「これ、もしかしてダメージ足りてない?」
戦闘地帯から離脱しながら、データを確認して最初に思ったのがそれだった。
殿 (しんがり)を務めた巡洋艦は、ちゃんと衝突の瞬間を記録してから離脱した。
その映像が、今送られてきたのだけど……
念のため、もう一度確認してみる。
ヘテルルス級が、ミサイルを撃つ。爆発でシールドが剥がれ、装甲も一部損壊。
そこに輸送船が突撃……。
輸送船は目算で二十メートルぐらい自己転送艦にめり込んで……そのまま突き刺さっている。
海賊艦隊を、自己転送艦から離れた所に引き寄せて、その隙に輸送船をぶつける……という作戦の主目的は完遂した。
なのに、肝心のダメージが足りないとは……。
私の想定では、反物質炉が壊れて大爆発が起こるはずだったんだけど、意外と頑丈だった。
爆薬か何かがあったら、使ったんだけどな……。
「どう思う? これ、ジャンプドライブ壊せたと思う?」
私が聞くと副長も難しい顔になる。
「どうでしょうね。船の中心にあるはずなので、ダメージがないとは言い切れないのですが……」
「修理されちゃうかな?」
「どうでしょうね……ちょっといいですか?」
副長は、何度か衝突した瞬間の前後を巻き戻したり早送りしたりして確認していたが、画面を指さす。
「ここ、爆発してますね」
「え? 本当だ。これは何?」
輸送船が激突する直前、自己転送艦の後部で、何かが爆発している。
「おそらく、輸送船に気づいて逃げようとしたのでしょう」
「で、でも……修理はまだ終わってないはずよね?」
「その状態でエンジンを作動させたから、爆発したのだと思います」
「……」
何それ。作業員の人たちがかわいそう。
「もし、この爆発で作業員に被害が出ていた場合、ジャンプドライブの修理は困難になるわね?」
「それはそうでしょう」
下手すると、壊れていないかどうか確認するのも無理なのでは?
それなら、目的は達したと言える。少し計画とは違うけど。
次の段階に移るか。
「じゃあ、敵に停戦交渉を仕掛けましょうか」
この状況なら、敵は降伏勧告を受け入れるしかないはず。
問題は、どんな形で降伏勧告を突き付けるかだ。
私が通信で呼びかけるのが普通だろう。
せっかくだから、余裕ある感じを演出したい。何かいいアイディアは……。
そうだ!
紅茶を飲みながら話すというのはどうだろう。
マルレーネに紅茶を入れてもらって、オシャレな感じのテーブルと椅子を用意して……
いや、待てよ? 私だけ紅茶を飲むのも感じ悪いからみんなに振る舞おうかな?
……私は改めて、ブリッジを見渡す。
ブリッジ、それぞれの座席に座っている。
今は、戦闘がひと段落したせいか、少し緩んだ空気が漂っていた。
ボトルからスポーツドリンクを飲んでいる傭兵たち。
こいつらに、今ここで紅茶を振る舞うのか?
私はべつに、それもやぶさかではないけど……万が一、急に戦闘になったらこぼしたりカップを落としたりしそう。
そうやって冷静に考えてみると、ブリッジでティータイムは微妙に間違えている気がする。
水たばこをふかすアレクシアを思い出す。キャラづくりのためにわざわざ余計なことをして……裏で後ろ指をさされるのだ。
「うん、普通でいいや」
あれは真似したらダメなやつだ。
たぶん。10年後に後悔する。
***
海賊に通信を呼びかけたけど、アレクシアはすぐに通話に出てこなかった。何かあったのかな?
「困ったなぁ。こっちの話を聞いてくれないと、終わらないんだけど」
戦争を終わらせる方法は二種類しかない。どちらか片方が完全に滅びるか、和平交渉をするか、だ。
そして、片方を完全に滅ぼすのは、戦争ではなく虐殺と呼ばれる。
全ての戦争は、和平交渉を結んで終わらせるしかない。
数分おきに連絡して、三回目でようやく、繋がった。
さっきの連絡から一時間ぐらいしか経っていないけれど、アレクシアはすこしやつれているように見えた。
さすがに水たばこは持っていなかった。
っていうか、壁に汚れが見えるんだけど、あれは何? もしかして血?
アレクシアは画面越しに私を睨みつけてくる。
「何? 今忙しいから後にしてくれる?」
いや、その言い分はおかしいでしょ。
呼んでもいないのに来たのは、おまえらの方なんだが?
