さて、実技やら法学やらが終わって四限。
「帯革に付ける装備類、当然暗記しとるよな」
装備の笹川教官――実は我が教場は『笹川教場』なので笹川教官が担任なのだが(これは我々にとってとても重要な事だ)が色んなモノが付いた帯革を掲げて示す。
帯革
警棒(65型警棒K型)
携帯制圧波照射器(PSWI-7/6)
けん銃(CAPP-270『シンナンブ』)
情報端末(予備)
無線機
鞄(ポーチ)
救急キット(止血帯、救急手袋、応急スプレー)
後は個人がメジャーやらテープやらの色んなモノを付けるが、服装規定に定められている官給装備はこんなモンだ。
「今日は……お待ちかねのコレやで……塚野、このけん銃の正式名称は」
「CAPP-270です」
「宮木、CAPPを略さずに言ってみろ」
おっと、分からないぞ、どうしよう。
起立しつつ脳内の情報を必死に検索し、『多分間違っているけど合っているかもしれない答え』を導き出す。
「……ケースレスアモポリスピストル」
「惜しい、Caseless ammunition Automatic Police Pistolや」
(少なくともこの学校に於いては)仏の如き笹川教官の慈悲を受けた事に感謝しつつ、分かるかいそんなモンと思っていると、それが顔に出たのか追加で質問が飛んでくる。
「使用弾薬は?」
「6mm執行弾です」
流石にこれなら分かると、ほぼ即答するが、他に添付する情報が無いかと一瞬で脳が熱くなる。
「その通り、座ってよし」
安堵と共に席に付く。やぁ良かった。
「まぁ、知っての通り殆どシンナンブって言われとるけどな……」
と言いつつ、スライドを表示させる。
「現場ではコレが最後の法執行手段であり、自分を守る最後の手段や、良く理解しておくに越した事は無い」
スライド上でクルクルとシンナンブのモデルを回しつつ、所々ハイライトしながら語りかける。
「分かっとると思うけど使用法の確認や、使用には先ず弾倉を入れる」
スライド上のシンナンブの3Dモデルの回転を止め、それに弾倉を挿入する。
「んでスライドを引いて薬室内に弾を装填する」
ガチャンとけん銃のスライドが引かれ、弾倉から薬室に初弾が移動する。
「安全装置《セーフティー》を解除して引き金を引く」
後退した撃針のバネが開放され、雷管を叩く。
「発射。まぁそこまで難しい操作は無いな」
「では弾薬や、先ずは9mm弾から見てくで」
従来使用されていた9mm執行弾にモデルが切り替わり、飛翔の後人体モデルに着弾する。
「従来の9mm弾の構造は極めて単純。鉛に銅合金を被せただけや」
着弾した後、衝撃で形成された空洞を突き抜け、クルクルと回転して貫通する。
「着弾時に一瞬出来た空洞が瞬間空洞で、貫通後も残ってるのが永久空洞や。この9mm弾でも生身の人体には十分な打撃を与えられるねんけど、何よりこの貫通した弾が何処へ飛んでいくかおっかなくて仕方がない」
貫通した9mm弾が回転しながら明後日の方向に飛んでいく。
「その上防弾装備へはほぼ無力や」
防弾チョッキを着たモデルに撃ち込まれた9mm弾がプレートによって停止させられる
「そこで採用されたのが、この6mm執行弾や」
表示対象が飛翔する6mm執行弾に切り替わり、人体への着弾寸前で停止する。
「この弾は少々特殊でな、従来の執行弾と違って弾芯に重硬セラミック製が使われててな、それにプラスチックが巻いてあって、その上から金属が被さっとんねん。弾芯の周りが少し凹んでるの分かるか?」
真正面から見ると、赤黄色の金属製弾体を帯びた青色のプラスチックの中心に真っ黒な重硬セラミック製弾芯が鎮座する、鯉のぼりの目のようなソレを教官がハイライトする。
「この凹みに更に溝が掘ったってな、着弾時に展開するんや」
タイムラインが進行し、着弾した弾丸が身体に侵入する。
すると、弾芯がグングンと体内に侵入しながら、その周りに巻き付いていた金属がベリベリとめくれ上がっていく。
その花びらも人体に食い込み、完全に開花して少し進んだ所で停止する。
