碧天のアドヴァーサ

人として生きるのか、兵器として生きるのか。
ヨルムンガンド
ヨルムンガンド

実力

公開日時: 2020年9月16日(水) 21:13
文字数:4,267

 「『慈愛』と『殲滅』ってまさか……!」


 「二人とも狩猟者番付ハンターナンバリング二桁には必ずいると言われる超実力派ハンター、平たくいえばベテランってことですね」


 「ルクさん、だいぶ落ち着かれていますけど、私達この人達と戦うんですよ?」

 

 そんな二人を見て、彼女らは微笑する。


 「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」


 「《《少し》》見させていただくだけなので」

 

 「絶対少しじゃない……」


 「クリネ様、何か?」


 「いえ、全く何も!」


 下手なことを言って、貴重な指名依頼を無駄にする訳にもいかない、そう思ったクリネは失言を誤魔化した。

 

 二人はその後、ベルルカの個室から老執事ガランドに、屋敷中央の広場に案内された。


 広場も個室から同様、豪奢な作りになっていた。美しい花々が咲き誇り、噴水の流れている景色は大変壮観だった。


 




 その為、広場中央に設けられた空きスペースは、とても異様だった。荘厳な空間に、ぽつりと空虚な空間が空いている。


「この広場の中心を戦場とし、二対二で試合をして頂きます。制限時間、無制限。決着は、寸止めと致します」


 ガランドは、淡々と対戦内容を告げる。内容に、理不尽なところは無い。但しそれは、相手との実力が拮抗している場合だ。


 狩猟者番付ハンターズナンバリングは、ギルドが毎年ハンター達の功績を鑑みて、決められている。


 上位千名までが決められるのだが、まず普通の人間では載ることが出来ない。


 何らかの方法で人間を卒業することが、最低条件と言われている。

 

 つまり、目の前にいるのは人では無い。


 だが、戦闘をするためだけの兵器という訳でもないのが、ハンターというものだ。


 如何に先の手を読むかや、刻一刻と変化する戦況への対応力の高さなども、強さの条件の一つだ。ナンバリング内に、非戦闘員がいることが何よりの証拠だろう。







 「では、両者獲物を」

 

 ガランドの掛け声で、それぞれは獲物を持つ。


 女侍二人は無論刀を、クリネは、肩に背負った大剣を。


 そう、大剣なのである。常に使い慣れている|細剣《レイピア》では無い。普段は、予備として|収納袋《ボックス》にデータ化されしまわれている大剣を。


 これには、とある理由があった。


 (あの二人は、基本的に手数の多い攻めが特徴……つまり、スピード勝負を挑むのは無謀か。それなら、いっそのこと、この《《特性のあるこの大剣》》にしてしまえば、いけるかもしれない……)


 上位者というのは、その戦闘スタイルなどが一般に熟知されている。参考にしたり、今後の対戦などで生かすためだ。


 ある程度の期間ギルドに所属し、情報網が確立されている彼女だからこそ出来た芸当であった。


それでも、 使い慣れた得物レイピアを使わないという選択は、クリネにとって簡単に出来ることではなかった。


 そして、ルクは____


 「徒手空拳で行きます」


 「え?」


 「本気ですか?」


 ベテランハンターである二人も、ルクの不可解な行動には驚きを隠せなかった。刀に対して拳で挑むなど、無謀もいいとこだ。


 ましてや、相手は剣術の達人。勝算など微塵も感じられない。だが、ルクはいつも通り装備を変えようとはしなかった。






 ______________________






 「それでは、初めっ!」


 勇ましい老紳士の掛け声が、戦いの幕開けを告げた。


 先に仕掛けた来たのはルクとかいう少年だった。


 クシルスの鳩尾へ、鋭い一撃を喰らわそうとする。


 無論、クシルスも驚くこともなく冷静に剣の柄で一撃を防ぐ。


 「っ!?」


 しかし、予想を遥かに超えた衝撃。慌ててまともに受けようとしていたのを、いなす方向へシフトする。


 (重すぎる!この少年の体躯からは、考えられない程の威力だわ……)


 それでもどうにかしていなすことに成功し、反対にルクはたたらを踏む。


 「はああああああっ!」


 その隙をクシルスは逃すことなく、手首を捻りガラ空きの首に刀を滑り込ませる。


 だが、ルクは超人的な勘で、後ろからの猛撃を屈んで避ける。


 その後、屈んだ姿勢で回し蹴りを放つ。


 しかしそれは、クシルスに跳んで避けられる。彼女は再度仕掛けるために、刀を構え直す。


 ルクも一度後方へ跳び、状況は元に戻った。


 「はあっ!」


 今度は、クシルスの攻める番だった。クシルスは、先程とは違い気合いを入れて攻撃を仕掛ける。


 一瞬隙があるようにしか見えない、大上段。


 だが、そんなものはクシルス自身が許さなかった。ルクが好機だと思って飛び込んできたところを、返り討ちにするつもりだった。


 ルクが防御の姿勢をとったので、クシルスは袈裟斬りを敢行する。


 振り下ろされる美しくきらめめく刀に対し、ルクは素手で受けようとする。


 (っ、この子本気!?私のこの『氷剣イスオーリ』は、|鞘《さや》も含めてオリハルコン製なのよ!?)


 クシルスの予想は、|杞憂《きゆう》に終わるどころか斜め上の方向へと事態は進んだ。


 「身体改造『|鋼鉄化《メタライズ》』」

 

 ルクの静かな声とともに、この世界の理は歪められた。


 ルクの腕のありとあらゆる細胞が、脳から出される|特殊因子《とくしゅいんし》により硬化していく!!


 まだ熱い鉄を叩いたかのような甲高い音と共に、クシルスの氷剣は弾かれた。


 「なっ!?」


 そう、弾いたのだ。この世界に置いて最硬とされている物質、、、オリハルコンを。


 地下深くで途方も無い年月を掛け、徐々に魔素を取り込み出来た、元はただの鉱石。


 特に氷剣イスオーリはその中でも、上質なオリハルコンを厳選し、鍛造されている。


 「あなたは、一体………?」


 「ただのしがないハンターですよ」


 |剣戟《けんげき》は続く。


 2人が交差する度に、イスオーリから悲鳴が上がり火花が飛ぶ。


 「はあっっっ!!」


 「ぐっ」


 不味いな、とクシルスは純粋に感じた。これは、圧倒的に差がある敵に感じるそれだった。

 

 「っ」


 猛撃は、更に続いていく。剣戟が続いていくにつれ、攻撃の速度と重さが増してきている。


 これでは、ジリ貧だ。


 クシルスの額には、いつしか汗が浮かび、彼女の焦りを象徴していた。


 彼女の脳裏には、戦闘前には絶対に選ばなかった筈の方法が、浮かぶ。


 (ぐっ、このままじゃ押され切ってしまう!『あれ』を使うしかないの…………?)




 ______________________


 


 彼女と対峙してみて、改めて彼女の恐ろしさがわ分かった。


緋色の髪が特徴的なレイカは、二つ名『殲滅』として業界では知られている。


 由来は、彼女の徹底した戦闘スタイルからだ。


 彼女の使用する|焔魔導《フランマ》は対象全てを焼き尽くす。 そのあまりの温度に、灰すら残らないともっぱらの噂だ。


 「そんなに緊張しなくても、焔魔導は使わないわよ、うふふ」


 「そ、そうですか。あ、あはは……」


 やばい、思考が読まれている。対峙しただけでだ。


 つまり、戦闘中にも次の手が読まれる可能性があるということだ。もう存在している次元が違う。


 「あら?攻めないのならこちらから行かせてもらうわよ」


 そう言うやいなや、 レイカの体は消える。


 「!?」


 視認できない。それでも、本能で背中に背負っていた大剣エルトを、盾代わりに掲げる。


 衝突。


 轟音、そんな言葉では表しきれない程の空気の振動が発生する。


 質のいいオリハルコン製の大剣が、女性の一撃で軋んだ音を立てている。


 周りの空気が物が、ありとあらゆる全てが、衝撃波によって揺らぐ。

  

