事対隊を舐めてもらっては困る。
アレは早いとは言え、銃弾より遥かに遅い。運足と重心移動を以て躱す。
地面を転がる中、拡張された認識でゆっくりと流れる時の中で教えてくれたのは、相勤が引き金を絞り、バンバンと一制限射分、二発の6mm執行弾がガイド通りに飛翔し、|目標《マル被》に正確に命中したという事実だ。
認識拡張は事態対処を容易にする便利なモノだが、脳味噌と身体を無理矢理動かしており、使いすぎた場合には病院送りである。
そんな『諸刃の剣』を切り、倒れ込んだマル被に再び歩み寄る。
「うつ伏せになれ!」「動くな!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛ぉ゛や゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
しかし、相手は高性能義体適応者だ。高い知能(今は暴走しているが)に高い身体能力を持ち、先程の様に|大質量物体《のぼり》を高速度で投射する事も出来る。
その上、見た所彼は義体の|OC《定格外運用》を行っている。
早い話が、性能の限界を越えて脳味噌や身体を動かしてしまった所、正気を失ってしまったのだ。仕事のストレスか、過剰業務か何かは分からないが、こうなってしまってはもう駄目だ。
「携制器を試す」「カバー」
左側に着けたホルスターから携制器を取り出し、セーフティを解除して彼に向け、トリガーを一番深い所まで沈める。
「マ゛マ゛ー゛!!!マ゛マ゛ー゛!!!あ゛ぁ゛あ゛っ゛!゛?゛」
義体のOCにより、安全装置が解除されて過剰出力に設定された人工筋肉が電流を受けて跳ね、パンパンという腱が切れ骨が弾ける音が広場に響く。
皮膚を突き破って人工筋肉が踊り出、両手と腹筋から力が抜けてだらりとなったのを見計らい、手錠を取り出してマル被に駆け寄る。
「11時46分、公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕!」
頭を蹴っ飛ばし、両手を奪って手錠を掛ける。今掛けたのは、通常用いられているチェーン式の手錠では無くより強靭で拘束性の高いヒンジ式の手錠だ。
少々使いにくいが、こういう相手を拘束するならば持ってこいの装備と言える。
「事対2より新実、状況制圧、どうぞ」
「新実了解。新実から移動――
あの後、被害者の手足に|止血帯《ターニケット》を巻いたり事後処理の手配をしたりと、現場を駆け回りーーそしてやっとこさ訪れた交代時間。
事態対処隊の本部施設が置かれている国家中央警察中央警察署、その地下まで|車《PC》を転がす。
「ご苦労さまでした」
「お疲れさまです」
網膜走査や指紋、その他4つのセキュリティーを通過して、地下にある装備課に出頭し、装備を返却する。
「えーと……使用は|キャンプ《CAMP―270》と携制器だけです?」
「はい」
「照準調整は問題無かったですか?」
「はい」
「良かったです。では、こちら預かっておきますので」
「宜しくおねがいします」
ベテラン担当官の奥、金網で保護された武器庫には武器類がズラリと並び、武器弾薬の寿命を伸ばすために除湿され、冷やされた空気が滔々とカウンターから吹き出している。(決して担当者が快適に地下で過ごすためでは無いと思いたい)
血まみれの出動服を脱いでシャワーを浴び、夏制服に着替えて今回事案の書類を作成する。
|個人映像記録装置《ボディカム》の映像の複製を請求して添付したり、人工知能が書いた素文の形体を整えたりしていると、ふとある事を思い出し――いや、今あの件について考えるのはよそう。
その後私は滞りなくその日の職務を終了し、にわか雨の中、真っ直ぐ寮に帰ってベッドに倒れ込んだ。
……まだ忘れられないか。
****
「えっ」
衝撃。
私が義兄の部屋に入って見たものを端的に表現するならばこうなる。
変わった――魔法使いのような格好をした何人かが、義兄を|切《・》|り《・》|刻《・》|ん《・》でいた。
