「『エニウェア・コロッセオ』……」
Anywhere、か。
地下闘技場というか、大乱闘裏社会オールスターズ的な感じだろうか。
「ああ。名前の通り、参加した選手は東京都内のどこかで、同じ参加者の誰かとバトルする。何をしてもいいし、何を使ってもいい。面白ければな。で、相手を再起不能にしたら勝ち。勝てば運営から金が貰える」
ざっくりとした説明だが、詳しいことは後々聞こう。それよりも、もっと大事なことを聞かねば。
「貰える金額は? 」
「知らね。まあ人気になればウン百万とか貰えるし、新人でもいい感じにやれば結構貰えるぜ」
ウン百万……!
「……中々、興味が湧いてきた」
「ボクも気になるねぇ。ところで、ナミケンくんは何処でソレを知ったんだい? もしかして、意外と理系男子? 」
鵐目がオリーブオイルをかけながら聞く。
……コイツ、本当に食べるために調味料をかけているのか? 調味料をかけるために調味料をかけているんじゃないのか?
「知り合いの情報屋に聞いたんスよ。ハバキの噂についても」
鵐目の質問に容易く答えるナミケン。
俺の噂……『半グレ狩り』のヤツか。
「あ、俺の能力対策出来てたのって……」
「おう。初めて聞いた時は与太話かと思ったけど、ガサキが『万全な対策をしろ』ってうるさくてな。で、三人で相談して、本番でなんとかお前を引きずり下ろしたってわけだ」
「なるほどね……良い勘してるよ、ガサキさん」
「いやぁ……」
照れるガサキを横目に、ナミケンは俺に言う。
「試合は、登録したその日から運営が勝手にマッチングしやがるから、選手登録の前に色々準備しよう。体づくりとか、リングネームとか、仮面とか」
「仮面? 顔を隠してどうすんだ? 」
俺は質問した。
「運営のマッチング基準が、『選手が部外者の少ない場所に居て、すぐに戦える状態であること』だからさ。まあ簡単に言うと、一人で外に出た瞬間に街中のカメラからライブ中継されて、否が応でも戦わされるってことよ」
「なるほど。だから顔を隠して運営にバレないようにすると」
俺がそう言うと、ナミケンは人差し指を立てて、左右に振る。
「惜しいな。ホントの使い方は、登録する時に上げる顔写真で使う。素顔のところを仮面にするわけだな。すると向こうは、仮面を被ったオレ達しか知らないわけだから、普通に外に出ても気づかれない。でも仮面を被った途端に試合が組まれる。そういうオンとオフを分けるための装備だ」
「ふーん……なんかアレだな、AIが運営してるみてぇ」
「オレもそう思ったけど、よく考えたら『東京中のカメラをハッキングして、選手を監視したり中継したりするAI』なんて日本に存在するわけねぇよな、ってなった。だから多分人間じゃね? 」
「あー……そうだね」
俺は煮え切らない返事をして、鵐目を見る。鵐目はようやくカルボナーラを食べ始めたところだった。
「……『メアリー』は関係無いよ」
……あ、そう。
「ま、とにかくそういうことだ。賞金の分け前だが、新しいアパートの頭金と家賃数ヶ月分さえ貯まれば、後はお前に全部やる。どうだ? 乗る気は無いか? 」
俺はフォークを置いて、少しニヤケながら言った。
「いいね、乗った」
そののち、数日。
「よォし、今日も特訓だ! 」
「おー」
俺とナミケンが居るのはとある公園。今は平日の昼なので、人はほとんど居ない。まあそういう時間帯を狙っているんだが。
コイツの話に乗った日から、特訓が始まることになった。曰く、「能力に頼っているだけではその内酷い目に遭う」らしい。
……能力だけでも、コイツに勝てるくらいには強いんだけどな、俺。
まあ一応コイツアスリートだし。多分、なんか、そういう感じなんだろう。知らんけど。
「で、今日はなにすんだ? 」
「走って筋トレして走る! 」
「またか……」
そりゃ、基礎は大事だけどさ……。めっちゃ疲れるんだよな……。
「オラ、行くぞ! 」
「はいよ……」
まあ、やるけど……。
毎日毎日、走って筋トレして走って走って筋トレしてを繰り返し、更に数日。
「ゼェ……結構……体力……ゼェ……ついてきたんじゃねーの……? 」
「フゥ……そんな……気がする……フゥ……」
芝生に寝っ転がりながら、息も絶え絶えに会話する。
確かに、以前より体力と筋力が増した気がする。というか、四日目にして一日目の三倍くらいの量のトレーニングこなしてるし、めちゃくちゃ成長してるぞ俺。
「お前……めちゃくちゃ成長したよな……いやホント気持ち悪いくらい」
「ああ……俺ってこんな潜在能力あったんだな……」
「潜在能力じゃ説明つかねーよ、この伸びは……」
ナミケンはそう言って、起き上がる。
「正直に言うとさ……俺の狙いは、お前にトレーニングを習慣づけることだった」
