強い空腹を感じていい加減何か食事をしなければと体を起こすと、全身に散らばる情事の痕が生々しく浮かび上がっていた。
「……やらしい体になっちゃったね」
禄朗はベッドに横たわったままひとつひとつ、自分がつけた痕を指でたどった。
施されるその刺激でさえ敏感に感じてしまうコントロールの効かない身体に不安さえ抱く。
「責任取ってよ」
ため息交じりに訴えると、彼は面白そうに瞳を輝かせ気軽に答えを返してきた。
「優希が望むならいいよ。責任取る」
「またそうやって適当なこと言って」
適当な言葉でその気にさせておきながらあっさり捨てていくのだ。
禄朗という男は。
嫌というほど学んできた。
「えー、本気で言ってるんだけどな」
悪びれることなく続ける彼を軽くにらみつけると、むき出しのお尻を軽くたたいた。
引き締まった尻肉がぺちんと軽い音を立てる。
「いて」
「よく言うよ。それよりお腹すいた。……何時?」
ベッドサイドに転がって落ちた時計を拾って見ると、どうやらまだ深い夜の時間帯だった。
あれからそんなに経ってないのかと首を傾げつつ、携帯の電源を入れて確認して驚いた。
日付がかなり進んでいる。
どうやらベッドの上だけで二晩過ごしてしまったようだった。
おなかがすいて当たり前だ。
それに、明日美からの着信とメールが何件も届いている。
無理やり電話を切って以来何の音沙汰もなく電話も通じなくなっていて、きっとものすごく心配しているだろう。
彼女が不安に過ごすだろうことを、全く考えてあげられなかった。
その上、名前を呼ばれたというだけで明日美にひどく嫉妬してしまった。
彼女には何の落ち度もないのに。
「優希?」
携帯を見つめたまま固まった優希を後ろから抱きしめて、禄朗が囁いた。
「明日美ちゃんに連絡する?」
「……いや、いいよ」
今更電話したところで、どうにもならない。
どんな顔をして話せばいいのか想像もつかなかった。
禄朗に会おうと決めた瞬間から、穏やかで幸せと思えた日常は手放したのだ。
「ねえ、……別れてないつもりだったって本当?」
再会したバーで言われたセリフを思い出す。
別れたつもりじゃなかったって、迎えに来るつもりだったって、あれはどこまでが本当なんだろう。
「本当だよ」
頬を寄せたまま禄朗が答えた。
「最初はアメリカに行って、いつものようにちょっとだけ勉強するつもりだったんだ。でも思いがけず有名な先生に拾ってもらえてさ。毎日目まぐるしくて覚えることも刺激もいっぱいで……こき使われてくたくたで、でも優希がいるからがんばれるって、思って……気がついたら七年たってた」
ごめんな、と彼は囁いた。
「もっと早く連絡するつもりだったんだけど」
「ほんとだよ」
待ってろ、と言われたら待っていられた。
何年だって信じていられた。
手紙の一つ届けてくれれば、それで十分だった。
なのに勝手に捨てられたと思い込んで、他人の優しさに逃げてしまったのは優希の弱さだ。
無駄に明日美を傷つけることになってしまった。
「嫌になるな……」
あまりにも情けなさすぎる。
禄朗に依存しすぎていた自分にも、受け止めて支え切れなかった幼さにも。
自己嫌悪に膝に顔をうずめた優希に、禄朗は囁いた。
「一緒にアメリカへ行かないか?」
「えっ?」
聞き間違えかと思って振り返って問いかけると、禄朗の真摯な視線とぶつかった。
本気な時の目だ。
「アメリカ?一緒に、って、本気で……?」
「そう」
あの時ほしかった言葉を今、言うのか。
ほかの女性と結婚して普通と呼ばれる穏やかな日々を送っている今。
行きたい、と思う。
禄朗と一緒に、今度こそ行けるのなら何を捨ててもいい。
「日本に帰ってきたわけじゃないんだ?」
「今は一時帰国なんだよな。実はこれから個展を開けるかもしれないってなって……どうしても優希に会いたくなった。おれの写真にはおまえが必要なんだ」
そっと優希の手を取り、甲に唇を落とした。
映画の中の王子が求愛するかのように、優しく。
「昔は怖くて一緒に行こうって言えなかったけど……今なら言える。お前を連れてくよ」
「……連れて、行ってくれんの?」
「お前が望むなら」
ぎゅうっと厚くてたくましい胸の中に閉じ込められた。
当てた耳からどくんどくんと禄朗の命の音が聞こえてくる。
彼の緊張が伝わってくるようだった。
「……そうだね」
この先二度と離れないでいられるのなら、どこまででもついていこう。
明日美との生活がモノクロになって遠く離れていく。
優希は瞳を閉じると全身を禄朗に預けた。
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