『理想郷』の警官(視覚的資料追加版)

警察×特殊部隊×テロ×ヤンデレ×ディストピア×サイボーグ=
イブキ(kokoiti)
イブキ(kokoiti)

プロローグ

プロローグ

公開日時: 2020年9月1日(火) 08:08
更新日時: 2021年2月10日(水) 08:24
文字数:4,089

 その音は、銃声でも、号令でも、無線の注意喚起音ビープ音でも無かった。


 閉所戦闘に於いて、音は重要な役割を担う。


 話し声、足音、ドアの開閉音、銃声、気配……これらの音から、内部の状況が概ね把握出来る。


 さてこの音は何かなと、切り替え軸セレクター単射セミオートから制限射バーストに切り替え、相勤バディに前方を警戒させながら、聴音センサの感度を上げる。


 ヵチャ……カチ……ガチャ……


 機械の作動音のようなその音は、断続的かつ小さいが、それでもハッキリと聞こえる。


 ピ――――――――――――


 耳障りな注意喚起音ビープ音にソレをかき消されると同時に、骨伝導受令機から流れる指令に思考を持っていかれる。


〈警備本部より、施設検索中の各局宛。現在礼拝堂に対し二個小隊が突入、制圧中なるも抵抗激しく、現在まで対象を発見するに至らず――検索中の各局にあっては特殊銃等を的確に使用し、受傷事故防止に十分留意の上、速やかに対象を発見、検挙せよ。尚検挙の際は一報の上、確保位置願いたい――回信は省略、以上〉


 事前に催涙ガスを炊いて徹底的に制圧した厚生塔。それを検索している自分達にはあまり関係無い指示である事に若干の安堵を覚えつつも、これから制圧する部屋の施錠された――つまり何かが『ある』――ドアを見つめて思考が強張る。


 少し息を吐く。


 相勤バディの肩を叩き、これより突入するとの意志を伝えると、ジャケットからマルチツールを引っ張り出して錠前に押し当て、スイッチを押し込む。


 ……ヵチャン


 静かに解錠音が響く。


 同時に、金属音と共にドアの向こうで何かが動く気配。


 居る。


 相勤バディと息を合わせ、ドアを勢いよく開放すると同時に銃を構え、認識拡張を起動しつつ叫ぶ!


「「動くな!警察だ!」」


 脳内に埋め込まれた電脳によって拡張された認識。そのお陰でゆっくりと時が流れる中、銃を左右に振り、フラッシュライトで闇を駆逐して脅威を検索する。


 ――ナシ。

「クリア」


「クリア」

「ルームクリア」


 暫くして相勤バディからもクリアとの報告が上がる。


――ではあの音は何なのか、認識拡張を切りつつ相勤バディの担当範囲を見るともう一つドアがあった。


「見ろよこれ」


 相勤バディがフラッシュライトで棚の中身を照らす。


 青白い光に照らされた数々の道具は、現在検索している施設の非合法的活動の証拠としては十二分であった。


 更に、壁に掛けられていた布を取り払うと、そういった事に使うであろう道具が腐るほど出てくる。


 否、使われたと言うべきかもしれないが、その判断は鑑識の領分で、我々に出来るのは精々撮影による採証だ。


「撮影モード、指定、高画質」


注射器ポンプ、薬品瓶、ムチ、スタンガン、警棒、ペンチ……」

「……次の部屋突入したく無いのだけども」


 相勤バディがぼやくのを聞き流しつつ、この部屋の奥にあるドアから聞こえる音に再び耳を澄ませる。


 ……!


 思わず、足に埋め込まれた補助筋肉を目一杯に使いドアを蹴破ってしまった。


 派手に吹っ飛んだ扉の先に――



〈至急至急、事対2より警本〉

〈至急至急、事対2どうぞ〉


〈厚生塔検索中、監禁、虐待されていたと思わしき女性を発見。至急マル援、救急車手配願いたい〉

〈本部了解――




****




 この結果で、私の人生は大きく変わってしまうのだ。


 ページの再読み込みが終わり、やっとのことで数字の羅列が表示される。


 『180』という数字があれば――



 144、149、157、158、164、175、180、188……


 ――あった


 175、180、188


 ――あった


「やった!」


 家の居間で、スマートフォンを見ていた私は思わず立ち上がり、叫んだ。


「え?何?どうしたの?」


 母親がエプロンで手を拭きながら駆け寄ってくる。


「受かった」

「え?」


「警大受かった!」

「良かったねぇ!」


 『以上の受験者は警察大学校学生採用試験(第一期)に合格されましたので以下の期日までに出頭願います』と表示されている画面を握りしめ、半ば呆然としつつ、湧き出る嬉しさに身を任せた。


