碧天のアドヴァーサ

人として生きるのか、兵器として生きるのか。
ヨルムンガンド
ヨルムンガンド

結果

公開日時: 2020年9月16日(水) 21:14
文字数:3,014

 「この子は、1度狙った獲物は逃しませんよ、覚悟して下さいっ!」


 そう言いながら、クシルスは今度こそ本気で攻めた。一切の手加減はしない。


 ようやく、ルクを一人の「敵」として、認識したようだ。もう彼女の中では、只の新入りでは無い。


 「避けるのは無理か…」


 ルクは、もう一度鋼鉄化メタライズを発動させようとしていたが、

 

 「無駄です!」


 先程とは違い、点ではなく面による制圧。当然腕だけでは防ぎきれるはずが無い。


 だが、


 「誰が、全身に鋼鉄化できないって言いました?」


 「まさかっ」


 「身体改造|鋼鉄化《メタライズ》」


 今度は、全身が硬化していくルク。そこに、無数の水の刃が確かなる殺意を持って迫る。


 、、、衝突。


 甲高い音と共に、火花が散る。


 「鋼鉄化しても、凄い威力ですね……」


 「これでも、斬れない……!」


 激しい衝突が繰り返される。衝突の度に火花が出ては、無数の水刃と反応し消えていく。


 彼女は、少なくとも傷ぐらいはつくと踏んでいた。しかし、予想外の硬さに驚きを隠せない。


 まともに打ち合ったりなどしたら、刀の方が持たなくなる。世辞抜きで、そう思った。




 「でも、防御だけでは埒が開きませんよ」


 「それもそうですね」


 (この子、まだ何か隠してる……….?)


 そんな事を思いつつも、クシルスは猛撃を続ける。攻めの手を止めず、ルクに反撃を許さない作戦を取った。


 「あなたの硬化術も、長くは持たないはずですよ!そろそろマナ切れが起こるはずです」


 クシルスは、ルクの硬化術を土魔導《ソイラス》だと読んでいた。最悪、読みが違っていても魔導であることに変わりはない。そう思っていた。


 

 なのに、



「あー、やっぱりそう思いますよね……でも、僕《《マナを一切持ってない》》んですよ」


 「え、」


 馬鹿な。そんなはずは無い。だって、いくら才能の無い人間だって少しはマナがある。魔導は使えないにしてもだ。


 だけど、この少年は一切無いと言った。


 「とか、思ってるんでしょうね。じゃあ、ヒントです。根本的な所が違ったら?そう、もっと言うなら、《《僕が人間じゃなかったら?》》」


 「えっ」


 つい、驚きのあまり剣を一瞬とはいえ、止めてしまった。当たり前だが、彼がその隙を逃してはくれなかったようだ。


 「ここ、がら空きですよ」


 恐ろしい速さで迫る拳。しかも鋼鉄化している。まさに弾丸といってもいい。死を覚悟し、目を瞑ってしまった。


 何の為の戦いかを、その時クシルスは忘れていた。





 だが、いつまでたってもその一撃は来なかった。





 目をゆっくり開けると、目の前には少し残念そうなルクがいた。


 「……僕がそう簡単に女性を殴るとでも?もしそう思われていたなら、少し心外です」

 

 「いや、ええっと、はい……殴ると思ってました」


 クシルスは、バツの悪そうな顔をした。ルクは、その様子にため息をつきながら、


 「やっぱり……あのですね、師匠以外の女性は殴らないようにしてるんですよ」



 「へ、へぇー……」


 「一応、これでも僕は男です。少しは信用して下さい」


 「わ、分かりました…」


「それで?試験の結果はどうなんですか?」


 「勿論合格です」


 もう片方の試験の方に目を向けると、どうやらあちらも終了していたようだった。





______________________





 「それでは改めて、試験の結果をお伝えします____合格です」


 「やったぁ!」


 「良かったです」


 クリネとルクは安堵する。特にクリネは、試合自体には負けていたので心配だった。


 ルクだけ受かりました、というのでは先輩として示しがつかない。対して、ルクはまぁ当たり前だろといった感じの顔をしていた。


 「お二人共、今回の依頼遂行に足る実力をお持ちのようですね。……但し、油断は禁物ですよ。私も、従軍時代に才能のある同期が、慢心が故に命を落としたのを沢山見てきました」


