「テメェッ! 」「カタナギさんに何をッ! 」
「黙ってろ、ハァ、黙ってろっつってんだよお前ら……」
怒る舎弟達を、五位───カタナギと呼ばれた男が制する。
「これまで散々闘ってきたが、こんな攻撃は初めてだ……めったクソ痛ぇぞコノヤロウ……」
「あなたがどんな修羅場潜ってきたのかなんて興味無いけど……まあ、今までの敵とは一線を画すことは保証するよ」
「言うじゃねぇか、若ぇの……」
カタナギはそう言うと、ベルトを抜いてズボンを脱ぎ捨てた。
いよいよ覆面レスラーとなったカタナギは、身体を強く叩いて威嚇する。
「オラ来ォいッ! 」
「行かないよ」
俺は即答した。
そりゃあだって、プロレスって相手の技を受けて反撃するものだろう? カタナギは見るからにレスラーだし、俺が迂闊に殴ろうものならあっという間に反撃されるのは必至だし、必死だ。
わざわざ相手の土俵に上がれるほど、俺は強くない。
そういうことなので、俺は飛び道具を作ることにした。
「そらっ」
俺は踵をコンクリートの地面に『叩きつけた』。
「な、何だそりゃ……ッ!? 」
瞬間、ガンと強い音が鳴り、土埃が巻き上がる。衝撃を受けた地面には、人の頭分ほどの大きさのクレーターが生じ、コンクリートは砕けて幾つかの欠片になった。
俺はソレらを、手のひらに収まる程度に拾い上げる。
ブーツの底は金属製なので、目論見通り手頃な大きさの礫を作ることが出来たが、思ったより反動が軽減出来ていなかったようで、ジーンと足が痺れた。
……練習しとけば良かったな。
「見ての通り、コンクリートだ。当たるととても痛い。なので、頑張って避けると───」
俺は礫を握り込み、投球フォームに移る。
「オイオイオイオイお前マジかよ……ッ!? 」
「いいよッ! 」
そして、オーバースローで『ぶん投げた』。
「わぁッ!? 」「カタナギさんッ! 」
礫が弾丸のように飛び、壁にぶつかり、硬いものが破裂する特有の音を出し、土煙を上げる。
壁には、さっきのかかと落とし以上のクレーターが出来ていた。
「……ゴホッ……。あっぶねぇなぁマジで……」
……しかし、そこに血飛沫は見受けられなかった。
土煙の中から、カタナギが咳き込みながら姿を現す。見たところ、外傷は花びらの後からほとんど増えていない。せいぜいが擦り傷程度だ。
「……よくもまあ、避けられたもんだ……」
さっきの礫は、俺が思うにショットガンと同じくらいには弾速も速く、拡散力も威力もあったんだが……。
「こちとら日本全国無法者トーナメントで五位張ってんだよ……銃持ちだって何人ヤったか……。それでも、ただ石投げるだけでこんな強い奴は初めてだ……」
そう言うと、カタナギは静かに構えをとる。
姿勢を低く、両腕を盾のように前方に立てて、隙間から相手を覗き見る……。
コレは、ボクシングの構えか……?
「……興業はもう止めだ。本気の殺し合い、やろうじゃねえか」
その瞬間、カタナギの目が冷酷な肉食動物のソレに変わった。
……半グレ紛いの会社の追っ手なんて目じゃない。
本物の、殺人者の目だ。
「……なるほどね……? 」
さっきまでとは全然違うプレッシャーに気圧された俺は、一歩引いて構えるほか無かった。
……勝てはしそうだけど……骨の一二本は持ってかれるかな、コレは……。
「───行くぜ」
そうカタナギの声が聞こえた頃には、彼は目の前で拳を放とうとしていた。
「おわっ!? 」
当たっていたら、確実に側頭部に当たり意識を失ったであろう右フックをギリギリで『後ろに高速移動』して躱す。しかしそれだけで攻勢が終わるはずも無く、ジャブやブローが間髪入れずに放たれる。
『高速移動』で避けられはするが、正直かなりギリギリだ。
「シュッ」「あぶねっそこだッ! 」
「遅せぇッ! 」「マジかよッ!? 」
攻勢の僅かな隙を狙って『ボディブローを叩き込もうとした』が、拳が当たるまでのコンマ何秒かで詰められ、顔面狙いのフックが飛んで来た。
「ぬぉぉ……ッ! 」
流石にこれ以上やり合うと命の危険を感じるので、俺は五メートルほど『飛び退いた』。
彼の拳は仮面を掠め、空を裂く。
「付き合ってられっか! 」
一旦仕切り直すため、俺は勢いそのまま、遠くに見える分留塔みたいなタワーまで『飛んで行った』。
『お、おいアラハバキ! 流石に敵前逃亡は不味くないか!? 』
デロリアンが声を潜めつつ通信する。
「ちょっと休んでから、闇に紛れて奇襲する。タイマンで殴り合ってたらどっかで俺が死ぬからな……」
『そんなにか……オレが行ってもダメ? 』
「六割強でお前が死ぬ。真剣持ってたらまた違うかもだけど、今お前鉄パイプしか持ってないだろ? 」
俺がそう言うと、少しデロリアンは逡巡した。
