解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第で考えてやる

量産型
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1-2奴隷エルフちゃん

公開日時: 2020年12月30日(水) 19:17
文字数:2,212

「はぁ」



 公園。

 水の神ウンディルネの石像がある。水瓶を持っている。そこから水が流れ出ていて、噴水となっていた。水しぶきがときおりオレの顔に飛んでくる。ザザザ……と絶え間なく水の流れ落ちる音が響いていた。



 低学歴の糞魔術師か……。



 たしかにオレには学歴がない。最近は魔術師にも、学歴主義の波が来ていたので、それが#劣等感__コンプレックス__#だった。学歴のない自分が帝国魔術師長をつとめていても良いものか……と思ったりもした。独学で魔法を鍛錬してきたのだという自負が、オレを支えてきた。けれど、気にしていただけに、指摘されると余計に傷つく。



「はぁぁ」

 ため息がとまらない。



 噴水のまわりを駆けまわる子供たちの笑い声までも、オレを嘲る声に聞こえてきて厭になる。

 このマクベス帝国は良いところだ。民は豊だ。国は大きく、戦争にはだいたい勝っている。しかしその幸福は、大きな不幸によって支えられている。



 エルフだ。

 この国はエルフを奴隷として使役している。その制度にたいしてオレはヒンパンに異論を唱えてきた。それが解任されるキッカケだったのだろう。



 こういった都市のなかでも、労働に従事させられているエルフは散見できる。建物の掃除のために屋根の上を走り回っている小さな人影はエルフのものだ。冬になると、煙突掃除に精を出すことになる。地上では重荷を運ばされたりしている。



 やるせないなぁ。



 オレからしてみれば、ちっちゃい女の子の姿をしたエルフは、可愛く見える。エルフに雄はなく、みんな少女だった。



 だが――このナロ・ワールドと言われるこの世界において――エルフと言うのは、ゴブリンの派生らしい。つまり、このマクベス帝国の大半の人たちの目には、エルフのことがモンスターか何かに見えているのだ。



 逆に言うと、エルフを擁護しようとするオレなんかは異端なのだ。きっと周囲からは不気味に思われていることだろう。――って言うか、思われたのだ。だから、帝国魔術師長を解任させられることになったのだ。



「使えねェなァ」

 と、怒声が聞こえてきた。



 暗澹とした心地のなかで、急に聞こえてきた怒声だったので、オレは驚いてあたりを見渡した。

オレに言われたのかと思った。そうではないらしい。



 オレは噴水前にあるベンチに座っている。裏路地が見えた。コタルディを着た青年が、エルフのことを蹴り飛ばしていた。あまりに酷い扱いだった。さすがに見かねた。



「あんまり、やりすぎると死んじゃいますよ」

 と、口をはさむことにした。



「てめェ……。ん?」

 と、怪訝な表情でオレの顔を覗きこんできた。



 猿のような顔をした青年だった。エルフのほうが、何倍も可愛げがあるというものだ。っていうオレの感覚も、周囲からしてみればズレているのだろう。



「なんですか?」



「てめェ、帝国魔術師長を解任されたネロ・テイルじゃねェーか」



 もう話が出回っているらしい。解任されたことがウワサになっているのなら、あまりカッコウの良い話ではない。



「そうですが。なにか」

 と、平静をよそおった。



「あんたのことは知ってるぜ。エルフ奴隷制度に反対していたって変人じゃねェーか」



「どうやらオレは有名人のようですから」

 と、肩をすくめてみせた。



「こんなモンスターの成りそこないみたいなヤツをカバってどうするんだか。博愛主義ってヤツか? それとも偽善者でも気取ってるのか?」



「べつに、何かしらの主義を気どってるわけじゃないですけどね。ただ、エルフって可愛いと思うんですけど。性癖――ですかね」

 オレがそう言うと青年は、ゴキブリの群れでも見たような顔をした。



「なんでも良いが、そこに転がってるエルフは、うちの物なんだ。オレが何しようと、べつに文句はねェだろ」



 まるで見せつけるように、青年はエルフのワキバラを蹴り飛ばした。仰向けで倒れているエルフ。右手がなかった。表情はない。痛がる気配すらなかった。



「このエルフ。右手がありませんね」



「それは買い取ったときからだ。腕がないから安上がりだったけど、ぜんぜん使えねェんだよ」



「ヤケドは?」



「それはオレが折檻してやったときのものだ」

 と、青年は誇らしげに言った。



 足元に転がるエルフに視線を向ける。

 ブロンドの髪をショートボブと言えるぐらいの長さにしている。髪のあいだから大きな耳が伸びていた。長くて垂れた耳がエルフの特徴だ。エメラルドグリーンの瞳には光がなかった。鼻梁は通っていても小さくて、顔立ちはまだまだ少女のものだ。ただ左の頬にヤケドの痕跡があった。オレがそこに視線を向けると、少女はすこしだけそのヤケドを隠すように顔を背けた。気のせいかもしれない。オレにはそう見えた――という程度の小さな所作だった。



 その小さな所作に、エルフも人間と同じように生きているのだという実感を、オレに与えさせた。



「大切にしてやってくださいよ。エルフだって生きてるんですから」



 さすがに説教じみたセリフかな、と思った。



「いったいどの目線から言ってやがるんだ。悪いが。この国じゃ博愛主義より、帝国主義のほうが正義なんでね」



 青年はそう言うと、エルフの髪を乱暴につかんで、引っ張って行った。ズルズルと引きずられていく。エルフの顔。オレのほうを見てる。「たすけて」。桜色の唇が、動いたように見えた。不意にオレのなかに情動が沸き起こった。



「待ってください」

 と、あわてて駆け寄った。



「ンあ?」

「いくらですか」

「なにがだよ」

「そのエルフ。いくら払えば譲ってくれますか」

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