 「はい、分かりました」

 

 「肝に銘じておきます」


 「あ、あと言い忘れていたのですが」


 「「?」」


 「依頼対象の護衛は、この二人より手強いですよ?」


 クリネの表情は一瞬にして、凍りついた。あの二人より強い?一体どのくらいの強さなのか、想像もつかない。


 「それは、そうでしょう。だって、あの『戦神』が護衛というのですからね」

 

 「へえ戦神が、ってええええっ!?せ、せ、戦神ってあの40年前に起きた魔導大戦で、万人斬りを達成した?」


 「そうですね」


 「ほっほっほ」

  

 ルクは首肯し、ガランドはいかにも好々爺めいた表情で笑う。


 「じゃあ、無理じゃないですかー!やっぱり暗殺なんて物騒なこと辞めましょうよー」


 「安心なさってください、というのは可笑しいですが、今その護衛は、体調があまり優れません。ですので、今は休暇中なのですよ」


 「大丈夫なんですか?護衛が休暇って」


 クリネが、心配に思って問う。事を起こすのはこちら側だと言うのに、彼女はすっかり失念しているようだ。


 「まあ、少し心配ですが大丈夫でしょう」


 「そんなんでいいんですか、護衛って…」


クリネが呆れていると、 庭園と屋敷をつなぐ階段を降りる音が聞こえる。


「何やら騒がしいと思えば、客人か?」


 厳しい顔つきに、良く手入れされた髭。鋭い眼光はまるで獲物を狩る鷹のようだった。


 服装は、上質な毛で作られているであろう、黒のタキシード。左腕に光る銀の時計も、彼の裕福さを雄弁に語っていた。


 「これはこれは…失礼致しました。もうお帰りになられていたのですか、《《ご主人様》》」


 「「お帰りなさいませ、ご主人様」」


 「え、ご主人様ってまさか」


 「お初にお目にかかります、《《イルサミ卿》》。ルク=シュゼンベルクと申します。以後お見知りおきを」


 庭園に来た者の正体は、今回の標的《ターゲット》だった。




______________________




 「そうかそうか、貴殿が私の愛娘を守ってくれたのか」


 「守ったというのは、些か過大評価にございます。私は、魔物を狩ることが生業なので、当然のことをしたまでです」


 クリネは、彼の腰の低さと礼儀の正しさに目を見張った。


 どこかの田舎で育っていたと勝手に思っていたのだが、意外と名家出身なのかもしれない。


 でも初めて出会った時、彼は空から落ちて来たのだろうか。彼は一体何者なのだろうか……?


 「して、そちらの女性はどなたかな?」

 

 「あ、わ、私はクリネ=システィナベルと申します。ルクの付き添いとして今回は伺いました」


考え事をしていたこともあり、随分と辿々しい挨拶になってしまった。これでは、ルクの方が先輩に見えてしまうだろう。


 「ほう、あのシスティナベル家のご令嬢だったか。ご両親をうしなわれたと聞いているが」


 「まあ、はい…」


 「これは済まないことをした。私としたことが不躾な発言だったようだ」


 「いえ!お気になさらないで下さい…過ぎたことなので…」


 場に気まずい雰囲気が漂う。クリネからすれば、もう年月が経ったとはいえ、そう簡単に悲しみを乗り越えられるはずもない。


 「すみませんが、こちらへ伺った理由を話しても?」


 「そうだな。私も気になっていたのだ」


 ルクが気を利かせて、話題を変えてくれた。そのおかげで、場は幾許か和らいだように思えた。


 区長からすれば、ルクとクリネが訪ねてきた理由は、分かりかねるであろう。クリネ達側が訪ねてきている以上、自分の娘の件ではないのは明らかだ。


 だが暗殺しに来ました、などと素直に話すことは勿論出来ないだろうとクリネは、考えていた。


 「今回は、あなたの暗殺に参りました」


 「え?」


 「ほう?」


 ルクの口から飛び出したのは、あろうことか依頼内容を素直に告げるものだった。

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