数秒の後、ため息混じりに口を開いた。
『……流石に、その戦力差だと楽しくねェな……。正直ランカー舐めてたぜ……』
「俺もさ……。とりあえず、デロリアンはそのまま待機。俺が奇襲した後は一緒にゲリラ戦やるからそのつもりで。相手は三人だ、バレたら全速力で逃げろ」
あの舎弟二人はほとんど動けなかったが、デロリアンは無能力者なので、一応警告した。
『了解。通信終了』
そうこうしているうちに塔が見えてきた。俺は高度を上げて頂上に向かう。
「動いてないのか……」
石油臭かったが稼働はしていないようなので、安心して座った。
フードを外し、仮面をずらして深呼吸する。
「……フゥー……くっせ……」
『ヘイヘイアラハバキ、何逃げてんのさ? 所詮は裸一貫、鉄パイプぶん回してくる彼より楽だろ? 』
石油臭い空気を吸っていると、鵐目が通信してきた。
「いや……アイツと違って、カタナギはガチで何人も殺してるヤツだ。なんて言えば良いのかな───アイツは『倒す』って気迫だけど、カタナギは『殺す』って感じなんだよ。分かる? 」
『分からんよ、ボクには』
そう言う鵐目の声は、分からないというより分かろうとしない感じがあった。
俺が高校で『フルメタル・ジャケット』の名シーンを語った時のクラスメイトの顔を思い出す。きっと鵐目も、同じ顔してんだろうな……。
『何でもいいけどさ、さっさと倒してくれよ? ボクだって暇じゃないんだから……』
「嘘こけ、BWTの情報まだほとんど掴んでない癖に。進捗どうなってんだよ今? 」
『日本支社内部の機密情報をサルベージ中だよ! 量多いんだよ察しろよ! 』
「お前それ先週も言ってなかったか!? 5Gが一般化されたこのご時世で一週間もサルベージに時間食うわけねーだろ!? 」
『バッキャローメアリーと総出で資料の内容隅から隅まで確認してんだよ! ファイルどんだけあると思ってんだよ今二千超えたとこだぞ!? 』
「ソコを効率化すんのがクラッカーだろ!? 」
『うるっせぇ一応の確認してるだけだって───ちょっと待って。どうしたデロリアン? 』
鵐目が醜い言い争いに終止符を打った。どうやらデロリアンに何かあったらしい。
カタナギに居場所がバレたのか? それだったら不味いな、助けに行かないと。
……しかし、俺の予測は外れた。
多分、というか、考えうる限り最悪の形で。
『───え? 監視カメラには何も映って───隠れ身の術? え、じゃあまさか───』
「おいちょっと待て、忍術みたいな固有名詞が聞こえたぞ。鵐目通信繋げ」
『了解』『グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!! 』
鵐目がそう言った瞬間、耳をつんざくような男の悲鳴と、グチャグチャとした不快な音が聞こえた。
まさか、ナミケンが───。
「オイ大丈夫か!? 何があった!? 」
『オレじゃねェ、カタナギの連れだ! 「隠れ身の術ナンタラ」って英語が聞こえたらいきなり刀が刺さって、背中斬って、片方死んだらもう片方の腹をえぐって───』
俺は多分、生まれて初めて血の気が引いた。
……間違い無い。
『エニウェア・コロッセオ』ランキング第二位、『ザ・グレイテスト・ニンジャ、ビリー』だ。
何故か知らないが、カタナギの所へ突然襲来した……。
『ヤバいってコレ、どうしようコレ……! 』
「と、とにかく隠れろ! 勘づかれたら死ぬぞ! 」
デロリアンの憔悴が俺にも伝わってきた。いや、逆かもしれないが、とにかく俺達はビビっていた。
何とか指示を出したが、
『……』
しかし、デロリアンは反応しなかった。
「おい、デロリアン……? 」
『機器の不調じゃないよ。今息を潜めてるのかもしれないから静かに』
「あ……」
こういう時、鵐目は冷静で頼もしい。
『Hey,kid ! Where are you ! アナタハドコデスカー!? 』
小さいながらも、マイク越しに英語とカタコトの日本語が聞こえた。
『ビリー』が、デロリアンの近くにいる。
「鵐目! 」
『『メアリー』、照明レベル最大、サイレン鳴らして』
イヤホン越しの『YES,SIR』の声と共にサイレンが響き渡り、あらゆる照明がカンカンに光り輝く。
『警察が来るまで最低八分。それまでに彼を連れて帰ること』
「分かった! 」
俺は返事と同時に『全速力で飛び出した』。
「聞こえるかデロリアン! 返事しなくてもいい! 今から全力で向かう! 何としても生き延びろ!」
俺はそう叫んで、『スピードを更に上げた』。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!