『理想郷』の警官(視覚的資料追加版)

警察×特殊部隊×テロ×ヤンデレ×ディストピア×サイボーグ=
イブキ(kokoiti)
イブキ(kokoiti)

実習編

会遇

公開日時: 2020年9月1日(火) 19:53
更新日時: 2020年9月1日(火) 20:07
文字数:3,179

〈国警から、新丘PS管内――〉


 ビクッ!とパトカーPC中が凍り付く。


〈――不審者が、橋の上で呆然としているとのマル目自動入電。新丘地狐町7丁目、近い移動どうぞ〉


 現在時刻は0211、これから交番PBに帰って一休みしようとしていた矢先の入電である。


 相勤の指導員、井上巡査部長が深く大きなため息を吐いた後、無線機を取り上げる。


〈新丘9、新丘上山町から〉


〈新丘9、新丘上山町了解――願います、110番。新丘地狐町7丁目4番22号。110番整理番号76番、街頭監視装置から、不審者が橋の中ほどで立ったまま動かない。その様な内容で入電しております。詳細判然としませんが――


薬物クスリかなぁ……」


 井上巡査部長がぼやきつつ、アクセルを踏み込む。


 真夜中、自動運転の運送トラックが道脇に退いた幹線道路をパトカーが静かに滑る。


〈――尚、臨場時にはマル被を刺激しないよう、サイレン等を鳴動させず、徒歩で接近し、一報の上職質願いたい。以上国警〉


 昼間ならドライバーが乗った車を退かしたり、犯罪者を威嚇したり、緊急走行であるという事を周囲に示す為にサイレンを大音量で鳴動させて現場に急行するが、夜間に発生した事案の場合、自動運転車をコントロールする特殊な電波を発信(これの為に陸上無線技術士の資格を取らされた)して、古川曰く『モーゼの様に緊急通行路を作って』臨場する。


 特に、今回の事案は薬物の影響が考えられ、マル被の正常な判断を期待できない(そもそも110番されるような人間に世間一般で言う『正常な判断』は期待しない方が良いが)案件では、闇夜を切り裂くサイレンがマル被を興奮させる事もあり得るとして、普通はサイレンを鳴動させないのだ。


