなみに、あんたはどう思ってるの? 傭兵のリーダーの立場で言うと?」
「俺の雇い主はあんただが、その金はミスク帝国から出ている。つまり本当の雇い主は、ミスク帝国だ」
「そうね」
リブルーの側につくことはできない、と。
「それに俺たちは生まれも育ちもミスク帝国、活動範囲もミスク帝国の国内に限定されている。最初からチョーブル側だとわかってる依頼を受けたら、次の仕事を受けられなくなる」
「妥当ね」
傭兵の世界にもいろいろあるようだ。
「ただ、それはそれとして……俺におまえを説得する理由はない。おまえは傭兵じゃないからな」
「いいの?」
「契約を破棄されるのは困るよ。でも、その場合は違約金とか払ってくれるんだろ?」
「そうね……」
払うのは私じゃなくて開発局だろうけど。
自分でも煮え切らないな、と思う。
ホランドは呆れたように私を見る。
「なあ。おまえ、何を恐れてるんだ?」
「え?」
「まさか、やつらが攻めてきたとして、俺たちが負けるとでも思ってるのか?」
「それは……」
確かに、交渉を蹴れば、攻撃してくる可能性はある。
もちろんその時は、前回を上回る大艦隊でやって来るに違いない。
そして前回と同じ手は通用しないはず。
あれは、自己転送艦が一隻しかなくて、なおかつ敵が油断しきっていたから使えた戦術だ。
次が来たら、確実に負ける。
「変に気を使わなくていい。数で押されて勝てるとは思ってない」
ホランドは何かを諦めるように言う。
「ずいぶん、あっさり認めるのね」
「戦力を判断できなきゃ、買い叩かれるからな……」
「……」
「けどな、勝てないと思ったなら、こっちも数を集めりゃいいだろ。チョーブル帝国が攻めてくるって言えば、さすがの皇帝だって軍隊の一つや二つ、出してくれるだろ?」
「それは、そうね……」
戦力を集める方法は、ないわけでもない。
私は、そんな段階で迷っているわけじゃない。
「なんだよ。あの提案、そんなに魅力的なのか?」
「それは、考え方によるわ」
私はここまで流されてきた。生まれた時から、ずっとだ。
一級貴族の家に生まれたのは幸運と言える。気が付いたら第三皇子の婚約者になっていた。
行けと言われたから旧帝都の学園に入学した。
親の行動が原因で婚約破棄され、家も取り潰されて、私は辺境送りになった。
一つ一つの出来事に大きな不満があったわけではない。
もちろん私は好きで没落したわけじゃないけど……あれは、客観的に見れば正しいとか、やむを得ないとか、そういう物だ。
ただ、これら全てにおいて、私の意思とか決断とかは、存在しなかった。
もしかして、私は、やっと選べるんじゃないのか。
自分自身の人生を。
そう思ってしまうのだ。
「悪いことは言わない。あいつだけはやめとけ」
ホランドがため息交じりに言う。
「え?」
ホランドが、私の思いをどこまで見抜いていたのかは不明だ。ただ、その言葉には妙な落ち着きがあった。
「あいつは信用ならん。仮におまえが、何かミスク帝国と縁を切りたい理由があるとしても……、あいつの提案に乗るのはお勧めできない」
「どうして?」
「裏切れなんて、そそのかしてくるやつだぞ。おまえとの約束も守らないに決まってる」
「そうね……」
問題はそこなんだよなぁ。
***
第四惑星の低軌道に到着した。
窓の外一面に広がる、青緑色の惑星。
今までは、衛星に降りた事しかなかったし、そこからだって、惑星を直接見れたわけじゃない。
第四惑星の青緑な表面を見ていると、妙に心が落ち着く。
「これ、なんで緑色なんだ?」
「なんでだろう? 大気だとしたら、メタン……メタンだけじゃここまで緑には……他に何だろう?」
私にもよくわからない。いっそ降りてみるか?
「この船、着陸とかできる?」
「大気がある惑星はちょっと無理だな」
「そっか……」
着陸船は、普通と仕様が違うからね。期待はしてない。
「ちなみに、この惑星の大気組成ってどうなってる? 宇宙服なしで活動できるのか?」
「たぶんダメだったと思う。植物が育ちにくい環境っぽいから、酸素は期待できないんじゃないかな」
葉っぱが緑色なのは、赤色の光を吸収して、緑色を捨てているかららしい。
逆に言うと、緑の光では光合成はできない、のかな?
青緑色に光る惑星で、植物は育つんだろうか?
私がとりとめもないことを考えていると、ホランドに訊かれる。
「おまえ、この惑星に何を作ろうとしてるんだ?」
「え? 誰から聞いたの?」
「聞かなくてもわかるさ。大量の貨物と作業ドロイドを運びこんでる。あの衛星を中継点にして、惑星に基地建設するんだろ?」
「……感がいいわね。マッキンタイアには言わないでよ」
「告げ口は趣味じゃない。……けどな、俺が気付くようなことを、あの人が気付かないわけないと思うんだが」
「言われてみれば、そうね」
ああ……懸案事項が増えた。
どうしよう。銀縁メガネも味方に引き込んだ方がいいかな?
***
しばらく第四惑星の軌道を回っていたら、多数の宇宙船が浮いているのが見えてきた。
巡洋艦、駆逐艦、コルベット……そして巨大な自己転送艦。
スクラップヤードだ。
前回の戦いで、アレクシアたちが使っていた船は、ここに集めてある。
「あれ、どうするつもりなんだ?」
「解体して、何かの資材になればいいと思って……」
「処分するなら、さっさと解体した方がいい。こういうのを残しておくと、後でつまらん事故の元になるぞ」
「わかっちゃいるんだけど、今は他の作業が多いから、ドロイドが不足しててね……」
今はまだ仮処理だ。
船内のエネルギーラインを切断したり、反動エンジンだけ取り外したり、その程度。
今は、これを直して動かそうなんて人、いないからいいんだけど……。人が増えてくる前に、なんとかしないと。
「傭兵施設のドッグは開いてるぞ。いくつか運んでおいたらいいんじゃないか?」
「余裕があったら、検討しておくわ」
とはいえ、傭兵施設まで持っていくのも難しい。
タグボートで引っ張っていけるような距離じゃないし……、エンジン系を修理して、反物質炉を再稼働して……なんか不毛だから気が進まない。
「傭兵艦隊の船にして、戦力化するってどう?」
「予算がない」
「船自体は、貰ってくれるならタダでいいけど?」
「乗組員が足りないな」
「それは給料の問題ってこと?」
銀縁メガネに交渉すればなんとかなる。
「それもあるが……いつ実戦が始まるかわからないんだぞ。安易に新人を募集するわけにもいかない」
「船は、遅かれ早かれ、増やすことになるわよ」
どうにかして、戦艦を配備したい。
他の船も、増やし続けることになる。
だったら、再利用した方がいいのでは?
「最大の問題は、船がチョーブル系ってことかな。いろいろ規格が違うからうまく動かせるかわからないし……、傭兵の間で警戒されるんだよな」
「そっか……」
「船の性能に問題ないのはわかってるんだけど、それだけじゃ回らないこともあるんだ……」
いろいろ難しいようだ。
「まあ、見当だけはしておくよ」
ホランドは苦笑した。
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