「いらっしゃいませ~いらっしゃいませ~!本日もマルチメディアロッカク、六角店までお越し頂き、誠にありがとうございます!――
店員のアナウンスに乗せ、軽快かつ耳につく、聞き慣れたテーマがまぁまぁな大音量で流れる超大型家電量販店の中。
「えーと……」
非番の私は、物騒な装備一式を肩掛けカバンに収め、神妙な顔をしてタブレット売り場に立っていた。
さて、時計の針を少々――直近の勤務まで戻す。
『正面の標的、五発、用意ぃ――撃て!』
ビーという、無線の注意喚起音とはまた違った高い正弦波を鼓膜で受け止め、脳が認識した直後、けん銃を引き抜き、胸のあたりまで上げて安全装置を解除する。
視界に表れた黄緑色の照準窓と照準線を正面の標的――人質を取った覆面の男の絵――の顔面に合わせ、1発。
ガスピストンが動揺し、慣性に任せて暴れようとするのを上半身と前後に広げた足で受け止め、スライド以外が全く震えない程度に抑え込む。
2、3、4、5。
弾倉内の弾を撃ちきり、開放状態で|遊底《スライド》が止まる。
指を安全金から出し、上方45°に保持して射撃終了を安全係へ示す。
『やめーっ!』
安全係のアナウンスに従い、薬室を閉鎖してけん銃をホルスターに収める。
ブース右下にあるモニターを見ると、全弾が標的の|10点圏内《眉間》に叩き込まれた旨を指示していた。満点だ。
8.11の後、公安部員と警備部員は全員、勤務前に射撃訓練を行う旨の規則が制定された。
事対隊員たる私は射撃は数――つまり慣れの問題だと知っていたし、元々事対隊員として週300発は撃っていたので特に苦労しなかったが、公安員達は苦労――全弾を人質に当てたり、地面を撃ったり、隣の的を撃ったり――していた。
今ここに居る公安員は中央警察署勤務の者だが、その中に懐かしい面子が居た。
「よぉ古川!」
「お、宮木やん。また呑もうぜ」
「おう!」
再開を喜びたい所ではあったが、今はお互いの任務がある。次会えるのは何時か――と思っていたが、案外スグにそれは訪れた。
「警護任務……ですか?」
警備部長室。
青漆色の絨毯が敷かれ、廊下よりも良く空調が効き、マーカーのインキがうっすらと残る白い壁を持つ広い部屋。
そこに呼び出された私は、若干の緊張を以てデスク前で不動の姿勢を取った。
「そうだ。統一の残党が重要参考人を再度誘拐ないし殺害する旨の計画が存在する事が示唆された。よって宮木警部補にあっては重要参考人の警護任務に当たられたい。詳細は公安の古川警部補より受領せよ」
「重要参考人の警護任務を付与。詳細は公安部の古川警部補まで、その旨了解しました」
「復唱よろし」
確認号令と|『一般機密』《取り扱い注意》というテプラが貼られた小型記録カードを同時に受領した後、警備部長に敬礼して部屋から出る。
エレベーターに乗り込んで公安部に出頭するまでの間で、私の脳内は『?』で埋め尽くされた。
確かに私は警備の専門家で警護の訓練も受けており、その知識と技能には一応の自信があるが、飽くまで事態対処の人間である。
事態を圧倒的有形力を以て制圧し、安全を確保して収束させるのが本業であり、個人の安全を確保し、事態から遠ざける警護とは違う。
まぁどちらも警備警察活動の一環なので命じられてもおかしくは無いが……。
そんな具合に思料を巡らせていると、チーン。という軽快な音とともにエレベーターの扉が開いた。
古川を捜していると、いつの間にか彼は横に居て、気付いたら会議室の中に連れ込まれていた。
「すまん」
「良いよ、で、重要参考人の警護任務って何だ」
ARデスクに座り、認識章をかざして保安認証を通す。
「五十川明の警護任務だ。一ヶ月~半年、状況により伸びるかもしれん」
彼女と何か縁があるのかは分からないが、その如何に関わらず与えられた任務は全力で達成するまでだ。
そこに私情を挟む余地は無い。
「了解した。主担当者が私で――「すまん」
「は?」
彼の謝罪の理由は、程なくして分かった。
「警護対象者が多すぎて人手が無かった。バックアップは全力でやるが、専任担当は宮木しか手当出来ん」
本来なら私に見せてはいけない筈の情報が呈示され、理解した。
元々警護対象であった閣僚はもとより、『党』の一般議員まで、日本警察史上最も多い人数を我々は警護する必要があった。
どうも『党』は今回の事態を把握した途端、自分たちの心配をし始めたらしい。
党名こそ『国家社会党』であるが、所詮は人の集まりであり、そして|我々《内務省》ほどの覚悟も無いという事だろう。
しかも、その裏で犠牲となる諸を考慮出来ないのだ。
「それで事対の俺を……」
そんな思考を巡らせ、手のひら一杯程のため息を吐く私に、新たな、しかし良く知った情報が呈示された。
「そういう事だ。言わなくても分かってるとは思うが、コレは監視も兼ねてるから……」
呈示は、『注記:自殺企図の可能性』という、私が4年前に書いた注釈と、新たに付け加えられた精神分析の判定の一部であった。
「逮捕か措置入院って訳にもいかんしなぁ……」
頭をボリボリ掻きながらぼやいたが、そんな事こちらも分かっている。
「――つまり自由に出歩ける、テロリストに狙われてる若い成人女性一名の安全を私一人で確保しろと」
市民の人権と安全を守る警察が、自由を侵す訳にはいかない。
その原則と、予算及び人員不足という現実が、我々の前に横たわっていた。
「それも|対応《バックアップ》はする。それに――」
「それに?」
警大以来久々に見た、やや気持ちの悪いニマッとした笑みを浮かべた彼の顔を見る。
「アテはある」
****
「何かお探しですか?」
売り場に長時間突っ立っていると、接客ドローンが声を掛けてきた。
じつはこの接客ドローン、中に携制器を積んでおり、防犯対策も兼ねているのだが、それを認識しているのはごく一部の人間だけだろう――と、そんな事はどうでも良い。
「イラストが書けるタブレットを探しているのですが、オススメはありますか?」
「こちらは如何でしょうか?」
やはり、ヲタクは凄い。
古川が薦めていたと記憶するタブレットが、接客ドローンの胸に表示されていた。
今私がココに立っているのは、極力彼女を『家』に留める為のネタを確保する為である。
絵がほぼ唯一の趣味だという彼女を協力させるネタとして、ペン付きタブレットが適切だと|公安員《人心のプロ》が判断したのだ。
彼女の以前の家は契約が打ち切られており、その中身は全て売り飛ばされていたので、当座の住処は|法《犯罪被害者援護法》に基づき、我々が確保する事になった。
そこで確保されたのが警察の家族寮、『厳重なセキュリティー』を絵に書いたような物件であった。
それに、彼女に割り当てられたのは地下4階。
『ココなら誘拐、直接襲撃、狙撃その他、予測される脅威の心配はほぼ無い』
何も、彼女への贖罪としてこの『上等な物件』を充てがった訳では無い。
命がけで収集した公安情報と、与えられる警護|部隊《1人+α》、その他の状況を総合的に勘案して決定したものである。
そこで懸念されたのが、暇になってフラフラと外に出てしまうという|状況《悪夢》である。
幾ら法律により強大な権限が与えられ、強力な武器と部隊を持つ内務省と言えど、少なくとも表向きは国民の人権等を尊重して活動しなければならないし、今回の警護程度で『裏』の顔を見せていたら、それは最早『横』である。
我々が原則を破るのは、その必要に迫られた時のみであって、その程度も最小限度にしなければならないのだ。
警護担当者たる私は、そんな彼女を尊重しつつ、監視し、警戒し、そして護らねばならない。
その為には、出来るだけ『家』に居て貰った方が良い。
――だから。
「プレゼント用ですか?」
だから、これはプレゼントでは無く、任務達成の為の道具なのだ。
なのだが――
「…………」
これを渡した時の彼女の反応が気になって仕方がない。
もう私は貧乏で無知な餓鬼では無く、専門教育を受け、国民の信任の下旭日章を背負う司法警察職員だ。それも厳しい訓練を経て習得できる『特別の技能』を必要とする事態対処隊の隊員である。が、
「プレゼント用の場合は、ラッピングを手配致しますので、『はい』を押して下さい」
この程度の役得があっても良いだろう。
それに、この程度なら社会通念上適切な範囲内だと胸を張って言える。
彼女の喜ぶ顔が――絶望し、泣き腫らした顔でも無く、暴行を受け、完膚無きまでに打ちのめされた顔でも無く、一瞬だけ見た、笑顔を湛えた顔が、見たい、見たい、見たい。
――――彼女の協力が任務遂行には不可欠であるから、心象は大切だと判断した。紙にはこの旨を書こう。
少々の不安と少々の焦燥、少々の期待、そして自制心の戦いは、まだまだ続きそうだ。
私は接客ドローンに手を伸ばし、手続きを完了させた。
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