視線を以て部屋を捜索し、オートナンブから伸びる照準線を以て制圧する。
「両手を上げて跪け!早くしろ!」
今見える容疑者は一名、未だに閃光音響弾の混乱から立ち直れずに居るように見える。
瞬間。
『バンザイ!』という叫び声の後、爆音が轟き、目を開けると炎の壁が立ち上っていた。
熱。炎。衝撃。
分厚い防弾プレートと防弾バイザー、そして|防毒面《ガスマスク》と出動服越しにも感じられるそれらの感覚は、心臓を蹴り上げて心拍を上げるのに十分な威力を持っていた。
《至急至急!容疑者が自爆!火災状況!》
《奴ら焼夷剤仕込んでやがった!》
《消火器と担架!急げ!》《スプリンクラーに外部から強制注水してくれ!》
COMが一斉に悲鳴を上げる。どうやら五階でも似たような事態に陥ってしまった様だ。
しかし幸いにして火は小さいし、想定されていた事態だ。
「構うな!後は三機に任せて前進しろ!」
|防毒面《ガスマスク》越しの、籠もった声で五島隊長が命令を発し、消火器の噴射音と悲鳴、銃声に包まれながら、我々は血に塗れた廊下を進む。
一歩踏み出すたび、まだ乾いていない血によってギュチュ、ギュチュという湿った音感が出動靴越しに足裏へ響く。
瀕死の|マル害《被害者》が助けを求めているのだろうか、腕を伸ばすが、催眠ガスの影響で痙攣し、上手く伸ばせていない。
改札機を通り過ぎ、2-3と息を合わせ、同時に突き当りから飛び出す。
スクリーンへの入り口が並ぶ中、血に濡れ、銃を持った男が一人。マル被だ。
「マル被!正面!」
催眠ガスによってフラフラになっているとは言え、判断能力は残っているのだろう。我々を認識し、一瞬ギョッとした。
今、一番の問題は意識を失い床に倒れている|マル害《被害者》にマル被が銃を向けている事だ。
指は|安全金《トリガーガード》の中に入っている。つまり『ヤル気』だ。
認識拡張を起動し、照準線と照準窓を慎重にマル被に合わせ、引き金を引く。
ボルトが開放されて前進し、タン、と6mm執行弾がオートナンブから吐き出される。
警告によって自爆された実績がある以上、もう警告はしない。
自分と相勤、そして後続隊から発砲された6発の6mm執行弾を体幹部に受け、マル被は引き金を引く間も無く、力を失う。
自爆は――間に合ったみたいだ。
止血発熱を始めた執行弾の熱を受け、残酷な沸騰音と共に鉄臭い煙を吐き出すマル被を通り過ぎ、足早に廊下を進む。
倒れている殆どの|マル害《被害者》が|CPA《心肺停止》だったが、数名にはまだ息があった。パッドに音声命令し、その位置を記録する。
突き当り、トイレを制圧する。
後続部隊がスクリーン一つ一つに|閃光音響筒《フラッシュバン》を投げ込み、叫びながら脅威を排除する音が響き、一人、また一人と制圧検挙が行われる。
幾ら死ぬ覚悟を持ったテロリストとは言え、訓練を受け、高価な装備に身を包み、そして国家から権限を与えられた対テロ部隊に対抗する事は事実上出来なかった。
一時間でこの現場は制圧され、8.11同時多発テロ事件はようやく終わりが見えたのである。
が、国家中央警察の長い一日は、まだ終わってはいなかった。
「今回の事案で発生しました被害状況につきましては――
体温維持システムを制服の下に着込んでいるのに流れる汗は、間違いなく冷や汗と呼ばれるソレであろう。
特型警備車に揺られ、再度除染テントに送られた後、ようやく与えられた休憩時間。抗疲労薬によって肉体的な疲れは知覚していないが、流石に精神的な疲れがドッと出てしまう。
ボーッとテレビを見ると、村田警視総監――つまり我々国家中央警察のトップが、直々に会見していた。前述の通り汗まみれで。
可愛そうなのは警備部長だ。つい先程まで事態対処の指揮にあたり、その直後に記者会見、そしてその後には本省に出向いて説明会……いつになったら休憩出来るのだろうか、と勝手な心配をしていると、質問が始まった。
