「ふぅ、美味かったな……」
「そうだねぇ……」
「結構財布にダメージ入ったけどね! 主にボクの! 」
あの後、ホテルで部屋を取った俺達は(鵐目の甥と姪ということでゴリ押した)、そのまま気絶するように熟睡。昼頃に起きてシャワーを浴び、一階のカフェテリアで飯を食べて来たところだ。
俺は歯磨きしながら、鵐目に尋ねる。
「チェックアウト、何時だっけ? 」
「一応五時の予定だけど、延長も出来るよ」
「了解した。さて……」
俺は歯磨きを終えて、ベッドに座る。サヤはその隣で、鵐目は前に座った。
「……これからどうするよ? 」
「そういえば私達成り行きでこうなっちゃったけど、そもそもなんでこうなったんだっけ? 」
「鵐目が追われてて、俺達が巻き込まれて、それで……」
「キミが超能力に目覚めてボク達を助けてくれた。いやー、あん時ゃ死ぬかと思ったよ! 」
「……」「……」
「アレ? なんかアウェーな感じするぞ? 」
……鵐目は無視して。
俺は、家と学校と人間とその他諸々に嫌気が差して、東京まで来た。
簡単に言い換えると、エナドリ漬けになりながら勉強させられるようになったのが、逃避行の主な原因だ。
ココでグチグチ言いながらお互いの傷を舐め合ったり、ウェブで自己投影小説書いてマスかくのもそれはそれでアリかもしれないが、そういうのは……惨めというか、なんか気持ち悪くて嫌だ。
だから俺は目的を持ってきた。
『三億円稼ぐ』。ソレが、俺の目的だ。
本来だったら詐欺だのなんだのでチマチマ稼ぐつもりだったが、予定変更。超能力に、スーパーAI。これだけあれば何でも出来る。三億円なんてあっという間だ。
だから、ここで鵐目を懐柔する。
「どうしたの、鎺くん? さっきから黙ってるけど」
「……うし、決めた」
「? 」
俺は出来るだけ真剣な雰囲気を出して、鵐目の目を見る。鵐目は雰囲気を察して、コチラを見た。
「なぁ鵐目……俺達はあと何日、ホテル暮らしを続けられる? 」
「うーんと……キミ達の所持金合計したら、大体十二万だろ? 今日のノリで行くなら、まあ三ヶ月ってとこかな」
あれ、意外と生活出来るな。嬉しい誤算。
「三ヶ月。俺とサヤは三ヶ月経てば家に帰らざるを得ないし、お前はホテルを出なきゃならんから、また追っ手に追われる日々が続くだろうな」
「……何が言いたいのさ? 単刀直入に言いたまえよ」
「俺が追っ手の元締めをぶっ潰す。だから俺の目的の為に協力しろ」
「えぇー!? 」という顔をするサヤと、面白そうにニヤける鵐目。
「……気持ちは嬉しいけど、ソレは物を知らないバカの言葉だね」
「ほぅ……? 」
「そうキレるなよ。言ってないことを知らないのは当たり前だろ? 」
キレてねぇし。つーかそういう場合は俺バカじゃねえし。あとキレてねぇし。
「じゃあ教えてくれや。お前は何に追われているんだ? 公安か? それともCIAか? 」
俺がそう言うと、鵐目はニヤケながらこう言った。
「BWT」
BWT……。
聞いたことあるような、無いような……。思い出せん……。
「『ビギニング・ウッド・テクノロジーズ』と言えば、聞き覚えあるんじゃないかい? 」
「GAFAMに次ぐ勢いで成長している、今注目のAIデザイン会社か。一体それがどうし───あ、まさか」
「おおっと、憶測で物事を語るもんじゃないよ。ちゃんと自分の口で、説明させてくれや」
そういうことらしいので、俺は黙って聞くことにした。
「ねね」
「ん? 」
「どういうことか分かったの? 」
「何となく。まあアイツの説明聞いた方が早いと思うよ」
「分かった」
サヤはそう言うと、また座った。
「ボクがMITでAIデザインしてた頃、BWTからヘッドハンティングが来てね。曰く、『近々日本支社でマザーAIを開発するから参加しないか』って。きっとボクが日本人なのも関係してるんだろうけど、それ以上にボクの天才的なデザインセンスを買ったんだろうね。ボクは二つ返事で了承して、正式に向こうの社員となったんだ」
……え? 「マザーAIって何だよ」以前に、サラッと物凄い経歴暴露されたんだが。
なんだコイツ天才か? 天才だったわ。
「それから四年間、ボクは一生懸命仕事したね。もう夜しか寝れないくらいした。チョー頑張った。で、三ヶ月くらい前にようやっと完成したんだよ。日本初のマザーAI、『メアリー・スー』が。あ、名付け親はボクね」
メアリー・スー。出来の悪い二次創作によくある、チートでモテモテなオリジナル主人公のことだ。初出はスター・トレックらしい。
そして、ネーミングとスカイツリー赤化事件を合わせて考えると、『メアリー』の異常な性能にも納得がいく。
そもそも最初から、チート級の性能を持たせるために恐らく世界中の天才を掻き集めて造られたのだろう。
