『理想郷』の警官(視覚的資料追加版)

警察×特殊部隊×テロ×ヤンデレ×ディストピア×サイボーグ=
イブキ(kokoiti)
イブキ(kokoiti)

真実

公開日時: 2021年1月22日(金) 08:09
更新日時: 2021年1月23日(土) 08:59
文字数:3,247

 1530。

 外周施設の殆どを制圧した我々も、中央施設群への突入を開始する。

 重い防弾盾から開放され、代わりにオートナンブの|負い紐《スリング》を担ぐ。


 先程から特車隊が催涙ガスを流し込んでいるが、悲鳴や嗚咽、咳は聞こえない。

 依然として中央にそびえる|建物《ドーム》からは銃声と爆発音が響くが、今回の突入ではそんな事にはならないだろう。


《警本より特車、厚生棟バリケードを撤去し、二中突入を支援せよ》

《特車了解ぃ――》


 ガタガタガタガタ!と、無限軌道を鳴らし、封鎖解除車が『厚生棟』と看板が掲げられた建物の前に築かれたバリケードを退かす。

 扉には閂が閉められていたが、|突入鎚《ハンマー》でぶん殴られ、ドアノブごと吹っ飛んだらしい。カランカランという金属音の後、扉が開放された。


「「動くな!警察だ!」」


 |一車《事対1》、|三車《事対3》、四車《事対4》、|五車《事対5》と共に突入し、オートナンブに据え付けたウェポンライトを点灯する。

 スゥ、と青白い光束が廊下を走り闇を駆逐するが、その中には誰も居なかった。


 裏口からの突入も開始され、静かな建物に警察官の怒鳴り声と爆発音が響くが、銃声は聞こえない。


 建物自体が防音構造なのか、階段付近まで前進すると辺りは静寂に包まれ、出動靴が床を踏みしめる音と装備が擦れる音、そして呼吸音しか聞こえなくなった。

 我々は地下階の担当だ。催涙ガスは空気より重い。今は新鮮な空気が空調から吹き出しているが、先程まであそこからは催涙ガスが吹き出していたのだ。人は居ないだろう。


 念の為、多発式閃光音響筒を二発ほど投入したが、何の反応も無い。

 階段に罠が仕掛けられていないか確認した後、ゆっくりと、歩む。


 どの部屋も大したモノは無く、ビデオを再生するAV機器や将棋なんかが置かれているだけだったが、どれも被疑者の指紋が付いている可能性がある貴重な証拠品だ。明日には刑事部が全部持ってくだろう。

 極力触らないように注意して前進すると、カラン、と何か音が聞こえた。


 (停止)


 左拳を上に上げ、|相勤《バディ》と共に停止する。


 カチ、ヵチ……


 これは……これは何の音だ?



****



 それは突然だった。


 先程から目が途轍もなく痛い。

 咳も出そうになるが、咳き込む力も無く、コヒュ、こひゅという情けない音が響くだけだった。


 そろそろお迎えかな、来世はもっとマシに――お巡りさんと一緒に人生を歩みたいな。そうだ、そうに違いな……


 突如。バンバンバン!という連続した爆発と衝撃が轟いた。また痛いことをされるかもしれないという恐怖と絶望に身体と思考が固まり、幸せな妄想から引き戻されてしまう。

 暫くして、静かな足音が響いてきた。


 いやだ。たすけて。


 足音はゆっくりと、しかし確実に近づいて来る。


 トン、トン、トン。


 ガチャ、と他の部屋のドアを開けた時は一瞬ホッ、としたが、再びその足音が近付いてきた。


 カチャ゜、カチ、ヵチャ゜


 手錠が冷たい金属音を立て、『お前はここから永久に出れないよ』という事実を告げる。


 が、


 ヵチャン。


 と鍵を開ける音が響いた。直後。


「「動くな!警察だ!」」


 ぐぐもった声が、扉の向こうから聞こえる。


 警察。

 お巡りさん。

 あの人。


 助けてくれるかもしれない。

 助けて。助けて。助けて!


 必死に身を捩り、声を張り上げるが、冷たい金属音と風切り音しか鳴らない。

 それでも尚、助けを求める。


「ぁ……す……ヶて……」


 小さな、小さな声だった。

 聞こえる訳が無かった。


 直後。

 バン!という音と共にドアが吹き飛び、壁に衝突して砕け散った。

 空いた穴から、真っ黒な影が、二人。

 逆光の中にある非人間的なその形に、ヒッ!と一瞬喉が鳴ったが、その内一人が駆け寄って。


「大丈夫ですか!?助かりますから!諦めないで!」


 彼だ。

 宮木広隆だ。

 ガスマスク越しのぐぐもった声だが、分かる。


 私を捜し出し、助けてくれたんだ。

 これは夢?

 いや。


 夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃない夢じゃ――



****



「おい、マルチ貸せマルチ!」


 パチン!という音の後、彼女を縛っていた手錠と足枷が切断されたが、動かす力は残っておらず、ぶらりと垂れ下がった。

 その顔は暴行を受けてブクブクに膨れ、無事な皮膚が無い程、正しく完膚なきまでに加害を受けていて、滲出液が痛々しく垂れていた。

 安心したのか、彼女は意識を失ってしまったが、どうするか。


「外に出そうか」「出すか」


 地下階の最後、突き当りに設けられた部屋がココだった。

 もう制圧は終わっている。一階と地下階は安全だ。


《事対2から警本》

《事対2、どうぞ》

《先程の女性、こちら呼吸あるものの心拍微弱、意識なし。よって救急治療の要ありと認め、これより当該女性を外に搬出する。よって厚生棟正面入口まで、こちらまで救急車大至急願いたい》

《警本了解》


 通常の制圧時、我々は救助を行わないが、それは後続隊が居て、眼前に未制圧の脅威があるからだ。

 脅威を制圧し、安全化するのが我々の任務で、|被害者《マル害》の救助やマル被の逮捕は後続隊の任務という、立派な役割分担がある。

 が、今回はこの施設のあまりの広大さに、無人と見積もられていたこの建物の制圧に付随する後続部隊はおらず、我々事対隊第二中隊しか居ないし、脅威環境下でも活動が出来る|緊急医療隊《EMT》は中央棟で発生した負傷者の救援で手一杯であり、一般の救急隊を未知の脅威が存在するかもしれないこの建築物内に投入する訳にもいかない。


 つまり、今彼女を救助出来るのは|私達《事対2》しか居ないのだ。


「私が彼女を担ぐ、カバーを頼む」

「了解」


 オートナンブを手放し、代わりに彼女の手を取り、彼女の胴体の下に首を回して持ち上げつつ、もう片方の手で片足を掴んで安定させる。

 防弾盾より遥かに軽いその質量と、グローブに滴る滲出液から彼女がどんな目に遭ったのか、と怒りがフツフツと湧いたが、手を見、気付いた。


 五十川明?


 もしかして、今担いでいるこの女性は、五十川明、その人かもしれない。

 今思えば、彼女の右手中指には、今時珍しいペンだこがあった。

 絵描きが趣味という彼女は、私に絵を見せてはくれなかったが、その努力をペンだこから察した記憶を、唐突に思い出した。


 ならば――ならば我々は彼女を、殺人犯として逮捕しなければならない。

 何故あんな事をしたのか、しっかりと聞かなければならない。


 一瞬足が止まったが、今は目の前の事に集中する事にして、一歩一歩、光へと歩んでいった。


《警本から事対2》

《事対2です》


 相勤が無線を取ってくれたが、その内容に思わず耳を疑った。


《現在搬送中のマル害、先に発生した事案を鑑みるとやにわに暴れる可能性がある。よって事対2にあってはそのまま救急車に同乗、マル害の監視にあたれ》

《事対2了解》


「嘘だろ」


 思わず相勤と顔を見合わせたが、|上《警備本部》の言わんとする事は分からなくも無い。


「すいません、便乗します」

「あ、了解しました」

「彼女が暴れた時に対応しますので」

「……了解」


 しかし、警本の心配は杞憂であった。

 彼女はそのまま手術室へ運ばれ、応急手術を受けた後、中央警察病院の集中治療室へと転院した。

 回復を待って、殺人の疑いで逮捕する手筈となっている。



 さて、今回の一斉捜査で、我々は銃火器やTSガスの製造設備を始めとする様々な証拠品を押収したが、幹部たちの確保には至らなかった。

 当然、我々は血眼になって捜したが、日本国内にはもう居なかったのだ。


 ではどこか、大使館であった。

 驚いた事に、我々の監視の目を掻い潜って東南アジア諸島連合(ASAIN)に亡命したのである。

 当然日本国はASAINに対し引き渡しを要求したが、彼らは拒否した。

 まぁ、ここからは外務省と外事部の仕事だ。あまり首を突っ込むのはよそう。


 兎も角、この事案はこれで一区切り付いたのだ。

 4日ぶりに寮に帰った私は、4日ぶりに自分のベッドで眠りについた。





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