二週間後。
小惑星の採掘場が完成した、という知らせが届いたのと同じ頃に、少し状況が動いた。
隣の星系から送られてくるコンテナに、銀縁メガネからのメッセージが添付されていた。
「マッキンタイアです。採掘基地を先に完成させるため、HQの建設を遅延させるよう指示したそうですね。それによって生じる多数の不便を承知の上で、修行僧のごとき決断をしたのだと信じています」
うざい……。文句があるならはっきり言えよ。
私だってわかってるよ、無茶してるのは。
「タキオン通信タワーの建設が遅れるなら、こちらのオフィスのレンタル期間を一か月延長する必要があります。その金額を投じるだけの価値がある結果となるのを期待します」
はいはい。この人、本当にけち臭いな。
組織が回り出せば多少の出費は誤差。今、大事なのは時間だ。
一日でも早く回り出さなければいけない。
「まだ早いかもしれませんが、防衛軍の結成について考えておいてください。艦隊の調達には時間がかかるため、当分の間は傭兵を雇うのがよいでしょう。傭兵団のリストを作成したので確認してください」
なんかムカつくからすぐに返事したかったけど、まだリアルタイムで通話はできない。
タキオン通信タワーか。ぐぬぬ。
マッキンタイアがいるのは六光年も離れた場所。電波でメールを送っても届くのは六年後だ。
でも、タキオン通信タワーがあれば、一瞬で届く。この宇宙ステーションが完成した時に、一番重要な機能がこれだった。
マッキンタイアには言い返したいことが山の様にあるが、今は我慢だ。
我慢?
ああ、なるほど。修行僧ってそういう嫌味か。
***
「傭兵を雇えってさ」
私が言うと、マルレーネは首を傾げる。
「そんなお金あるんですか」
「あるんでしょ。言い出したのはマッキンタイアなんだから」
私は適当なことを言いながら、念のため予算帳簿を確認。
まあ、わかっていたけど、全部借金だよね、貸主は皇帝。
しかし、傭兵か……。
傭兵と一言で言っても、いろいろある。一人とか十人未満の集団から、数十隻の艦隊まで……。
防衛軍の代わりにするなら、それなりの規模が求められる。
リストに上がっているのは、巡洋艦10隻未満の艦隊がいくつか。
本気の海賊軍団には対抗できないけど、予算の範囲内だとこんなものか。
「あっ。これとか良さそう。巡洋艦6隻、駆逐艦12隻……。雇用費は他より二割ぐらい高いけど、戦力は四割ぐらい多い。ちょっとお得な気がする」
「四割……どうやって判断してるんですか」
マルレーネに聞かれて、私は返答に困る。
なんとなくで判断してるけど、言葉で説明しようとすると、難しいんだよな……。
「小型の船が多めだから相手が小規模な海賊なら三分割して対応するのもあり、とかかな。私が指揮を取るなら、これが一番やりやすい」
「ううん……。お嬢様がそう言うなら、そうなのでしょう」
うまく伝わらなかった。
私も、なんだかんだで、艦隊指揮には一言ある。貴族の嗜みとして、学園で授業を受けた。
特に私はミスク本質帝国の第三皇子に嫁ぐ身だったので、成績が低いのは許されないとかで、家庭教師のクソババアにいびられた。
私はどの教科も上位5%の成績を目指した。艦隊指揮学の実習では、学年二位の好成績を叩き出した。
え? 一位? ヒルブラント王国の大佐の娘だったよ。あいつは異次元の強さだった。
「これで決めてしまいますか?」
「うーん……」
値段が高いのが、ちょっと気になる。全額借金だもんね。いつか返さないといけないだろうし……。
「軍隊って、難しいんだよね。いればお金がかかるし、いないと不安だし……」
「なんだか保険に似ていますね」
「保険?」
「いくら安くても、いざと言う時に役に立たない保険に入る意味はありませんよ」
「そだね……」
というわけで、一番戦力が大きい所に決めた。
「この規模の傭兵を雇うなら、滞在するための宿舎とか、船の整備とか、いろいろ必要なのでは?」
「……ザスト呼ぼっか。傭兵用の施設を建てないとね」
***
そして、傭兵たちはやってきた、宿舎が完成する前に。
だが、本部ステーションの横に並ぶ多数の艦船を眺めていると、テンションが上がって来る。
軍隊を従えるようになると、ようやく為政者らしくなってきたね。
