碧天のアドヴァーサ

人として生きるのか、兵器として生きるのか。
ヨルムンガンド
ヨルムンガンド

昇格

公開日時: 2020年9月16日(水) 21:16
文字数:4,387

  「……どっちも立ってる……?」


 信じられるだろうか。あの光の奔流を受けてすら、倒れてないのか。


 「正気じゃない…」


 「?」


 何もかもを知っている上で、驚いている口調だった。戦神ガランドが、立っている理由を知っているようだった。


 「あの瞬間、あなたはエルトからの電撃を受けつつ、レイピアを地面へ刺した………そう、《《アースの役割を果たすために》》」


 「アース?」


 「漏電などを防ぐために、大地へ回路を繋ぐことです」


 別名、接地。


 洗濯機などは水を扱うので、漏電の危険性がある。そのためアースがあると、電気が電気抵抗のある地面へと流れ、感電を防げる。


 「そんなの、むちゃくちゃじゃないですか。だって、電気がガランドさんに流れてることに、変わりはないのですから」


 




「そこは、意志力の問題ですね」


 と、先程まで口を閉ざしていた本人が語り出した。いつしか、戦闘モードの口調も解除されている。


 服は、持ち主のようにはいかなかったのだろう。あちこちが焦げ付き、破れ、気品さなどは霧散していた。


 「確かに、意識が飛びそうにはなりましたよ。さすが、ルク様。考えることがいやはや恐ろしい」


 「光栄です」


 (それを意志とかなんだかで、耐え切った貴方の方が怖いですよ!)


 クリネは、心の底からそう感じた。


 「それより、ルク様もクリネ様も素晴らしい活躍でしたね。まぁ、《《あくまで上級ハンターの端くれとして》》ですがね」


 「……」


 

 これには、閉口せざるを得なかった。チラリと横を見ると、ルクも考え込んでいる様子だった。


 ゴタゴタしたが、依頼は達成したのだ。後は、このままあの壮年ギルマスの元へ、報告にいけば良い。


 戦闘によりボロボロの状態だったが、いち早く依頼達成をしたかった。その為、クリネは直ぐに出発することを提案した。






______________________







ギルドへの道中にて。







 相も変わらず、豪邸ばかりが立ち並ぶ通りをクリネはルクと共に歩いていた。


 「えへへー、これでようやくなれましたね!上級ハンター!」


 「そうですね、これでようやくクリネさんに追いつけましたね」


 そう言って、微笑むルク。しかしクリネはその表情を見て、素直に喜ぶことが出来ずにいた。


 (追いついた……か……)


 彼女は、先程の戦いを反芻はんすうしていた。ガランドが言うには、クリネの太刀筋は愚か、魔導も使えないと判断されてしまった。



 これでは役ただずもいいとこではないか。



 (これでも、魔導の方はかなりの自信あったのにな……)



 「どうかしましたか、クリネさん」


 「いや、さっきのガランドさんとの手合わせの事なんですけど、私役立たずだったなって」


 「まだ、そんなこと言ってるんですか」

 

 ルクは、どうやら少し怒っているようだ。何故、彼は怒っているのだろう。別に、事実を言っただけなのに。


 「あの人、ああ見えてクリネさんのこと褒めてたんですよ?」


 「えっ?」


 何を言ってるのか、と聞き返したくなった。だって、あんなにガランドは馬鹿にしていたじゃないか。



 《《戦場じゃ使えないと》》。


 


「戦神が語り掛けるのは、ある程度実力を持った者だけと言われているそうです。それに見合わない弱者は、見向きもせず切り捨てられると専らの噂ですよ」


 「__」


 「言い方には棘がありますけど、きっとあの人なりに鼓舞したのでしょう。もっと強くならないと死ぬぞって」


 「っ!」


 


