悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

020 提案の検討(前)

公開日時: 2021年1月10日(日) 13:10
文字数:3,749


 一時間後、銀縁メガネとテレビ電話でお話。

「それで、問題の自己転送艦は何だったのですか?」

「交易が目的だってさ……」

 銀縁メガネには嘘をついた。

 チョーブル帝国からのヘッドハンティングが来たなんて言えない。

 とりあえず、話を聞いた可能性がある人間には、厳重に口止めしてある。


 リブルーは、ご丁寧にも報告用の嘘まで用意してくれた。

 もちろん、銀縁メガネが簡単に信じてくれるわけがない。

「交易って、そんなわけがないでしょう。彼らはどこから来たのですか?」

「教えてくれなかった。どう思う?」

「考えられるのは主に三つですね。密輸、海賊の物資補給、遅れてきた海賊だけど傭兵の戦力を見て諦めた」

「……妥当ね」

 頭がいいせいで、適当なことを言っても勝手に納得してくれる。便利だ。

 銀縁メガネは、私が裏切る可能性を考えていないのだろうか?

 いや、考えたなら、なおさら口に出さないか。

「それで、攻撃はしないのですか?」

「それは難しいわね。明確な悪事が確認されたわけじゃないし……」

 私は慎重に言う。

 リブルーは、こちらの指示に従っている。自分は海賊ではないと言っている。口先では平和的な目的を唄っている。

 帝国の法律上、問題にはならない。


 しいて怪しまれる部分があるとしたら、目的を通信で伝えず、直接の面会だけで伝えたことかな。

 通信は、盗聴される可能性があるけれど、貿易目当ての通信が、誰かに盗聴されたとしてどう困るというのか。……値段交渉は困るか?


「……あなたがそれでいいのなら、私からは何も言いません」

 銀縁メガネはそう言って通信を切った。

 順当に考えると、銀縁メガネは私とリブルーが密談したと疑っているはずだ。

 でもそれを追求してこない。

 それがいいことなのか、悪いことなのか、今の私にはちょっと判断できない。


 さてと、これからどうするか。

 リブルーの提案を受け入れるかどうかは、まだ決めていない。いないのだけど……

「まずいよなぁ……」

 話を終えて、リブルーは、三日ぐらい待つ、と言って帰って行った。

 けれど、一日目の今の時点で答えは出ているようなものだ。

 あんな提案をされて、それをすぐ報告しないばかりか、こんな嘘をつく。既に裏切り行為では?