「ジェラーノ傭兵団、団長。ホランド・ジェラーノだ」
傭兵団のリーダーは、20代前半ぐらいの若い男だった。
赤い革ジャンを着た、いけ好かない陽キャだ。
こいつがリーダー? そっかー……という感じだ。
大部分をAI任せとは言え、駆逐艦を動かすには100人。巡洋艦は500人ぐらい必要と言われている。
つまりこの傭兵団は、単純計算で4200人の大集団になるのだ。
で、こいつがそのトップ? 見えないなぁ。
「あなた、リーダーになってから何年ぐらい?」
「去年、引き継いだばかりだ……」
「そう。まあいいわ」
どことなく頼りないように見える。
今の所、他の傭兵はこいつに従っているようだったが、数年後にどうなってるかはわからない。
ただ、傭兵団自体は、二十年近く存続しているらしい。それまで稼働できていたなら、今年一年、仕事をするぐらいはできるだろう。
とりあえず、一年間の護衛契約を結んでみたけど……延長できるかは、今後の働き次第かな。
私が内心でそんな風に思っているのを見抜いたのか、ホランドは不満げに私を見る。
「俺の年齢を見て、頼りないとか思っただろ?」
「そんなことは、ないわ……」
「年齢のことなら、おまえは人のことを言えないぞ。傭兵団でおまえより歳下はいない」
「でしょうね」
18歳未満が軍事活動をするのは帝国法に違反してる。これは旧帝国時代の法律を引継いだルールなので、ミスク本質帝国だけでなく、どこの国でも禁止されている。
破るとニュートリス協商連合から非人道的集団に認定されて、買い物ができなくなるぞ。
「おまえが、婚約破棄されたのは、国中誰でも知ってる。こんな最果ての地にいるとは、落ちぶれたもんだな」
ホランドは私をバカにしたように言う。
こいつムカつくなぁ。
だが落ち着け私。相手のペースに乗せられたらダメだ。
「……雇い主を、おまえと呼ぶのはやめなさい」
私が言うと、ホランドはニヤリと笑う。
「ご忠告を受け入れよう。ところで、人が他人の言葉遣いを注意するのは、最初か最後だけ、というのは知っているか?」
「初耳ね。どういう意味かしら?」
話の流れからして、ろくな内容ではないとはわかっていたが。聞くしかない。
「相手に不満があるが、正当な抗議ができない。そういう状況で、とりあえず言葉や態度などの枝葉ばかりに文句をつけたがるのは、そいつの傲慢さの表れ、という話さ」
「……っ!」
ぐぬぬ。言わせておけば。
私は立ち上がると片手で髪を払ってなびかせた。金髪ドリルが肩の後ろではねて自己主張する。
「あなたは愚かよ。この私に、傲慢でないように振る舞えと言うのね? 悪役令嬢であるこの私に!」
「いや、俺はそんな話をしているのではなく……」
ホランドは、私の反応が予想外だったのか、困惑し始めた。
ちょっと引いているようにも見える。
「雇い主に大口を叩くのは結構。好きにすればいい。問題は実力よ。あなたたちが船の数が多いだけのボンクラでなければいいけど」
「なんだと?」
「敵が、かわいい顔で謝れば、許してくれる優しい海賊だといいけどね」
「……おい。今の言葉は取り消せ」
ホランドも身を乗り出してくる。
手を伸ばせば、私の胸元を掴めるぐらいまで。
「俺を舐めたいなら好きにしろ。だが、傭兵団の仲間をバカにするのはなしだ。あいつらは優秀さ。もしかしたら俺よりもな」
「いいでしょう。取り消すわ」
私はとりあえずそう言ったが、内心では少し動揺していた。
あいつらは俺よりも優秀、だと?
数年後にどうなってるかわからない、という私の懸念。ホランド自身も同じことを思っているのだろうか?
リーダーがこんな調子だと、一年後ですら怪しいかもしれない。
頼むぞ、契約期間が終わるまでは、ちゃんと仕事してくれよ。
「冗談は抜きにして……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「俺たちがいれば、海賊が来ても安心さ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
「……いや、来ない方がいいんだけどね」
変なフラグ建てないで欲しいなぁ。
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