七月の、とある蒸し暑い満月の夜。
「遂に来たな、この日が」
「あァ……早くヤりてェ……」
俺とナミケンは、鉄塔の上に立っていた。眼下には、何かのコンビナートが広がっている。そこかしこに太いパイプが張り巡らされたソコに、人の気配は感じられないが、幾つかの場所で大きなコンテナが動いているのが見えた。恐らく、深夜なのでAIに操業を任せているのだろう。
ココが、今宵の舞台だ。
ナミケンは黒いライダースーツ、俺も同じく黒いローブを身に纏っている。片耳には送受信可能なワイヤレスイヤホンを装備して、鵐目のスマホを介しての通信が可能になっている。
『ハローハロー、ボクから君たちへ、応答願います』
鵐目がテスト通信をかけてきた。
「はいはい、システムオールグリーン」
『流石、分かってるねぇ』
「え、今のなんかのネタだったのか? 」
『あー気にせんでいいよ! テスト通信だしコレ! 』
「お、おう……えー、本日は晴天なり、晴天なり」
おっさんか。
『ヨシ、どっちも感度良好。帰ってくるまでイヤホン外さないようにね』
「了解」「ウッス」
『あと五分くらいで零時だから、そしたら始めてね。その他に確認しといた方がいいことある? 』
「じゃあ、一つだけ。『ランカー』は……ホントにココで出るのか? 」
『ランカー』とは、名前の通り『エニウェア・コロッセオ』のランキング上位十名のことである。全員通り名があるが、長いのでトップの三人だけ紹介する。
第三位、『奴隷』。後述する第一位の下僕、とされている。小さくてすばしっこい、ドワーフみたいな老人らしい。
第二位、『ザ・グレイテスト・ニンジャ、ビリー』。厨二病の黒人らしい。分身だの火吹きだのと、忍術らしきものを一通り扱うようだ。
そして第一位、『女騎士』。金髪美女で、鎧とサーベルを装備しているらしい。無名の新人からいきなり元一位を倒して、一位になった。
しかし、それきり試合をしていないらしく、その試合も、カメラがブラックアウトするまでの数秒しか観られなかったので、サイト付属の掲示板では『元一位が足を洗いたくてお膳立てした人間』『運営がビリーに一位を取らせたくなくて仕込んだ架空の人物』という二つの説が主流になっている。
更なる噂になるが、このトップランカー三人は、どうやら特殊な力を持っているらしい。
もちろん、超絶的な技巧を観た観客が嘯いたホラかもしれない。が、そういう特殊能力を俺が持っているので、否定は出来ない。
……と、ここまでトップランカーについて話しておいて何だが、今回に関しては彼らは関係無い。
俺達が狙うのは、四位以下の無能力者───常識の範囲で強い者達だ。
どうやら、彼ら中堅は徒党を組んでいるらしく、このコンビナートに集まって相手が再起不能にならない程度に試合をしているらしい(再起不能の判定は割と雑らしく、カエルみたいに突っ伏して動かなければ負け判定になるようだ),
この情報に関しては、サイトにビデオが上がっていたりするので確定情報と言っていいだろう。
現に、今も中継されている。俺達は観ていないが、以前の試合を観た鵐目曰く「コレなら普通のプロレス観た方が面白い気がする」レベルらしい。
……察するに、『エニウェア・コロッセオ』の観客は大きく二種類に分けることが出来ると思う。
プロレスなどのスポーツ観戦では満足出来なくなった、血と泥に塗れた無様な戦いが好きな者。
そして、深層ウェブというイリーガルな響きと、ソレを見知っている自分が好きな者。
多分、ミドルランカーの馴れ合い試合を観ているのは後者のタイプだ。
「……お、そろそろ五分じゃね? 」
座り込んで、風を感じていたナミケンが呟く。
『あ、そうだね。さァて二人とも、準備は良いかい? 』
「とっくに出来てるよ。どっちも」
俺はそう言って、仮面をつけ、フードを被る。
仮面のデザインとしては、真っ白な下地に、ワンポイントとして右側に黒い幾何学模様が彫られている。デザインは鵐目と俺、制作はガサキだ。あの人、工業高校卒らしい。
「あァ……早く行こうぜ……」
ナミケンの仮面は、正面から見た車に似ていて、仮面の左からは排気筒みたいな意匠が飛び出ている。中々に凝った作りだが、俺のは引き算による美なので負けていない。
『二人とも、リングネームは覚えてるね? 』
「オレが『デロリアン』で、ハバキが『アラハバキ』だろ? ……デロリアンってどういう意味だ? 」
「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるタイムマシンの車。カッコイイ」
