「どうして」
開口一番、私の口から出たのは純粋なる疑問であった。
「どうしてですかね」
とここの店主の中田さんも困惑している。
ホームセンターの資材売り場と殆ど同様の売り場で起こったこの災害とでも言うべき事象。
その中心で昏睡している美少女が、善良なる市民であったなら私は救護義務を負う。
しかし、それは警察官だったのである。しかも同僚の。
「いや草」
騒ぎを聞きつけたのか、バッテリーと充電器、そして保管キットを携えた古川が真顔で呟く。
「ぅ~ん……」
「あっ生きてるぞこいつ」
呻き声を以て生存を確認(つまり呼吸があるという事だ)し、散乱した資材の中で倒れている浦江に近寄る。
「おーい、大丈夫かぁ?」
ベシベシと整った顔を引っ叩き、覚醒を促しつつ大声で語りかけ、同時に出血の有無や打撲等の負傷が無いかを素早く確認する。
「お星さまが見える」
半開きになった目と口から出てきた言葉は、大方予想通りのモノであったが、取り敢えず致命傷では無さそうで良かった。
さて、後に防犯カメラ映像から判明した事であるが、事の経過はこうだ。
浦江が高所にあるプレートを取ろうとして棚に固定されていた脚立を移動させ、それに登り、プレートを持ち上げた瞬間、体勢を崩し、棚に置かれていた資材を巻き込みながら墜落、幸いにしてクッション性のある資材が下敷きになった為負傷せず、一時的な意識混濁で済んだ……。
こう書くと浦江がとんでもない幸運の持ち主に見えるが、本当の幸運とはそもそもこういった事態に遭遇しない事だ。
しかし、我々にはこんな状況にぴったりな言葉を先人が遺してくれている。
『不幸中の幸い』
まさしくこれであろう。
****
「まぁ落ち込むなよ、中田さんも許してくれたし、部費が吹っ飛んだ位で人生終わりゃしないって」
「せや、あの資材も使い途はそのうち見つかるで」
事態を把握して呆然とする浦江を慰める為、取り敢えず飯を食わせようとファストフード店に入り、適当なオススメセットを注文し、人が少ない二階の更に端の方の席を占領する。
並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、殆どの客が我々に近寄ろうとしない。
「だっでぇ……」
涙声で先程から何回もそう繰り返す彼女を慰めながら、フライドポテトを摘む。
ああ、旨い。
「ほら、ナゲットも美味しいから、取り敢えず食べんしゃい」
あの悪名高い合成タンパクをベースとしているが、数々の企業努力と人類の叡智たる科学の力を以て殆ど鶏肉と同じ様な味を再現しているそれにソースを漬け、浦江の口に押し込む。
「落ち込んでても何にも良いこと無いし、ね?」
古川が珍しく良いことを言ったような気がする。
「迷゛惑゛掛゛け゛て゛ば゛っ゛か゛り゛……」
咀嚼音の後、絞り出した言葉は大体このようなモノであったが、酷く顔を歪めて俯きながら発した言葉であった為、もしかしたら違うかもしれない。
「大丈夫だって、浦江はやる時はやるじゃん、それで十分だよ」
「せや」
正直、警察大学校一期生女子の主席を争っているような人間がこんなに落ち込んでいる暇があったら、その地位の確立の為に努力しろとも言いたかったが、いまの彼女にそんな事を言える程我々は残酷で無かった。
栄養調整剤入りの清涼飲料水を飲み、少し喉を冷やす。
「ここまで案内してくれたのだって浦江だし……古川と俺だったら絶対どっかで迷子になってたよ」
『まぁスマホあるけどね』と言いそうな古川を視線で制止しつつ(彼はこういう所がいけないと思う)、あの手この手で慰める。
「なんというか……うん、ヒトの案内のがぬくもりがあっていいよね」
コラ古川、何のためのアイコンタクトだ、制圧波浴びせるぞ。と思っていると、思いもよらなかった言葉を更に続けた。
「ずっと気張らなくてもええんやで?ずっと気張ってるからこうやって時々切れるんや、な?」
なんだ案外良いこと言うじゃないかと感心していると、浦江がボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「ワイらで良ければ聞いたるさかい、な?」
古川君、君意外とイケメンだね。
「負けられないの」
私も何か援護射撃を加えようとした所、浦江の顔が上がり、口が開かれた。
