Lose,Loser,Losest

〜暗黒社会の不適合者達〜
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【2】宵の明星

公開日時: 2020年9月2日(水) 16:00
文字数:3,169

「はァ……。どこ行きやがったんだよ、あンクソ野郎ォ……」


 蛍光灯の冷たい明かりの下で、雨に濡れた顔をハンカチで拭きつつ、俺は独りつ。

 あれから十五分。俺達は路地裏を抜け、住宅地を抜け、今は大きめの立体駐車場にいる。

 追っ手の気配は無い。

 ついでに言うと男の影も無い。

 男の方はともかく、追っ手の気配が無いのは気になるが、それはそれとして、俺達は疲れていた。


 そう、疲れていた。とても。

 凶器を持った人間に追われるという状況シチュエーションに加えて、俺の場合、最近運動不足で体力が落ちていたのもある。今は中学の時にやっていた筋トレ分を消費して、なんとかなっている感じだ。

 彼女の場合は、言わずもがな。俺と出会う前から逃げていたのだ。相当な疲労だろう。


 そういうわけで、俺達二人は車止めに座り込んで長めの休憩をとっていた。追われているのに何を呑気な、と思われても仕方ないが……。


「君……えー、名前なんだっけ」


 黙っているのもアレなので、俺は彼女とコミュニケーションすることにした。まず最初に名前を聞く。


「サヤ」


 彼女は素っ気なく、だが嫌いな人間に対する、あのつっけんどんな感じでも無い返事をした。


 そして、沈黙。

 チカチカと、蛍光灯が音を立てて点滅しているのが分かった。

 暫くその古びた蛍光灯を眺めた後、俺はもう一度会話を始めてみた。


「サヤはもう大丈夫? 」

「うん……だいぶ楽になった。ありがとうね」


 彼女は何故か、俺に対してお礼を言った。

 俺は、


「お礼を言われるようなことはしてないけどね……。アイツの行方は分からないし、追っ手が何故追跡してこなくなったのかも不明だし。現状は何も解決してないんだよなぁ……」


 と、正直に言った。

 何となく、彼女に嘘をつきたくなかった。


「あ〜、うん、まあ確かにそうなんだけど……。それより私はあの時のことが嬉しくて」

「サヤの手を引いて、路地裏に逃げ込んだ時? 」


「うん」と、サヤは頷いた。


「アイツと一緒に走ってる時、結構人とすれ違ったんだけどね、誰も助けてくれなかったんだ。そりゃ、事情を知らない人から見れば、私がアイツの仲間───追われるようなことをしたって思うのも無理はないけどさ……」


 そこで彼女は言葉を切り、大きなため息をつく。


「少しっくらい、心配して欲しかったな……」


 そう言う彼女の目は、少し潤んでいるような気がした。


 俺は……何か言葉をかけるべきだろうか。いや、かけるべきだ。今はそういう空気だ。

 だが何を言えばいい? 哀れみの言葉?慰めの言葉? それとも彼女のトラブルを傍観していた人々に対する怒り?

 いや……どれも違うな。何かズレている。もっと、こう、なんていうか……。


 悩みに悩んだ俺は、ある一つの言葉を閃いた。それは少しキザっぽかったが、そこらの凡百の言葉とは一線を画すがあった。

 俺はそれを言う為、羞恥心を抑え、意を決してサヤに声を掛けた。


「なあ、サ───」

「ウヲァァァァァァァァァ!! 」


 ……掛けようとした。

 迫真の叫び声と共に、俺達の頭上を白い何かが飛び越えていく。そして、ソレはコンクリートの床に激突し、「ホゲッ」なんていう情けない声をあげながら、ゴロゴロと数メートルくらい転がった。