「で、マザーAIっていうのは……まあ簡単に言うと『AIを生み出すAI』ってヤツだね。超強いAIだ。超強いから、人格も持ってる。だから───」
「だから、たまたま鵐目に惚れて、それで二人で駆け落ちしたと」
そう言って、俺が鵐目の言葉を次いだ。
「たまたまじゃないよ! 奇跡じゃなくて運命だよ! 」
「……近親相姦」
「うるせえやい! 」
コホン、と咳払いして、鵐目は話を戻した。
「閑話休題。まあそんなこんなで駆け落ちしたんだけども、当然そんなこと許されないワケで。ボクは会社の人間が追ってくると思ってたけど、どうやら向こうは手段を選ばなかったらしい。『非合法実働部隊』、有り体に言うと懐刀を差し向けてきた」
「ソレが、俺達を狙う追っ手の正体ってわけか」
そゆこと、と言う鵐目。
「でもよく分からないな。なんで警察に頼まないんだ? 」
「ああ、そりゃマザーAIがシリコンバレー条約に違反するからね。バレたら会社爆散しちゃうから」
「シリコンバレー条約って何です……? 」
サヤが困りながら質問した。
確かに、俺も聞いたことが無い。なんだろうか。
「めっちゃ簡単に言うと、『人類が滅びる可能性のあるAIは作っちゃダメですよ』っていうヤツ。シンギュラリティに対するマジノ線的な感じ? 」
「ああ、AIを作るAIって、実質的な自己複製だもんな。確かにそりゃダメだわ」
「そゆこと。だから秘密裏に処理したくて、ボクごと消そうとしたんだろうね」
「懐刀というには、俺みたいなガキに潰される程度らしいけど。つーか半分くらい素人だったぞ? 」
「知らねーよ、そこらで募集したバイトなんじゃねえの? 」
鵐目は雑に言い放つと、一息ついて真面目モードに戻った。
「つまり、だ。世界を股に掛ける会社を敵に回そうとしてるんだぜ、キミは。勝算あんの? 」
「お前……というより『メアリー』が居ればな。どうせ彼女は、お前の言うことしか聞かないんだろ? 」
「ご明察。まあキミのその力と『メアリー』のサポートがあれば、結構勝てるかもね。知らんけど」
俺は良いけど、お前はそれで良いのか……?
「さて、そしたら今度はこっちが聞く番だ。ボクを懐柔して、一体何やらかそうってんだい? 」
「単純な話、三億円稼ぐのさ。先に言うけど、ただの三億円じゃない。クリーンな……って言うとちょっと違うけど、要は法律破った人間だけから奪った三億円だ。出来るだけ、掛ける迷惑は最小限にしたい」
我ながら、自分で言ってることの虫の良さに頭が痛くなる。後付けの理由も色々考えたけど、どっちにしたってやることは変わらないので、俺はもう割り切ることにした。
「そりゃ偽善だろ。犯罪者に愛する家族が居ないとでも? 」
「……犯罪の種類にもよるが、多くの犯罪者は誰かの人生を踏み台にしている。俺は踏み台にした人間を踏み台にするだけだ。それに、狙う人間は金持ちだけにして、少ない人数で終わらせるって決めてる」
俺は適当にそれっぽいことを言う。さっきも言ったが、俺は自分がやろうとしていることが悪だと割り切っている。かっこよくも無いし、ダークヒーロー的な所も無い。ただのガキのワガママだ。
だから、俺はやりたいようにやる。
石を投げたいなら勝手に投げてろ。俺はやめないからな。
「へぇ? 例えば? 」
「BWTの社長、とかな」
俺がそう言うと、鵐目は大声で笑った。
「何するつもりかは知らないけど、もし彼に何かあればAI業界の損失は計り知れないだろうね」
「別に殺しゃしねーよ。取引くらいはするけど」
「フフッ、なるほどね……」
そう言うと、鵐目は立ち上がり、手を差し出した。
「良いよ。キミの話に乗ってやる」
「ああ、よろしく頼むぞ」
俺達は、互いに握手した。友情とは到底言えない打算だけの関係だが、それでも俺には、有難かった。
「あのー……良い感じのとこ悪いんですけど……」
「ああ……サヤはどうする? 今なら犯罪に巻き込まれずに済むけど」
「……私も参加していい? 」
マジか。
いやまあ、ここまで着いてきたんだから何となくそういう空気はあったけど。
……でも一緒に生活したい……可愛い女の子と一緒に……。
いや、重要なのは彼女の意思だ。あと安全。取り敢えず警告しよう。
「……辞めた方が良いよ。危ない」
「ところで鎺クンよ。家事って出来る? 」
「なんだよ急に。まあ……出来ないわけでも……無い、けど……」
「サヤちゃん? 」
「……ハッ! 私家事得意だよ! 料理もできるし! 」
「家事担当、欲しくない? 」
……お前らなぁ。
……まあ、こういう事なら、仕方ない……よな?
「……分かった、良いよ」
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