『理想郷』の警官(視覚的資料追加版)

警察×特殊部隊×テロ×ヤンデレ×ディストピア×サイボーグ=
イブキ(kokoiti)
イブキ(kokoiti)

キャリア

公開日時: 2020年9月18日(金) 20:50
文字数:3,000

 コーヒーを煽りつつ、様々な話を彼女から聞いた。

 どの話も目を背け、耳を覆いたくなるような悲惨。

 保安情報以上の迫真性を以て、こんなにも不幸な人間が日本に存在――しかも自分の受け持ちに――するという事実を訴えかける。

 だが、警察官たる私が情に流されてはいけない。

 錨を下ろし、努めて平静に振る舞う事で必死に溢れ出る感情に耐えた。


「その他に困り事とかあればこの機に全て吐き出して下さい。大丈夫。秘密は守りますし、場合によっては力になります」


 非接触操作を使い、新丘PSの『重点観察人物』リストに彼女の名を加えつつ語りかける。

 気の所為か、コーヒーがとても苦い。


 幸いにして、彼女の人生がこれ以上悪い方向に進まないようにする事は間接的ながらも出来る。今はそれに集中する事にした。



****



 久々に人とこんなに話し込んだ。

 彼は普通の人間が忌避する私の身の上話や不安、その他を全て受け止めてくれた。

 嬉しかった。


 先生達の様に、それが警察官のマニュアル通りの対応だったとしても、たしかに嬉しかったし、普段は寒風が吹き荒ぶ心も少しばかりの日が差したのである。

 普段ロクに読書をしない私の語彙では何と言って良いのか分からないが、ポカポカするとでも言うべきだろうか。

 同時に、彼について知りたいとも思った。

 彼は私の情報の殆どを知っているが、私が知っているのは彼の名前と、勤務先である新丘警察署だけである。

 腕章から察するに警察大学校という学校の学生らしい。

 恐る恐る、何歳かと尋ねた。

 19歳。同年代。

 片や警察官として世のため人のために働き、私はここで、義兄に金を毟り取られながらウジウジと暮らしている。

 惨めになった。


 そして、何やら色々な紙を置いていって、彼は行ってしまった。


 ……あれ?


 何かがおかしいというのは解るが、何がおかしいのか分からない。

 んー……?

 取り敢えずカップを保……


「あっ」


 大急ぎでゴミ箱を覗き込み、頭を抱えた。

 なんという事をしてしまったんだ。私は。


 冷や汗がダラダラと流れる。


 彼を呼び止めようともしたが、もう見送ってしまい、遥か彼方まで行ってしまった。


 やってしまった。


 今まで自分から人を不幸な目に遭わせた事は無かったが、今回ばっかりは違う。

 強烈な不安と後悔に押しつぶされそうになりつつ、ただ、頭を抱えた。



****



 眠い。

 一通りの面談と手続きを終えて彼女の家からPBに戻ったが、兎に角眠い。

 しかも今は自分のパソコンに向かって、この間の受傷事案に関する報告書の修正を行っている。

 |個人映像記録装置《ボディカム》と、その他防犯カメラや診断書等の情報を統合し、ある程度の文章や記録は自動でAIが作ってくれるが、やはり最後は人の手による修正が必要である。