 今思えば、あの時が人生で一番……いや二番目に輝いていた瞬間かもしれない。


 母親が涙を流してまで喜んでいるのは、純粋に息子が目標を達成したという事と同じ位……いやそれ以上に、前述の経済的理由が大きいのかもしれない。


 しかし、貧乏な中でもここまで育ててくれた母にそれを指摘できる程私は残酷で無かった。

 それに、今まで頼りっきりだった両親に見える形で恩返し出来るのがとても嬉しかった。




 昔、戦争があった。


 私たちが住む日本は、その戦争に準備不足ながら頭を突っ込み、2000万の国民と、関東平野を喪いながらも勝利した。


 その勝利と、戦災からの復興の為に人体拡張技術――『義体』と『電脳』が開発され、日本は戦災から二度目の復活を遂げ、戦前の豊かさを取り戻していた。


 個人の能力を大幅に引き上げ、無限の可能性を個人に付与するこれらの技術は、戦後爆発的な進歩を遂げ、義体化革命とまで呼ばれる程になった。


 無論良い面ばかりでは無かった。


 義体化した者としていない者、義体が高性能なもの、低性能なもの。


 貧富の格差が能力に直結するその格差は、手が付けられない程に広がっていったのだ。


 そうして職と富を失った者達は、労働者から犯罪者となり、治安の悪化に貢献した。


 政府の政策も、『幸福薬』というモノを貧困層にバラ撒くという信じ難いものであったのがこれに拍車を掛けた。


 確かに幸福薬は良く出来た薬だが、これを|入り口《ゲートウェイドラッグ》とした犯罪が急増したのだ。

 これが原因かは知らないが、暫くして政権が代わり、国家社会党が政権を握った。

 彼らは貧困層の救済を目指して色々と頑張っているが、どの政策も道半ばで、一度転落したら復活は無理。そんな社会が今の日本社会だ。


 そして今私は貧困層に居る。


 しかし、私にはチャンスがあった。


 『大学校』に入校する事だ。


 そのチャンスがあるのは、試験時に電脳を無力化される国防大と警察大。


 ここに行けば、国から支給された義体を適用され、ボーナス付きの手当を貰える。


 つまり貧困から抜け出す絶好のチャンスなのだ。


 そして、私はチャンスをモノにした。



****



 さて、合格祝いという事で警察署に寄ったついでにハンバーガーと言うファストフードを食べに行く事になった。

 我が家にとっては滅多に食えない高級品だが、世間ではジャンクフードと呼ばれ、一部の人間から毛嫌いされている。(我が校の家庭科教師がその筆頭だ)

 現代では栄養調整剤があるのだから、栄養バランスは気にしなくても良い筈なのだが、彼らはそれが分からないならしい。


 幼い頃に食べて「毎日食べたい!」と目をキラキラさせて言った時、何故母親が少し悲しい顔をしたかが不思議だったが、今なら分かる。


 世間にとっては安いかもしれないが、我が家にはあまりに高い。


 つまるところ我々は店が想定した客層に属して居ないのである。


 流石にレジに立つロボットからはその様な差別意識を感じる事は無かったが、近くの席の女子高校生からは、それらを嘲笑によって――


 ――感じる事が出来た。

 それに関わらず、私の心はそれはそれは晴れやかであった。

 これからは給金も出る。やっと|ココ《貧困》から脱出出来るのだ。

 確かにあの時私の心の気象台は晴れを観測していたし、今後もずっと晴れるとの予報を出していたのである。

 ……これから地獄に頭を突っ込むとも知らずに。



****



入学許可証、着替え、財布、IDカード、筆記用具、洗面用具……


 ヨシ、大丈夫だ、ちゃんとある。

 ガタンゴトンガタンゴトンと電車に揺られること4時間。私は合格通知の封筒に同封されていた、家からの最寄り駅の新大橋から警察大学校前駅までの切符を大事に握りしめて警察大学校前駅までやって来た。


『来たれ!若人よ!』

『待遇は公安職国家公務員』

『一期生。君たちが歴史を作る』


 そんな言葉が踊るパンフレットを眺めながら、そこじゃ無いと、最後のページの一番下、アクセスの端っこにある平面コードをスマホに読み込ませ、地図を呼び出す。


 目的地が改札を出て直ぐ真ん前にあるという事実から逆算し、地図を呼び出す必要すら無い事に気づいたのは電車が駅に近付いて警察大学校が見えてきた時だった。


『内務省警察庁 警察大学校』


 そう書かれた門目指して歩くと、いつの間にか行列に並んでいた。きっと同期達だ。

 その列に続いて門内に入った瞬間、センサーから閃光を浴びせられる。

 網膜走査だ。

 それと同時に心臓がドクドクと音を立てて緊張しているという事実を自分に告げる。


「名前と番号を」


 前の者に続いて受付に進むと、教官と思しき警部――





 ――(電車の中で読んでいた資料で階級章を覚えた)からそう尋ねられ、皆と同じように出来るだけ大きな声で応答する。


「180番の宮木です!」


「えーと180番は……あった。教官の宮津です。四年間宜しく」


 差し出された右手を取りながら、宜しくお願いします。と返す。


 思ったより普通だな……と思っていると、トレーとカバンを渡される。


「ソレ持って需品部から色々受け取るように。次!」


 私物のリュックと支給されたカバン、そしてトレーを抱え、降下直前の空挺隊員の様にえっちらおっちら歩きながら列に並ぶ。


 箱が封印されているので中身が良く分からないが、取り敢えず指示通りに渡されたモノをトレーに載せ、官給品の支給を受ける。


 そのまま寮まで案内され、荷物を置き、大急ぎで制服に着替えてから体育館に向かう。


 体育館に整列させられると、校長の挨拶(内容は覚えていない、君達は一期生だから頑張って欲しいとか言ってたと思う)の後、本当に人生を変えてしまうイベントが始まった。




『私は、日本国憲法 及び法律を忠実に擁護し、命令を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います。』




 宣誓式である。


 この宣誓を行い、宣誓書に署名した瞬間、教官達の態度が急変するのだが、それはまた別の話だ。


 ともあれ、平和に暮らしてきた一般人を警察幹部へと仕立て上げる警察大学校――その第一期生としての生活がこうして始まったのである。




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