その後、弾体の後部に封入されていた反応剤が発熱。
この際、弾芯を除く弾体全てが発熱し、血液を凝固させる事で止血する。
このことで容疑者を生きて検挙する確率を高めようという意図らしい。
「これが通常の人体に着弾した時の挙動。んで次が防弾装備への挙動やな」
防弾チョッキを着た3Dモデルに執行弾が着弾する。
すると、弾芯の周囲の金属が展開しながら防弾チョッキのプレートを損傷させ、それによって防弾構造が破綻したプレートを弾芯が貫通した。
「数字だけ見て9mmよりも6mmの方が貧弱って印象あるかもしれんけど、見ての通り6mm弾のが先進的な弾丸や、試験に出るから今日やった特性、しっかり理解してな」
ふと時計を見ると、時間がかなり余っている。
「じゃあビデオ見るで」
内務省・警察庁、日本火器(株)等のロゴが表示された後、ありがちなBGMと共にニューナンブと6mm弾が大写しになり、タイトルがフロートアップしてくる。
『6mm執行弾の人体への影響』
どこかで聞いたような機械音声のナレーション付きで、今回の授業内容と殆ど同じような事を解説する。
思わず寝そうになったが、担任教官の手前寝るわけにもいかず(勿論他の教官の前で寝る訳にもいかないのだが)、目を擦りつつ何とか起きていると、突如教室の空気が凍ったのを感じた。
「――では、実際の対人射撃試験の様子をご覧いただきます」
刑務官に両手両足を拘束され、バタバタと暴れる受刑者を二人、拘束具に固定し、片方に防弾チョッキを被せる。
「向かって左側、拘束台一番の受刑者が防弾装備無し、向かって右側、拘束台二番の受刑者が防弾装備を装着しています。射撃諸元は以下の通りです」
受刑者が何か叫んでいるが、それを完全に無視して手続きが進行する。
実験を中止するとかそういった慈悲は一切なく、代わりにテロップで『※この受刑者は実験刑の受刑者です』という注記が行われる。
実験刑とは、受刑者の身体及び精神により実験を行う事で、科学の発展や技術開発に貢献し、以て社会への損害を補填するという比較的新しい刑罰である。
実験刑の受刑者は各種実験に用いられ、幸福薬の開発は勿論、公営競売によってメーカーに引き渡され、義体化技術の適用実験台にされるなど、様々な実験に供される。
我が国が世界に先んじて義体化技術を実用化させたのは、これの存在がかなり大きいのだが、それはまた別の話である。
さて、実験の準備が整い、心理訓練の一環として実験に参加しているであろう特殊部隊員がシンナンブを手に取り、6mm執行弾を装填する。
「まずは向かって左側、拘束台一番、防弾装備を装着していない受刑者に対し射撃します」
一発の弾丸が胸部に命中し、受刑者の衣服の胸のあたりの布が急速に血で染まり、受刑者が血を吐く。
肺に血が入ったのか、激しく咳き込んでゲボゲボと水音が混じった呼吸が聞こえる。
刹那、着弾部から煙が立ち上がり、胸からボタボタと垂れ落ちていた血が止まる。
受刑者はその苦痛に思わず体を仰け反らせようとしたが、拘束具によってそれが阻まれ、激しく痙攣した。
暫くしてぐったりとしたが、未だ息と意識がある事を左下の状態グラフは示していた。
実験刑の受刑者は貴重な資源である為、出来る限り実験によって死亡しないような配慮がされている左証である。
「続いて、防弾装備を装着した対象への射撃を行います」
今度は腹部に命中し、受刑者の苦悶に従って防弾チョッキの表面に血が滲み出す。
暫くして煙が上がり、滲み出すスピードこそ下がったものの、構造破綻したプレートの破片が突き刺さったのか出血は止まらなかった。
その後、受刑者から取り出された弾体や、製造現場等の映像が流れ、最後のテロップを以て映像が終了した。
「俺、実験刑だけは受けたく無いわ」
授業後に阿川がそう言っていたが、恐らくそれはあの教室に居た全員の総意(教官も含めて良いだろう)であろう。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!