Lose,Loser,Losest

〜暗黒社会の不適合者達〜
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【5】メアリー

公開日時: 2020年9月2日(水) 16:00
文字数:3,315

「……とまぁこんな風に、ボクのスマホに入っているAI『メアリー』は、クラッキングが大得意なのさ。だから監視カメラもディープフェイクやらなんやらで───」

「待て、ちょっと待て! お前今何やったよ!? 」

「何って……『メアリー』に指示出しただけだけど? 」

「お前じゃねえよ! ……ッア゛ァ゛もうッ! 『メアリー』が何やったのかってことだよ面倒くせェ! 」


 イライラしながら俺は聞いたが、別に何をやったのか理解出来ないから聞いたわけでは無かった。


 目の前でを見せられて、理解出来ないわけが無いだろう。


 まずもって、「スカイツリーの色を変える」という行為。この時点で、気が滅入るような規模のクラッキングに、並のクラッカーでは歯が立たない。


 そして、それを分からせる尋常ではない反応速度レスポンスの速さ。しかも音声認識で、だ。この時の為に事前にコーディングしてるとは思えないし、多分彼女はその場で書いたのを、ファイヤウォールなぞ意にも介さず即時にコンピュータにぶち込んでる。


 さっき俺は「並のクラッカーでは歯が立たない」と言ったが、少し語弊がある。昨今のクラッカーはサポート用に自作のAIを侍らせているらしいから、恐らく時間をかければ案外スカイツリーを赤くすることなんて簡単なのかもしれない。


 だが、『コーディング』『ファイヤウォール突破』『クラッキング実行』。この三つの手順を、しかもAIに任せっきりに出来るクラッカーなぞ、俺は聞いたことも無い。


 ……コイツらはヤバいなんてものじゃない。

 