「こっちはあんたたちが来たせいで、本来の仕事ができなくて逆に暇なんだけど? 私たちに興味がないなら、さっさと帰って」
「……」
返事はなかった。
「そうよね。帰れないんでしょう。修理中のエンジンが爆発したみたいだけど、作業員、生きてる? うちの本部ステーションに高度医療設備があるんだけど……」
「必要ない」
「そういうのはよくないわね。部下は大切に扱った方がいいと思うわ」
さもないと、反乱を起こされて酷い目にあうぞ、うちの両親みたいに。
「で、どうするの? 帰るの?」
「うるさい」
「通常ドライブが動かないのは別として、ジャンプドライブはどうなってるの?」
問題はそこだ。
もしジャンプドライブが動かないなら、海賊側は詰みだ。
敵は退路を失った。どうやってもこの星系から逃げることはできない。食料の補給すらできない。
そして、ミスク帝国の正規軍が来る。いつになるかは知らないけど、必ず来る。
つまり彼らに残された選択肢は二つ。本当に降伏か死かしかない。
アレクシアもそれはわかっているのか、イライラしている。
「壊れてるかどうかは、動かしてみなきゃわからないじゃない!」
「そしてまた爆発させるのかしら?」
「……」
「作業員が元気だったら、確認ぐらいはできたかもね」
「それで? もし動いたらおまえはどうするわけ?」
「別に、何も……」
帰ってくれるなら、それでいいんだよ。
そしたら私は、銀縁メガネに頼んで自己転送艦を飛ばしてもらう。次に海賊が戻って来るよりも、私たちが逃げ出す方が早い。
「私たちがどうするかは関係ないんじゃないか? その時、おまえは死んでるかも知れないぞ?」
「そうね。戦力は、そっちが多い。ちょっと奇策を使ったぐらいじゃ私たちは勝てない。戦ってみたら、よくわかったわ」
「せいぜい逃げ回ればいいのよ。宇宙の果てまで追いかけてやる」
アレクシアは強がりを言うが、その言葉に力はなかった。
「それで? 私たちを皆殺しにするの? その後は? どうするの?」
「誰も殺すなんて言ってない。そうだな、おまえを人質にとるのはどうだ?」
「それで? 長い時間稼ぎをした後に、結局殺されるのね?」
「……」
帝国軍は、海賊には容赦しない。
「あなたは敵だから、私にメリットがある話を持ってきてくれないのは仕方ないとしても、せめて自分自身にメリットのあるアイディアが思いつけばいいわね」
名案があるなら、むしろ教えて欲しい。
数時間前の私が、どれだけ考えても思いつかなかったような名案を。
「もし降伏するつもりなら、第四惑星の静止軌道に船を集めて、反物質炉を停止。その後、こちらの指示に従って退艦してもらうわ」
「それでどうなる?」
「……たぶん、一生この星系から出られないと思うけど、命だけは保証するわ」
海賊は基本的に死刑だ。
ただし、死刑を執行するかどうかは領主の裁量に任される。つまり、私が決める。
だから死にたくないなら私の機嫌を損ねない方がいいんだぞ。
迷っているアレクシア。
そこに最後の一押しをする。
「どうしても戦いたいなら、それでもいいけど……。私は、船一隻単位での降伏も受け入れるつもりだから、あなたが拒否するなら、これから個別に交渉していくけど?」
「……」
アレクシアは一分ほどの間、目を閉じて何かを考えこんでいた。
それから深いため息をつく。
「この船は移動できないんだけど?」
「……他の船に乗り換えればいいでしょ。降伏の場所は第四惑星の軌道上。それだけは変更しないから」
私はきっぱりと言い切ってから、一方的に通信を切った。
副長が呆れたように言う。
「なんだか、停戦交渉と言うより、脅しと言うか……離間工作の一歩手前でしたが……」
「停戦交渉ってそういうものでしょ」
武力行使ではなく、交渉によって争いをやめさせる。それが平和だ。
相手を殺すことなく、殺すのと同じダメージを与えなければならない。
平和が人間にとって居心地がいい物だなんて、勘違いも甚だしい。
あー疲れた。
私はて、艦の食堂にいるマルレーネを呼びだす。
「紅茶が飲みたいから持ってきて……あと、何か甘い物も」
マルレーネが来るまで、しばらく待つことになるだろう。
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