 退屈な作業とは言え、こんなにも眠くなるのは久しぶりだ。


 何とか睡魔と戦う。


 5秒目を瞑り、5秒作業し、また5秒目を瞑る。


 『5秒法』と呼ばれる休息方法だが、これは|個人映像記録装置《ボディカム》を誤魔化しつつ居眠りする為に|我々《警大一期》が編み出した、画期的な居眠りの手法である。

 作業は進むしある程度は居眠りが出来る。一石二鳥だ。


 眠い。が、もし本格的に居眠りしてしまえば割と大変な事になる。

 ここは交番なので、市民の目がいつどこにあるか分からない。


 そんなこんなで書類仕事を終え、やっとこさやって来た夕食時間と休憩。

 棒状の国民栄養食を一気に頬張り、お茶で流し込む。


 井上部長が何があったという目でこちらを見るが、そんな事を気にしていられない。


「宮木、仮眠室使います」

「……了解」


 制帽と装備、そして制服の上着を脱ぎ、ハンガーに掛けて仮眠箱に入る。


 三時間後、箱から出た時にはすっかり眠気も醒めていた。よかった。



****



 その後も彼女の家に何回か、井上部長や市職員等を引き連れて訪れたが、段々と精神衛生状況も安定し、他の署員に引き継げるとなった所で、研修期間が終わった。


 寂しいような嬉しいような気持ちもあったが、もうこれで彼女の人生に介入する法的根拠は無くなり、我々は別の人生を歩む筈だった。が。


「……お巡りさんが卒業したら、また来て頂けますか?」


 断れませんでした。ハイ。


 その後の私のキャリアと言えば、二年次、三年次で地方管区警察や、内務省本省での研修を経て、四年次に至り、そこそこの成績で光和24年。警察大学校第一期生として卒業し、警部補に任官した。


 そして配属されたのは国家中央警察警備部第三機動隊。


 なんだかんだで上手いことキャリアを進めたのである。

 因みに阿川は刑事、浦江は交通、古川は公安に行った。

 阿川はずっと憧れていた刑事、浦江は女子としては数少ない交通だったが白バイに憧れて、古川は、昔会ったライルさんの事が忘れられず、何とか彼を目指したいとか言いながら公安に行って、一切の記録が抹消された。

 私はと言うと、事態対処隊に憧れて警備部に行ったのだが、案の定出動服に身を包み、大盾を以てデモ隊やら何やらを捌き、様々な管区に応援に行き、暴力団の事務所を家宅捜索状を以て刑事部の援護として強襲し、射撃演習に励む日々を送っていた。


 さて、時計の針を私が警備部に配属された後、非番時に彼女の部屋に再び訪れた際まで一気に進める。



****



 三年と半年前と変わらない場所で、同じ呼び鈴を押す。


 警備部員に義務付けられた銃器と警察手帳、そして耳に引っ掛けた受令機の存在を気にしつつ、ドアが開くのを待つ。


 ドアが開かない。ノックしても応答が無い。


 ……時期が悪かったみたいだと判断し、立ち去ろうとすると耳障りな音が受令機から鳴った。


〈新丘から管内の全移動、新丘から管内の全移動――


 おうおうおうおう、何だ何だ。


〈110番入電中事案につき、14時11分、管内緊急配備発令する。位置は新丘市鶴瓶区5丁目、タワーA、783号室〉


 どこかで聞いた事がある様な場所だが、緊急配備発令という事は、その犯人が逃走し、或いは事態が進展しつつあるという事である。

 鞄から『国家中央警察 警備部』とデカデカと書かれた蘇比色の腕章と、警部補である事を示す階級章を胸に付け、個人映像記録装置を起動して、最寄りのPBに行き、電動原付きを借りて現場に急行する。


「よう、また会ったな」

「阿川か!」


 道中、緊急走行中のパトカーから声を掛けられ、見ると阿川であった。

 立派にやってるみたいだ。良かった。


 だが、昔を懐かしむのは今はまだ早い。


〈使用凶器、複数の刃物及び鈍器――よって検索中各局にあっては受傷事故防止に特段の留意――


 何故警備部員である私までもが殺人事件の現場に急行しているかと言うと、こうした犯人が地域課員に対して強固に抵抗し、受傷/殉職するといった事案が複数あったからである。

 警備部員は、地域課員の約5倍、射撃訓練を行う。

 これは銃器事案対処の為であるが、その為現場に於ける武器使用でも、機を失せず率先して射撃を行わなければならない。(と内規にあるしそう教育されている)


 が、今回は腰に納めたホルスターからけん銃が抜かれる事は無かった。

 電動原付きを返還モードに設定して送り出し、腕章類を鞄に納めてファミレスで飯を食う。


 勤務時間が近づいていた為、中央警察署に行き、制服に着替えて本日の業務を行おうとすると、阿川から呼び出され、そして衝撃の事実を知る事になる。



「五十川明ってさ、お前の担当だったよな」


 ああ、そうだが?資料あるだろ?


「彼女な、今回の事案の被疑者だぞ、義兄殺し」


 は?

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