「さァこォいッ! 」
「フゥゥゥ……」
俺は一つ深呼吸し、右手にまだくっ付いているクロスボウの矢を握りしめ、『真正面から突撃する』。
「予備動作無しかッ!? 」
そう、俺の能力は自分と触れた物体に力を加えることが出来る(俺の知る限りでは。自分でも限界が分からない)。だから、素早く相手の懐に入る為の『踏み込み』なんてものは必要無い。
初っ端から最高速だ。
「オラァッ! 」
間髪入れずに右手の矢で『殴りつける』。
相手は既の所で鉄パイプを使いガードしたが、本命はそちらでは無い。
「ダァラッ! 」
右手を振り抜き、そのまま『空中で前回転してかかと落とし』。
正面をガードしていた所に上段からの、しかも物理法則を無視した攻撃だ。当然、相手の脳天を捉え、イカレ野郎の顔面を地面に叩きつけた。
「……フゥ。どうした、さっきまでの威勢は? コレで終わりか? 」
「……痛ッ、なわけねェだろ。今度はこっちの番だぜ……ッ! 」
イカレ野郎は一瞬で呼吸を整えると、次の瞬間には俺に向けて全速力で鉄パイプを向けてきた。
「キョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!! 」
相変わらず殺意より狂気を感じる叫びだ。恐ろしい。が、俺はお行儀良くアイツの攻撃を受けてやるほど優しくない。
「遅せェよッ! 」
俺はボディブローを打つ姿勢をとり、そのままの体勢で『アイツの目の前に高速移動』。剣道で言うところの、所謂『後の先』というヤツだ。
後は簡単。高速移動しながらボディブローを叩き込───。
「ッ! 」
「アガッ!? 」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。額に強烈な打撃をもらい、視界が揺れる。脳も揺れる。ゲロ吐きそうなのを我慢して、アイツを見つめる。
「……今のは、ちょっとお前を舐めすぎたな」
「……え? あ、ああもう、めっちゃ舐めてたなテメェ! 達人に二度も同じ手が通用するかってんだよォ! ハハハ……」
嘘だ。
コイツ明らかに自分が何したのか分かってない。
というか、今の打撃と高速移動のコンボは、反射神経の限界伝達速度である0.2秒を下回るようにしたはずだ。俺の速度の勘が正しければ。
だから予想しないと頭突きなんて当たらないはずなんだが……あの様子だとそういうわけでも無いらしい。
じゃあ、もしかして今の頭突きは無意識……つまり、当て勘だけで当てたのか?
もしそうなら……いや、本当に偶然という可能性もあるか。
確かめてみるか。
「どうした? 向かって来ないのか? 」
「速さじゃ勝てねェからな。迎え撃った方が───」
アイツが言い終わる前に、俺は低めの姿勢で『突撃する』。そこからアッパーカット……と見せかけて『大ジャンプ』、『高速で着地』して裏に回り、裏拳を叩き込───。
「……何故分かった」
俺の攻撃が当たる前に、コイツは鉄パイプを逆手に持って突いてきた。俺は間一髪のところで鉄パイプを掴み、ダメージを免れる。
「分かんねェ。意識する前に身体が動いちまうからな」
間違いない。
コイツは……近接戦闘の天才だ。
「お前すごいな……天才か? 」
「へへっ。それ程でもある───オワッ!? 」
コイツが照れている隙に、鉄パイプを持った手を瞬時に順手に変え、そのまま勢いをつけて『真横にぶっ飛ばす』。
しかし、アイツは難無く受け身をとった。
「褒められるとつい油断しちまう……オレの悪いクセだ」
「……卑怯だとか、言わないんだな」
「アァ? 喧嘩に卑怯もクソもあるかよ? 使える手ェ使わないでヤり合う方がむしろ、卑怯ってもんだぜ。……アレ、卑怯はちょっと違うか……」
「へぇ……。さっき剣道三段って言ってたから、てっきりスポーツマンシップにうるさいものかと」
俺はそう言いながら斜めに立って、ポケットに手を入れ、気づかれないように財布を開く。
「元だ、元。今はタダの不良だ。喧嘩好きのな」
「俺も……まあ喧嘩は好きでも無いけど、日夜半グレをカツアゲしてる不良だね」
財布から小銭を数枚抜き取り、手の中に隠す。
「……さてと、休憩はこんくらいで満足か? 」
「ああ、満足だ。そろそろ再開、する? 」
俺がそう言うと、彼はまた構えをとった。
「そういえば名前聞いてなかったな。オレは波原 憲一。テメェは? 」
「見鹿島 鎺。よろしく」
「アァ……よろしくなァッ! 」
波原はそういうと、二度目の突撃を敢行した。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!! 」
俺は焦らずに、左手にある数枚の小銭を『投げつける』。
しかし彼は鉄パイプで全て弾く。そのまま鉄パイプを振りかざし、鬼のような形相で振り下ろした。
「キエエエ!!!!!! 」
俺は『高速移動』で紙一重に避ける。
だが彼の猛攻は止むこと無く、縦一文字から突き、切り上げ、袈裟斬り、横一文字と、まるで雨のように、流れるように鉄パイプを振ってくる。
「キエ!!!!!! キエ!!!!!! キエエエエエエエアアアア!!!!!! 」
ソレを連続して『高速移動』で避けていくが、幾つかは避け切れず、シャツの袖を少し破いてしまった。
「……ッ! 」
彼が横一文字から回転しつつの切り上げに派生したのを確認した俺は、落ち着いてソレを避け、彼が姿勢を直そうとする僅かな隙を、サマーソルトキックで『蹴り上げる』。
「グフェッ! 」
流石の彼でもガードが間に合わず、蹴りが胸に当たって三メートルほど打ち上がる。
しかし驚くべきことに、彼は空中で姿勢を変え、鉄パイプを構えながら落ちてきた。位置エネルギーを味方につけたその攻撃は、受け切れない。
しかし、決着はここでつける。
俺は絶対に攻撃に当たらないよう、全神経を集中して鉄パイプを注視しながら、最後の攻撃の構えをとる。
さあ……来るぞ。
来る。
来る。
……来るッ!
