一時間後、銀縁メガネとテレビ電話でお話。
「それで、問題の自己転送艦は何だったのですか?」
「交易が目的だってさ……」
銀縁メガネには嘘をついた。
チョーブル帝国からのヘッドハンティングが来たなんて言えない。
とりあえず、話を聞いた可能性がある人間には、厳重に口止めしてある。
リブルーは、ご丁寧にも報告用の嘘まで用意してくれた。
もちろん、銀縁メガネが簡単に信じてくれるわけがない。
「交易って、そんなわけがないでしょう。彼らはどこから来たのですか?」
「教えてくれなかった。どう思う?」
「考えられるのは主に三つですね。密輸、海賊の物資補給、遅れてきた海賊だけど傭兵の戦力を見て諦めた」
「……妥当ね」
頭がいいせいで、適当なことを言っても勝手に納得してくれる。便利だ。
銀縁メガネは、私が裏切る可能性を考えていないのだろうか?
いや、考えたなら、なおさら口に出さないか。
「それで、攻撃はしないのですか?」
「それは難しいわね。明確な悪事が確認されたわけじゃないし……」
私は慎重に言う。
リブルーは、こちらの指示に従っている。自分は海賊ではないと言っている。口先では平和的な目的を唄っている。
帝国の法律上、問題にはならない。
しいて怪しまれる部分があるとしたら、目的を通信で伝えず、直接の面会だけで伝えたことかな。
通信は、盗聴される可能性があるけれど、貿易目当ての通信が、誰かに盗聴されたとしてどう困るというのか。……値段交渉は困るか?
「……あなたがそれでいいのなら、私からは何も言いません」
銀縁メガネはそう言って通信を切った。
順当に考えると、銀縁メガネは私とリブルーが密談したと疑っているはずだ。
でもそれを追求してこない。
それがいいことなのか、悪いことなのか、今の私にはちょっと判断できない。
さてと、これからどうするか。
リブルーの提案を受け入れるかどうかは、まだ決めていない。いないのだけど……
「まずいよなぁ……」
話を終えて、リブルーは、三日ぐらい待つ、と言って帰って行った。
けれど、一日目の今の時点で答えは出ているようなものだ。
あんな提案をされて、それをすぐ報告しないばかりか、こんな嘘をつく。既に裏切り行為では?
本来なら、私は悩む必要はない。
リブルーの艦隊に傭兵艦隊をぶつける。たぶんリブルーは、即座に転移で逃げる。
そして銀縁メガネにありのままを報告して、対策を協議すればいい。
それをしないというだけで、私に弱みが生まれる。
リブルーは裏でほくそ笑んでいるだろう。
***
久しぶりに、花壇を見に来た。
「あー、花、終わっちゃったなぁ」
花が散っているプランターを花壇から外して、台車に乗せて裏手に持っていく。
壁一枚挟んだところに温室があって、そこにはたくさんのプランターが並んでいる。
ここの機械が自動で次の花を育成しておいてくれる。
「よっ、と……」
花が咲いている物をいくつか選んで、花壇の方に持っていく。設置。
今度はボタンとパンジーか。
ここの花壇、水撒きは自動化している。
もちろん花の設置も自動化しようと思えばできるんだけど、そこまでやっちゃうと、私がここを見に来なくなる可能性がある。
この場所の必要性を主張してるの、私だけだからね。
その私が来なくなったら、何の意味があるのか、わからなくなる。
「……とは言え、本当にここに来なくなる可能性はあるのか」
リブルーの提案に乗ったら、私は艦隊を預かる身になる。
その後どこで何をさせられるのかは知らないけど、ここに帰って来ることは滅多にないだろう。
いや、帰って来る、という表現が、既に何か違う。
ここはチョーブル帝国の艦隊拠点にされて、私の居場所なんかなくなってしまうのだから。
さすがに、旗艦の中に花壇は作れないよなぁ。
「どうしようかな……」
テラシード・ボタニカル。それも取り消しだ。それは、ちょっと残念だったかな。
***
私は、傭兵施設の方に行ってみる。
傭兵施設は、本部ステーションと同じく第二惑星の軌道上を周回している。
施設の大半は、宇宙船を整備するためのドッグで、おまけのように居住施設がついている。
広大な格納庫の中には、今は駆逐艦が一隻だけ停泊している。
修理中かと思ったけど、作業はしていないようだ。
近くにいた傭兵に聞いてみる。
「あれは、今何をやっているの?」
「何もしていないと思います。修理は既に終わっていて、命令があればいつでも動かせる状態のはずです」
「そう」
「動かした方がいいですか?」
「いえ、今は別に必要ないわね」
私がリブルーの提案を突っぱねれば、使うことになるだろうけど。
他の船は、もう修理が終わっていると前に聞いた。戦闘をやろうと思えば、いつでもできる。
あとは、どうするか私が決めるだけ、
私が駆逐艦を眺めていると、ホランドが来る。
「よう。何かあったか?」
「ただの視察よ」
というか、散歩に等しい。
何か目的があってきたわけじゃない。
ふと、駆逐艦の隣に小型の船が停められているのに気づいた。
全長、30メートルぐらい。
あちこちに折りたたまれた羽がついている。なんか速そう、ぐらいしかわからない。
「これは、何?」
「モーターカッターだ。小型の宇宙船だよ」
「こんなの戦闘に使えるの?」
「建前上は偵察用ってことになってるけど、ほとんど俺の趣味みたいなもんだ」
「趣味か……」
まあ、私の趣味も大概なので、追及はしないでおこう。
「インパルスドライブもついている。駆逐艦の1.5倍の速度で移動できる」
「それは凄い……」
使い道が良くわからんが、そう言っておいた。
いくら速くても、荷物も積めないし、人も運べそうにないし……本当に役に立つのかな?
ホランドは、何かに気づいたように辺りを見回す。
「ところで、おまえ一人か? いつものメイドの姿が見えないが?」
「いや、マルレーネにも休暇ぐらいあるわよ」
「ふーん? ってことは、おまえも休暇か?」
「まあ、仕事は入ってないけど……」
私が答えると、ホランドはニヤリと笑う。
「……暇なら、乗ってみるか?」
ふむ。それも悪くないわね。
乗り込んだモーターカッターの内部はあまり広くなかった。
人間用のキャビンはせいぜい、直径二メートルの円筒形の空間しかない。操縦隻の横や後ろに、いくつか座席があるだけだ。私はホランドの隣の座席に座る。
ホランドはあちこちのスイッチを入れて、管制塔を呼び出す。
「出発する、管制塔、誘導を頼む」
「こちら管制塔。四番カタパルトに回します」
揺れと共に、窓の外の格納庫が下がっていく。
実際には、モーターカッターがクレーンか何かで持ち上げられているのだろう。
そのまま、どこかに運ばれていき、レールの上に載せられる。
「カタパルトなんか使うの?」
「こういう小型の船は、出力調整が微妙なんだ。人口重力が働いてる空間から、ぶつからずに出るのは難しくてね……」
正面に伸びる直線状のレールとトンネル。その向こうには星空が見える。
「こちら管制塔。カタパルトのコントロールを渡します。グッドラック」
ホランドは、ちらりと私の方を見る。たぶんシートベルトをつけているか確認したんだろう。
そしてホランドが操縦桿を引くと、モーターカッターは射出された。
私は加速度で座席に押し付けられた。
それがなくなったと思ったら、今度は髪やスカートの端が浮きはじめた。
そうか、この船、当然のように重力が働いてないんだな。
通常ドライブでも、この船の速度はかなり速いようだ。
モニターに表示される情報によれば、後方の傭兵ステーションはどんどん遠ざかっていく。
こんな小さな宇宙船に乗っていて大丈夫なのかと、少しだけ不安になって来る。
基本的に、宇宙ステーションなり宇宙船なりは、大きい方が冗長性が高い。
生命維持に必要な、一つの装置が故障することはあるかもしれない。でも、百個の装置が全て同時に故障することはまずありえない。
だが、ホランドの前だ。ビビってると思われたくない。
「なんて言うか、酔狂な趣味ねぇ」
「望めばどこにだって行けるさ。自由ってそういうことだろ?」
「そうね」
私は表面上、同意しておく。
だが、事実はどうなんだろう?
速いと言っても、光速を突破できるわけじゃないから、隣の星系に行くだけでも何年も掛かるだろうし……。
そもそも、燃料タンクがどのぐらいの大きさかわからないけど、恒星系の範囲外まで行けるとも思えない。
この船で手に入る自由なんて、そんな物だ。
私が考えていると、ホランドに肩をつつかれた。
「なあ。どこか行きたい所でもあるか?」
「別に……、あ、第四惑星とか行ける?」
「ちょっと遠いが、行けなくはないな」
ホランドはインパルスドライブの準備を始める。
私は、どれぐらい時間が、かかるかな、とこっそり計算した。
確か、この前は片道で三時間ぐらいかかって……いや、違うか、あれは輸送船だからだ。駆逐艦だと四倍か五倍の速さ……さらに1.5倍なら……。
もしかして、30分ぐらいか? けっこう速いな。
テラシード・ボタニカルを始めた暁には、私は第四惑星と本部ステーションを行ったり来たりすることになる可能性が高い。
私も似たような船を所有してみようかな?
「ねえ。この船、新品で買ったとしたら、いくらぐらいするの?」
「さあ? 輸送船一隻分ぐらいだろ」
「うげっ、クソ高い趣味だな。このブルジョワめ!」
「貴族が何言ってんだ……」
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