 ___駄目ですよ。敵の前で一度出した技をまた出すなど。さらに、この魔導は練度が低すぎます。大戦の魔導鎧だとしたら、傷一つつかない。



 ___《《こんな様でよくハンターになろうと思いましたね》》。《《貴女は彼のお荷物でしかない》》。《《確かに上級ハンターになれるほどの力はある》》。《《だけど、その中では最底辺だ》》。




 改めて思い出してみると、ガランドのキツイ言葉の中にも、確かに優しさがあった。クリネの成長を願い、彼女に足りないものを的確に教えてくれた。


 当時は、敗北による劣等感で素直に受け止められなかった。


 しかし、今になってみると彼の「心遣い」を感じることが出来た気がした。




 「ま、まぁ……僕もあの時は、感情的になってしまったんですけどね。後から考え直したんですよ」


 「そうだったんですか……」


 あの時は、正直とても嬉しかった。


 出会ってから数日しか経っていないのに、ルクは自分のことを少なからず思ってくれていたんだ。




 ___黙れッッ!!クリネさんを罵った罪をここで償わせてやる!


 ___それが、あなたのせいだとしても?

 

 ___分かってる!自分が未熟だから、自分が弱いから!こんなことになってしまった。だから!だからこそ、ここで負けていい理由にはならないんだ!

 



 しかも、それを自分で全て背負って。勝てないと思い込んでいた敵に、一人で向かっていった。




 ___……弱くてもいいんですか?……先輩面していいんですか?


 ___そんなの訊かないでくださいよ。当たり前です。




 「まさか、泣かしてしまうとは思わなかったですけど」


 「うう……」


 あの時は、泣いて泣いて泣いて、スッキリした。


 でも、今思い出すと敵の前でおめおめと泣き、味方を混乱させているやつだ。恥ずかしいを超えて、愚かしいと言えるだろう。


 「だけど、こんなに僕のために泣いてくれるのは、師匠ぐらいでした。ずっと、遠い地で過ごしていたので人との関わりが、無かったんですよ」


 そう、少し弱気に語るルク。


 今まで見せたことの無い、弱さが隠しきれていない表情だった。そんな顔を見せるほど、信用されているということなのかもしれないが。


 「ルクさん」


 「はい?」


 「また今度、小さい頃のことをお話してくれませんか?覚えている範囲でいいんです」


 「そうですね…善処しますよ。その代わり、クリネさんの昔話も聞かせてくださいね」


 (故郷アルカナのことを、話せる人が出来るとは思わなかったな……師匠からは、大切な人だけに打ち明けるよう、言われてきたけど……)


 ルクが、いつの間にかクリネを大切な人だと思っていたことを、自覚した瞬間でもあった。


 「ホントですか!やった!」


 無邪気な子どものように喜ぶクリネ。


 クリネにしてみれば、彼との距離が近づいたのが改めて嬉しかった。


 ルクはそんなクリネに釣られて、再度笑みを浮かべるのであった。



 ______________________




 二人は、スサム区中枢にあるハンターズギルドへ戻ってきた。


 「おおっ!キタキタ!待っていたぞ、二人とも!」


 「……アルフレッドさん、自らお出迎えなんて」


 中に入った途端だった。


 目の前に急に大きな壁が現れ何事かと思ったら、そこに居たのはスサム区|狩猟組合長《ギルドマスター》、アルフレッド=ロクラタイナだった。


 「当たり前ですよ。期待の|新人《ルーキー》が、上級ハンターになったんですから!」


 「おお!こいつが、噂のやつか」


 「なかなか、いい面してんじゃん」


 「こりゃ、大成するな?」


 「酒が進むぜぇ!!」


 「おいおい、俺が最初にあの新人のことに目をつけたんだぞ?忘れんなよ!俺は信じてたぞー、新人!」


 ギルド内にいた他のハンターも、ルク達二人のことを祝福していた。


 「ささっ、完了手続は応接間で行いますよ」


 二人は、大きな喧噪の中を通りながら、奥にある応接間へと向かった。


 

 