 (手が、痺れる……)

 

日々の鍛錬は、怠っていないつもりだったが、やはり受けきれていなかった。


 対するレイカの方は、攻撃を受け止めたクリネに驚きつつも、まだまだ余裕な表情だった。


 「なかなかやるわね。では、これならどうかしら?」


 来る。そう思ったときにはもう手遅れだった。


 (また消えた……?)


背筋に悪寒。


本能的に大剣を振り向きざまに振るう。再度、衝撃が走る。やっとのことで、目が追いつくとそこにはレイカの姿があった。


 「これも、防ぐのね……あなた、なかなかやるわね」


 (今の動きは、一体?)

 

 と、クリネが不思議がっていると


 「あ、今の?あれは、ただ貴女の上を跳び越えただけよ」


 また心を読んだかのような返答をするレイカ。何より恐ろしいのは、あの人間離れした身体能力だろう。


 あれは、反則級だ。だが、ここで引くわけにはいかない。先輩として、一人のハンターとして。


 「あら、もう終わりかしら?」

 

 「いや、まだです。まだここじゃ負けられません!」


 「ふーん、いい|瞳《め》をしているわね」


 「今度は、こっちから行きますよ!」


 エルトを一旦持ち直し、上段の構えを取る。一度大きく息を吸い、突撃を実行する。


 二人の距離が詰まる。クリネは剣を振り上げ、素早く振り下ろそうとする。


 だがそれはレイカに見切られ、剣の射程外に逃げられてしまった。


 (ここまでは、予想通りっ。後は!)


 「『覇光!』」


 クリネの声に応じるかのように、エルトはその刀身を光り輝かせる。クリネが勢いよく振り下ろす!そして、ほとばしる閃光。


 剣から波状の光撃が放たれる。その一撃は、光速で飛翔し、レイカへと迫る。完全に不意を着いた一撃。避けられる筈が無い。



 なのに、



 超人的な身体能力により、レイカの被害は髪が数本切られただけだった。



 (嘘……あれだけの速さの一撃を避けるの?)


 不味い。今の自分は隙だらけだ。でも、体が動かない。やられる。


 「合格よ」


 「え?いや、だって」


 「私に一撃とはいえ、攻撃を当てたのよ?もう少し自信を持ってくれてもいいのだけど」


 「……」


 確かに、彼女の言う通りだ。対戦前、あんなに高く評価していたベテランハンターに、攻撃できたのだ。


 |万々歳《ばんばんざい》と言うべきなのかもしれない。


 だが、


 「やっぱり、満足出来ないかしら?」


 「はい…」


 相手は自分の得意技を封じて、勝負している。対して自分は、|光魔導《シャイニング》を使ってようやく一撃だ。


 本当の戦闘だったら、直ぐに死んでいるだろう。


 その様子に、レイカは微笑みながら言葉を掛けた。


 「その心掛けは、いいことよ。クリネといったかしら?来なさい、この高みへ。そしたら、また勝負しましょう」

 

 「はい!」


 まだまだ足りないことだらけで、課題も山積みだけど。いつか、この人のようなハンターになる。クリネは、そう心に誓ったのであった。




______________________



 「貴女、まだお得意の|水魔導《スプラッシュ》使ってないですよね?」


 「そう言われてしまったら、仕方がありませんね。では、お見せしましょう。『水刃』っ!」


 氷剣イスオーリは、その刀身に変化が起こった。刀身が揺らいだかと思うと、まるで生きているかのようにうねり出したのだ。


 「この子は、一度狙った獲物は逃しませんよ、覚悟して下さいっ!」

 

 そう言って、クシルスは音速もかくや、といったスピードでルクに迫った____


 


 

 


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