「現在被害者が収容されている病院は――「国防省中央軍病院、中京都立第一病院、中京都立第二病院、国家中央警察中央病院です」
「使用されたTSガスの出どころは――「捜査中です」
「軍では無いのでしょうか――「捜査中です」
「今、中京都は安全なんでしょうか――「全力で警備を行っています」
「今回の事件を発生させた組織は――――「捜査中です」
が、我々は既にデブリーフィングでソレを知らされていた。
『統一セラフ極聖神座天國教』
どうりで公安が嗅ぎ回っていた訳だ。
今回、事案の発生を阻止できなかったのは公安の失態ではあるが、畑違いなので首を突っ込むのはよそう。
流石にマスコミもアタリが付いているらしく、直後、教団の会見に切り替わる。
「まず一点!一点ね、言いたい事があるんだけれどぉ!今回のテロぉ!テロに、当教団はぁ、一切ぃ!一切ぃ!関係しておりませぇん!」
独特の口調の教祖が、唾を飛ばし、スパイだ、陰謀だ、宗教弾圧だ、云々と主張しているが、三日後には強制捜査が行われる予定だ。
それまでの間、我々は帰宅を許されず、ずっと中京都内の警備と強制捜査に向けた準備に投入される事となるらしい。なんてこった。
「何度もぉ!何度もぉ!言わせて頂きぃますぅ!これは!政府による宗教弾圧ですぅ!我々は確かに!大追放をぉ!教典に載せていますがぁ!――
誰かがテレビの電源を切った。
直後集中が切れ、眠気に襲われる。
他の同僚たちのように、壁にもたれ、床に身を横たえて目を瞑る。
意識を失う直前、ふと、
『何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います。』
という一節が脳裏をよぎったが、直後意識を失う。
今日は長い一日だった。
ほんとうに、長い――
****
今日は、何故か何もされなかった。
棒も、拳も、スタンガンも、ペンチも。
この場所に監禁されてから、もう一年は経っただろうか、薬を点滴され、怪我を治されては何度も何度も痛めつけられてきた。
何故か、何が目的かは解らない。
もしかしたら、ここは地獄で、自分が今まで関係してきた人を不幸にしてきた事への罰かもしれないとまで思った。
私の気をココまで保たせたのは、妄想と回顧によるものだ。
あのお巡りさん、宮木広隆。
抱きしめられて、優しい言葉を掛けられて、一緒に暮らして、一緒に寝て、一緒に出掛けて、幸せな家庭を築いて――
その他、幸せかつ一方的、あまりにも独り善がりな妄想を絶えず行い、回顧する事によって、何とか気を保たせている。
家に来てくれた時、出したコーヒーに睡眠薬を混ぜた事もあった。あの後、彼が使ったカップを洗うに洗えず、座った座布団に残った微かな匂いを嗅ぐ事がほとんど生きがいになっていたと知ったら――否。
現実は――あまりに辛い。
もしかしたら私は地獄に堕ちたのかもしれないし、彼からは義兄を滅多刺しにして刺し殺したと思われているだろう。
彼は、彼は飽くまでも、警察官として私に接していた。
彼が、彼の意志で、彼自身を以て接したのでは無く、警察組織の、警察活動の一環として、警察官として。
私と関係してくれていたのだ。
私が大切に胸に仕舞い、大切に取り扱っている彼との記憶は、出会ってから最後のモノまで一つ残らず、警察官としての彼のモノだ。
そして、私は今、|彼ら《警察》から犯罪者として――
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
大丈夫、私じゃない、私はやっていない。きっと信じてくれる――
そう自己を暗示して、久方ぶりに意識を手放した。
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