 本来なら、私は悩む必要はない。

 リブルーの艦隊に傭兵艦隊をぶつける。たぶんリブルーは、即座に転移で逃げる。

 そして銀縁メガネにありのままを報告して、対策を協議すればいい。


 それをしないというだけで、私に弱みが生まれる。

 リブルーは裏でほくそ笑んでいるだろう。


***


 久しぶりに、花壇を見に来た。

「あー、花、終わっちゃったなぁ」

 花が散っているプランターを花壇から外して、台車に乗せて裏手に持っていく。

 壁一枚挟んだところに温室があって、そこにはたくさんのプランターが並んでいる。

 ここの機械が自動で次の花を育成しておいてくれる。

「よっ、と……」

 花が咲いている物をいくつか選んで、花壇の方に持っていく。設置。

 今度はボタンとパンジーか。


 ここの花壇、水撒きは自動化している。

 もちろん花の設置も自動化しようと思えばできるんだけど、そこまでやっちゃうと、私がここを見に来なくなる可能性がある。

 この場所の必要性を主張してるの、私だけだからね。

 その私が来なくなったら、何の意味があるのか、わからなくなる。


「……とは言え、本当にここに来なくなる可能性はあるのか」

 リブルーの提案に乗ったら、私は艦隊を預かる身になる。

 その後どこで何をさせられるのかは知らないけど、ここに帰って来ることは滅多にないだろう。

 いや、帰って来る、という表現が、既に何か違う。

 ここはチョーブル帝国の艦隊拠点にされて、私の居場所なんかなくなってしまうのだから。


 さすがに、旗艦の中に花壇は作れないよなぁ。

「どうしようかな……」

 テラシード・ボタニカル。それも取り消しだ。それは、ちょっと残念だったかな。


***


 私は、傭兵施設の方に行ってみる。

 傭兵施設は、本部ステーションと同じく第二惑星の軌道上を周回している。

 施設の大半は、宇宙船を整備するためのドッグで、おまけのように居住施設がついている。


 広大な格納庫の中には、今は駆逐艦が一隻だけ停泊している。

 修理中かと思ったけど、作業はしていないようだ。

 近くにいた傭兵に聞いてみる。

「あれは、今何をやっているの?」

「何もしていないと思います。修理は既に終わっていて、命令があればいつでも動かせる状態のはずです」

「そう」

「動かした方がいいですか?」

「いえ、今は別に必要ないわね」

 私がリブルーの提案を突っぱねれば、使うことになるだろうけど。

 他の船は、もう修理が終わっていると前に聞いた。戦闘をやろうと思えば、いつでもできる。

 あとは、どうするか私が決めるだけ、


 私が駆逐艦を眺めていると、ホランドが来る。

「よう。何かあったか?」

「ただの視察よ」

 というか、散歩に等しい。

 何か目的があってきたわけじゃない。


 ふと、駆逐艦の隣に小型の船が停められているのに気づいた。

 全長、30メートルぐらい。

 あちこちに折りたたまれた羽がついている。なんか速そう、ぐらいしかわからない。

「これは、何?」

「モーターカッターだ。小型の宇宙船だよ」

「こんなの戦闘に使えるの?」

「建前上は偵察用ってことになってるけど、ほとんど俺の趣味みたいなもんだ」

「趣味か……」

 まあ、私の趣味も大概なので、追及はしないでおこう。

「インパルスドライブもついている。駆逐艦の1.5倍の速度で移動できる」

「それは凄い……」

 使い道が良くわからんが、そう言っておいた。

 いくら速くても、荷物も積めないし、人も運べそうにないし……本当に役に立つのかな?


 ホランドは、何かに気づいたように辺りを見回す。

「ところで、おまえ一人か? いつものメイドの姿が見えないが?」

「いや、マルレーネにも休暇ぐらいあるわよ」

「ふーん? ってことは、おまえも休暇か?」

「まあ、仕事は入ってないけど……」

 私が答えると、ホランドはニヤリと笑う。

「……暇なら、乗ってみるか?」

 ふむ。それも悪くないわね。


 乗り込んだモーターカッターの内部はあまり広くなかった。

 人間用のキャビンはせいぜい、直径二メートルの円筒形の空間しかない。操縦隻の横や後ろに、いくつか座席があるだけだ。私はホランドの隣の座席に座る。

 ホランドはあちこちのスイッチを入れて、管制塔を呼び出す。

「出発する、管制塔、誘導を頼む」

「こちら管制塔。四番カタパルトに回します」

 揺れと共に、窓の外の格納庫が下がっていく。

 実際には、モーターカッターがクレーンか何かで持ち上げられているのだろう。

 そのまま、どこかに運ばれていき、レールの上に載せられる。

「カタパルトなんか使うの?」

「こういう小型の船は、出力調整が微妙なんだ。人口重力が働いてる空間から、ぶつからずに出るのは難しくてね……」

 正面に伸びる直線状のレールとトンネル。その向こうには星空が見える。

「こちら管制塔。カタパルトのコントロールを渡します。グッドラック」

 ホランドは、ちらりと私の方を見る。たぶんシートベルトをつけているか確認したんだろう。

 そしてホランドが操縦桿を引くと、モーターカッターは射出された。

 私は加速度で座席に押し付けられた。

 それがなくなったと思ったら、今度は髪やスカートの端が浮きはじめた。

 そうか、この船、当然のように重力が働いてないんだな。


 通常ドライブでも、この船の速度はかなり速いようだ。

 モニターに表示される情報によれば、後方の傭兵ステーションはどんどん遠ざかっていく。

 こんな小さな宇宙船に乗っていて大丈夫なのかと、少しだけ不安になって来る。


 基本的に、宇宙ステーションなり宇宙船なりは、大きい方が冗長性が高い。

 生命維持に必要な、一つの装置が故障することはあるかもしれない。でも、百個の装置が全て同時に故障することはまずありえない。

 だが、ホランドの前だ。ビビってると思われたくない。

「なんて言うか、酔狂な趣味ねぇ」

「望めばどこにだって行けるさ。自由ってそういうことだろ?」

「そうね」

 私は表面上、同意しておく。

 だが、事実はどうなんだろう?

 速いと言っても、光速を突破できるわけじゃないから、隣の星系に行くだけでも何年も掛かるだろうし……。

 そもそも、燃料タンクがどのぐらいの大きさかわからないけど、恒星系の範囲外まで行けるとも思えない。

 この船で手に入る自由なんて、そんな物だ。


 私が考えていると、ホランドに肩をつつかれた。

「なあ。どこか行きたい所でもあるか?」

「別に……、あ、第四惑星とか行ける?」

「ちょっと遠いが、行けなくはないな」

 ホランドはインパルスドライブの準備を始める。


 私は、どれぐらい時間が、かかるかな、とこっそり計算した。

 確か、この前は片道で三時間ぐらいかかって……いや、違うか、あれは輸送船だからだ。駆逐艦だと四倍か五倍の速さ……さらに1.5倍なら……。

 もしかして、30分ぐらいか? けっこう速いな。


 テラシード・ボタニカルを始めた暁には、私は第四惑星と本部ステーションを行ったり来たりすることになる可能性が高い。

 私も似たような船を所有してみようかな?


「ねえ。この船、新品で買ったとしたら、いくらぐらいするの?」

「さあ? 輸送船一隻分ぐらいだろ」

「うげっ、クソ高い趣味だな。このブルジョワめ!」

「貴族が何言ってんだ……」



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