悪役令嬢でもわかる宇宙領地経営

艦隊指揮スキルカンスト令嬢のFラン辺境開拓と領地経営
ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

009 決戦の用意

公開日時: 2020年11月18日(水) 23:38
更新日時: 2021年1月4日(月) 20:14
文字数:3,968


 更衣室から出るとホランドが待っていた。まだ宇宙服を着たままだ。

「何の用? 覗きかしら?」

 冗談で言ってみたけど、全然受けなかった上に、マルレーネに咳払いされた。


 ホランドはふてくされたように言う。

「貴族のガキにしては、大したもんだと思ってな」

「そう? 座っていただけの私を褒めてくれるなんて思わなかったわ」

「……そう思うなら、それでもいい」

 なんだこいつは? 私が泣いて逃げだすとでも思ったのか?

 いや、逃げれば生き残れる状況なら迷わずそうしたけど……。

「それに比べて、俺はダメだな。座っていただけなのは俺の方さ」

「なんで? みんなあんたを信じてついてきてくれたじゃない……」

「それは……」

 ホランドは何かを言いよどみ、私の目を見つめる。

「それは、おまえが俺を信じてくれたからだ」

「……違いがよくわからないんだけど」

 私には、どっちも同じに思える。

「その……ありがとう、って言いたかった。それだけだ」

「何それ。意味わかんない」

「そうか?」

「あんたができるやつだってのは、あんた自身が一番知ってるはずでしょう。それなのに、何をクヨクヨわけのわからないことを言ってるの?」

 私はホランドの肩を軽く押す。

「ほら。次もよろしく頼むわ」

「……。わかった」


 さてと、大事なのはここからだ。

 私は歩きながらホランドに次の指示を出す。

「今、輸送船に乗っている作業員を、巡洋艦の一隻に乗せてあげて」

「それはいいが、輸送船は使わないのか?」

「あの輸送船は無人でも遠隔操作で動かせるようになっているからね」

「ああ、なるほどね」

 何をするのか、ホランドも予想がついたらしい。

 まあ、ラムアタックは、最古の艦隊戦から続く伝統みたいな戦術だからね。

「無人の輸送船を、敵にぶつける気だな? けど、そんなの成功するか?」

「どんな問題があるかしら?」

「まず、衝突を回避する安全装置があるはずだ」

「安全装置って言うのはね、その気になれば壊せるのよ」

 その件は、事前にザストに頼んでおいた。

 問題なく突っ込んでくれるはずだ。

「海賊は防御を固めているだろう。撃墜されるかもしれない」

「そこは、傭兵の皆さんにがんばってなんとかしてもらうしかないわね」

 戦いの流れ次第だろう。

 防御陣に隙ができるタイミングは必ずあるはず。

「うまくいっても、一対一交換になる。二隻の輸送船じゃ、沈めることができるのは、せいぜい二隻だ。仮に自己転送艦を沈めるとして、残りの海賊船はどうする?」

「それについては考えがある。命中させてくれれば、あとは私がなんとかするわ」

 これは私を信じてもらうしかない。

「じゃあ、最後の問題だ。本当に沈むのか? 威力は足りると思うか?」

「そうね。結局、そこが問題になるわね……」


 海賊の自己転送艦は見たこともないタイプだ。防御面がどうなっているかなんて想像がつかない。

 とんでもない重装甲だったらどうしよう?

「何にしても、シールドを剥がしておく必要はあると思う」

「さっきみたいにミサイルじゃダメなの?」

「衝突の一分前に、タイミングよくミサイルを数発命中させられたなら、うまくいくかもな」

「そう……」

 もう一工夫必要か……。


***


 ヘテルルス級のブリッジで会議をする。

「いける可能性はありますね」

 私の作戦を聞いた傭兵の一人は、そう保証してくれた。

「この船で、輸送船と同じタイミングで同じ方向から突入して、またミサイルの全弾を撃ち込めばいいでしょう。それでシールドを抜けるのは証明済みです」

「……この船でやるの? 他の駆逐艦にした方が良くない?」

 私が聞くと、ホランドは首を振る。

「この船は、最前線に投入するのは無理だ。さっきの攻撃で少し壊れているからな」

「少し?」

 なんか、あちこち壊されていたような。

「AMSはパーツ交換で直りました。ウイングは少し問題がありますが……」

 傭兵は、言いながらホランドの方をちらりと見る。

「砲撃までやらなくていいなら、なんとかなるだろ。こっちから突入して、こっちに脱出して……」

 ホランドは、ヴィジャボードの上のヘテルルス級を動かす。海賊の自己転送艦を貫くような軌道で。

「……進路をふさがれる可能性があるな。邪魔になるのは、少なくとも10隻。少し減らせないか?」

「突撃の直前に他の方向から陽動を仕掛けて、そっちに引き付けるしかないわね。もう一度、後ろから攻撃するように見せるために、艦隊をこの辺りに出して……」

 私は、残りの傭兵艦隊を移動。

「できるだけ、自己転送艦から引き離したい。あと、輸送船の体当たりが本命だとバレないように仕掛けたいんだけど……」

「どうやって?」

「そうね。例えば……」

 私が大まかな骨子を提案して、傭兵たちが細かい修正を加えていく。

 一時間ほどで、作戦の手順が完成した。


***


 無人の輸送船が出発した。

 インパルスドライブが低燃費仕様なので遅い。到着までに2時間ぐらいかかるらしい。

 作業員の乗り換えも完了。

 私もマルレーネと同じ巡洋艦に乗る。

 突撃の1時間前に、他の船も移動を開始。

 あと1時間で、この戦いの全てが決まることになる。

「さてと……」

 私は、海賊が呼びかけてきたのと同じチャンネルを開き、通信してみる。

 海賊は答えてくれるだろうか?


