解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第で考えてやる

量産型
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4-1グロードの初陣

公開日時: 2021年1月2日(土) 05:32
文字数:2,582

「見えてきたぞ」



 マクベス帝国とホウロ王国の国境――。緑草豊かな丘陵のなか、世界の終焉かのような巨大な壁が屹立している。



 ザミュエン砦である。



 ホウロ王国の進軍の報告を受けて、グロードは部隊を率いて砦にやって来たのだ。



 馬での移動である。

 魔術師と言うと、宙を浮いて移動するものだと勘違いする者も多いが、そんなことはない。空中を移動できてしまうなら、城壁や関所の意味がなくなる。馬車組合だって商売にならなくなる。

不可能――ということではない。魔法はまだまだ未知なことも多い。極めれば可能なのかもしれない。空中浮遊という魔法は、魔術師にとっては夢のひとつであった。



「この砦を突破されると、マクベス帝国にとっては大きな損失になる。鉱山施設もいくつか奪われるからな」

 そう言ったのは、ルスブンだ。



 1週間の謹慎を経て、副官として付けている。魔術師としての実力は、グロードも目を見張るものがあった。模擬選を行ったとき――グロードはあれを敗北として認めていないが――いちおうグロードにルスブンは勝っている。なにより傍に置いておきたい美貌である。



 あわよくば、自分の女に出来ないものか……という下心もあった。こんな上玉は、そうそういない。



「案ずることはない。この砦さえあれば、容易には突破されねェよ」



 石造りの巨大な壁は、こうして見上げるだけでも威圧感がある。



「油断は禁物だ。今までにも何度か突破されそうになっている。ホウロ王国の魔術師は、非常に優れた者が多い」



 はっ、とグロードは一笑に付した。



「なにを弱気なことを言っているのやら。あのネロとかいう男のもとで教育されていたから、そんなことを言うようになるのだ。このオレがいるかぎり、ここは突破させはしないさ」



 ネロ・テイル。

 グロードの先任だった男だ。



 正直、ネロについてはどんな人物なのか、あまり知らない。エルフにたいして同情的であり、しかも学歴がないとだけ耳にしていた。顔は皇帝陛下の御前で一度だけ見ている。ヒョロヒョロとした頼りのなさそうな男だった。学歴がないというだけで、見下すには充分な相手だった。



 これからマクベス帝国は、魔術師たちも学歴重視になってくる。皇帝陛下がそう進路を切り替えたのだ。なのにトップに立っている男が、なんの学歴も持っていないのでは話にならない。



「だと良いがな」

 と、ルスブンは物言いたげな風情で言った。



 このルスブンという女は、どうやら先任のネロを慕っているようだった。そのせいで、グロードにたいしての忠誠心は薄いと言わざるを得ない。いや。ルスブンに限らない。帝都にいた魔術師部隊は、みんなネロという男を慕っているようだ。



(これは良い機会だ)



 ホウロ王国を手際良く追い返してやれば、グロードへの信頼も厚くなるはずだ。模擬選ではカッコウの悪いところを、部下たちに見せてしまった。名誉を挽回するチャンスでもある。



 砦の城門棟が開いた。



 中に入る。城塞の中ゆえ、そう煌びやかな雰囲気はない。石造りの壁に囲まれており、行き交っているのは兵士ばかりだ。建てられているものは厩舎やら納屋や武器庫だった。だが、ときおり商人らしき姿もあるし、食べ物や防具を売っているようだった。



「貴様が新任の魔術師か」



 砦をまかされていたゲイン将軍が待っていた。第1印象を言うならば、鼻の潰れた大男だった。赤茶けた髪を逆立てており、まるで猛獣のようだ。グロードも体格はシッカリとしたほうだけれど、ゲイン将軍のほうがひとまわり大きい。



「はじめまして。先任のネロに代わって、帝国魔術師長となったグロード・ヴォルグだ」



 帝国魔術師長は、帝国騎士長と肩を並べるほどの立場となる。いち砦を任されている程度の将軍なら格下だ。



「ネロ魔術師長は、ヒョロっとした男だが、今度の魔術師長はずいぶんとガッチリとした男だな」

 と、クマみたいな大きな手で、ゲインはグロードの肩を叩いて来た。ズシッ。重みを感じる。

こっちのほうが格上なのだ。馴れ馴れしく触れられることに嫌悪感があった。けれど、さすがに顔には出さなかった。



「鍛えているからな」



 ガハハ……とゲインはのけぞって笑った。



「魔術師の担当はおもに後方支援だ。鍛える必要があるのか」



 たしかにゲインの言葉通りだ。みずからの肉体を強化エンハンスして戦う魔術師でないならば前線に出る意味はない。鍛える意味もない。



「趣味だ」

 と、グロードはありのまま返した。カラダを鍛えるのが趣味なのだ。異性からモテるための肉体造りである。



「良い趣味をしてやがるじゃないか」



「で……。ホウロ王国が進軍して来ているという話を聞いてやって来たのだが?」



 そう言うと、ゲイン将軍は神妙な表情になった。そういう顔をすると目つきが鋭くなって、野性味を帯びた迫力が増す。潰れた鼻も、その迫力を際立たせていた。



「かつてないほどの大群だぜ。数は10万で押し寄せてきてる」



「10万……」



 グロードは魔法学園を首席で卒業したという自負がある。何度も模擬選も行ってきた。けれど、実戦はこれがはじめてだった。10万という数。図面では何度も見てきたが、どれほどの数なのか想像もつかない。



「5つの部隊に別れているから、ひとつの部隊がおおよそ2万といったところだ。どの部隊も編制は似たようなものだ。前方に騎兵。騎兵のなかには、魔法戦士もまざっている。その後ろには雑兵。そして最後尾に魔術師隊がひかえている」



「騎兵か」

「ホウロ王国のお得意の騎兵突撃戦法だろう」



 騎兵突撃戦法――。いちおう魔法学園で習ったことがある。騎兵の中に、魔法戦士がまざっており、肉体を強化して一斉に突撃してくるのだ。その猛攻たるや、生半可な魔法で止められるものではない。城門すら難なく突破するほどの威力だと耳にしている。



 このマクベス帝国はもともと農耕民族だった。それにたいして、ホウロ王国は騎馬民族なのだ。

はるか昔から、植民地を奪い合ってきた敵国である。



「空堀があるだろう。空堀があれば、騎兵には対処できるはずだ」



 馬が穴に落ちてしまえば、あとは仕留めるだけだ。



「その通りだ。さすが帝国魔術師長といったところか」

 と、ゲイン将軍がうなずく。



「トウゼンだ」



「砦の手前には空堀も掘ってある。しかし敵ははじめに魔法による猛攻を仕掛けてくるはずだ。それを防ぐのは、お前の役目だ」

 と、ゲイン将軍はグロードの胸元を軽くコブシで押してきた。大きなコブシだった。

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