数人の手には刃物が、数人の手にはカメラが握られていた。
その残酷な光景と香り、そして音に、少しばかり弾んでいた鼓動が一気に限界に迫り、肌がベッタリとした感覚に覆われる。
どうしよう。
逃げなきゃ。
フラフラと震える足を動かすが、刹那、衝撃を以て私の意志と行動は完全に打ち砕かれた。
派手に地面へと叩きつけられる。痛い。
「ごめんなさい!」
咄嗟に謝罪が出てしまったが、頭はどうやって逃げるか、どうしたら良いかで一杯であった。
「……」
|彼《・》|ら《・》は、無言のまま私を殴り、縛り上げ、何かを注射――
「目覚めたかね」
気付くと、真っ白いカーテンに囲まれた部屋に居た。
動けない。
「コレを覚えているか?」
血まみれの包丁が眼前に提示される。
アレは――
「お゛け゛っ゛!゛」
あの光景を思い出し、胃がひっくり返る。
「覚えてるみたいだね」
「殺゛さ゛な゛い゛で゛」
死にたくない。ガラガラになった声で命を乞う。
どうしてだろう。私は生きていても仕方無いし、私が死んでも悲しむ人なんて――
『心配なんです。落ち着いて』『寒いでしょう?温かい場所に行きましょうよ?ね?』『あなたを傷つけるつもりはありません。ただお話を伺いたいだけです、ね?』『落ち着いて、座りましょう』『大丈夫、傷付けませんから。安心して』『……どうかお話だけでも聞かせてくれませんか』『ここは危ないですから、ね?……
『新丘署の方から参りました。宮木と申します。あの後お変わり無いですか?』
『もっと我々を頼って下さい。力になりますから』
お巡りさん。
あのお巡りさんは、私が死んだら悲しんでくれるだろうか。
また会いたいなぁ。
「た゛す゛け゛て゛」
「残念、ここに助けなんて絶対に来ないよ」
そんな事を言いながら、彼は何かを取った。
「な゛にを――
直後、バリバリという爆音に、青白い閃光。
それを腹部に当てられた。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛?゛」゛
下腹部が生暖かくなるが、その不快感を遥かに凌駕する激痛。
腹筋が全力でよじり、神経が悲鳴を上げ、そして拘束のため仰け反る事すら出来ない現実。
私はただ、悲鳴を上げ、枯れたと思っていた涙を流すしか無かった。
数日。
主観では数日であるが、客観では数時間かもしれない。
入れ替わり立ち替わり、数十人から痛いことをされ続けた。
棒で殴られたり、ムチで打たれたり、変な煙の出る薬を塗られたり――
最早悲鳴を上げることも叶わず、発狂する事も処方されていた薬の為に出来なかった。
全身が熱い、痛い、苦しいと悲鳴を上げているが、私にはどうする事も出来ない。
そんな中、テレビを見せられた。
私の顔が映っていた。
もしかしたら、もしかしたら、お巡りさんが私を探し出して、助けに来てくれるかも。と一瞬思ったが直後、アナウンサーの声によって、その小さな希望は絶望になった。
『国家中央警察は今日、五十川明容疑者を、殺人の疑いで全国に指名手配しました。手配状によりますと五十川明容疑者は――
違う。違う。違う!
私じゃない!
そう叫んだが、当然テレビの向こうへは届かない。
『国家中央警察は1000人体制で付近を捜索し、市民への情報提供を呼びかけて――
そこで、彼が映った。
スーツを着て、腕章を付け、パッド片手にあのマンションの近くを駆ける姿。
彼はあの光景を見たのだろう。そして、あの光景を作り出したのは私だと、そう思っているのだろう。――もう、彼から声を掛けてもらう事も、優しくしてもらう事も永遠に出来ない。
千回ムチで打たれるよりも、万回棒で殴られるよりも、その事実が一番に私を絶望へと追い込んだ。一縷の望みさえも、地獄に垂れた蜘蛛の糸さえも喪った。
このままココで、知らない人から一生痛めつけられて死ぬのかな。
こんな事なら、もっと早く――
もっと早く、死んでおくべきだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!