Lose,Loser,Losest

〜暗黒社会の不適合者達〜
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【4】全てが赤になる

公開日時: 2020年9月2日(水) 16:00
文字数:3,533

「うわぁ!! うわぁコイツマジだ!! マジで飛びやがった!! マジで飛んでやがる!! もう訳わかんねェよ今日!! 」「流石にこんなの高所恐怖症じゃなくても怖いよ!! 絶対落とさないでね!? 絶対だからね!? 」


 ギャーギャーと喚き散らす二人を後目しりめに、俺は継続的に力を加えて、上昇速度とGのバランスを考慮しつつ、どんどん高度を上げる。確か、大体6Gくらいが訓練を積んでいない人間が耐えられる限界らしい。

 とは言っても、Gの計算の仕方知らないけど。


「なぁ、お前───あ、そうだ。ここらで自己紹介しないか? 」

「今じゃなきゃダメかソレ!? 」

「いや、『お前』だとやっぱ呼びづらい時あるなぁ〜、って」

「ワーッだよ!! 分かったから高度上げてる時は前向いてろ!! 」


 ……戦場じゃないんだから、障害物にぶつかるとは到底思えないんだがなぁ。






 五分後。


 いい感じに高度を上げることが出来たので、俺達は巡航飛行のように空中をゆっくりと移動していた。

 サヤと男もようやっと慣れてきたようで、今ではそこいらの空中散歩番組じゃ足元にも及ばないような夜景を堪能している。


「すっごい綺麗だなぁ……。脇に抱えられてるから荷物みたいな気分だけど……」

「ごめんね……。人二人抱えるの、このやり方が一番楽だから……」


 そんなことを喋りつつ、俺も下を観てみる。


 ……確かに、良い景色だ。本当に。

 街灯や車のヘッドライト、多種多様なホログラムが、真昼のような明るさで東京の街を照らしている。しかし、なんといっても素晴らしいのが、この光景が如何なる障害物にも遮られずダイレクトに体感出来る、ということだ。

 普通の人間では、間にモニタの液晶だったり板ガラスだったりを挟まなければならないところを、俺達は全て無視して独占出来る。これはとても良いな……。


 あ、でもスカイダイビングすれば同じか。


 まあ、そんなことよりだ。


「さて、そろそろ空の旅にも慣れてきたことだし、ここいらで自己紹介といこうや」

「あぁ、そういやそんなこと言ってたねキミ……。うーん……じゃ、ボクからで良い? 」

「いいぞ」


 俺がそう言うと、男は咳払いをして話し始める。


「ボクの名前は鵐目シトドメ 椒林ショウリン。天才だけど、訳あって命を狙われているね。結構ギリギリの命だね。歳は二十三。よろしくね! 」


 ……おう。


 なんというか、エキセントリック。


「二三、質問いいか? 」

「いいよー 」


 俺は脇に抱えている自称天才に質問することにした。というか、ここからが本命だ。


「なんで追われてるんだ? 」

「おっと、イキナリ本命の質問とは。ドアに足を挟む方法知らないのかい? キミ」

「『』相手なら言わずとも察してくれるかなぁ、と」

「『答えないと落とす』、ってか? 怖いねぇ全く。まあ良いさ。教えてやるよ」


 そう言うと男……いや、鵐目はポケットからスマホを取り出した。そして、電源のついていない真っ黒な画面をコチラに向けて、こう言った。


「駆け落ち」


 ……。


 …………?


「……すまん、全く意味が分からん……。その『駆け落ち』って言葉には、俺の知らない、例えば何かの詩集で使われた時の文脈から派生した意味とか、なんかそういうのがあったりするのか?」

「いや、言葉通りさ。愛し合う男と女が、無理矢理一緒になる為に逃げ出したのさ」

「……なに? お前機械性愛者メカノフィリア?」

「まあ半分正解みたいなもんかな」


 ……スマホ依存が悪化したとか?

 ダメだ、検討もつかない。というか情報が少なすぎて検討出来るかこんなの……。


「……おふざけも程々に、そろそろ俺にも分かるよう説明してくれ」

「え〜良いジャ〜ン」

「お前の所業次第では俺とサヤの対応も変えなきゃならん。人命がかかってるんだ、頼むよ……」

「そこまで頼まれちゃあ、しょうがないなぁ〜? 」


 そういうと鵐目は二ヘラ、と笑った。

 唇が薄いので、黒い糸を顔に貼り付けてるみたいだ。ハイライトの無い目も相まって、結構怖い。

 気持ち悪い寄りの怖いだ。


「でもなぁ〜、自分の恋をなぁ〜、人に話すのはなぁ〜……。ちょぉ〜っとばかし恥ずかしい! っていうかなぁ〜」

「調子こいてると落とすぞ」

「ァィスイヤセン」


 漫才やりたくて連れて来た訳じゃねえんだぞ、全く……。


 ……あ、そういえば。


「さっきから喋ってないけど、大丈夫か? サヤ」

「あ〜、うん……」

「本当に大丈夫? 元気無いけど」


 一体どうしたのだろうか。

 飛び続けて酔ったのか、それともただ疲れただけなのか。顔色は悪くないし、乗り物酔い───いや、飛行酔いか? ───では無さそうだ。それなら何だろうか。さっきからやたら身じろぎするけど。