「キィエエエエエ!!!!!! 」「ヴラ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ! 」
「……あ〜あ、負けちまった……」
「いや……俺が反則みたいな動きをしている中で、良くやったよ」
勝負の結果は、俺の勝ちだった。
波原の渾身の一撃をギリギリで避け、俺の『空中で何回転もして放った回し蹴り』が、彼の横っ腹に直撃した。
十メートルくらい吹き飛び転がったと思うが、彼は気を失うこと無く、こうして元気である。すごい。
「二人とも……お疲れ様……コレ……」
「あ、どうも」
ホスト然とした男が、水の入ったペットボトルを手渡してくれた。俺はソレを使って、トリモチを剥がす。
「コイツはホストの女ヶ崎 俊雄。アダ名は『ガサキ』。お前に矢を射ったヤツだ。最年長だがヘタレだ」
「……ごめんね……? 」
「ああ、いえいえ……」
つい丁寧な対応をしてしまった。というか現職のホストなのか。女性の対応出来るのか? こんなんで。
「お疲れ様なんぬー! 」
黒髪ロングの小さい女の子が走ってきた。服がボロで、手足も細い。なんというか、『家なき子』に出てきそうだ。観たことないけど。
「コイツは『ぬ子』。本名知らないけど、いつもぬんぬん言ってて、ネコ好きだからぬ子って呼んでる。お前に催涙スプレー吹きかけたヤツだ。生意気だ」
「お前が犯人か。アレめちゃくちゃ痛かったんだからな」
「ぬはやれって言われたからやっただけなんぬ。間接正犯でナミケンが悪いんぬ。だからほっぺ引っ張るの止めるんぬ。痛いんぬ」
いけしゃあしゃあと……。
「そういえば、波原達はどういう集まりなんだっけ? 」
俺はぬ子のほっぺを引っ張りながら聞く。
「ナミケンで良いぞ。オレ達ゃマトモに生活する気の無いタダの不良だ。なんやかんやで集まって、今はガサキのアパートに居候してる」
「へえ……」
不良で、天才的な近接戦闘のセンスを持つ奴と、弓矢を使える奴……。
…………。
……コイツら、もしかして使えるのでは?
「唐突だが三人とも、金は欲しくないか? 」
「病気以外なら……何でも貰う……」
「しかも喧嘩出来る」
「……ホォォォ? 」
「ネコも世話出来る」
「ぬあ!? 」
最後は嘘だが、まあぬ子は居なくても問題無いし良いだろう。
「どうだ? 乗る気は無いか? 」
「オレは乗ったぞ見鹿島ァ! 」
「ハバキで良いよ。他の二人は? 」
「ナミケンが……行くなら……」
「ぬのパトロン連れてっても良いんぬか!? 」
パトロン……?
「ぬ子の飼い猫だ。アイツ飼い猫のこと、彼氏と同類に見てんだよ」
ナミケンが囁いて教えてくれた。
「ああ、なるほど……。今はホテルで生活してるから、ネコは後回しで頼む」
「ぬぁん……逆ハー作りたかったのに……」
「……その内作らせてあげるから……」
ぬ子って、もしかして鵐目と別ベクトルでヤバい人間なのでは……?
「今日はもう遅いし、明日の昼二時、向こうの駅で集合しよう。俺の仲間も連れてくる」
「ヨッシャア! 昼二時だからな! 忘れんなよ! 」
「ああ。じゃあな」
俺はそう言って、ホテルに向かって『飛んだ』。
……そういえば、なんで俺が飛ぶことを知ってるのか、聞いてなかったな。
ま、明日でいいや。
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