 やがてソレが顔を上げようとするが、そうする前に俺は全力でダッシュしてソレ……いや、の上に乗り、昔観た映画の見よう見まねで腕を捻りあげて拘束した。


「いで、いででで……」

「飛んで火に入る夏の虫。久方ぶりじゃねェの、クソ野郎……」


 そう、飛び込んできたのはあの男───サヤをトラブルに巻き込んだ白いレインコートの男であった。


「やっと捕まえた……お前の為に俺達がどれだけ走り回り、逃げ回ったか……。サヤ、コイツの顔面蹴り飛ばしても良いよ。俺が押さえとくから」

「え、え……良いの……? 」

「待て待て待て待て! 今そんなことしてる場合じゃねェから! 結構激ヤバだからいででで!」


 俺は男の腕を更にキツく捻る。


「そう喚くなや……。追っ手が来てるんだろ? お前がそんだけ慌ててんだから、そういう事ってのは分かるさ 」

「ならさっさと逃げようぜ!?  アイツらマジでヤバいんだって! 危険なんだって! 」

「銃を持ってるからか? 」


 男は勢いよく頷く。あんまりにも勢いが良かったので、軽く顎をぶつけていた。


「確かに、銃は不味いな。俺達が今から死力を尽くして逃げても、きっと背中を狙い撃たれるだろうさ。だからこうして───」


 俺は男の腕を膝で踏みつけつつ、ハンカチを丸めて彼の口に突っ込む。そして素早く膝から両手へ拘束をバトンタッチして、引っ張りあげて男を膝立ちの状態にさせた。


「お前を引き渡し、この鬼ごっこを終わらせる。ほら、早く来いよ。取引の時間だ」


 俺は物陰に隠れているであろう追っ手に声を掛けた。別に、隠れていることに完璧な根拠があったわけではない。精々が「俺だったら近くに隠れて仲間、若しくは本部と相談するだろうな」という程度の勘だ。


 ……しかし、勘は当たったようだった。

 追っ手が柱の影から、車の影から、茂みの影から出現する。皆年齢も服装も髪型も性別もバラバラで、パッと見ではグループとは思えないほどなんの共通点も無かった───いや、一つだけあった。


 全員、敵意とも殺意とも似ているようで似ていない……下衆の目をしていた。


  目の前に集合した追っ手達のうち、一番前に立つ四十代くらいの男、恐らくリーダー格の男がポケットに手を入れようとする。彼が拳銃を取り出そうとしている、と考えた俺は、すかさず手をかざして制し、


「コイツを引き渡す。だから俺と彼女を逃がせ」


 と、簡潔に取引内容を伝えた。出来るだけ早口かつハッキリと。

 リーダー格はポケット入口まで来た手を止め、手下にサッと目配せすると、武器を持っていないことを証明するように軽く手を広げ、酷くしゃがれた声で言った。


「分かった。その男をこちらへ」


 男はもごもごと何か言っているが、ハンカチを噛ませているので何を言っているか分からない。

 まあ、どうせ命乞いかなんかだろう。


「サヤ、先に外に出てて」

「待て。男をこちらに渡してからだ」


 俺がサヤの安全を確保しようとすると、リーダー格は間髪入れずに大きな声でそう言った。

 正直、結構怖かった。


 いや、「ずっと前から怖かった」の方が正しいな。

 でも俺はこうして堂々と、凶器を持った人間相手に取引出来ている。あまつさえ、充足感すら得ている。どうしてだ? 


 ……きっと、守りたい人間が居るからだ。


 思えば俺はずっと孤独だった。家族や友人とは上手く交流出来ていたが、それは俺の表の顔。本当の顔は誰も理解せず、誰にも理解されなかった。

 建前ペルソナに頼り切った、おぞましい人間オレ

 それが気持ち悪くて、俺は全てから逃げ出し、東京くんだりまで来たのだ。


 でも今はどうだ? 俺はこうしてサヤを守る為に、危険を冒して取引している。

 まさか俺にこんな勇気があったとは! 

 ああ、誰かを守るという事のなんと素晴らしきかな! 


 さあ、男の手を掴み、引きずり、いよいよリーダー格の前まで来た。俺はかすかに頬を上気させながら言う。


「さあ、お望みの身柄だ。後は煮るなり焼くなり好きにしなよ」

「ああ……」


 よし! これで俺とサヤの身の安全は保障された!

 俺は喜びの笑みを押し殺し、あくまでクールにその場を立ち去ろうとする。

 さっきよりも男がもごもご言ってるが、知ったことか。

 さあ、コレでトラブルは解決だ! いざ新天地へ!


「ブフッ、伏せろォォォォォォ!! 」


 パンッ。パンパパンッ。


 連続した火薬の破裂音と、幾つもの凄まじく鋭い衝撃が俺の背に当たる。

銃弾が貫通することによる恐ろしい痛みが来ると思ったが、余りにも衝撃が強過ぎるのか、じんわりとした痺れだけであまり『痛みは感じなかった』。


「わっ、ちょ、へぇ……? 」


 俺は条件反射的に、困惑するサヤを自分の下に押し倒した。






Contractus corde meo conservavi.


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