「くそっ、くそっ、くそッ」
グロードは屈辱にまみれていた。帝国規定の黒い法衣は泥にまみれていた。魔術師部隊を率いて、馬で撤退していた。
これで5度目だった。
ザミュエン砦からはじまって、ホウロ王国軍の進撃はとどまることを知らなかった。まっすぐ帝都に向かって猛進している。ザミュエン砦をふくめれば3度の籠城戦。そして2度の野戦で、ホウロ王国軍に大敗を喫している。
「これで5度目だな」
と、並走しているルスブンが言う。
森のなかを通っている街道だった。エルフの森を伐採して造り上げた街道だ。後ろからホウロ王国軍が追いかけてきている。撤退しているところに、追撃をかけてきているのだ。こちらも馬で逃げているが、もともと騎馬民族であるホウロ王国軍のほうが馬の扱いは上手だ。
じきに追いつかれることだろう。
殺伐した戦気が背後から追いかけてきているような気がして、グロードは戦慄をおぼえる。
「わかりきったことを言うなッ。このバカがッ」
「ネロ魔術師長がいれば、こんなことにはならなかったものを」
すこし前までは、ネロと比べられることに、腹立たしいものを覚えていた。今ではもう虚勢を張るだけの気力もなかった。ホウロ王国軍を相手にしていて、たしかにオレではどうにもならん……と、実感させられたのだ。
「だからと言って、オレにどうしろって言うんだ。オレはハーグトン魔法学園を首席で卒業してるのに、こんなことがあってたまるかよッ」
「すでに砦が3つも破られている」
「だから、わかりきっていることを、逐一口に出すなッ」
敗北を――屈辱的な敗北を思い出させられるだけだ。
「ホントウにわかっているのか? このままではホウロ王国軍は帝都へ進撃してくるぞ。つまり、あの世界の大国とうたわれたマクベス帝国が滅ぶのだ」
その言葉を受けて、グロードは恐怖のために血の気が引いていった。
後ろ。馬蹄の音が接近している。味方のものか、敵のものか――確認するゆとりもない。
「違うッ。オレのせいじゃない。そんな魔術師長が代わったぐらいで、帝国が滅ぶものか。オレの責任じゃないぞッ」
「むろん、グロード魔術師長ひとりの責任とは言えないかもしれない。だが、ネロ魔術師長がやめてから、この惨状がつづいているのは事実だ」
「ぐうっ」
と、うめいた。
この国が――終わる。
その皮切りをつくったのは、グロード自身かもしれない。その重圧に発狂しそうになった。
(オレのせいで、国が終る?)
マクベス帝国にはグロードの家族も住んでいる。父は名門の貴族だ。母と妹もいる。家族がホウロ王国軍に蹂躙されていくところを想像してしまった。最悪の気分だ。戦に負けた国の末路なんてロクなものではない。
「オレにどうしろと言うのだ。あんなバケモノを止められるわけないだろうッ」
ホウロ王国6大魔術師の1人。豪魔のウィル。顔を見たこともなければ、その姿形も知らない。しかし、こうして戦線に出てみると、その人物の気配が必ずあった。そしてグロードの魔術師部隊を粉砕してくるのだ。見たこともない相手だからこそ、余計に気味が悪い。
「急ぎ帝都に戻り、魔術師長を辞任することだな」
「なに? 辞任だと?」
「そうだ。ネロ魔術師長に戻って来てもらうしか他ないだろう。ここまでの敗戦を招いたのはグロード魔術師長だ。皇帝陛下もそのことに、お気づきになられているはずだ」
魔術師長を辞任するのは、自分からネロにたいして負けを認めるようなものだ。しかし、もうこれ以上、豪魔のウィルとの戦いに駆り出されるのはゴメンだ。これで5度目。そのたびにみじめな撤退戦を行っているのだ。
自分では、ネロ魔術師長には及ばないのだ。もうそれを認めざるを得ない状況だった。単純に戦場での活躍のことだけではない。ルスブンをはじめとする帝国魔術師部隊も、ネロの再任を待っているのだ。
ルスブンがずっとグロードを責めるようなことを言っているのも、案にネロの再任を期待してのことだろう。
悔し涙で視界がにじんだ。
「ざまあみろとか思っているんだろう。このオレではどうにもならなかったことを」
「思っているとも。私は最初から、グロード魔術師長にこの大役がつとまるとは思っていなかったのだからな」
「言ってくれるぜ」
しかし、ルスブンの言葉通りなのだ。
「ひとまず、この場を生き延びることだ」
と、ルスブンが言った。
むろん、そのつもりだ。
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