「オラァ! 」
「ぐえッ」「ほげッ」
男二人の情けない声が、夜の高架線下に響き渡る。
俺の放った『回し蹴り……っぽい蹴り』が、男の側頭部を捉え、隣にいたもう一人を巻き込み吹き飛ばす。コンクリートの柱に当たり、凹みは作らないまでも気絶する程度の衝撃を与えた。
今回は一発も殴らせること無く勝てた。俺も中々に喧嘩が上手くなったな……。
「これで通算……何人目だっけ? 十から先は数えて無いから分かんねぇや……」
独り言を呟きながら、気絶した追っ手二人に近づき、ポケットを探る。中からはバタフライナイフだの小袋に入った白い粉末だのが出て来たが、俺が真に欲しいのは……。
「あったあった。ひーふーみーよー……」
そう、財布だ。俺は二人の財布から、今週のノルマである四万円を奪い取り、そっと戻す。勿論、抜き出す時にはハンカチを使った。
「よし……。有難く、使わせてもらうぜ」
罪悪感が無いわけではない。
それはそれとして、俺は金が要る。三億くらい。
だからといって、こんな下っ端からカツアゲしたところで三億円なんて到底稼げないのも理解している。
それはそれとして、今週の生活費を稼がなければならない。ホテル暮らしが三ヶ月出来るとはいえ、鵐目の貯金を何もせず食いつぶすわけにもいかない。
こうやって、時たま現れる追っ手を返り討ちにするのが、今の俺の日常だ。
鵐目と俺が、手を組んだ後。
「で……キミはどうやって追っ手が来るのを辞めさせるつもりなのさ? 」
「追っ手の集まるであろう詰所をぶっ潰す」
「脳筋かキミは!? 」
……最短で終わるし、最善手だと思ったんだがなぁ。
「……俺って脳筋? 」
「う〜んと……すぐ手が出るのは良くないと思う……」
「そうか……」
まあ……いくら超能力があっても流石に無謀か……。
「……取り敢えず、今はアイツらの情報が欲しいね。会社にいたボクだって存在を知らなかった、非合法実働部隊。最近出来たのかもしれないし、そうじゃ無いのかもしれない。とにかく先立つものは情報だ」
「どうやって調べる? 」
「そこら辺は、ボクと『メアリー』に任せたまえ。キミに頼みたいのは……ボディガード兼囮だな」
「具体的に何するんだ? 黒スーツ着て、お前の隣に立っとけばいいのか? 」
「逆だよ。キミが外に出て、追っ手に敢えて見つかる。で、キミが返り討ちにする。単純だろ? 」
そう簡単に上手くいくか……?
「ついでに金巻き上げられれば尚良し、って感じかな。じゃ、今日からよろしく」
「お、おう……」
……というようなことを言われ、約一ヶ月後の現在に至る。
結論から言えば、この作戦は大いにハマった。
どうも向こうは戦力の逐次投入という、戦略としては絶対にしてはいけないことをしているらしく、お陰様で二三人、多くても五人程しか追っ手が来ない。その程度なら余裕……というか、俺の方が有利だ。
俺の能力と戦闘スタイルは、一対多の方が本領を発揮出来る。最近学んだ。
さて、帰るか。腹も減ったし。
……そういえば、離れて行動するのに連絡手段が無いっていうのも不便だな。明日、格安スマホでも買いに行くか。
ああ、疲れ───。
「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!! 」
「うわあああッ!?」
猿のような、狂気を帯びた叫びと共に、豪速の鉄パイプが襲い掛かる。俺は突然のことに驚きながらも、間一髪で後ろに『飛び避ける』ことが出来た。
「見ィつけたぞォ〜……半グレ狩りィ〜……」
「何だお前!? イカレてんのか!? 」
「イカレだァ……? 誰のこと言ってんだァ? オレか? オレのことか? 」
「そうだよお前だよ! 何だお前、ヤクでも打ってんのか!? 」
「打つわけねェだろ……ヤクより上等なモンがあんのによォ、バァーカ……」
クソ、付き合い切れねぇ!
俺は相手の動きを見つつ、ベストなタイミングでイカレ野郎に向かって全力で走り出した。
「来たッ! 来たぞッ! 来いよ、来いッ! 」
そして、
「うげッ」
「あばよイカレ野郎! 」
イカレ野郎を踏み台にして『飛んだ』。
「オレを踏み台にしたァ!? 」
危なかった……。やっぱ夜の東京はヤバいな。特にあの辺は治安も悪いらしいし。今度から近寄らないように───。
ピュン。
「ウワあっぶねッ! またそうやって油断したとこに来る! 」
何処からか、飛来物が飛んで来た。音的に多分、矢だ。弓矢の。いや、もしかしたらボウガンかも。
「クッソ、何処から飛ばしてきやがったんだよ……ッ! 」
俺は夜の高架線沿いを、目を皿にして索敵する。しかし何分ここら辺は街頭も少なく、物陰も多い。相手のスナイパーの方が有利だ。
「何処だよ、つーか誰が撃ってきたんだよ、さっきのイカレ野郎の仲間か? 」
だとしたら同じく頭がおかしいに違いない。狂人同士は惹かれ合うものからな。
そんなことを考えていると。
「……来たッ! 」
ちょうど俺の目の前から、矢が飛んで来た。俺は反射的に避けようとするが、間に合わない。それを理解した俺の脊髄がとった行動は、飛んで来た矢を掴むことだった。
……が、何か違和感を感じる。見ると、矢を掴んだ手のひらに、白いネバネバがヌッチョリと付いている。
「これは……トリモチ……? 」
トリモチとは、その名の通り鳥を捕獲する為に作られた粘着性のロウだ。物凄い粘着力があるので、人に使うことは禁止されている。
されているのだが……。
「……ん? よく見たらロープがくっ付いている……まさかッ! 」
俺を空から引きずり下ろすつもりか!?
というか何でこんなもの準備してんだよ!?
「ヨッシャアッ! いくぞお前らァッ! 」
さっきのイカレ野郎の声だ……!
「オーエス! オーエス! 」「うおおお……! 」「ぬあああ重いぃぃ……」
三人分の声が聞こえる。一人は女の子だ。何なんだアイツら!
つーか痛え! めっちゃ手の皮膚引っ張られるんだけど!
クソ、落ち着け! トリモチは水分に弱いから、唾かければ取れるかもしれない!
俺はペッペと唾をかけて取り外そうと試みるが、手のひら全体にベットリと付いているトリモチを取るには、いくらなんでも唾の量が足りなさ過ぎる。
俺が手間取っている間にも、ロープはどんどん引っ張られ、どんどん地上が近づいてくる。
「ああもう、鬱陶しいッ! 力比べで俺が負けるわけ───」
俺はトリモチの付いた矢を逆に掴み、『全力で引っ張り返す』。
「ねェんだよッ! 」
「ぬわああああ!」
俺の全力は、ロープを掴んでいた少女を反動で空中に浮かせることに成功した。しかし、地上の男二人にはギリギリで耐え抜かれてしまった。もしかして、能力で引っ張る力って結構弱いのか……?
「こちとら元剣道三段だぞォ! よォし、ぬ子! アレの出番だァ! 」
「了解なんぬ! 食らえ催涙スプレー! 」
「ヴア゛ア゛ア゛ッ!」
ぬ子、と呼ばれた少女が、合図と同時に催涙スプレーを吹き付けてきた。眼、鼻、口……顔中の粘膜にカプサイシンなどの催涙成分が染み込み、強烈な痛みと共に色んな液体を強制的に放出させる。
クッソ……!
初めて食らったがこんなキツイのか、催涙ガス……! 何が催涙だよ、涙どころの話じゃないぞコレ……!
「今だァ全力で引っ張れェェェェッ!」
「ぐぉぉおおおお……! 」
俺が催涙ガスに悶絶している隙に、男二人が全力で俺を引っ張る。
「やっと……引きずり下ろしてやったぜ……半グレ狩りィ……!」
「クソが……! テメェ一体何が目的なんだよ!? 言えよ! 」
俺の問いに、イカレ野郎は鉄パイプを拾いつつ答える。
「簡単な話だ……。オレとサシでヤり合おうっつーんだよ、半グレ狩りィ! 」
「ああ良いよ、やってやる……! もうキレちまったよ……ァァまだ痛てぇ……」
コイツらマジで許さねぇ……。催涙スプレーとかホンットに駄目だろマジで……。
駄目だ、怒りで語彙力が下がってる……。
「もうテメェが誰だろうが何だろうが知ったことかよ……。催涙スプレーの分の痛みは必ず味わってもらうからな……」
「フ、ハハハハハ……! イイぜェ、怒りだのなんだの、テメェの全部をオレんぶつけてこォいッ! 」
─────戦闘、『イカレ野郎』─────
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