Lose,Loser,Losest

〜暗黒社会の不適合者達〜
SeeL
SeeL

【3】覚醒

公開日時: 2020年9月2日(水) 16:00
文字数:3,909

 ……。


 …………。


 ……頭が、痛い。

 いや、痛いのは背中か。


 ……それも違う。全てが痛い。俺の身体の痛覚が、脳天から爪先に至るまで全て、激しく反応している。

 いや、それすらも違う……気がする……。


 目も見えないし、耳も聞こえない。

 匂いも無いし、血の味すら分からない。


 あるのは痛みだけ。熱く身体を巡る、この痛みだけだ。こんな状態で頭が働くわけがない。


 ……どうしようもなく気怠い。


 きっと、死ぬんだろうな。俺。

 背中を撃たれて、血を流して……。


 ……どうしてあの男は、俺が撃たれそうな時に警告してくれたんだろう……。


 ……撃たれる間際にサヤを押し倒したけど、アレで合ってたかな……。


 ……もう、分かんねぇや……。


『───』


 ……。


『───Ακούω聞け


 …………?

 何かの声が頭に響く。

 いや……響く、は少し違う。もっとダイレクトな、まるで頭蓋骨の中に住む小人が、脳髄の中でくつろぎながら喋っているかのような───。


Ακούω聞け……Σύμβαση契約……Υποχρέωση義務

……Εξουσία……』


 なんだよ……契約とか、義務とか……。

 力ってなんのこったよ……。

 そもそも何語だよソレ……単語はギリシャっぽいけど、明らかに発音の仕方が違うじゃん……。


 人間……いや、この世の生物じゃねえだろ、お前……。


Μπλε φλόγα青い炎……εμφανίζομα現れるι……χειραγωγώ操る……προστατεύω守る……』


 その言葉の直後、俺は腹の下に微かな温もりを感じた。見ると、小さな青い炎がある。

 一寸先も見えない闇の中に、唐突に現れた───微小な炎によって緻密に構成されたソレを、俺は誰に言われるでも無く抱きしめた。


 とても、暖かった。


 ふと気づくと、痛みは既に引いていた。まるで初めからそんなものは無かったかのように、跡形もなく。

 代わりにあったのは、温もりだった。


 俺の腹の下に、銃弾を撃たれた場所に、前に、後ろに、左に、右に、地面に、天井に、遠くに、近くに。


 そして、俺の胸に。


 そうか。そうだったのか。


 世界はこんなにも、温もりに溢れていたんだな……。






 目覚めると、目の前にはサヤの泣き腫らした顔があった。


「あれ……? なんで……」

「大丈夫。後は俺がなんとかする」


 俺は身体を起こし、追っ手……いや、のいる方へ歩き出す。


「なッ!? 」「え!?」「嘘だろ……!?」「え〜マジで……? 」「ヤバいってコレ!! 」

「どうすんだよ!? 」


 敵達は男に向けた銃を、動揺しつつもこちらに向け直し、発砲する。

 放たれた弾丸はしかし、俺には当たらなかった。もっと言えば、『弾は全て弾かれた』。


 ……どうしてこんな事が出来るのだろう。

 俺は戸惑い、自分の手を見つめる。もちろん、この間にも銃弾は弾き続けている。


 ……『なんとなく』。


 そう、『なんとなく』で、俺は銃弾を念力らしきもので弾いている。やり方を明文化しようとしても、仕組みが分からないから難しい。

 例えば、二足歩行の仕方を明文化するようなものだ。原理は専門家によって解明されているが、赤ん坊の時に原理を教えられて二足歩行を習得した者は居ないだろう。


 俺は本能で歩き出す赤ん坊だ。

 二足歩行の原理を知る専門家じゃない。


 俺の加えた力によって、弾丸は全て前や横、上や下へ吹き飛び、床や天井に当たってカンカンカンと、鋭い金属音を出していた。


「君……一体どうやって……」

「正直、俺が聞きたいね……。気絶してた時に意味分かんねぇ奴から意味分かんねぇこと言われてさ……。でも、一つだけ分かることは───」


 俺は弾がサヤに当たらないよう弾き続けながら、言葉を続ける。


「この色褪せた世界にも、まだ暖かい炎は残っていたのさ」

「……? 」


 敵達は尚も銃を撃ち続ける。

 俺は尚も弾丸を弾き続ける。


「どうしたよ……。もっとちゃんと狙えよ。さっきみたいに、冷静にさァ……」


 俺はたっぷりの怒りを込めて、言い放つ。


「なんなんだ貴様はッ!? なんなんだソレはッ!? 一体何が起こってるんだッ!? 」


 リーダー格は狂ったようにそう叫びながら、銃を乱射し続けた。

 やがて手下共々銃弾が尽きたようで、金魚のように口をパクパクしながら、拳銃を何度も空撃ちしていた。


「キミ……一体、それは、どういう……おわっ!? 」


 俺は彼らの銃弾が尽きたことを確認すると、男をこちらに『引き寄せた』。肩から引き寄せられた男は勢い余ってぶつかりそうになったが、そうなる前に力を切った。


「俺が彼らを引き付けている間に、サヤを連れてあそこの車の影に隠れろ。守り切れなかったら殺す」

「なんか……人、変わった? 」

「それを指摘出来るほどの関係じゃないだろ、俺達は。ホラ、さっさと連れて行け」


 俺は斜め前の方向を指差して、そう言った。

「わ、分かった……」と言って、男は後ろにいるサヤを起こし、さっき示した方向へ小走りで向かう。