 俺が原因を考えていると、サヤがおずおずと口を開いた。


「お手洗い……」


 あぁ……。なるほど、通りで。


「マジか、どうしようかな……。とりあえず着地出来る場所探さんと……」


 俺はさっきまで見蕩れていた夜景の中に、降下地点ランディング・スポットが無いか探し始める。人目につかない、例えば寂れた公園だったり林だったりあれば良かったのだが、如何せんここは東京。日本で最も都市化が進んでいるこの街では、人の目若しくは監視カメラの目を避けられる場所など、見つからなかった。


「何処も彼処も人人人……。なんか裏山とかねえのかよ……? 」

「いっそのこと撒き散らせば? 」

「バカ言ってないでお前も探せバカ」

「あーお前バカって言ったな!?しかも2回! 折角良いとこ教えてやろうとしたのに」

「あんの!? 何処よ!? 」

「訂正したら教えちゃる」


 コイツ……さっきから人の神経逆撫でする事ばっか言いおって……。


「あの、もう私結構ヤバいんですけど? 鵐目さん? 」

「女の子が漏れそうなの我慢するのって興奮しません? 」

「えっキモ」


 ……流石に、明日のトップニュースが「空から謎の小便」だったら不味いよな。色々と。


「分かったよ訂正する! 訂正するから場所教えろ! 」

「最初からそう言えば良いのダヨ、全く」


 やけに楽しそうにそう言うと、鵐目は一つの古いビルを指し示した。


「アソコに降りて、路地裏をちょっと行けば公園があるから、ソコの公衆トイレを使いたまえ」

「ちょっと待て。あのビル廃墟でも無さそうだし、階段降りる時に人に見つかったらどうすんだよ? 公園までの道中にある監視カメラも回避出来るのか? 」

「屋上から降ろすのはキミがやれよ。今みたいに」


 あ、そっか。

 普通に屋上から直接『飛び降り』出来るのか、俺。


「監視カメラはボクの方で何とかするからさ。ま、任せときなよ」


 鵐目はスマホを見せながら、そう言った。






「よっと」


 俺はビルの屋上に着くと、一旦鵐目を置いてからサヤを抱えてまた『飛んだ』。


「おう……結構危ないなコレ」


 路地裏は人一人分の幅しか無く、その狭い隙間をサヤを抱えて降りていくのは、さながらイライラ棒のようだ。


「ほい、着地。道順覚えてる? 」

「左行って右行って左! 」

「オーケー、じゃあ終わったらまたココ集合で」

「分かったじゃあね! 」


 サヤは結構な速さで走り去っていった。

 俺はそれを見届けると、鵐目と話す為にまた『飛んで』屋上に戻る。


「いやー、ホント便利だねぇ。ソレ」

「そうだな……本当に」


 鵐目は手すりに寄りかかり、もはや絶滅危惧種の紙タバコを吸っていた。俺は鵐目の隣に座る。彼が持っている箱から推測するに、銘柄はアメスピらしい。


 ……めっちゃ疲れた……。


「なあ、鵐目」

「なんだい? 」

「お前のその名前、偽名だろ? 」

「そうだけど、それが? 」


 黒い紙タバコを吸いながら、鵐目は事も無げに言った。


「元ネタ知ってるんだよね、俺」

「あ、もしかしてキミも『偽狼ぎろうの牙』のファン? 面白いよねアレ! 『三十年代最高のエンタメ』って言われるだけあるよね」


 そういう鵐目は、子供のように笑っていた。


 子供のよう。


 …… 『偽狼の牙』に出てくる『剣聖、鵐目 椒林』は、主人公の親友で、剣術師匠だ。彼はその天才性と引き換えに、四十二という実年齢に対して精神年齢が十一と著しく低い。近隣住民から気色悪がられていた彼だが、同じである主人公にシンパシーを感じ、彼の親友として、剣の師として主人公と接していく……というキャラだ。


 俺の隣に居る鵐目は、そのことを知っている。

 ならば、彼は……。


「なあ、鵐目」

「なんだい? 」

「お前は一体どうやって監視カメラを避けられているんだ? しかもサヤにまで同じ効果を付与している。どんな魔法を使ったんだ? 」

「愛の魔法さ」


 鵐目はにべもなく答えた。


 ……もう突っ込まんぞ。疲れたんだ……。


「……まぁ、種明かしすると、が裏で工作してくれてたんだ。こんな風にね」


 鵐目はそう言うと、手に持っていたスマホを掲げる。

 そして、ある女性の名前を呼んだ。


「『メアリー』。スカイツリーを赤くして」

『YES,SIR』


 ……瞬間、俺は自分の目を疑った。


 今までライトアップすらされていなかったスカイツリーが……。


 ……朱に、染まった。

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