 数秒待っていると、画面にアレクシアの姿が映し出された。

 また水たばこ吸ってる……。

「どうしたの? 私とお友達になる気になったかしら?」

 ならねーよ!

 数時間前にミサイルの撃ち合いしたばっかりだろうが……。

 いや、違うな。こいつは、私がヘテルルス級に乗っていたことを知らないはずだ。

 ただの戦力評価のために、傭兵を使い捨てにしたんだと思い込んでいる可能性すらある。

「いいえ。これは降伏勧告よ。今すぐ降伏するなら、命の保証だけはしてあげるわ」

「……いや、何を言っているの? 現実を見なさい」

 アレクシアはさすがに私の言うことが理解できなかったようだ。困惑している。

「現実を見た結果よ」

「……戦力はこちらが圧倒的に多いでしょう。勝ち目はない」

「駆逐艦一隻すら止められずに、自己転送艦を沈められる寸前だったくせに?」

 私が挑発気味に言うと、アレクシアは、わざとらしく煙を吐いて見せる。

「あんな攻撃で、沈むわけないでしょう。舐めてるの?」

「そうかしら? 私にはただ運が良かっただけに見えるけど?」

「……まさか、戦って勝てると思っているの? 本当に?」

 勝てなくはないだろう。

 実際、駆逐艦を全部出して攻撃すれば、自己転送艦一隻ぐらいは沈めることが可能だったはず。

 私がそうしなかったのは、こちらにも甚大な被害が出るからだ。

 傭兵がそこまで従ってくれる保証がない。

 仮に成功したとしても海賊の戦力の大部分が残る。私たちは殲滅されてしまう。

 そして……逃げ場を失った海賊たちは、後からやって来るミスク帝国の軍隊に潰される。

 海賊たちは、私たちより強いかも知れない。

 だけど無敵の存在ではない。

「クルミア・ティブリス。考え直した方がいいわ。誰と仲良くするのが得なのか、わかってるはずよ」

「……考え直すのは、あなたよ」

 私は一度息を吸うと顔を引き締める。

「最終通告と記録を兼ねて、もう一度言います。あなただけではなく、そちらの艦隊全てに通達してください。これに従わない場合、ミスク本質帝国皇帝、ガルム・ナートルアに対する叛意があったものと判断されます」

「……」

「これは、あなたがミスク本質帝国の人間でなくとも、深刻な外交問題になる可能性があります」

 チョーブル帝国とは、外交問題なんて山のように抱えてるので、あまり意味はないかもしれない。

「私はミスク本質帝国、六等貴族。クルミア・ティブリス。このナニモ74星系は、皇帝の認可によって、私の管轄下にあります。私は、アレクシア・フィルタスとそれが率いる艦隊を、宇宙海賊であると認識しています」

「海賊ではないって言ったはずだけど?」

「反論は言葉ではなく行動で示してください。星系からの即時の撤収。あるいは武装解除によって。それが不可能な理由があるなら、今この場で釈明しなければなりません」

「……」

 返答はなかった。

「あなたは宇宙海賊であり、撤退、降伏の意思を持たない。略奪の意思ありと見なします。よろしいですね?」

「いいの?」

 なぜか、アレクシアの方が問うて来る。

「そこの所をはっきりさせてしまうと、あなたは、全力で私を討伐しなければならなくなるんじゃないの? 明らかに戦力が足りないのに……」

「通信を切って」

 私は傭兵に指示した。


 よし。

 今度はうまくやれた気がする。……やっぱり、この権力者ムーブって敵にしか通用しないのかな。


 あとは作戦通りに行くことを祈るだけだ。

 と、マルレーネが耳元で囁く。

「あの、お嬢様。わざわざ宣戦布告をしない方がよかったのでは?」

 確かに。私の宣言は、今から攻撃します、と教えたような物だ。

「いいのよ。こちらが何も言わなくたって、準備ぐらいしてるでしょ」

 後部エンジンの修理はまだ終わっていないはずだけど、時間の問題だ。

 さっきの攻撃をなかったことにされる前に、急いで決着をつけなければならない。

 それはアレクシアもわかっているはず。

 その状況でこちらの船がぞろぞろ動き出せば……。陣形を整えたりもするだろう。

「……しかし、なんなんですかね。この海賊は」

 横で見ていた傭兵の一人が、呟く。

「何が?」

「これですよ」

 さっきの通信の録画記録。始めの辺りを再生する。

「この水たばこは、火をつけてからそう時間が経っていないと思います。ちょっと巻き戻して……ほら、ここ。煙を吹けてないでしょう」

「それは……つまり、どういうこと?」

「連絡が入ったのと同時に点火したんじゃないですかね?」

「そっかー」

 私は想像する。アレクシアが、私の呼び出しを見た途端、バタバタと慌ただしく動いて、水たばこを点火し、あのポーズをとってから通話に出る様を。

 キャラづくりか。

 あっちもいろいろ苦労してんのね。


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