 しかし敵の一人、若い筋肉質の男が銃を捨てて、ナイフを持って男とサヤに突撃する。


「全部テメェのせいだクソォォァァ!! 」


 俺は落ち着いて、背中にくっついていた弾丸を手に集める。

 集めた弾丸には返り血はついていなかった。恐らく気絶中に無意識で弾丸を止めていたのだろう。


 この力で。


 俺は四発分の弾丸を握り締め、、ナイフ持ちに投げつける。

 弾丸達は『弾丸のようなスピードで』、男の脚に食い込んだ。


「アアアァァ!! 痛ってェェェ!! 」

「悲鳴がデケェなァ、全く……」


 俺はナイフ持ちの方へ向かい、彼を踏みつけつつ、『触れずにナイフを折砕いた』。


「なんかナイフが勝手に───ウゲッ」


俺は驚く男を『強く踏み押さえる』。もちろん、加減はしている。


「今のうちに」

「サ、サンキューな……! 」

「ありがとう……! 」


 二人は素早く感謝の言葉を言って、車の影に向かった。隠れ場所としてはもう意味を成さないが、最低限の壁くらいにはなるだろう。


「さて。後は……」

「待て! 分かった、あの男はもう諦める! だから見逃してくれ! 」


 俺が目線を向けると、リーダー格は慌ててそう言った。


「……男の方は、別にどうだっていいんだけどさ。俺としては───」

「君と少女の安全も保障する! もう追わない! 約束する! 」

「ふーん……」


 俺は少し逡巡した後、出来るだけ敵意を抑えて言った。


「分かった。そういう事なら見逃そう」

「ほ、本当か……? 」

「ああ、本当だ」


 微笑みながらそう言って、俺は足元の男を『敵達に向かって転がした』。


「ソイツも連れて、早く行きなよ。こんだけ騒いだんだ、とっくに警察は向かって来ているだろう」


「ああ……ありがとう……! 」「俺達無事なのか……!? 」「良かった……! 」「死ぬかと思った……」「あぁ、怖かった……」


 敵達は口々に無事を喜び、安堵し、俺に背を向けて立体駐車場の出口へと向かった。その背中には、俺への警戒心など微塵も無いようだった。


 ……鹿


「甘いんだよ、お前らは」


 俺は敵達の背後へ『高速でスライドし』、近くにいた二人の肩に手を掛ける。アラサーっぽい男と女だ。


「へ?」「うん? 」


 そのまま俺は二人の頭に手を添え、『思いっきりぶつけ合わせた』。とは言っても、銃弾ぶつけた時と同じくらいの力でやるとグチャグチャになってしまうのを知っているので、そこら辺はいい感じに加減したが。


「ギャッ」「ゴヘッ」


 さて、残りの敵はリーダー格、若い女、若い男になったわけだが……若い男はナイフ持ちを担いでいるので、実質的な人数差は二対一。若い女はあまり強そうでは無いので……まあ一・五対一が妥当かな。


「見逃してくれるんじゃ無かったの!? 」

「うん? 取引後に撃ってきたのは何処の誰だ? 」


 若い女はそう言われると、言葉に詰まってしまったようだった。


はなから逃がす気なんてねェよバーカ……。ここで全員……まあ全治数ヶ月くらいの怪我は負ってもらおうかな」

「何故だッ!? 君達三人全員生きている! しかも追われることは無い! 何故ここまで───」


 その問いに答えるには、少し時間が要る。


 まず第一に、「俺達への安全保障が嘘という可能性がある」。

 第二に、「ここで見逃したところで別のチームが追ってくる可能性がある」。

 第三に、「俺だけ撃たれて、お前らが痛い目をみないのは気に食わない」。


 以上の三点を懇切丁寧に説明してやりたかったが、生憎時間が無い。さっきも彼らに言ったように、九割九分既に警察は向かって来ているはずだからだ。

 昨今の監視カメラ技術と、警察の追跡能力は凄いからな。


 なので、俺はただ一言、簡潔に、一瞬で理解出来るように、こう言ってやった。


「……意趣返し」






「さ、もう終わったから、出て来て大丈夫だ」


 俺がそう言うと、車の影から二人が恐る恐る顔を出した。


「うわ〜……エッグいなぁ、キミ……。あぁホラ、アレなんて骨見えてるし……」

「返り血もヤバいよ……。ほ、ホントにここまでする必要あったかな……」

「それについて説明しても良いけど、多分そんな時間無いよ。ホラ、耳をすませば……」


 遠くの方に、サイレンの音が聞こえる。この立体駐車場に着くまでには……まあ二分ってとこか。


「さあ、逃げようか」

「走ってももう間に合わなくないかい? それよりボクがアリバイ工作した方が……」

「お前がどんな天才でも無理だろ。策はあるから、着いてきて。走ってね」


 そう言って、俺はちゃっちゃかと屋上まで行った。サヤと男が後に続く。


「さて……。この中に高所恐怖症の人は? 」

「大丈夫だよ」

「ボクも平気だけど」

「オーケー。じゃ、行こうか」


 確認が済んだので、俺は二人を脇に抱える。かなり重いが、『飛んで』しまえば力で支えられるから関係無いだろう。


 俺は「待って待って待って!! 」「キミマジでか!? マジでやるんか!? 」と喚く二人を無視しつつ、脚に力を溜める。


 そして、一気に解放した。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート