「なんだよこの施設?要塞か?」
公安から取り寄せた『統一セラフ極聖神座天國教』の本山施設の設計図を見、高級幹部の誰かが呟いた。
事対隊第一会議室。
8.11が発生してからというもの、ここから喧騒が消える事は無い。
そんな喧騒の中心に、新たな議題が持ち込まれた。
強制捜査である。
「こりゃ正面からの突破は無理だな……」
「そもそも何処が正面だよ」「ここじゃない?」
「後背からの打撃も無理だねこりゃ」「後背どこ?正門の対称点?」
稜堡式城郭。
聞き覚えの無い言葉であるが、五稜郭と言えば分かるだろうか。
その元は中世ヨーロッパ、火砲の発達に対し、城壁と科学が生み出した答え。
幾何学的に構成された城壁と胸壁、そして張り巡らされた火線と塹壕。
攻め込む者を確実に火力に晒し、突撃を頓挫させ、火力を拒絶するその構造は、軍事の世界に於いては火力の更なる発達によって絶滅した。が、
「榴弾砲でも軍から借りて撃ち込むか?」「馬鹿、マル被が死ぬぞ」
我々は警察機関である。
言うまでもなく、火力は純粋水爆やら電磁加速砲やらを大量に保有する軍のソレとは比べ物にならない。
そして今回の警備は飽くまで『捜査』であり、事態の制圧と収束を最優先とする事態対処とは違い、証拠の収集も行わなければならない。
その上、警察比例の原則――警察官職務執行法第一条2項『この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。』に従う義務が我々にはある。
つまり、幾ら相手がテロ容疑者の集団であるからとは言え、航空爆弾を落として吹っ飛ばしたり、問答無用で全員射殺したりする訳にもいかないのだ。
「となると兵糧攻めか?」「地下に食料貯蔵庫とプラントがある。下手すりゃ数年粘るぞ」「まるで要塞だな」「|ま《・》|る《・》|で《・》?こりゃ只の要塞だよ」
因みに中京都の端、山中に建つこの建築物自体は耐震基準適合証明が降りているし、何ら違法性は無い。
そもそも日本国内で民間人が要塞を築城し、そこに立て籠もるという状況は幾ら立法担当者と言えど想定していない。まぁ、当たり前である。
「封鎖解除車と特型警備車で正面玄関を破壊、二中と三中が正面、七機と九機が裏から陽動してる隙に、|VTOL《垂直離着陸機》で一中と四中が真ん中に突っ込むか……」「――ソレしか無いな」
証拠隠滅の恐れ等も考えると、可及的速やかに着手した方が良い。
この難攻不落の要塞に対して、我々国家中央警察警備部が出した結論は『航空兵力の活用』であった。
稜堡式城郭は、火砲による攻撃は想定していても、流石に空からの攻撃は想定されていない。
ならば、事態対処隊という槍でその欠陥を突こうという考えだ。
「空挺強襲訓練は受けてますが……」
事対隊の担当が渋るが、迅速な制圧にはこの方法しか無いというのは、テロ対処の専門家であるが故に重々承知していた。
この作戦が遂行できるのは、軍隊を除けば我々しか居ない。
そして政府と党は、我々自身の手でこの事案を『迅速に』解決する事を期待している。風のうわさで、今回の事案をきっかけに大幅に警察が拡充され、監視システムも更に整備が進むと聞いたが本当だろうか。
もし本当なら嬉しいが、今は目の前の事案に集中しなければいけない。
「決行は二日後だ。特車隊との連携等の部内打ち合わせ、頼んだぞ――俺は刑事と公安に話を付けてくる」
本省と党から帰って来た警備部長は、立ち上がった勢いのまま、エレベーターに吸い込まれていった。
****
「殺人の疑いで捜索差押令状が降りてるぞ!さっさと門を開けろ!」
ブルドーザーに放水銃と装甲を貼り付け、黒色に塗って黄緑色の帯を巻いた『封鎖解除車』に搭載された車載制圧波照射器を用いて、警告が開始される。
「うるさい!祈祷中だ!」「政府は宗教弾圧をやめろ!」「目を覚ませ!」「地獄に墜ちるぞ!」「宗教弾圧反対!」「地獄行きだお前らは!――
胸壁上から罵声が響く中、骨伝導スピーカーを通じて海市隊長の声が脳内に響く。
《警本から各局。警本から各局。警備車が特殊作業を開始する。直ちに所定の行動を開始せよ》
13時。
真夏の太陽が照り付ける中、『統一セラフ極聖神座天國教』の全国一斉家宅捜索が開始された。
封鎖解除車のエンジンが唸りを上げ、大量の水蒸気をモックモックと吐き出したかと思うと、ゆっくりと、しかし確実に、地面を震わせつつ正面門へ前進する。
少し近づくと、投石が開始された。中には高そうな、宗教関連のモノと思われる小物も含まれていたが大丈夫なのだろうか。
正面門にはバリケードが築かれ、その上から信者たちが投石し、少しでも|怪物《封鎖解除車》の前進を止めようと奮闘していた。
が、遊撃放水車による20気圧の放水を受け、バリケードの部材と共に吹っ飛んでいった。
今の所、彼らからの銃撃は無い。
防弾盾に石がぶつかるガン、ゴンという衝撃をひっきりなしに感じるが、銃撃のソレよりも遥かに小さい。
一糸乱れぬ歩調で、完全な盾壁を構築して歩む姿は、正しく旧ローマ帝国軍の|重装歩兵《ホプリテス》であった。
そして、いよいよ警備車が正門に肉薄する。
《警本より正面部隊へ、解除車の特殊作業を援護せよ》
《二中了解》
「ガス筒!正面のバリケード!二発!用意……撃て!」
短いやり取りと号令の後、ガス銃からガス筒が一斉に投射され、白煙に包まれる。何を隠そう、この白煙は催涙ガスであり、吸い込むとマトモに活動が出来なくなってしまう。
ここからは見えないが、ゲホゲホという咳や、嗚咽を聞く限りでは効果的であったようだ。
『バリケードを強制排除する!付近の者は退避しろ!』
信者達への警告の後、排土板を下ろした封鎖解除車がエンジンの出力を上げ、自衛放水を撒き散らしながら、爆音と共にバリケードに突っ込んだ。
細やかな装飾が施された立派な門と共にバリケードが撤去され、突破口が開く。
《隊長命令、突入開始、突入開始》
ここでバーッ!と走って一気に制圧出来たらどんなに良かったろうと、防弾盾の重さに半ばうんざりしつつ思ったが、突入した場合火線の集中を受ける可能性がある以上、慎重に侵入せざるを得ないというのは、ブリーフィングで受けた通りである。
案の定、施設内部に侵入した封鎖解除車に対して射撃が行われ、パン、パンという装甲板に銃弾が当たり、掠める音が響く。
《至急至急、特車三から警本――現在マル被より射撃を受けた。現在マル被より射撃を受けた》
《警本了解》
今の所、ほぼ作戦通りだ。
火線に身を晒さないよう慎重に、封鎖解除車の脇を固めつつ、ジリジリと橋頭堡を確保する。
私が持つ盾にも、バスン!バスン!という、着弾の衝撃が響く。
覗き窓から見ると、ワラワラと信者たちが建物内から出てきていた。恐ろしいことに、ほぼ全員が銃を持っている。
《警本からハヤブサへ、作戦を三段階へと移行する。直ちに所定の行動を開始せよ》
《ハヤブサ了解》
我々事対隊が全国へ迅速に展開する足であり、槍先を相手に突き立てる柄であるVTOL機、『ハヤブサ』。
爆音の直後、唐突に屋上に現れた巨影に、信者たちは面食らっていた。
万が一の被弾を避ける為に放出された大量の|おとり装備《チャフ・フレア》に彩られたその巨鳥は、中から黒ずくめの忍者たちを吐き出した。
一中と四中だ。
《作戦を第三段階へ移行する。突入を開始せよ》
建物内から銃声と怒鳴り声、そして閃光音響筒の爆発音が微かに響いて来るが、我々の任務は外周施設の制圧である。
飛び去った巨鳥を見送り、ふぅと息を吐いた後、防弾盾を担ぐベルトのズレを直し、前進を開始した。
****
今日も、何もされ無い。
もしかしたら出られるかもしれないという希望が少し見えた気がしたが、裏切られた時の為に見えない事にした方が得だ。
凄まじい空腹と疲労、そして痛み。
それを和らげる為、朦朧の中、妄想と回顧を繰り返す。
ああ、良い。もっと、もっと、もっと。
最早叶わないが、彼に私の全てを捧げたかった。
失って、もう永久に会えないと分かって、気付いた。
身も心も魂も、全てあの人のモノにして欲しかった。
そしてあわよくば、喜んで欲しかった。
「ふふっ」゛
掠れ、ガラガラになった音が、静かな部屋の中に響く。
そんな事、現実ではあり得ないと分かっていたが、せめて妄想の中だけでも、幸せでいたかった。
あまりの惨めさに、枯れたと思っていた涙が再び溢れ、喉から風が吹き、手足の鎖がジャラリ。と音を鳴らした。
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