ナミケン戦の翌日、午後一時半。
「……久しぶりに乗ったなぁ、電車……」
俺は偶然知り合ったナミケン達を二人に会わせるため、三人で電車に乗っていた。平日の昼なので、俺達がいる車輌に他の人は居なかった。
「へぇ〜。学校には自転車で行ってたの? 」
「うん。近かったからね……」
「ボクはハイスクール時代、スクールバスだったね。アメフト部にオタクが退かされてるの見ながら、サンドイッチ食べてた」
「アメリカはスクールカースト厳しいからなぁ……」
鵐目やサヤと駄弁りながら、俺は一つあくびをする。
ナミケンとの喧嘩の後、ホテルに帰った時には二時を回っていたので、正直あんまり眠れてない。眠い。
「そういえば、鵐目が寝てるとこ見た事ないな……昨日なんか、俺寝たの二時半とかだけど……」
「ボク、ショートスリーパーだから」
「なるほどね……」
今朝起きたのが九時くらいだから、少なくともコイツの睡眠時間は六時間半以下だ。よく元気で居られるな……羨ましいことこの上ない。
「あ、降りるの次の駅じゃない? 」
「あ、ホントだ。うし、行くか」
俺達は電車を降りて、駅前の広場に向かう為にエレベーターに乗った。
タッチパネルを押すと、音も無く動き始めた。
「なあ、鵐目……本当に大丈夫なのか? 」
エレベーターの中に俺達以外の人間が居ないことを確認し、俺は鵐目に聞いた。
「まだ言ってんのキミ? もうひと月経つってのに……。サヤちゃんを見てみなよ、あんなに堂々と……」
俺が心配しているのは、鵐目───正確には『メアリー』だが───のかけてくれた魔法……監視カメラへの映像・音声のリアルタイム偽装工作のことだ。鵐目曰く「ディープフェイクとか色んな真っ黒い技術使ってるから、効果はバツグンだよ」とのことだが……。
「……いいかい? キミはひと月前、何を見た? 」
「……スカイツリーがいきなり赤くなった所」
「そうだ。さてここで質問。スカイツリーを赤くライトアップするのと、監視カメラを誤魔化すこと。クラッキングが得意な『メアリー』にとって、どっちが楽だと思う?」
「……後者? 」
俺はそう言うと同時に、エレベーターが一階に着く。俺達はエレベーターを降りて改札に向かう。
「グレイト! つまりはそういうこと。キミが心配するべきはボク達のことじゃなくて、サヤちゃんとの仲ってことさ」
ちょ、おま、なんで今……ッ!
「いやだってさ、うら若き男女が同じひとつ屋根の下、何も起きないはずが無く───なんてことも無く。ビックリするくらい何も進展ないじゃん、キミ達」
「いや、いやだって、別に俺ら恋仲とかじゃねーし……進展も何も……」
「ホントにそうかぁ〜? 」
鵐目は俺の肩を抱き、引き寄せる。
「ホラ見てみなよ。さっきまで堂々としてたのに、今はちょっと顔赤いぜ? ゼッタイ脈あるって! 行けるって! 抱けって! 」
鵐目は俺の左から囁いた。
唐突だが、ヨーロッパでは悪魔は元来、左耳から囁くものらしい。
確かに、確かにサヤは心無しか顔が赤くなってるような気がしなくもないでもない。でもコレって、中学とかでよくある「○○アイツのこと好きなんだって〜」って言われた時の反応と同じじゃないか……? 行ける要素あるのかコレ……!?
そのことを鵐目に話すと、
「キミに一言、助言をしよう。『好きの反対は無関心』」
そう言って、俺の肩をポンポン叩いた。
……そういえば、サヤってよく俺のこと聞くよな……。
じゃあ……。
もしかして……行ける?
俺がどうするべきか悶々としていると、サヤは改札を通って、先に行ってしまっていた。
まあ……今はナミケン達とサヤ達の顔合わせの方が大事か。
サヤへの対応は、後でも良いだろう。
俺はそう考えて、改札にカードをタップした。
「……あ、いたいた。よぉお前らってどうしたその顔……!? 」
「おぁ……あぁ、よお、ハバキ……」
約半日振りに会ったナミケン達は、揃いも揃って酷くやつれていた。見た目が酷い、というより精神の磨耗が表に滲み出て来た感じだ。
おかしい、昨日はあんなに元気だったのに……。
「あ、どうも……。えと、大丈夫ですか……? 」
「……あんまり……かな……」
「ヒッドイ顔だねキミ達! 寝不足かい? 」
「ぬ、ぬぁぁ……」
それは肯定の意なのか……?
「……とりあえず、立ち話もアレだし、どっかファミレスでも行こうか……? 」
こっちのメンバーの紹介もそうだが、それ以上に彼らには聞きたいことが山ほどある。
とりあえず、移動しよう……。
というわけで、近くにある安くて美味い某ファミレスに来た。
「美味いんぬ! 美味いんぬ! 」
「やっぱ美味ェなココの飯は! もう一品頼んでいいか? 」
「……これ以上頼むならミラノ風ドリアだけにしろ……財布が持たん……」
「ゴチナリャス! 」「なるんぬ! 」
「……イカ墨パスタ美味しい……」
……後で追っ手何人かシメておこう……。
「にしてもよく食べるねぇ、キミ達。えーと、ナミケンくんに、ガサキくん、ぬ子ちゃんだっけ? 」
鵐目が、カルボナーラにタバスコをかけながら聞く。
ちなみに、俺はペストジェノベーゼという緑のパスタ、サヤはカプレーゼを食べている。
「ウッス! そういうアナタは誰ですか!? 」
「ああ、紹介するのを忘れてた。コッチのクソ野郎が鵐目で、コッチがサヤ。利害の一致で一緒に生活してる。あと鵐目に敬語は要らんぞ、敬う程の人間じゃない」
「そっか! よろしくなぁ鵐目! 」
「切り替え早いねぇ、ナミケンくん……」
多分漏れてたんだろうな。臭いが。
「ぬ〜ん。可愛いんぬなぁ、サヤちゃんは」
「え、あ、どうも……」
「ま〜、ぬの方がかわいいんぬがな! 」
「自腹切らせるぞ」
「ぬん……」
黙って食べててくれ。
「ごめんな、サヤ……」
「だ、大丈夫だよ……? 」
優しい子だな、サヤは……。
さて、閑話休題。
「……で、お前らは何がどうして、あんなにやつれていたんだ? 」
「ああ、アパートに帰ったら知らねぇ半グレがな……もご……因縁吹っ掛けてきた挙句に玄関ぶっ壊しやがってさ……もごご……その場じゃ勝ったけど、玄関以外も派手にぶっ壊しちゃって……もごもご……」
「飯食うか話すかどっちかにしろ、行儀悪いな……」
「すまんすまん……あ、ミラノ風ドリア一つ下さい」
ナミケンは近くの店員に声を掛けた。店員は注文を承ると、空いた皿を持って、厨房に戻って行った。
最近のヒューマノイドロボットの発展はすごいな。
「で、そのことで大家がめちゃくちゃキレて、タンスの貯金から家賃と修理代持ってかれて、家と金失って途方に暮れてたわけよ……」
「……それは、本当に災難だったな……」
「銀行に口座持ってないの? 」
鵐目がカルボナーラにコショウを振りかけながら聞く。
「ガサキの分があるにはあるんだが、三人でネカフェ三日分くらいしか持ち合わせが……。ガサキの給料日まで二週間くらいあるし……」
「ワォ。結構しんどいね、ソレは」
おう……と、元気無く頷くナミケン。
しかし、次の瞬間には幾らか元気を取り戻したようだ。
「だがな、ここから起死回生出来る方法もあるんだ。……あるんだが、それにゃあお前ら───特にハバキの協力が不可欠なんだ」
そう言うと、ナミケンはフォークを置いて頭を下げた。
「頼む。助けてくれ」
「いいよ」
もちろん、俺は即答した。
「……え、いいのか!? オレまだ何して欲しいのかすら言ってないぞ!? 」
「別に……大概のことなら対応出来るし、俺。あと、鵐目が未だに結果を出さなくて暇なのもある」
「いやボク仕事してるからね!? 色々情報の帳尻合わせとかあるんだよ色々! 」
粉チーズをかけながら、鵐目は反論した。
……お前いつ食うんだよ。冷めるぞ。
あと、ナミケンを助けるその他の理由としては、彼に対する好感度がある。
自分を損得勘定抜きで、かつ悩まずに助けてくれる友人。俺だったらとても嬉しい。
俺が嬉しいので、彼も嬉しいだろう。
そういうことだ。
「まあこっちの話は置いといて……。その『方法』ってのはなんだ? 」
「単純な話さ。『地下闘技場』で優勝すんだよ」
その言葉を聞いた俺は、天を仰いだ。
……ドデカいの来たなぁ。まあ、出来ないわけでも無いだろうけど……。
「……簡単に言うけどさ……フィクションならいざ知らず、そんな大金を扱ってる所なんてあるのか? どうせチーマー共の馴れ合いだろ? 」
「ソレがあるんだなぁ〜……」
そう言うと、ナミケンは声を潜めて言った。
「『エニウェア・コロッセオ』。ソレが地下闘技場───深層ウェブにある、賭博サイトの名前だ」
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