 ドアを閉めると、急に静かになる。ドアを閉めると|消音魔導《サイレント》でも発動する仕掛けなのだろうか。


 「よく頑張ったな」


 まず、初めに厳しい口から飛び出したのは、労いの言葉だった。やはり、こちらが素の方らしい。この応接間を去る時に、見せたあの表情をしていた。


 「ぎ、ギルドマスターってそんな顔もされるんですね」


 クリネは、見るのは初めてだったようだ。驚くのも無理はない。彼は今まで何に対しても、敬語で接していた。


ルクだって、あの一瞬しか「素の」アルフレッドを見ていない。


 「いやな、あの|エルフ《うるさいやつ》に言われた迄よ。あまり、威圧感を与えないようになと」


 「エルフってあのもしかして|副長《サブマスター》のことですか?」


「そうだ」


 すると、


 「お呼びですか?」


 「うおっ!」


 ぬっと、一人の女性が出てくる。しかも、扉を一切使わずにだ。


 長く尖ったエルフ特有の耳に、美しいブロンドの髪、翡翠色の目。どこをとっても正真正銘のエルフだった。


 「この部屋に、私のことを悪く言った|痴れ者《バカヤロウ》がいるみたいなのですよ、ね?ギルドマスター?」


 「ひぃぃ!」


 アルフレッドは歴戦の猛者と聞くが、その人すら恐怖させるとは一体何者なのだろうか。


 「あらあら、私としたことが忘れていましたわ。お初にお目にかかります。スサム区ギルド|副長《サブマスター》、ナシエノ=リートと申します。以後お見知りおきを」


 「「はい!」」


 思わずして、元気の良い返事を返した。ルクも、クリネと同時に返事をしたようだった。





______________________


 




 軽く世間話をした後、本題へと話は移った。




 「ルクさんは、今回上級ハンターの昇格おめでとうございます」


 「はい」

 

 毅然とした態度で、受け答えをするルク。そこには、既に上級ハンターとしての風格のようなものが感じられた。


 「こちらをお受け取り下さい」


 どこからともなく、ナシエノはカード状のものを取り出した。


 「これは?」


 「上級ハンターの証明書です」


 「おぉ……」


 ルクは、感嘆の声を隠しきれていなかった。


 クリネもその初心うぶな彼の姿を見て、過去の自分と重ね合わせた。

 

 ルクが手渡されていたのは、身分証明書のようなものだった。


 顔写真や、生年月日などの個人情報がズラリと乗っていた。相違点は、「貴殿を上級ハンターとして承認する。      |総長《グランドマスター》ルベルト=ベルセム」 の一文だろう。


 「ありがとございます」


 「心からの祝福を送ります。本当におめでとう」


 ナシエノは、ギルマスを踏みつけながら、にこやかに答える。


 「ぐおっ、本当におめでとう、ぐはっ」


 アルフレッドも、折檻に耐えながら言葉を絞り出す。


 「これで、やっとクリネさんと一緒にクエストに行けますね」


 「はい!」


 クリネは今度こそ、心の底から笑みを浮かべることが出来た。


 今まで心に抱えていた不安など、消し飛んでしまった。


 「私の顔に、何かついてますか?」


 「えっ、いや」


 ルクが、じっとこちらを見つめてくる。不思議に思って尋ねると、少し焦ったような表情になる。


 「なんか、顔が赤いですよ?」


 「そ、そうですか?」


 クリネはルクが珍しくキョドっているのを見て、不躾ながら吹き出してしまう。


 いつもの彼からは、想像もつかない姿だったからだ。



 「ほぉー青春してるなぁ、若い頃は私m、ぐほおおぉっ!」


 「えっ、ええっ!?」


 「余計なこと言わないでくださいね、|ギルマス《ジジィ》?」


 「す、すみません許してくだしゃい」


 あの威厳は、どこに行ったのだろうか。まるで、母親に怒られている小さな子どもだ。


 





 ___兎にも角にも、無事晴れてルクは上級ハンターとなった。





 新たなる冒険が始まろうとしていた。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート