――大学が春休みの間、毎日のように彼女と会っていた。
気が付けば、彼女と出逢った場所へと足が動いているのだ。大好きな猫に会いに来た、を口実に。
そしていつしかその口実は消えて、彼女と会う場所も空き地ではなくなっていた――。
「あー面白かった! やっぱり洋画はドンパチしてないとダメね!」
……同い歳の彼女は見かけによらず大胆で古風だ。赤毛のアンとか大草原にお花が好きなくせに、意外にも車や建物が爆発したり拳銃で激しくやり合うような映画がお好み。ラブロマンスなんかは眠くなるらしい。
「でもやっぱり、今より昔モノのほうが好きなのよね」
「じゃあ……」
――じゃあ、今度レンタルして、俺の家で一緒に見よう。……そのセリフは、まだ言えない。
「なあに? 慧ちゃん?」
「いや、相変わらずわがままだなーってね」
こちらが少し意地悪を言うと、怒って口を尖らせる。彼女の癖だ。
映画館を出ると、そこから五分もかからない近くの喫茶店で軽い食事をするのがいつものコース。クリームソーダやプリンアラモードなんて、昔ながらのメニューが揃っている。煙草に火をつけるのでさえ、何となくライターではなくマッチを使いたくなる。また経営しているのが頑固なオヤジなんだから、間違いなく若者向けの洒落た店とは言い難い。
「慧ちゃんはいつも何も食べないのね」
「いーんだよ、月子がうまそうに食うのを見てるだけで腹いっぱい」
サンドイッチと、紅茶。角砂糖は二つ。彼女お決まりの注文。ブラックコーヒーを啜りながらそれらを美味しそうに平らげる彼女を眺め、ちょっとした幸せを感じるまでが、俺のお決まり。
そうして、まるで中学生のデートみたいに夕方の十七時には帰りの地下鉄に乗っていた。彼女の家があるのは、俺が降りる駅の四つ前の駅。その間他愛もない話をして、まだ着くな、まだ着くなと何度も思う。
「……近々ね、引っ越そうと思ってるの」
「えっ、どこに?」
あまりにも突然な一言に、揺れる車内の中、俺の心も同じように揺さぶられた。思わず吊革を握る手が強くなる。僅かな期待と、今よりも離れてしまう不安がよぎった。
彼女が俺の目を見て答えようと口を開けた時、降りる駅であろうアナウンスが鳴り、ドアが開いた。
「ごめんなさい、この話はまた次にね! それじゃ私はここで……」
そう言って頬を赤らめ慌てて車両を降りた彼女を、俺は無意識のうちに追い、腕を掴んでいた。
――『ドアが閉まります、ご注意ください』
「慧ちゃん?! 何して――」
「どこに?」
一刻も早くこの不安を消し去りたくて、彼女の言葉も遮りさっきの答えを問い詰めた。たった数秒が、とても長く感じる。周りを歩く人、走り出した列車、彼女を抜いた全てのものがスローモーションで映る。
俺の目は、逸らすことなく真っ直ぐと彼女を見つめていて。
「……慧ちゃんの住んでる、S町に……」
ようやっと聞けたその声は、いつもの明るい声とは程遠く、列車の音でかき消されてしまいそうなか細い声。けれど確かに、俺の耳に届いた。
「だって私、慧ちゃんともっと一緒にいたいんだものっ……」
ああ、俺は彼女が愛おしくてたまらないんだ。
瞳から溢れる涙を指で拭い、抱き締めた。俺よりも小さく、震えているその身体を守るよう強く。ふわりと香るコロンの匂い、その近さに、人を愛する切なさを苦しいほどに感じた。自分からは誰も愛することはない、そんな俺の思いを彼女は変えたのだ。
想いが重なったその夜、初めて彼女の家に行った。
「……多分、出逢った時から好きになってた。月子を」
繋がる時間の中、行き場をなくした彼女の手を握りそう呟く。
月が綺麗に輝き、はっきりと見える夜だった――。
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