「───おーい! 聞いてるー!? 」


 俺が目の前の男とAIに愕然としていると、下から声が聞こえた。


「お、サヤちゃん帰って来たっぽいよ」

「あ……」


 鵐目の正体について詰問するか、サヤを拾い上げるために真相解明を後回しにするか。

 俺は優先すべき事をどちらにするか、決めかねた。


「心配せずとも、後でサヤちゃんも含めてちゃんと話すからさ。ホラ、行ってきなよ」

「……絶対だからな。絶対」


 俺は念を押して、屋上から『飛び降りた』。

 この力を使うのも結構慣れてきたな。


「さて、忘れ物とか無い? 」

「無いよー」

「分かった。じゃ、行くよ」


 俺は所謂お姫様抱っこの感じでサヤを抱え上げた。


 そういえば、屋上からサヤを降ろす時もお姫様抱っこだったが、サヤは何も言わなかったな。今も何も言わず、なすがままに抱えられている。


 小学生の時、ふざけてクラスの小さい女子を抱き上げたら、めちゃくちゃ怒られた思い出がある(それ以降、俺の人生で女子とのコミュニケーションは格段に減った)。


 だから今まで世の女子はお姫様抱っこが嫌い、と考えていたのだが、どうも全員がそうだというわけでは無いらしい。

 このやり方は持ち上げやすいので、結構助かる。


「あ、そうだ。さっき凄いの見たんだよ。スカイツリーがいきなり赤くなったの! 凄くない? 」


 屋上へ『昇り』ながら、サヤはそう言った。

 俺はどうにもおかしくて、少し笑ってしまった。


「ああ、俺も見たよ。凄かった。凄かったな、本当に……」


 タネを知ったら、きっとビックリするだろうな……。






「えぇー!? うっそだぁー!? 」


 スカイツリー赤化事件の真相を聞いたサヤは、案の定おったまげていた。


「マジよマジ。もっかいやろうか? 」

「やめろ。マジで目立つから本当にやめろ」


 冗談冗談、と鵐目は笑っていたが、コイツのエキセントリックな性格からして、あまり冗談には聞こえなかった。


「さて……。これからどうするかねぇ」

「そういえばお腹減ったし、眠いし、疲れたし……」

「近くに駆け込めるビジネスホテルとか無いか? 鵐目」

「えぇー、キミかサヤちゃんが探せよ」

「スマホ置いてきたんだよ、逆探ギャクタンされたくないから」

「私も同じく」


 最近のペアレンタルコントロールは親側からGPSを発信出来るようにしてたり、結構エグい機能が搭載されてるからな。


「わーめっちゃ後顧の憂い絶つじゃんキミ達……。分かった、いい感じの探しとくから、お金の準備しといて」

「あいよ」「はーい」


 俺とサヤは返事して、各々財布を取り出した。


「サヤは結構上物の財布使ってるな」


 サヤの財布は白の……なんかブリリアント的な、長財布だ。基本財布の見た目なんて気にしないので、雑な表現になってしまった。

 高そう。


「キミが安っぽいんだと思うよ? 」


 対して俺の財布は青いペリペリのやつ。八百円くらいで買ってもらった気がする。

 コンパクトで便利だ。


「まあ十年くらい使ってるしな」

「物持ち良いね……」

「それ程でも。……さて、俺の所持金は九万弱ってとこだけど、サヤは? 」

「……三万……。ごめんね、少なくて……」

「大丈夫、うまいこと鵐目の負担増やすから」

「聞こえてるよー? 」


 俺は鵐目を無視してサヤと話を続ける。


「でも家出するのに三万は確かに少ないな。貯金箱にお金忘れて来たとか? 」

「いや、全財産です……。ウチの親厳しくてさ……」

「ああ、なるほど……大変だね」

「無視しないでー? 」

「うるせえぞさっきから。ホテル見つかったのか? 」

「なんかボクの扱い酷くない? 一応ココから五分くらいで三人泊まれるとこ見つけたけど」

「お、有能だな」

「いやぁー、それ程でも……」


 露骨に喜ぶなコイツ。まあ実際有能ではあるが。


「じゃ、行こうか。とりあえず下に降りるぞ」

「オッケー。───あ、そうだ。忘れてた」

「ん? 」


 なんか忘れてたことあったっけ……?


「自己紹介してないじゃん! 」

「あ、ソレお前の正体調べるための方便だから。というか偽名を名乗った癖に自己紹介も何も無いだろ。別に良いけど」

「え!? 鵐目さん偽名なの!? 」


 そういえば話してなかったな。スカイツリー赤化事件の時に話しとけば良かった。


「かくかくしかじか」


 余談だが、「かくかくしかじか」は漢字で書くと「赫赫然然」もしくは「赫々然々」となる。中々にカッコイイから好きだ。


「へぇ〜、小説の登場人物から取ってるんだ……。なんかオシャレだね」

「あ、分かる? 分かっちゃう? 」

「わかるわかる〜」


 オタク特有の面倒臭くなりそうな気配を感じたのか、サヤはめっちゃ雑な相槌を打っていた。中々に勘が鋭いようで。


「ま、今は作品語りしないけどね。早くホテル行きたいし。というわけでサヤちゃんから行ってみようか! 」

「え、私から!? 」


 俺からじゃないのか。てっきり最初に来るものかと思ったが。


「チョイスは気分です」

「えぇ〜……。どうしようかな、サヤって本名なんだけど、変えないと不味いかな……」

「一番不味いのは本名って明言したことだけどね」


 ここで敢えて明言せずに曖昧にすれば良かったのに。まあ多分嘘が苦手なんだな。かわいいじゃないか。


 ……というかホントにかわいいな、サヤ。黒髪のショートボブとタレ目が、困ってる様子も相まってすごく良い。イジりたい。胸もCくらいある。埼玉じゃこのレベルの美少女は見なかったな……。


「……ねね」

「ん? どうした? 」


 サヤが耳元で囁いてきた。こそばゆい。あと声が良い。


「なんかうまいこと偽名ってことにしたいんだけど」


 ……閃いた。


「取り敢えず『サヤ』の漢字は伏せて、名字は……そうだな……ごにょごにょ」

「……なるほどなるほど。オッケー了解! 」


 密談が終わると、サヤは自信マンマン、というか過剰に自己紹介した。


「私の名前は座間宇サマソラサヤ! 十六歳! 好きな食べ物はレバーで、コーヒーの銘柄はマンデリンがマスト! よろしくね! 」

「よろしく」


 俺は拍手しながらそう言った。サヤは大きなため息をつきながら座り込んだ。自己紹介って結構疲れるもんな。


「ねぇサヤちゃん。座間宇って確か───」

「『偽狼の牙』のヒロインの名前だ。それ以上でもそれ以下でもない。そうだな鵐目? 」


 俺は鵐目の声を遮った。

 ところで、嘘というのは真実を混ぜ込むと信ぴょう性が増すそうな。今の話には全くもって関係無いが。


「……あのいんら」「それ以上言ったら殺す」

「……座間宇ちゃんマジヒロインだよね! 」

「ああ! そうだな! 」

「……? 」


 危なかった……。危うく俺の計画が崩れるところだった……。


(キミって中々度し難い性癖してるね)

(お前も大概だろ)


「……さて、最後は俺か。まあ鵐目、座間宇と来れば……」


 俺は一呼吸置いて、言った。


「俺の名前は見鹿島ミカジマ ハバキだ」

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