「あー……無線取ってくれる?」


 指示を受け、無線機を取り上げてPTTプッシュ・トゥ・トークボタンを押し込む。


「新丘9、了解」


「そうそう、ちゃんと局名言ってな」


 さて、現在私は現場実習中である。

 前期教育を終え、現場に出しても構わないだろうと一応の『お墨付き』を得て現場に放り込まれたのだが、初めの一ヶ月程は地獄と呼ぶに相応しかった。

 その間に『やらかした』数は数知れず、無線から逮捕、拾得物から違反切符まで、様々な場面でやらかし、その度に指導員の井上巡査部長から叱り飛ばされてきた。


 ……思い返すと巡査部長が一番地獄を見たと思うのだが、まぁそれは置いておこう。


 それから大体二ヶ月、仕事も何とかなり、人間関係も良好という好条件で今研修をしている。ありがたや。


 ……等と思っていると、目標の橋が見えた。


「じゃあ、無線入れてくれる?」


「了解」


「え~……新丘9から国警」


〈国警から新丘9、どうぞ〉


「マル被を現場、橋の中程で発見。これより職質。どうぞ」


〈新丘9、了解〉


 パトカーから降車し、真夜中の冷たい空気を感じながら女性に近付く。


「こんばんは~、新丘署の者です、防犯パトロールで巡っております」


 出来るだけ刺激しないように、穏やかな声で話しかける。


「夜中にお一人で何されてたんですか?」


 さて、ここからが問題である。


 普通、市民は警察官から声を掛けられる経験をあまりしていないので、大抵挙動不審になる。

 その挙動不審の中に更に不審な動きを認めるのが我々の仕事であるのだが……


「家はお近くですか?危ないですし早く帰りましょう?」


不審者の格好は、ほぼ部屋着に近いものだった。


 冬服の詰め襟に首を埋め、体温調整システムを『高』に手動設定するような寒い夜であるのに、だ。

 寒暖の感覚を失っていると見てまぁ間違いない。

 ここから導き出される解は薬物中毒者の疑いが濃厚であるという事だ。


「ここ何処か分かりますか?」


 微動だにしないマル被に近付きつつ、フードに隠されたその顔を見ようと試みる。

 顔を見れば個人映像記録装置に内蔵された識別装置から照会センターに接続し、マル被の身元を照会出来る。

 コレで薬物使用歴があればほぼ完全にクロだ。


「もしもし?」


「こっ……来ないでください!」


 こちらにようやく気付いたのか、ハッとしたマル被が突如叫んだこの台詞――

 実習を始めてからこの系統の台詞を聞いたのは何回目だろう。

 それより驚いたのはマル被が若年の女性である点だ。こんな夜中に一人で何してんだという感想しか浮かばないが、『万が一の対処』が少々厄介になったのは歓迎できない。


「心配なんです。落ち着いて」


 そんな個人的感想を抑えつつ、転落防止柵に手を掛けてガタガタと震えるマル被を落ち着かせようと穏やかな声を掛ける。


 井上部長は『想定外』に備えてホルスターのけん銃に手を掛けているが、私が今そんな事をしたらマル被を予測外の行動に追い込みかねないので、マル被の沈静化に全力を挙げる。


「寒いでしょう?温かい場所に行きましょうよ?ね?」


「……」


「あなたを傷つけるつもりはありません。ただお話を伺いたいだけです、ね?」


 頼むから飛び降りてくれるなよと願いつつ、ジリジリと距離を詰める。

 やろうと思えば全力で走って確保出来るのだが、相手も義体化していた場合間に合わない可能性が高い。


「いやだ……いやだいやだいやだ!」


 おっと、こいつは不味いかもしれないぞ。

 以前に教育として見せられたビデオでは、同じような事を叫んだ直後、ビルから飛び降りていた。


「落ち着いて、座りましょう」


 なるべく穏やかに語り掛けつつ、相手が刃物等の凶器を持っていないか、慎重に観察する。


 ……大丈夫そうだが、そのゆったりとした服の中に何が入ってるか分からない。

 ――少なくとも筋骨隆々になる高性能義体は適用していないようだ。

 最新高性能義体の適用による人体拡張は、例え丸腰であっても官給義体とけん銃等で武装した我々を凌駕する戦闘能力を発揮する。

 だから出来るだけ相勤と二人行動をしているのだが、人手不足のおかげで昼間の巡回等では一人で行動する事もあり、その際に襲撃されたら最悪だ。

 今回は二人で対処しているので何とかなりそうだが、油断は禁物である。


「死なせて……死なせて下さい……」


 興奮してボロボロと大粒の涙を流していると思慮される被疑者に直ぐ手が掛かる場所まで何とかにじり寄る。


 ゆっくりと、ゆっくりと、距離を数cm毎に詰めていく。


「大丈夫、傷付けませんから。安心して」


 巡査部長は何かしたら発砲する気満々なのはさておき、少なくとも私は危害を加えるつもりは無かった。

 先程の発言で自殺願望がある事が分かった為、新しい脅威を勘案する必要が出てきた。

 所謂『警官自殺』という奴だ。

 警官を敢えて襲い、そのけん銃で撃たれて死ぬ――

 シンナンブから飛び出る6mm執行弾がどういう挙動をするのか、詳細かつ綿密で効果的な教育を受けた我々からしたら正気の沙汰でしか無いが、世間一般、特にネット上の自殺コミュニティではかなり有名な自殺方法らしい。

 実際には携制器で死ぬほど痛い目に遭った上に公務執行妨害で引っ張られて精神医療施設に強制入院させられるのが常だが、やる人間が居る以上、油断は出来ない。


「どうして……?どうして邪魔するの……?」


「貴方をこのまま放っておく訳にはいきませんから、ね?」


 刹那、寒風が被疑者のフードを剥いだ。


 街灯の青白い光が――



****



「おい、おい!宮木!」


……見惚れていた?

 この様な経験をしたのは人生で初めてだったので少々混乱しているが、彼女――いや五十川明――に私は見惚れていたのだ。

 井上巡査部長の声と、肩を叩かれた衝撃で何とか我に返ったが、あの間、確かに私の脳味噌は幸福物質を分泌し続けていた。


「……どうかお話だけでも聞かせてくれませんか」


 個人的感情を抑えに抑え、何度も語り掛ける。




 ……警察官は人生に向き合う仕事だと、教官から聞いたことがある。

 個人的感情に職務が左右されてはいけないのは重々承知だが、出来る職務の範囲内で良い。

職務の範囲内で良いから、彼女を――彼女の人生を救いたい。


 そう願って、細い、細い彼女の腕を掴んだ。

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