「私――親の反対を押し切ってここに来たから……サバゲーだってやらせてくれなかったし……」
黙って聞く事しか出来ないが、浦江がポテトを口に運び始めたのを確認して少しホッとした。
「サバゲーも警大も、女の子らしく無いからって……」
今でもこんな家庭があるのかと内心驚いていると、古川が口を開いた。
「保守的な家庭だったんやなぁ……」
成程、遠回しに言うとこういう表現になるのか、勉強になるな。
「男女の本質的平等は憲法にも定められてるのにね」
「宮木」
精一杯の援護射撃をしたが、古川に視線で威圧された上に浦江からも圧力を感じた。
ひどい。宣誓の通りに憲法を尊重しただけなのに。
「チョットお手洗い行ってくるわ」
しかし、ここであんまり首を突っ込むと打首獄門状態になりかねないと脳内評議会が決議し、脳内対策委員会の助言に基づき一旦離隔する事にした。
座っていた席を立ち、一階にあるトイレに行く為に階段を降りる。
昼過ぎという事もあって、店内は比較的空いていたが、大学生と思わしき女性が一階を占拠し、雑談に興じていた。
彼女らの立ち振舞いや外見を見るに、全員が高度に義体化されている。
これ見よがしに付いている高級メーカーのロゴ(しかも発光している)から彼女たちは富裕層であろうという事も併せて分かった。
合格祝いでここの系列店に入った時、私と母を見て優越感に浸っていた女子高校生も、そのうちこうなるのかもしれない。
そうならば、かなり滑稽な事である。
何故なら、彼女たちは私が階段から降りるのを認めた瞬間にお行儀よくなってしまったからだ。
ここで一言でも注意すればかなり面白い事になるであろうという事は容易に想像出来たが、巡査とは言え未だ前期教育も修了しておらず、何か面倒事が起きると厄介なので、そのまま手洗いに入った。
手洗いを済ませて、階段を登っていると、自動ドアが男を迎え入れるのが視界の端に写った。
何か落ち着かない様子だが、きっと腹が減っているのだろうと思い席に戻ろうとすると――
突如銃声が鳴り響いた。
悲鳴。
怒鳴り声。
銃声が聞こえた瞬間に咄嗟に姿勢を低くし、遮蔽物に身を隠す。
どこからだ?まさかさっきの男が?
遮蔽物の影から周囲を伺うと、事は一階で起きており、二階はひとまず安全そうであると判断した。
取り敢えず古川と浦江の席まで合流しようと周囲を伺っていると、二人とも私が隠れている遮蔽物まで移動してきた。
「一体何が」
復活したらしい浦江が携制器を携えながら問いかけてくる。
「分からん、銃声と悲鳴がした。誰か撃たれたかも」
何ら新しい情報は無いが、現時点で我々が持っている情報はコレで以上である。
「現在時は」
「15時22分」
古川が腕時計を見ながら答える。
現在我々が置かれている状況としては、銃器使用の飲食店強盗事件が今まさに行われているという、中々に危機的なモノである。
「取り敢えず110番しよう」
「私が」
浦江がスマートフォンを取り出し、110番通報を始める。
その間に、私と古川で情報収集を行う事にした。
二階に居るのは我々のみと確認し、吹き抜けから再度一階の様子を伺う。
女子大生の一人が倒れ、男一人が会計ロボットをバールのようなものでこじ開けて破壊しょうとしていた。
更に悪い事に、男はけん銃らしき凶器を持っていた。
こりゃあ不味いと思っていると、男は会計ロボット内の金庫が頑丈だったのに腹を立てたのか、別の女子大生の髪の毛を掴み、地面に引き倒した上に殴る蹴るの暴行を加え始めた。
市民の保護と犯罪の制圧は我々の職責であり、現に行われている犯罪を見逃して安全な場所から傍観しているようでは、今後警大の名に傷が付きかねない。
何より、許せない。
ホルスターから携制器を取り出して、先程買ったばかりの閃光音響筒《スタングレネード》をパッケージから取り出し、安全ピンを抜く。
古川にハンドサインで『起爆後突入する』との合図を送る。
古川の頷きと共に閃光音響筒を一階に投げ入れ、顔を伏せて耳を塞ぐ。
衝撃。
その直後、遮蔽物から飛び出て階段を駆け下り、携制器を男に向けて叫ぶ!
「「動くな!警察だ!」」
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