「……とまぁこんな風に、ボクのスマホに入っているAI『メアリー』は、クラッキングが大得意なのさ。だから監視カメラもディープフェイクやらなんやらで───」
「待て、ちょっと待て! お前今何やったよ!? 」
「何って……『メアリー』に指示出しただけだけど? 」
「お前じゃねえよ! ……ッア゛ァ゛もうッ! 『メアリー』が何やったのかってことだよ面倒くせェ! 」
イライラしながら俺は聞いたが、別に何をやったのか理解出来ないから聞いたわけでは無かった。
目の前であんなのを見せられて、理解出来ないわけが無いだろう。
まずもって、「スカイツリーの色を変える」という行為。この時点で、気が滅入るような規模のクラッキングに、並のクラッカーでは歯が立たない。
そして、それを分からせる尋常ではない反応速度の速さ。しかも音声認識で、だ。この時の為に事前にコーディングしてるとは思えないし、多分彼女はその場で書いたのを、ファイヤウォールなぞ意にも介さず即時にコンピュータにぶち込んでる。
さっき俺は「並のクラッカーでは歯が立たない」と言ったが、少し語弊がある。昨今のクラッカーはサポート用に自作のAIを侍らせているらしいから、恐らく時間をかければ案外スカイツリーを赤くすることなんて簡単なのかもしれない。
だが、『コーディング』『ファイヤウォール突破』『クラッキング実行』。この三つの手順を数秒で、しかもAIに任せっきりに出来るクラッカーなぞ、俺は聞いたことも無い。
……コイツらはヤバいなんてものじゃない。
イカれてる。
「───おーい! 聞いてるー!? 」
俺が目の前の男とAIに愕然としていると、下から声が聞こえた。
「お、サヤちゃん帰って来たっぽいよ」
「あ……」
鵐目の正体について詰問するか、サヤを拾い上げるために真相解明を後回しにするか。
俺は優先すべき事をどちらにするか、決めかねた。
「心配せずとも、後でサヤちゃんも含めてちゃんと話すからさ。ホラ、行ってきなよ」
「……絶対だからな。絶対」
俺は念を押して、屋上から『飛び降りた』。
この力を使うのも結構慣れてきたな。
「さて、忘れ物とか無い? 」
「無いよー」
「分かった。じゃ、行くよ」
俺は所謂お姫様抱っこの感じでサヤを抱え上げた。
そういえば、屋上からサヤを降ろす時もお姫様抱っこだったが、サヤは何も言わなかったな。今も何も言わず、なすがままに抱えられている。
小学生の時、ふざけてクラスの小さい女子を抱き上げたら、めちゃくちゃ怒られた思い出がある(それ以降、俺の人生で女子とのコミュニケーションは格段に減った)。
だから今まで世の女子はお姫様抱っこが嫌い、と考えていたのだが、どうも全員がそうだというわけでは無いらしい。
このやり方は持ち上げやすいので、結構助かる。
「あ、そうだ。さっき凄いの見たんだよ。スカイツリーがいきなり赤くなったの! 凄くない? 」
屋上へ『昇り』ながら、サヤはそう言った。
俺はどうにもおかしくて、少し笑ってしまった。
「ああ、俺も見たよ。凄かった。凄かったな、本当に……」
タネを知ったら、きっとビックリするだろうな……。
「えぇー!? うっそだぁー!? 」
スカイツリー赤化事件の真相を聞いたサヤは、案の定おったまげていた。
「マジよマジ。もっかいやろうか? 」
「やめろ。マジで目立つから本当にやめろ」
冗談冗談、と鵐目は笑っていたが、コイツのエキセントリックな性格からして、あまり冗談には聞こえなかった。
「さて……。これからどうするかねぇ」
「そういえばお腹減ったし、眠いし、疲れたし……」
「近くに駆け込めるビジネスホテルとか無いか? 鵐目」
「えぇー、キミかサヤちゃんが探せよ」
「スマホ置いてきたんだよ、逆探されたくないから」
「私も同じく」
最近のペアレンタルコントロールは親側からGPSを発信出来るようにしてたり、結構エグい機能が搭載されてるからな。
「わーめっちゃ後顧の憂い絶つじゃんキミ達……。分かった、いい感じの探しとくから、お金の準備しといて」
「あいよ」「はーい」
俺とサヤは返事して、各々財布を取り出した。
「サヤは結構上物の財布使ってるな」
サヤの財布は白の……なんかブリリアント的な、長財布だ。基本財布の見た目なんて気にしないので、雑な表現になってしまった。
高そう。
「キミが安っぽいんだと思うよ? 」
対して俺の財布は青いペリペリのやつ。八百円くらいで買ってもらった気がする。
コンパクトで便利だ。
「まあ十年くらい使ってるしな」
「物持ち良いね……」
「それ程でも。……さて、俺の所持金は九万弱ってとこだけど、サヤは? 」
「……三万……。ごめんね、少なくて……」
「大丈夫、うまいこと鵐目の負担増やすから」
「聞こえてるよー? 」
俺は鵐目を無視してサヤと話を続ける。
「でも家出するのに三万は確かに少ないな。貯金箱にお金忘れて来たとか? 」
「いや、全財産です……。ウチの親厳しくてさ……」
「ああ、なるほど……大変だね」
「無視しないでー? 」
「うるせえぞさっきから。ホテル見つかったのか? 」
「なんかボクの扱い酷くない? 一応ココから五分くらいで三人泊まれるとこ見つけたけど」
「お、有能だな」
「いやぁー、それ程でも……」
露骨に喜ぶなコイツ。まあ実際有能ではあるが。
「じゃ、行こうか。とりあえず下に降りるぞ」
「オッケー。───あ、そうだ。忘れてた」
「ん? 」
なんか忘れてたことあったっけ……?