「ソレが、猪突猛進となんの関係が?」
「時間遡行の時にものすごいスピードで走るから。後ろには炎の轍が残ってカッコイイ」
「はぇ〜……? 」
ナミケン……いや、デロリアンはすごいバカっぽい声を出した。
「……ま、かっけェから良いかァ! 」
「そうだな。さ……行こうや、デロリアン」
「移動は任せるぜ、アラハバキ」
俺はデロリアンを腰に抱え、コンビナートへ向けて『飛び出した』。
「よいしょ」
三百メートルほど大きく跳び、足場の手すりに着地。そのままの勢いでもう一度『ジャンプする』。
グシャリ、と手すりが歪む音と月を背景に、コンビナートを突き進む。パイプを『蹴って』方向を変え、身体を捻って隙間を抜ける。
あっという間に、俺達は目的地へ辿り着いた。
多分、作業員の朝礼とかそういうのに使うであろう広場だ。近くにロボット作業員は居ないが、監視カメラはある。『エニウェア・コロッセオ』のシステム的には中々に良い立地だ。
「フゥん……ッ!」「グッ……」
「よっしゃ! オラ行けクダノ! 」
中年の男が煽る声と、幾つかの打撃音が聞こえる。どうやらプロレスもどきをやっているらしい。
俺は『減速しつつ』静かに着地し、デロリアンを降ろす。ジェスチャーで静かにすることと、向こうに目標達が居ることを伝えた。
俺は先行し、物陰から安物の双眼鏡で状況を確認する。
敵は三人。全員が上半身裸で、覆面マスクをつけている。左に居る一人は座って缶ビールを飲んでいて、二人はプロレスもどき中だ。オレンジ色のライトと相まって、すごくアブない雰囲気を醸し出している。
俺はデロリアンを呼び出し、双眼鏡でランカーかどうか確認させる。
「……」
デロリアンは左を指し、手を大きく広げる。
五位か……。
まあ、悪くはないかな……。
俺が右の二人を指すと、デロリアンは首を振る。どうやら彼らはランカーでは無いらしい。舎弟か何かだろうか。
そうしたら……。
(どっちが行く? )
(どっちもは? )
(ダメだ、フェアじゃない。人気出ない)
(じゃあジャンケンで)
(分かった)
ジャンケンの結果、俺が勝った。まあ乱戦になった時俺の方が生き残るのに向いてるし、良いだろう。
俺は一つ深呼吸して、装備の最終確認をする。ざっと終わらせ、オレンジライトの中に歩を進めた。
「……ん? なんだおめぇ。オイ、お前らの知り合いか? 」
「いえ、違います……」
「じゃなんだ? 」
「すみません、分からないっス……」
……警戒心足りないなぁ。
呆れた俺は、上にある監視カメラを見て言う。
「選手ナンバー7452、『アラハバキ』。今日『エニウェア・コロッセオ』に登録した。ランキング五位の───名前なんだっけ? まあいいや───あなたとの試合を希望したい」
しばしの沈黙。
「……はァ〜〜〜? 」
五位が。心底バカにした目で声を出す。
きっとこの後に続く言葉は、おおよそ「お前みたいななまっちょろい新人が〜」とか、「この○○に向かって〜」とか、まあとにかくかませ犬っぽいものが出てくるんだろうな……。
「〜〜〜〜〜!! 」
ほら来た。
正直ベタベタのベタ過ぎて、右から左へ言葉が通り過ぎて行く。聞く耳を持つ気にならない。
ならないので、俺は欠伸して彼の話と舎弟共のヨイショが終わるのを待つことにした。
「……てめェッ! アクビしやがってッ! 年長者の話は姿勢を正して聞きやがれッ! 」
「そうだそうだ! 」
そう言って、舎弟の一人が五位の飲み干した缶ビールを投げて来た。俺はソレを難無くキャッチする。
……そうだ。良いこと思いついた。
俺は缶を両手で持ち、『捻った』。スチール缶は紙コップのようにねじ切れていく。
「なっ……」
俺は構わずに、どんどん缶を小さくちぎる。不快な金属音を出しながら、あっという間に缶は花びらのようになってしまった。
「お前……フフフフフ、イイじゃねェか、最近相手が居なくて暇してたんだ……」
「そう。乗り気になってくれたなら良かった。この様子は中継されてるんだね? 」
「もちろん……」
「なら良し」
俺はそう言い、手の中にある『スチール花びら』を、五位に向かって『投げつけた』。
「グアァッ!? 」
花びらは五位の皮膚を裂き、鋭く刺さり、少量だが血を撒き散らせる。
俺はその惨状を見て、言った。
「さ、楽しもうや……」
─────戦闘、ランカー・五位─────
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