「何でだ? 」
「強ェから」
……分かるような、分からないような。
「お前は強い。変な超能力持ってるし、それを使いこなすだけのアタマもある。でも強さってのは、相手を如何に速くぶちのめすかっていうのだけじゃ無いんだ」
「あー……精神の強さ的な? 」
「ソレもある。けどな、お前にとって一番大切なのは、『誰かを守る』ってことじゃねえのか?」
「……アレ、お前にその話したっけ? 」
「その話って? 」
「俺が超能力に目覚めたの、サヤを守りたいからなんだよ」
「あーやっぱ? お前、アイツにだけ対応違うからな。分かりやすいのなんの……」
「……うっせ」
ナミケンはハハハ、と笑って流す。
「まあ、何だ……誰かを守るために立ち向かう時ゃ、一番必要なのは勇気だし、ソレを支えるのは日々のトレーニングから来る自信ってことだよ」
そういうナミケンは、何だかすごく先輩に見えた。
何の先輩なのかは分からないが、とにかく『先輩』だった。
「……そんなことよりオレが聞きたいのは、お前の成長速度だよ! オレでもこんな速さで筋肉付かねーぞ!? 」
ナミケンが、数日前よりも確実に太くなった俺の二の腕を叩きながら言う。
「分かんねぇ……でも、中学の頃はこんなに成長しなかったから、多分超能力が関係してんじゃねぇかな……」
ほとんど憶測だが、俺はそう言った。
正直、俺も驚いている。というか、ビビってる。
超能力に目覚めたあの日から、俺の身体は何かが変化している気がする。具体的なことを聞かれると困るが、とにかく何かが変わっているのだ。
筋肉の付き方だってそうだ。普通、筋肉が付けば付くほど必要な運動量が増える。しかし、俺の場合は運動量が変わらずとも、筋肉がどんどん付いていく。
普通の増え方を『反比例的』としたら、俺の増え方は『比例的』だ。
運動すればするほど、筋肉が付く。
「あーぁ! 便利だなァ、ホント! 超能力! オレも欲しい! 」
ナミケンはそう叫んで、勢いよく寝転んだ。
更に更に数日。
場所を公園から高架線下に変えて、俺達は組手を始めていた。
「オラァッ! 」「キエエ!!!!!! 」
俺のパンチをかわし、ナミケンが上段蹴りを放つ。俺は上体を反らして最小限の動きで回避し、その反動で頭突きをする。
「いってぇッ!? だから練習でそういうのやめろっつったろ!? 」
「ごめん……条件反射だ」
「またソレか! ……はァ、一旦休憩にすっぞ」
ナミケンはそう言って座り込む。俺も、その場で胡座をかいた。
俺達はしばらく呆けていた。
時々、ものすごい音を響かせながら電車が通り過ぎた。だが慣れてきたのか、そのうち振動が心地よくなって眠くなってきた。
「……そういえば、コードネーム決めてなかったな」
ナミケンが、沈黙を破って話しかける。
「俺はもう決めてるけどな」
「マジで? どんなのにしたんだ? 」
「日本の神の名前を借りた。性質も相まって、結構良いネーミングだと思ってる」
「ほう……で、その名前は?」
「戦う前に教えるよ」
俺はそう言ってはぐらかす。
別に今教えても問題は無いが、個人的にはもうちょっとカッコイイ感じに教えたい。
例えば、「爆炎吹き荒ぶ中敵の亡骸を掴み上げ、握り潰しながら」とか。
「ちぇ……」
ナミケンはそう言ってそっぽを向いた。
「お前はもう決まったのか? 」
「いや……。なんというか、『猪突猛進』をいい感じにしたのにしたいんだが、上手い言葉が見つからねぇって感じだ」
「へぇー、『ブルファング』とかどうよ? 」
俺はその場で思いついたものを適当に言った。
言った後で気づいたが、結構カッコイイんじゃなかろうか、コレ。
しかし、ナミケンは、
「もっと野性味が少ないのが良い」
と、首を横に振った。
いい名前だと思ったんだがなぁ……。
「そうしたら……こういうのはどうだ? 」
俺は少々熟考し、その末に出た名前を教える。
『猪突猛進』からは少し離れるかもしれないが、名前の響きと映画での活躍を鑑みれば、これ以上は無いだろう。
「……ああ、ああ! 良いなソレ! ソレにしよ! 」
どうやら、気に入ってくれたようだった。
こうして、俺とナミケンの特訓の日々は終わった。
期間は六日と異常に短かったが、そもそもこの特訓はナミケンが言ったように、俺にトレーニングを習慣づけるためのものだ。
その点で言えば、成功したと言えよう。
俺達は、更に数日を仮面の調達や服の準備に費やして、いよいよ『エニウェア・コロッセオ』に挑む。
これからはもっと過激に、暴力的に面白くなるだろう。正直言って、待ちきれない。
さあ、楽しもうや……。
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