「自己紹介してないじゃん! 」
「あ、ソレお前の正体調べるための方便だから。というか偽名を名乗った癖に自己紹介も何も無いだろ。別に良いけど」
「え!? 鵐目さん偽名なの!? 」
そういえば話してなかったな。スカイツリー赤化事件の時に話しとけば良かった。
「かくかくしかじか」
余談だが、「かくかくしかじか」は漢字で書くと「赫赫然然」もしくは「赫々然々」となる。中々にカッコイイから好きだ。
「へぇ〜、小説の登場人物から取ってるんだ……。なんかオシャレだね」
「あ、分かる? 分かっちゃう? 」
「わかるわかる〜」
オタク特有の面倒臭くなりそうな気配を感じたのか、サヤはめっちゃ雑な相槌を打っていた。中々に勘が鋭いようで。
「ま、今は作品語りしないけどね。早くホテル行きたいし。というわけでサヤちゃんから行ってみようか! 」
「え、私から!? 」
俺からじゃないのか。てっきり最初に来るものかと思ったが。
「チョイスは気分です」
「えぇ〜……。どうしようかな、サヤって本名なんだけど、変えないと不味いかな……」
「一番不味いのは本名って明言したことだけどね」
ここで敢えて明言せずに曖昧にすれば良かったのに。まあ多分嘘が苦手なんだな。かわいいじゃないか。
……というかホントにかわいいな、サヤ。黒髪のショートボブとタレ目が、困ってる様子も相まってすごく良い。イジりたい。胸もCくらいある。埼玉じゃこのレベルの美少女は見なかったな……。
「……ねね」
「ん? どうした? 」
サヤが耳元で囁いてきた。こそばゆい。あと声が良い。
「なんかうまいこと偽名ってことにしたいんだけど」
……閃いた。
「取り敢えず『サヤ』の漢字は伏せて、名字は……そうだな……ごにょごにょ」
「……なるほどなるほど。オッケー了解! 」
密談が終わると、サヤは自信マンマン、というか過剰に自己紹介した。
「私の名前は座間宇サヤ! 十六歳! 好きな食べ物はレバーで、コーヒーの銘柄はマンデリンがマスト! よろしくね! 」
「よろしく」
俺は拍手しながらそう言った。サヤは大きなため息をつきながら座り込んだ。自己紹介って結構疲れるもんな。
「ねぇサヤちゃん。座間宇って確か───」
「『偽狼の牙』のヒロインの名前だ。それ以上でもそれ以下でもない。そうだな鵐目? 」
俺は鵐目の声を遮った。
ところで、嘘というのは真実を混ぜ込むと信ぴょう性が増すそうな。今の話には全くもって関係無いが。
「……あのいんら」「それ以上言ったら殺す」
「……座間宇ちゃんマジヒロインだよね! 」
「ああ! そうだな! 」
「……? 」
危なかった……。危うく俺の計画が崩れるところだった……。
(キミって中々度し難い性癖してるね)
(お前も大概だろ)
「……さて、最後は俺か。まあ鵐目、座間宇と来れば……」
俺は一呼吸置いて、言った。
「俺の名前は見鹿島 鎺だ」
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