ダッシュで執務室に戻った私を待っていたのは、海賊船からの通信だった。
ホログラムスクリーンに映し出されるのは、真っ赤な長髪が特徴的な、薄着の女だった。ワイン色のドレス、胸元がめっちゃ開いてる。何あれ? 色仕掛け?
女は水たばこをふかしながらニコニコ笑っている。
「初めまして。私はアレクシア・フィルタス……知ってはいたけど、かわいらしい子ね」
訂正。水たばこをふかしながら、厭味ったらしい笑みを浮かべて、私を値踏みしている。
「子ども扱いしないでくださる?」
「あなたはまだお子さまよ。そうでしょ?」
アレクシアは、でかい胸を見せつけるように体を動かす。
ふむ?
ついてきたホランドは目のやり場がなくて困っているような顔をしている。
あ。てめえ、今私の何処を見て目を逸らした?
「そちらの坊やもかわいいわね。後でお話ししない?」
「……」
なんだこいつ。うちの傭兵を誘惑すんな。
決めた。こいつは、ありとあらゆる意味で私の敵だ。
が、権力を振るう前には、確認しなければならないことがある。
「あなたたちは、宇宙海賊ということで間違いないのかしら?」
私の問いに、アレクシアは微笑む。
「ふふふ。あなた達の法律では宇宙海賊と名乗るだけでも極刑だったわね?」
「そうね」
「では、「私は宇宙海賊ではない」というのが答えになるわね」
「……」
今、こいつ、あなた達の法律、って言ったよな? ミスク帝国の人間じゃない?
「急に現れて、何の用かしら?」
私は問いかけながらも、索敵班から送られてくる情報を確認。
敵の艦隊規模は? 巡洋艦18、駆逐艦8、コルベット8……偏ってるなぁ。巡洋艦が多すぎる。
ところで、ホランドの艦隊が巡洋艦6、駆逐艦12なんだけど……もしかして、こっちの巡洋艦と駆逐艦を合わせた数だけ巡洋艦を持ってきたのかな?
巡洋艦は駆逐艦より大きくて強い。
でも、艦種によって果たす役割は違うから、ちゃんと考えて配置するべきだと思う……。
アレクシアは、煙を吐く。
「私の用事? そうね。あなたとお友達になりに来ただけ」
「そう。……ところで、その自己転送艦、どこで手に入れたのかしら?」
たぶん艦隊の合計トン数は500万トン弱。自己転送艦自体の重さも入れると、700万トンぐらいになるはず。
そんな質量を一度に跳ばせる転送艦なんて、お目にかかったことがない。少なくとも市販はされてない。
軍用の実験艦ならギリギリあるかもな、というぐらいか。
こいつらは、絶対、ただの海賊じゃない。
「これは、お友達に貰ったの。……私とお友達になるメリット、説明した方がいいかしら?」
「いえ……なんとなく想像はつくわ」
そんな船をポンとプレゼントしてくれるような友達がいてたまるか。
「私の友人は、あなたに興味を持っているわ。そしてナニモ74星系にも……」
「それはどうも」
わかったぞ。
こいつら、チョーブル正当帝国の非正規部隊だ。
お友達っていうのも、多分チョーブルの皇帝か官僚だよ!
ふざけんな! そんなやつと私が友達になれるわけないだろ。
うっかり仲よくしたら、私がミスクの皇帝に処されるわ!
ただ、それでも疑問は残る。
私には、第三皇子の元婚約者と言う肩書ぐらいしかない。
わざわざ海賊まがいの軍隊を放り込んでまで、勧誘しに来るものか?
他に何か目的があるのでは?
「もし、私に国を裏切れと言うなら、その答えは否よ」
「今はそう言うでしょうね? けど、きっとあなたの考えは変わるわ」
アレクシアはそう言って、一方的に通信を切断した。
***
私はザストに連絡して、全ての作業員に作業中止を命じる。
作業員は貨物用の輸送船に乗せる。輸送船は二隻あるから、建設現場と工場の避難に一隻ずつ使える。本部ステーションの人員は、とりあえず傭兵の巡洋艦の倉庫にでも乗せて……。
それから……それからどうする?
「逃げられるかな?」
「いや、逃げるの前提なのか?」
ホランドが怪訝そうな顔で私を見る。
「何? 戦って勝てるの?」
「それは……」
ホランドは悔しそうに目を逸らす。
「どっちにしても、非戦闘員を逃がすのは当然でしょ。人質にされたら面倒だし、わざわざ捕まりやすい状況に置いておく必要はないわ」
「……」
ホランドは、どこか納得がいかないような顔をしていた。
何だよ。言いたいことがあるなら言えよ。
と、通信が入って来る。銀縁メガネの顔が映し出された。
「マッキンタイアです。……状況が、よくないようですが?」
「遠回しに言わなくていいわよ。どう見ても最悪じゃん」
ここから、味方に死人を出さないように解決できる気がしない。
あんたは安全地帯にいていいわね。と嫌味を言ってやろうかと思ったけど、やめた。
慌てて連絡してくるぐらいには当事者意識がある。
「まず……あなたと私の認識が一致しているかを確認したいのですが?」
「どういう意味かしら?」
「そちらの星系で、最も重要な目標となりうる物が何か。言ってみてくれますか」
「……」
何かのテストかな?
私は考える。
この宇宙ステーション、採掘基地と工場、掘り出される鉄と作られる建材、鉄を含む小惑星。
なるほどね。考えるまでもない。
「私ね。私が生きたまま人質に取られることが、ミスク帝国にとって一番不利になる。違う?」
「正解です」
結局のところ、人間より価値のある物体など存在しない。
これは人道主義ではない。純粋に金に換算した場合でもそうなる。
人間なんて、やろうと思えば試験管だの人工子宮だので量産も可能だ(ミスク帝国を始めとするほとんどの国では禁止されている)。
しかし、それを「使える人材」に変えようとすると、それなりの時間とコストがかかる。
私の代わりはいくらでもいるけど、それを一から用意しようとすると、私を今まで育てたのと同じだけの金がかかる。
私は高いぞ。わりとマジで。
私の次に価値があるのは、ザストかな?
ザストの部下の作業員たちも、それなりの技能持ちのはず。
残念なことに、金額で換算するとマルレーネは安めだ。だがそれでも、一人の人間として救助の対象と認識されている。
で、問題は私の処遇だった。失った場合の経済的損失もそうだが、敵に利用されるようでは最悪だ。
え? ホランドたち? 傭兵は……なんか、死ぬのが仕事みたいな物だし、あまり深く考えないようにしよう。うん。
「で、人間以外なら、この宇宙ステーションね」
鉄とか建材は、別の場所で掘ればいい。
あれだけの自己転送艦があるなら、人が来ない星系に工場を建てるのも簡単なはず。
だが、長距離タキオン通信タワー。それもミスク帝国の首都から承認された物、というのは、海賊ごときには用意できないはず。
ましてや、奴らの正体が本当にチョーブル帝国の工作員なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。
渡すわけにはいかない。
「どうしよう? この本部ステーション、爆破しちゃおうか?」
せっかく完成させたものを手放すのは惜しいけど、状況が状況だからね。
皇帝も、許してくれるだろう、たぶん。
銀縁メガネはため息をつく。
「それは……最後の手段として考えておきましょう。とりあえず、一時的にネットワークから離脱させるよう申請済みです。早まったことをする必要はありません」
「それはどうも」
「なあ。俺たちはどうしたらいいんだ?」
ホランドが口を挟む。
マッキンタイアは、眼鏡のふちを指で上げる。
「傭兵は、傭兵らしく行動する、それだけだと思いますが?」
「もちろん海賊とは戦うさ。戦って死ねと言うなら死んでやるよ。……だが、俺が言いたいのはそうじゃない。わかってんだろ?」
確かに問題はある。
彼らに勝利条件があるとしたら、敵の全滅か撤退、あるいは私たちの脱出を成功させる、だろう。
戦力差から見て、全滅や撤退に追い込むのは無理。
すると脱出か……。
「ここが普通の星系なら、脱出の順番は、非戦闘員、傭兵、正規軍だ」
「そうですね」
「正規軍がいないのは仕方ない。俺たちが殿を務めよう。だが、そもそも脱出できるのか? できないなら、何のために戦えばいい? 俺たちの勝利条件はなんだ?」
ジャンプゲートがない。こういう時には、わりと致命的になるな。
マッキンタイアはため息交じりに答える。
「……こちらから自己転送艦を送ります。それに乗って脱出してください」
「俺たちの船はどうなる? 持ち帰れないよな?」
「そこは、あなた達に判断を任せます。必要経費の申請をする時は、全面的に協力します」
「まあいい。それで、肝心の問題だが。ジャンプドライブは連続使用できないよな?」
「冷却と再装填には、およそ6時間が必要ですね」
「つまり、あの数の海賊を相手に、6時間の防衛戦をやれと言うのか?」
戦力差が大きすぎる。それまで耐えられる見込みはない。
「……近場にいた傭兵を緊急で雇いました。そちらの艦隊と合わせれば、敵と同等の戦力になるはずです」
「それを早く言え」
「ただし、集結までに20時間かかると思ってください」
「……」
6時間の固定標的になるか、20時間の移動標的になるか。どっちが楽かは、向こうの出方次第かな。
「そうか、わかった……」
ホランドは頷き、何か考え込むような顔でいる。
私は銀縁メガネに言う。
「とりあえず、20時間の方にしておいて。後は、こっちで時間稼ぎしてみるわ」
「わかりました」
通信は切れた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!